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第伍念珠
#049『天昇』
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今から約40年ほども昔のこと。
昭和の活気に彩られた大阪の町に、名越さんは住んでいた。
お家は喫茶店を兼ねたパブを経営しており、そこですくすくと関西の明るい少年として成長した彼ではあるが―― その人生の転機は、あまりにも幼い時分に突然訪れた。
「小学校一年生くらいからでしたね、ハイ。 その頃を皮切りにして・・・」
この世のモノではない存在を、頻繁に目にするようになった。
具体的にどのような、と言われれば困ってしまうという。とにかくしょっちゅう『あちらの方』と遭遇してしまう。もはや幽霊と生きている人間の区別が付かないような有様であったらしい。
「何て言えばいいんでしょうか。 そう、人混みが倍に見えるような時があって」
――当たり前のような調子で、名越さんは語る。
「雑踏の中を歩くじゃないですか。で、ある時、その中の一人とぶつかっちゃったんですよね。そうしたら・・・」
スゥッ、と 身体をすり抜けたという。
あっ、 とビックリ。
その直後、納得。
(ああ、そうか。あの人、霊だったんだ)
ご本人も、「そう言えばやけに人が多いな」くらいには感じていたのだろう。
自分が直接目にしていた人々の群れは、その半分くらいが『実は生きていない』ということに 直感的に、気付いたそうである。
「あと、中学校の頃の登校路にはね、必ずこっちに向かって会釈してくるおばさんが居たんですよ。決まって銭湯の前に立っててね。で、ある日そのおばさんが、自分以外の人間には見えてないってことに気付いて・・・」
霊である。
「そうそう、実家のお店の中には、二十代前半くらいのちょっとキレイな女性が居ました。あんまり普通に存在してたし、会うたびに違う服を着てたから従業員さんか何かだと思ってたんですけど、これも実は自分にしか姿が見えなかったんですよね」
霊である。
「あと、自宅の近所の踏切。ここはK大学で有名なN瀬駅に面してるんですが、手がいっぱいなんだな。そう、遮断機のあたりに、そりゃもう人間の腕がウジャウジャ生えてるんですよ。ピクピクしてるやつ、ベチャ~っとなってるやつ、とにかく色々。まァ、こっちに向かって手招きとかはしてなかったから。『あの世の道連れに~』とかいった類いのものではなかったんでしょうけど」
霊である。
「そう・・・中学時代の修学旅行でも見たな。目的地は長崎だったんですけどね、泊まったホテルの窓の外から、落ち武者が覗いてるんですよ。ハイ、落ち武者。テレビなんかで見る足軽とかよりちょっといい格好だったから、足軽頭とかなのかなぁ」
霊、霊、霊、霊のオンパレードである。
――私も数多くの『見える人』に取材をしてきたが、この名越さんは別格の部類だった。何が別格かというと、その体験談が本当にレパートリーに富んでいるのだ。以前、私は「安易に〇〇の霊の仕業だ!とか断定する表現を好まない」という個人的な主張を書かせて頂いたが、もう名越さんの話をお伝えする場合、そんな悠長なことを言ってもいられない。
〝ガチ見え〟
だからだ。
前記の目撃談を見て貰えれば明らかなように、体験ひとつひとつに強いインパクトもある。
彼にとってのありふれた日常は、我々から見れば紛うことなき『異界』だったのだ。
だが、すべての『霊』に対して名越さんが超然としていたわけではない。
「霊ってのは、害さえなければ何でもないんです。見慣れてしまうと人間と同じ。『ああ、奴さん、そこに居るなァ』って、何も感じなくなるもんですよ」
・・・・・・害さえなければ。
※ ※ ※ ※
害のある―― というか、恐怖を感じさせる存在の多くは、名越さんの寝入りばなに現れたという。
ある日の夜中。
寝室でウトウトしていた名越さんは、ふと 天井に奇妙な違和感を感じた。
枕元から仰向けの姿勢で見上げる、蛍光灯が取り付けてある辺りの空間。
そこが、何だか変に揺らめいて見える。
(・・・・・・歪んでる??)
現代の言葉を借りていえば、まさに「空間の歪み」そのもの。
まるで異次元への扉のようなそこから、何かが自分を見下ろしている。
顔かたちすら歪みまくっていて何が何だかわからないが、
『ああ、女から見つめられているぞ』という直感が走った。
「よく確認出来ないようなものを女性と断言するには、正直 難がある気がしますけど―― そうだとしか思えなかったんですよね、当時は」
見つめるだけ見つめると、それはやがて消えてしまった。
何とも気持ちの悪いものだった。
※ ※ ※ ※
また、こんなこともあった。
「これ、実は私自身もかなりビビった体験なんですけど・・・ えーっと、私って結構うつ伏せになって寝るクセがあるんですね」
その時も、同じような姿勢で眠りに落ちようとしていたという。
うつらうつらの心持ちのまま、たまたま両手で枕を抱くようなポーズをとってしまった。
瞬間、身体がピクリとも動かせなくなった。
うわ、金縛り・・・と辟易しながら瞼を開いた目線の先に、
(あ、居る)
人の姿をしたモノが居た。
髪の長い女性。
座っている。
赤ちゃんを抱いている。
そして、
(え・・・ 俺に?)
こちらへ手渡そうとしてくる。
むろん 大事そうに抱いた赤ちゃんを。
だが、素振りだけである。「この子をよろしく頼みます」とでも言いたげに、しつこく、何度も、そういった素振りだけを女(――母親?)は繰り返し続ける。
赤ちゃんからは、何故だか無性に不気味な雰囲気が漂っている。
えも言われぬ感情が、名越さんの胸を満たす。
――身体の自由を奪われた名越さんが無言で見つめる中、やがてその奇妙な母子は、共々に消えて見えなくなった。
心からホッとした。
安堵のままに、こちらも眠りに落ちてしまった。
数日後。
自宅から道を隔てた向かい側のマンション、名越さんの寝室から真っ正面にあたる部屋の中で、女性と赤ちゃんの遺体が見つかった。
詳細は敢えて書かない。
この事実を知った折 母子の霊を目撃した時以上の恐怖を名越さんは感じ、全身が沫を噴いたという。
※ ※ ※ ※
このような毎日を、彼はずっと暮らしてきた。
それこそ7歳くらいの頃から。中学、高校時代を経て、社会人になった後も ずっと、である。
かなり手前勝手な言い方だが、実話怪談を嗜む者としては非常に興味深い事例だ。
その間、いったいどれほど膨大な数の霊を目撃してきたのだろうか。それが日常化し、当たり前になっていたとは言え、感服の念を隠しえない。
だが、名越さんが霊を見始めるようになってから数えて18年後―― 25歳くらいの時に、一つの転機が訪れたという。
「最も迷惑な奴らが現れたんです。とにかくもう、寝かしてくれないから」
90年代の中頃。阪神淡路大震災の記憶がまだ生々しく残っていた当時のある日を境に、それは起こり始めたのである。
・・・彼にはうつ伏せになって眠るクセがある、というのは先にも述べた。
だが、ある時から
うつ伏せで寝ると必ず金縛りに遭うようになってしまったのだ。
しかも、
・・・・・・゚㏄%縫∈ぉP\玊>ヌ∵ニィ灬个こ」※・・・・・・
・・・・・・謌kスの○?ェせ=坂‰!!£みΣ氳さ・・・・・・
・・・・・・ム々_碼キ主Yすこ▲瀰シ☆呂。‥⑨・・・・・・
声が聞こえる。
うつ伏せ状態の背後――
即ち、掛け布団の上から。
複数人分の談合するような声が、金縛りに戦く名越さんに被さって来たのだ。
いや、被さって来たというより、
(・・・・・・うっ・・・・・・ お、重・・・・・・)
乗っている。
信じられない圧迫感、人の体重を感じる。
(こいつらいったい――)
声のトーンからして、全員男性。
しかも、ほぼ自分と同世代かのように思えてならない。
そのくせ全体にノイズがかかったかのようでもあり、いくら耳を澄ませても やり取りの内容がサッパリ聞き取れないのである。
意味不明な上に、うるさい。
そしてひたすら重い。潰れるようだ。
身体も硬直して動かない。
ひたすら、脂汗を流して消耗し、
気が付けば
空も白む明け方。
「こんなのが、一ヶ月ほども続きました。流石に参りました――」
堪らず自分から打ち明けたのか、不眠の理由を訊ねられたから答えたのかは記憶が曖昧だというが。ともあれ、これが名越さんが自らの霊体験を両親にカミングアウトする発端となった。
両親がどのような取り方をしたのかは、定かで無い。しかし、お父様は本家のおばさんに「息子がこういうことを言い出したのですが・・・」と相談を持ちかけたという。
「そんな大変なこと、悠長にしてちゃダメじゃない!
明日にでも、本家のお寺さんに連れてらっしゃい。
いいわね、絶対よ!!」
おばさんは、ピシャリと即答を放った。
※ ※ ※ ※
本家のお寺さん、とはお父様の実家、京都の福知山にある先祖代々の菩提寺である。
名越さんは直ぐに、ここへ向かうこととなった。
夜間うるさい霊をやっつけて貰えれば万々歳ではあるが。それよりも彼は、自分には何故このような不思議な能力が少年期より備わっているのか、それを知りたかったそうだ。
住職様に関してはあまり多くを覚えていないというので、至ってふつうの外見のお坊さんだったのだろう。ただし、霊能には富みに秀でたお方であったようだ。
たっぷり30分以上、(名越さん曰く『霊視』能力で)見つめられた。
そして開口一番、
「さぞや、お辛かったでしょうな。 蛇でしたよ」
・・・・・・蛇??
思いもよらなかった言葉に、一同唖然となる。
「蛇が憑いております。首から足にかけて、それはもうベッタリと」
どうやら、その『蛇の霊』のせいで、名越さんには他人には見えないものが見える力が備わってしまったらしい。
そしてどうやらそれは生まれた後に憑いたものではなく、何かの因果で生まれる前から憑いていたらしいのだ。
「肝心の因果そのものがわからないのですが、えらいものですよ。もう、貴方の身体と一つに溶け合って見える。難しい療治になりそうです」
何と、蛇身が名越さんの身体と同化しているという。
そして、更に・・・と住職様は付け加え、
「大阪にあるご自宅にも問題がございますな。生きておられぬ方々の通り道が出来ていると見ました。こちらも何とか致しましょう。 しかし、問題は蛇の方だ。 ・・・一生懸命、勤めさせて頂きます」
合掌する住職を前に、
名越さんとご両親は息を呑んだ。
※ ※ ※ ※
除霊(浄霊?)は、大きな仏像に見守られた本堂の中で行われた。
漫画やアニメに出てくるようなドラマチックさは微塵もなく、住職様が上げるありがたいお経をひたすらに聞き続ける、というものであった。
時計で正確に計ったわけではないが、体感として二時間くらいの長さには感じたという。
行を終えた住職様は、名越さんが「今でもハッキリ覚えているくらい」疲労困憊した様子だったそうだ。
そして、
「結論から申し上げますと、 蛇は離れませなんだ」
――この告白には、全員 肝を冷やしたという。
因果が強すぎるのか蛇の霊自体が強大なのか。住職様の読経を以てしても完全に蛇を引っぺがすことは出来なかったのだ。
しかし、
「それでも、かなり『力』を弱めることは出来ました。これからはもう、以前のようにおかしなものを見ることも聞くことも少なくなるでしょう。 お家の方には、御札を貼って頂きましょうかね。これは後でお渡し致します」
――え。
俺、もう 霊見えなくなるの?!
安堵というより、「信じられない」感が勝っていた。
「でも、本当に住職様の仰る通りだったんです。今ではもう、ほとんど霊を見ることもなくなりました。 ・・・蛇自体はまだ私の身体と一体化しているそうですが」
実家の霊道も、お寺から頂いた御札のおかげで完璧に閉じたようだという。
文字通り、安らかに眠れる日々が戻ってきたのである。
だが、まったく『見ない』わけではない。
その証拠に、福知山のお寺での除霊の直後、彼はさっそく霊を目撃している。
「あれは除霊後のお寺の本堂でしたね。お昼過ぎ、夕方前くらいだったかなぁ。どうしてだか忘れてしまったのですが、親父と二人きりでそこに居たんですよ。そしたら、」
三人組の男が見えた。
ギョッとする。
若者のような格好。お寺に似つかわしくない装い。
霊だ。そう思うと同時、
――ああ、こいつら、夜中にのし掛かってきた奴らなんだなぁ。
直感的にわかった。
三人だったのか、と おかしなところで納得した。
「そして、ですね。その後、すごいことが起こったんですよ。 でも。 えっと・・・ あの・・・ こう言うと、何だかちょっと嘘っぽいんですが・・・」
光が差した。
どこからともなく 神々しいまでの爽やかな光が差し
三人組を優しく照らした。
三人組の霊は、それに浄化されるようにフワリと浮いた。
これを名越さんは「天に昇る」と表現されている。
そのまま三人の姿は光の中に消え、
後には
お寺の中の清廉な空気だけが残った。
――『成仏』。
住職様の、ありがたいお経の功徳だったのだろうか。
そうだとしか思えぬ現象だった。
「・・・・・・・・・・・・今まで生きてきて、一番美しい光景でした。まったく美しかった。長い間霊を見続けてきましたが、あんなのは初めてで―― おそらく最後なのでしょうね」
除霊の後、名越さんはご両親から「今までちゃんと話を聞かなくてゴメン」と謝られた。
実はこれまでも、何度かおかしなモノを見た時に報告をしたことがあったが、またこの子はヘンな事を言っている・・・くらいに思われ、軽くあしらわれていたのだそうだ。
謝んなくてもいいよ。名越さんは、そう返した。
あんな浮き世離れしたもの、実際に見なけりゃ信じられないのが当たり前だろうな、と。しみじみ実感したそうだ。
だが、
「三人組の霊が成仏する瞬間―― あれは、もしかして幻じゃなかったのかと思う時があるんです。何でって、ソノ・・・・・・」
近くに居たお父様が徹底してノーリアクションだったこともあるそうだが、
「あれはもう、出来過ぎなくらい
美しかったからなぁ 」
――他の人の立場に立ってみたら、霊なんて見えないに越したことはないだろう、と。最後に名越さんは仰った。
しかし自身の霊視能力に関しては先天的なものであったし、小さい時分からそれが日常だったので、(すべてが良い思い出であったわけではないが)自分自身は特に苦悩も後悔もしていない、と仰る。
今ではむしろ、その時の体験すら〝ネタ〟にして
多くの人と 楽しく交流しているという。
昭和の活気に彩られた大阪の町に、名越さんは住んでいた。
お家は喫茶店を兼ねたパブを経営しており、そこですくすくと関西の明るい少年として成長した彼ではあるが―― その人生の転機は、あまりにも幼い時分に突然訪れた。
「小学校一年生くらいからでしたね、ハイ。 その頃を皮切りにして・・・」
この世のモノではない存在を、頻繁に目にするようになった。
具体的にどのような、と言われれば困ってしまうという。とにかくしょっちゅう『あちらの方』と遭遇してしまう。もはや幽霊と生きている人間の区別が付かないような有様であったらしい。
「何て言えばいいんでしょうか。 そう、人混みが倍に見えるような時があって」
――当たり前のような調子で、名越さんは語る。
「雑踏の中を歩くじゃないですか。で、ある時、その中の一人とぶつかっちゃったんですよね。そうしたら・・・」
スゥッ、と 身体をすり抜けたという。
あっ、 とビックリ。
その直後、納得。
(ああ、そうか。あの人、霊だったんだ)
ご本人も、「そう言えばやけに人が多いな」くらいには感じていたのだろう。
自分が直接目にしていた人々の群れは、その半分くらいが『実は生きていない』ということに 直感的に、気付いたそうである。
「あと、中学校の頃の登校路にはね、必ずこっちに向かって会釈してくるおばさんが居たんですよ。決まって銭湯の前に立っててね。で、ある日そのおばさんが、自分以外の人間には見えてないってことに気付いて・・・」
霊である。
「そうそう、実家のお店の中には、二十代前半くらいのちょっとキレイな女性が居ました。あんまり普通に存在してたし、会うたびに違う服を着てたから従業員さんか何かだと思ってたんですけど、これも実は自分にしか姿が見えなかったんですよね」
霊である。
「あと、自宅の近所の踏切。ここはK大学で有名なN瀬駅に面してるんですが、手がいっぱいなんだな。そう、遮断機のあたりに、そりゃもう人間の腕がウジャウジャ生えてるんですよ。ピクピクしてるやつ、ベチャ~っとなってるやつ、とにかく色々。まァ、こっちに向かって手招きとかはしてなかったから。『あの世の道連れに~』とかいった類いのものではなかったんでしょうけど」
霊である。
「そう・・・中学時代の修学旅行でも見たな。目的地は長崎だったんですけどね、泊まったホテルの窓の外から、落ち武者が覗いてるんですよ。ハイ、落ち武者。テレビなんかで見る足軽とかよりちょっといい格好だったから、足軽頭とかなのかなぁ」
霊、霊、霊、霊のオンパレードである。
――私も数多くの『見える人』に取材をしてきたが、この名越さんは別格の部類だった。何が別格かというと、その体験談が本当にレパートリーに富んでいるのだ。以前、私は「安易に〇〇の霊の仕業だ!とか断定する表現を好まない」という個人的な主張を書かせて頂いたが、もう名越さんの話をお伝えする場合、そんな悠長なことを言ってもいられない。
〝ガチ見え〟
だからだ。
前記の目撃談を見て貰えれば明らかなように、体験ひとつひとつに強いインパクトもある。
彼にとってのありふれた日常は、我々から見れば紛うことなき『異界』だったのだ。
だが、すべての『霊』に対して名越さんが超然としていたわけではない。
「霊ってのは、害さえなければ何でもないんです。見慣れてしまうと人間と同じ。『ああ、奴さん、そこに居るなァ』って、何も感じなくなるもんですよ」
・・・・・・害さえなければ。
※ ※ ※ ※
害のある―― というか、恐怖を感じさせる存在の多くは、名越さんの寝入りばなに現れたという。
ある日の夜中。
寝室でウトウトしていた名越さんは、ふと 天井に奇妙な違和感を感じた。
枕元から仰向けの姿勢で見上げる、蛍光灯が取り付けてある辺りの空間。
そこが、何だか変に揺らめいて見える。
(・・・・・・歪んでる??)
現代の言葉を借りていえば、まさに「空間の歪み」そのもの。
まるで異次元への扉のようなそこから、何かが自分を見下ろしている。
顔かたちすら歪みまくっていて何が何だかわからないが、
『ああ、女から見つめられているぞ』という直感が走った。
「よく確認出来ないようなものを女性と断言するには、正直 難がある気がしますけど―― そうだとしか思えなかったんですよね、当時は」
見つめるだけ見つめると、それはやがて消えてしまった。
何とも気持ちの悪いものだった。
※ ※ ※ ※
また、こんなこともあった。
「これ、実は私自身もかなりビビった体験なんですけど・・・ えーっと、私って結構うつ伏せになって寝るクセがあるんですね」
その時も、同じような姿勢で眠りに落ちようとしていたという。
うつらうつらの心持ちのまま、たまたま両手で枕を抱くようなポーズをとってしまった。
瞬間、身体がピクリとも動かせなくなった。
うわ、金縛り・・・と辟易しながら瞼を開いた目線の先に、
(あ、居る)
人の姿をしたモノが居た。
髪の長い女性。
座っている。
赤ちゃんを抱いている。
そして、
(え・・・ 俺に?)
こちらへ手渡そうとしてくる。
むろん 大事そうに抱いた赤ちゃんを。
だが、素振りだけである。「この子をよろしく頼みます」とでも言いたげに、しつこく、何度も、そういった素振りだけを女(――母親?)は繰り返し続ける。
赤ちゃんからは、何故だか無性に不気味な雰囲気が漂っている。
えも言われぬ感情が、名越さんの胸を満たす。
――身体の自由を奪われた名越さんが無言で見つめる中、やがてその奇妙な母子は、共々に消えて見えなくなった。
心からホッとした。
安堵のままに、こちらも眠りに落ちてしまった。
数日後。
自宅から道を隔てた向かい側のマンション、名越さんの寝室から真っ正面にあたる部屋の中で、女性と赤ちゃんの遺体が見つかった。
詳細は敢えて書かない。
この事実を知った折 母子の霊を目撃した時以上の恐怖を名越さんは感じ、全身が沫を噴いたという。
※ ※ ※ ※
このような毎日を、彼はずっと暮らしてきた。
それこそ7歳くらいの頃から。中学、高校時代を経て、社会人になった後も ずっと、である。
かなり手前勝手な言い方だが、実話怪談を嗜む者としては非常に興味深い事例だ。
その間、いったいどれほど膨大な数の霊を目撃してきたのだろうか。それが日常化し、当たり前になっていたとは言え、感服の念を隠しえない。
だが、名越さんが霊を見始めるようになってから数えて18年後―― 25歳くらいの時に、一つの転機が訪れたという。
「最も迷惑な奴らが現れたんです。とにかくもう、寝かしてくれないから」
90年代の中頃。阪神淡路大震災の記憶がまだ生々しく残っていた当時のある日を境に、それは起こり始めたのである。
・・・彼にはうつ伏せになって眠るクセがある、というのは先にも述べた。
だが、ある時から
うつ伏せで寝ると必ず金縛りに遭うようになってしまったのだ。
しかも、
・・・・・・゚㏄%縫∈ぉP\玊>ヌ∵ニィ灬个こ」※・・・・・・
・・・・・・謌kスの○?ェせ=坂‰!!£みΣ氳さ・・・・・・
・・・・・・ム々_碼キ主Yすこ▲瀰シ☆呂。‥⑨・・・・・・
声が聞こえる。
うつ伏せ状態の背後――
即ち、掛け布団の上から。
複数人分の談合するような声が、金縛りに戦く名越さんに被さって来たのだ。
いや、被さって来たというより、
(・・・・・・うっ・・・・・・ お、重・・・・・・)
乗っている。
信じられない圧迫感、人の体重を感じる。
(こいつらいったい――)
声のトーンからして、全員男性。
しかも、ほぼ自分と同世代かのように思えてならない。
そのくせ全体にノイズがかかったかのようでもあり、いくら耳を澄ませても やり取りの内容がサッパリ聞き取れないのである。
意味不明な上に、うるさい。
そしてひたすら重い。潰れるようだ。
身体も硬直して動かない。
ひたすら、脂汗を流して消耗し、
気が付けば
空も白む明け方。
「こんなのが、一ヶ月ほども続きました。流石に参りました――」
堪らず自分から打ち明けたのか、不眠の理由を訊ねられたから答えたのかは記憶が曖昧だというが。ともあれ、これが名越さんが自らの霊体験を両親にカミングアウトする発端となった。
両親がどのような取り方をしたのかは、定かで無い。しかし、お父様は本家のおばさんに「息子がこういうことを言い出したのですが・・・」と相談を持ちかけたという。
「そんな大変なこと、悠長にしてちゃダメじゃない!
明日にでも、本家のお寺さんに連れてらっしゃい。
いいわね、絶対よ!!」
おばさんは、ピシャリと即答を放った。
※ ※ ※ ※
本家のお寺さん、とはお父様の実家、京都の福知山にある先祖代々の菩提寺である。
名越さんは直ぐに、ここへ向かうこととなった。
夜間うるさい霊をやっつけて貰えれば万々歳ではあるが。それよりも彼は、自分には何故このような不思議な能力が少年期より備わっているのか、それを知りたかったそうだ。
住職様に関してはあまり多くを覚えていないというので、至ってふつうの外見のお坊さんだったのだろう。ただし、霊能には富みに秀でたお方であったようだ。
たっぷり30分以上、(名越さん曰く『霊視』能力で)見つめられた。
そして開口一番、
「さぞや、お辛かったでしょうな。 蛇でしたよ」
・・・・・・蛇??
思いもよらなかった言葉に、一同唖然となる。
「蛇が憑いております。首から足にかけて、それはもうベッタリと」
どうやら、その『蛇の霊』のせいで、名越さんには他人には見えないものが見える力が備わってしまったらしい。
そしてどうやらそれは生まれた後に憑いたものではなく、何かの因果で生まれる前から憑いていたらしいのだ。
「肝心の因果そのものがわからないのですが、えらいものですよ。もう、貴方の身体と一つに溶け合って見える。難しい療治になりそうです」
何と、蛇身が名越さんの身体と同化しているという。
そして、更に・・・と住職様は付け加え、
「大阪にあるご自宅にも問題がございますな。生きておられぬ方々の通り道が出来ていると見ました。こちらも何とか致しましょう。 しかし、問題は蛇の方だ。 ・・・一生懸命、勤めさせて頂きます」
合掌する住職を前に、
名越さんとご両親は息を呑んだ。
※ ※ ※ ※
除霊(浄霊?)は、大きな仏像に見守られた本堂の中で行われた。
漫画やアニメに出てくるようなドラマチックさは微塵もなく、住職様が上げるありがたいお経をひたすらに聞き続ける、というものであった。
時計で正確に計ったわけではないが、体感として二時間くらいの長さには感じたという。
行を終えた住職様は、名越さんが「今でもハッキリ覚えているくらい」疲労困憊した様子だったそうだ。
そして、
「結論から申し上げますと、 蛇は離れませなんだ」
――この告白には、全員 肝を冷やしたという。
因果が強すぎるのか蛇の霊自体が強大なのか。住職様の読経を以てしても完全に蛇を引っぺがすことは出来なかったのだ。
しかし、
「それでも、かなり『力』を弱めることは出来ました。これからはもう、以前のようにおかしなものを見ることも聞くことも少なくなるでしょう。 お家の方には、御札を貼って頂きましょうかね。これは後でお渡し致します」
――え。
俺、もう 霊見えなくなるの?!
安堵というより、「信じられない」感が勝っていた。
「でも、本当に住職様の仰る通りだったんです。今ではもう、ほとんど霊を見ることもなくなりました。 ・・・蛇自体はまだ私の身体と一体化しているそうですが」
実家の霊道も、お寺から頂いた御札のおかげで完璧に閉じたようだという。
文字通り、安らかに眠れる日々が戻ってきたのである。
だが、まったく『見ない』わけではない。
その証拠に、福知山のお寺での除霊の直後、彼はさっそく霊を目撃している。
「あれは除霊後のお寺の本堂でしたね。お昼過ぎ、夕方前くらいだったかなぁ。どうしてだか忘れてしまったのですが、親父と二人きりでそこに居たんですよ。そしたら、」
三人組の男が見えた。
ギョッとする。
若者のような格好。お寺に似つかわしくない装い。
霊だ。そう思うと同時、
――ああ、こいつら、夜中にのし掛かってきた奴らなんだなぁ。
直感的にわかった。
三人だったのか、と おかしなところで納得した。
「そして、ですね。その後、すごいことが起こったんですよ。 でも。 えっと・・・ あの・・・ こう言うと、何だかちょっと嘘っぽいんですが・・・」
光が差した。
どこからともなく 神々しいまでの爽やかな光が差し
三人組を優しく照らした。
三人組の霊は、それに浄化されるようにフワリと浮いた。
これを名越さんは「天に昇る」と表現されている。
そのまま三人の姿は光の中に消え、
後には
お寺の中の清廉な空気だけが残った。
――『成仏』。
住職様の、ありがたいお経の功徳だったのだろうか。
そうだとしか思えぬ現象だった。
「・・・・・・・・・・・・今まで生きてきて、一番美しい光景でした。まったく美しかった。長い間霊を見続けてきましたが、あんなのは初めてで―― おそらく最後なのでしょうね」
除霊の後、名越さんはご両親から「今までちゃんと話を聞かなくてゴメン」と謝られた。
実はこれまでも、何度かおかしなモノを見た時に報告をしたことがあったが、またこの子はヘンな事を言っている・・・くらいに思われ、軽くあしらわれていたのだそうだ。
謝んなくてもいいよ。名越さんは、そう返した。
あんな浮き世離れしたもの、実際に見なけりゃ信じられないのが当たり前だろうな、と。しみじみ実感したそうだ。
だが、
「三人組の霊が成仏する瞬間―― あれは、もしかして幻じゃなかったのかと思う時があるんです。何でって、ソノ・・・・・・」
近くに居たお父様が徹底してノーリアクションだったこともあるそうだが、
「あれはもう、出来過ぎなくらい
美しかったからなぁ 」
――他の人の立場に立ってみたら、霊なんて見えないに越したことはないだろう、と。最後に名越さんは仰った。
しかし自身の霊視能力に関しては先天的なものであったし、小さい時分からそれが日常だったので、(すべてが良い思い出であったわけではないが)自分自身は特に苦悩も後悔もしていない、と仰る。
今ではむしろ、その時の体験すら〝ネタ〟にして
多くの人と 楽しく交流しているという。
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どこからなりと、御賞味を――
【本当にあった怖い話】
ねこぽて
ホラー
※実話怪談や本当にあった怖い話など、
取材や実体験を元に構成されております。
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