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第参念珠
#028『ハッピーバースディ』
しおりを挟む6年前、こういうことがありました、と。専業主婦の恵那さんからお電話でお聞きした話。
コロナ禍まっただ中、苦肉の策として始めた電話取材シリーズ第一弾である。
――当時、恵那さんのお宅は大規模なリフォームの必要に迫られていたという。
『シロアリが、ですねぇ。床下に蔓延っちゃって・・・家の土台がボロボロになってる、って業者の方から言われたんです。ええ、きちんとした業者の人。「今までふつうに建ってたこと自体、もはや不思議」なーんて添えられちゃって。アハハ・・・ ま、色々と外観もガタが来始めてましたし。ただのリフォームだったら別によかったんですけどねぇ、』
かなり大掛かりな作業になると聞かされ、一ヶ月ほど 別の家に住まなくてはならなくなってしまった。
当時、二人のお子さんはまだ小学生。御主人は仕事の関係もあり、今の家からあまり離れた場所に住まうにはリスクが高かった。
そんなとき、知り合いの大工さんが「心当たりあるよ!」と言って 一軒の空き家を紹介してくれたのだという
『ただし、築40年の年季が入ったボロ家。更にもう10年くらい住む人がいなくて荒れ果ててるって』
うちの親戚筋にあたる家主さんも、家賃なんかいらないって言ってるから。入ってみては?と勧められた。
・・・恵那さんと御主人さんは、自分らが住んでいる町の片隅に そんなオンボロの空き家があるということ自体にビックリしたらしい。
『話を聞く限りでは、まるで幽霊屋敷みたいな感じでしたけど・・・リフォームが終わるまで、まさか野宿するわけにもいかないじゃないですか。だから、』
だからそんなわけで、紹介者の大工さんを伴って その空き家を拝見してみることになった。
家から歩いて15分ほど、周囲の背の高い家屋にヒッソリ隠されるようなかたちで――そのお宅は、国道から少し入り込んだ位置に建っていた。本当に、指摘されるまでそこに家が建っているなんてわからないような立地だったという。
『2階建てだったんですけど、そんなに高さが無いんですね。何となく押しつぶされたような見た目で、ちょっとヘンな家だな、って。真っ先に思いました』
ただし、造りはちゃんとした日本家屋だったという。
「いやぁ、古いモンでねぇ。でも建てた職人は、いい仕事なの。だから骨組みとか、今でもシッカリしてますよぉ。でも、とにかく古いんだ。ちょっとですねぇ、こりゃ」
大工さんは苦笑いを浮かべながら、「古い古い」と連呼している。
入ってみると、なるほど。年季の入った感はひしひし見て取れるものの、内装自体は取り立てて痛んでいない。空間も、案外広々と取られているようだ。
だが、何ともカビ臭かった。じめじめしている上に日当たりが悪いようにも感じられ、どうにも中の空気が陰鬱に思えて仕方ない。
だがその点を指摘すると、大工さんは「窓を開けて空気を入れ換えれば改善しますや」「そこんとこは心配いらねぇ」と笑い飛ばしてしまった。
「掃除も、一月前に家主がやったきりですからな。でも、ちょっと入念に綺麗にしてやりゃ、カビ臭いのもスッキリ取れちまいますさ」
(ふぅん。そんなもんかしら・・・)
長く人の入らない家は、こういう「死んだ」状態になってしまうと。何かで読んだ記憶がある。
中を暗く感じるのは、電気を通わせていないせいからかな、と。恵那さんはポジティブに考え始めていた。空気がよくなり明るさが増せば、別段 住むには支障がなさそうだ。歩くたびにギィギィ音をたてる廊下にさえ目を瞑れば。
御主人もそう思い始めていたようで、「むしろ前の家より仕事場には近いな」と前向きな台詞を口に出していたという。
「ねぇ、2階の方も見に行っていい?洗濯物を干すスペースがあると助かるから」
恵那さんは、そう言って階段を上がってみた。
ギッ、ギッ、と小さな軋み音が鳴ったが・・・ 正直、1階廊下ほどの酷さではない。
(まぁ、終の住処ってわけでもなし。いろいろ我慢すれば、家賃免除っていうのは結構オイシイかもね)
洗濯物を乾かすのに恰好の場所も見つけて、2階の窓から青空を眺める恵那さん。
理想の物件が手近な所に見つかったことに、思わず安堵の笑みが零れる。
――が。直後、
・・・♪~♫♫~~♬♬♪♪~~♩♩~~・・・
(・・・・・・・・?!!)
――いきなり、何処かから聞こえるピアノの旋律。
それがとても流麗に、『ハッピーバースディ』の曲を奏でている。
・・・エ、何これ。近所の人が弾いてるの??
それにしても間近で鮮烈に聞こえるピアノの音色に、思わず奇妙な不安のようなものを感じた恵那さんであったが・・・・・・
(・・・ ? あ、あら。ヤダ・・・)
――やがて彼女は、ピアノの音と共に、自らのズボンのポケットが小さく振動しているのに気づく。
中身を取りだし、凝視する。
それは、自らのスマホだった。時間は午後1時55分を示しており、アラームモードが作動していた。
実は恵那さん、午後2時から放送されるお気に入りのドラマを見逃さない為、いつもこの時間にアラームを設定していたのである。本日はこの家へ下見に来る予定になっていたのでドラマは自宅のHDDに録画してきたのであるが、アラームはいつも通りに鳴り響いてしまったわけなのだ。
なぁんだ、驚かせてくれるわ。ホッと一息の恵那さん。
・・・だが。
すぐ、別の疑問が脳裏を過ぎる。
彼女が、この時間のアラームに設定していた音楽は、大好きなタッキー&翼のファーストシングルの曲。
「ハッピーバースディ トゥ~ユ~♪」では無いのだ。
何でこんな曲が流れたのだろう?スマホの不具合なのかな? スワイプ動作でアラームを止め、首を傾げていると、
「――おい、恵那! 恵那ーっ!!」
今度は不意に、大声で名前を呼ばれた。
御主人だ。
はいはい、何、何?と足早に階段を下りると、
そこには思い切り不機嫌な顔をした御主人の姿があった。
「こんな所、よう住めん。別の家を探すぞ。もう出よう」
傍らには、おろおろする大工さんの姿も見える。「旦那さん、すいません」「隠していたわけじゃないんですが・・・」などとわけのわからないことを言いながら何度も頭を下げているが、「はいはい、もういいですよ」 御主人のムッツリ顔は治らない。
思わず、どうしたの?と尋ねる。
「地下室があったんだ」と答えられた。
「あんな気持ちの悪い・・・とにかく、こんな家に住むなんてまっぴらだ。帰るぞ」
有無を言わせぬ勢いがあった。
御主人は、ご足労して頂いた大工さんにすらそれ以上何も言わず――スタスタと外に出て、車の中に乗り込んでしまった。「行くぞ!!」と急かされたので、恵那さんも急いで助手席に座った。
申し訳ないので、大工さんにはとにかく会釈だけはしておいたが、魂が消え去ってしまいそうな大嘆息で返された。
「ねぇあなた。その地下室の中で何か見たの?」 幾度も訊いてみたが、答えは無かったという。
※ ※ ※ ※
さて、その後。
結局恵那さん一家は、自宅からかなり離れた場所にある借家に一ヶ月間 落ち着くこととなった。
つつがなくリフォームも終了し、家族揃って懐かしの我が家に帰ってきた当日、意外な客人が赤白のワインを両手に下げて訪問してきた。
「やっほー。お姉ちゃん、お家、きれいになったね!これ お土産。旦那さんと一緒に飲も☆」
実家暮らしをしている、恵那さんの妹さんだ。
気さくな性格の為、御主人はおろか、二人の子供達とも とても仲が良い。
何事もいきなり主義なのが玉に瑕だが、不意な来客を断る理由もなかった。その日は和気藹々と、お酒を飲みながら四方山話に花が咲いた。
――子供二人が就寝した後。話はやがて、あの古家で恵那さんが体験した謎のアラーム事件に移っていく。
「いやぁ、本当にびっくりしたわ。何せいきなり、『ハッピーバースディ』の曲が鳴り出しちゃうんだからさぁ」
それを聞いた妹さんが、露骨に首を捻ってみせた。
『ハッピーバースディ』?ピアノの? 何度も確認するように尋ねてくる。
「あのさ・・・お姉ちゃんのスマホ、あたしと同型じゃん。だから断言出来るんだけど、あの型のスマホにはそんなアラーム曲、デフォルトで入ってないんだよね」
外部から入れた曲とか落とし込んだ?と訊かれ、思わずスマホを操作して確認してみた。
――確かに。『ハッピーバースディ』の曲目は、初期設定のアラーム曲の何処にも見当たらない。
更に言えば、同曲を恵那さんが音楽データとしてスマホに入れてすらいない。
つまりどんな不具合が生じたとしても、あの状況で『ハッピーバースディ』が流れる筈がないのだ。
・・・・・・え、ほんとに怪奇現象?姉妹二人は、顔を見合わせる。
「そう言えばあなた・・・あの時、地下室がどうとか言ってたけど・・・」
本当に地下室なんてあったの?
そして、そこに何があったの?
――恵那さんの問いに、かなり長い間 御主人はワイングラスを片手に固まっていたという。
しかし、おもむろに大きな溜め息を吐き出し、「隠し事は出来んな」と。ぽつりぽつり、あの時の真相を話し始めたのだった。
※ ※ ※ ※
「うーん・・・何から話せばいいんだか・・・ まぁ、恵那が洗濯物を干す場所を探しに行った、あの時からだな」
・・・あの日。恵那さんが、2階への階段をギッ、ギッと上り詰めて行った直後。
御主人は、家の裏口を入って直ぐの位置にある観音開きの戸を、何気なく――本当に何気なく―― 開けてみたという。
おそらく中は収納スペースか何かになっているのだろうが、どれくらいのキャパがあるのだろうか。どんな造りをしているんだろうか・・・そんなことに興味があったらしい。
が、意に反して。戸を開けた中には、まったく別の光景が広がっていた。
――下へ下りる為の、木製の梯子。
後ろを振り返ると、「あちゃあ、見つかったか」と言わんばかりの表情をした大工さんと視線がかち合ってしまった。
そうなんです、この家、地下室があるんでさぁ・・・ そう告白され、「はぁ~~?!!」と思わず大きな声が出たという。
「ち、地下室って・・・倉庫か何かですか」
「え、はぁ。まぁ、広かァ無いけど、倉庫としても使えるでしょうねぇ」
「広くない? まさか、座敷牢とか・・・」
「いや、ええと。まぁ、ハハハ・・・」
何だか要領を得ない受け答えをされたので、「もしや本当に座敷牢?」と心配になった。
大工さんとしてはあまり入って欲しくなさそうであったが、構わず「失礼、」「ここに住むことになるのかも知れんのですから、見せてくれてもいいでしょう」と。御主人は、ずんずんと地下への梯子を下って行った。
そして思わず、言葉をなくした。
スマホの、心許ないライトで照らし出された―― おそらく三畳間くらいの、狭い漆喰塗りの空間。
その一番奥に、赤い着物を着た女の子が 三つ指をつくような姿勢で座っていたのだ。
――??!!
・・・・・・え、子供・・・ 女の子・・・ え、え、え?!
ほんとに閉じ込められて・・・? うそ・・・
・・・ンッ?!
――と。しばらく観察してみて、御主人はあることに気づいた。
女の子の、生気のない表情。微動だにしない佇まい。
これ、人形?!
「ははは・・・見られちゃいましたねぇ」
上から、大工さんの弱り切った声が聞こえた。
「この家の一番最初の持ち主のお婆さんが、大切にしてたっていうお人形さんですよ・・・もうずっと、この地下室にあるんです。外に出しちゃいけないって話で」
外に出しちゃいけない?
何で?出したらどうにかなってしまうのか??
・・・よく見ると、人形はイグサ地の正方形の台座の上に乗せられており、その背後の壁には、縦書きの文章らしきものを切々と書き綴った掛け軸がかけられていた。
あまりに達筆すぎた為、その掛け軸の文字はひとつとして判読出来なかったそうだが、
(・・・あ。 この人形は、ここの家の死んだ娘さんを模して造られたものなんだな。この掛け軸には、その来歴が綴ってあるんだな)
――何故か、そんなことが直感的に頭へ閃いたという。
ライトで照らし見た人形の顔かたちは、それはそれは可愛らしかった。「日本人形じゃなかった。ちょっと洋風の、ハイカラな容貌だった」らしいので、もしかすると大型の球体関節人形だったのかも知れない(そうでないと、着物を着せることが困難だろう)。
――にしても、大きい。
実寸大か。
・・・・・・立ち上がれば、うちの子供達と同じくらいの背丈かな・・・・・・
と思った瞬間、凄まじい怖気が背筋を貫き走った。
こんなものが居る家に、子供達を住まわせるわけにはいかない。
遊び相手にされてしまう・・・!
――それも、まったく直感的な恐怖であった。
理屈ではなかった、という。
恐怖に突き動かされるまま梯子をのぼり、「よくもこんな家を紹介したな」とばかり大工さんを睨みつけた。1分1秒だって、こんな所には居たくない。
「――おい、恵那! 恵那ーっ!!」
自分でもイヤになるくらい大きな声で、恵那さんを呼んだ。
・・・あとは、お前も知ってる通りだよ。 御主人は、うんざりしたような顔でそう語った。
――場は完全に白けてしまい、恵那さんと妹さんは もはやワインを楽しむような気分ではなくなってしまったという。
※ ※ ※ ※
取材の最後に。
恵那さんは、何故あの時ハッピーバースディの曲が流れたか・・・という大きな疑問について、一つの推理を聞かせてくれた。
「・・・うちの旦那の直感的な予想が正しかった、とすればですよ? もしかしてあの日、くだんの女の子の誕生日だったんじゃないかな、って思うんです。ええ、人形のモデルになった、可愛い女の子」
だから、たまたま家の中に入って来た人間に、それを知って貰いたかったのではないか、と。
あわよくば、祝って欲しかったのではないか、と。
「親御さんも、若くして娘さんを亡くして悲しかったでしょう・・・でも、その姿を模して人形なんか造っちゃったから。 娘さんの魂は、その中に入ったまま 何処にも行けなくなってしまったんじゃないですかね・・・」
もしそうなら、悲しいですね。
ほんとうに。
恵那さんは声のトーンを落としてそう仰った。
――ちなみに。更にその後、私は「是が非でも例の家と人形を見たいので家主さんにお話をつけて頂けませんか」と 恵那さんに頼み込んでみたのだが、
「紹介してくれた大工さんとは只今絶交状態なのでそれはちょっと・・・」
「今のこのコロナ騒ぎが一段落するまで、取りあえずお待ち下さい」
・・・と、やんわり はぐらさかれてしまったことを付記しておく。
応援ありがとうございます!
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