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第参念珠
#027『 池 』
しおりを挟む今年二十歳を迎えたばかりのフレッシュ若人・栄斗くんは、小学校の中学年くらいの頃、ルアーにハマっていた。
――とは云っても、「ルアーフィッシングにハマっていた」という意味ではない。
あの、宝石みたいな存在感を持つ ルアー針自体の、独特な存在感に魅了されていたのだ。
「ポッパーとか、ペンシルベイトとか、クランクベイトとか・・・当時、近所の100円ショップにいろいろ種類が揃っていたんですよ。もういっぺんでソレ見て魅了されて。小遣い叩いて買い漁りました」
うっとりするような光沢を宿す、小魚を模した、お買い得な値段のルアーの数々。
パッケージは薄く埃を被っており、長く売れ残っているのが見た目にも明らかな代物であったが――それでも栄斗少年の目には、それが宝の山に見えたのだった。
100円ショップの商品を制覇すると、次は近所の釣具屋に入り浸った。こちらは安くても500円くらいの値段はしたが、ビビッとくるルアーを見ると もう買わずにはいられない。
「友達は、お定まりにカードゲームとか携帯ゲームにお金を使ってたけど・・・自分、特殊だったですからねぇ。2000円くらいのトラウト用サスペンド・ミノーを買った時なんか、30分くらい飽きずに色んな角度から眺めてウットリしてました」
――なるほど、ちょっと特殊な少年時代かも知れない。
最初は蒐めるだけで満足だったが、やがてそれだけでは飽き足らず、針を外して金具を繋ぎ足し、ランドセルのアクセサリーにするようになった。得意になって友達に見せびらかし びっくりされたり呆れられたりしていたが、ある日それに気づいたお父さんから「栄斗は釣りをするのか?」と尋ねられたのだった。
「ううん。しないよ。蒐めてるだけ」
「へぇ。いくつくらい?」
「えーと。もう50個くらいかなぁ」
「ご、50?! まじかよ。それ、宝の持ち腐れってヤツだぞ」
よし、今度いっしょにルアー釣りに行こう、と提案された。
お父さんは、学生時代 けっこう釣りにハマっていたという。久しぶりにキラキラ光るルアーを目にし、十数年の時を超えて何かのスイッチが入ってしまったらしかった。
「栄斗は、釣りとか初めてだろ。でも大丈夫。お父さんが一から教えてやるから、安心しな!」
「うん、ありがとう、お父さん!」
そう云えばルアーって釣りの道具だったんだなぁ、と。
その時、栄斗くんは今更ながらに思ったという。
※ ※ ※ ※
さて、早くもその週の日曜日。
まだ日も上らぬ早朝に起床した栄斗くんは、お父さんの運転する車に乗って釣りの目的地である高台の池へと向かっていた。
家から、車で30分弱。
400年近く昔に造られた溜め池で、現在ではブラックバスなどを放流してあるので絶好の釣りスポットとなっている。
だが古いだけあって、古来から龍神伝説が伝わる由緒のある場所でもあった。池の端には小さな社もあって、お稲荷様などが祀られているのだ。
・・・しかし、近隣住人にとってはもっと別の意味で知られた場所でもあった。
世を儚んだ人が、しばしば入水に訪れる場所。
つまり、自殺の名所として。
「ねぇ、お父さん。友達に聞いたんだけど、あの池、幽霊が出るんだって・・・」
「え? ハハハ、栄斗はそんなもん信じてるのか。幽霊なんているわけないだろ」
「でも、ジサツした人が多いんでしょ」
「ああ。それは怖いな。でも、前の身投げからもう5年近くは経ってるぜ。まさか今日はいないだろうさ」
家を出るまではちょっとした不安が心の隅に蟠っていた感じの栄斗くんだったが、陽気なお父さんの話を聞いているうちに、だんだんと釣りに対する期待だけが膨らんできた。
「お父さんはあの池の穴場も知ってるんだ。社の近くの鳥居の前でなぁ、そりゃもう入れ食い状態だったんだぞ!」
やがて、その鳥居前の池端に着いた。
早速、セッティングに取りかかる。土曜日のお昼にお父さんと一緒に買いに行ったロッドとリール。それに昨夜2時間もかかって選び抜いた珠玉のルアーを結びつける。
「よーし、その結わえ方を忘れるなよ。 そして投げ方にもコツがある・・・ ほら、こういう風にロッドをしならせて、勢いを付けてヒュゥーッと!!」
「うわっ、スゴイよお父さん、あんなに飛んだ!僕も、それーっ!!」
微笑ましい仲良し親子、的な光景だったでしょうねぇ・・・と栄斗くんは言う。
お父さんのレクチャーは最初っからかなりマニアックで、「こういう風な巻き方をすると水中でルアーがこういう風に動く」「このルアーは巻きを止めると沈む、これはそのまま停止する」・・・などと、中級以上のテクニックが満載だったという。
(へぇ、いろんなやり方があるもんだなぁ。ルアーって、ただ見た目がカッコイイだけじゃなくて よく考えて造ってあるんだなぁ)
栄斗くんは、たちまちルアーだけでなく、釣りの魅力にもハマり込んでいった。
・・・だが。
「・・・・・・お父さん。ぜんっっぜん釣れないね」
「う、うん。ぜんぜん釣れんな・・・」
そう。
入れ食い状態、などと言われたからムチャクチャ期待していたのに。釣りを初めて10分、20分が過ぎても何も針にかからないのである。
「水質が変わったのか、バスの個体数が減ったのか・・・ で、でもな栄斗。釣りってのは釣果だけが目的じゃない。こうやってリールを巻いてルアーを操作していると、雄大な大自然と一体化出来るような気持ちになって来るだろ?な?」
いや、それはない。静かな水面を見つめながら、栄斗くんは溜め息をつく。
確かにルアーを操作するのは楽しいが――レベル上げだけがゲームの目的ではないように、やはり釣りは魚が釣れなきゃ面白くないじゃないか。
・・・魚がルアーに食いつくと、どんな感触なんだろうな・・・
そんなことを考えながらカラカラとリールを巻いていた最中、
(ん・・・ 何だこれ・・・ モヤモヤしてる??)
不意に、視界が乳白色に染まった。
見通しがまったくきかないわけではないが――まるで、雲の中に入ってしまったかのような、不思議な案配だ。
「ちぇっ、朝霧がかかってきた。栄斗、危ないから、お父さんの傍を離れるなよ」
「えっ、霧?!これって霧なの?へぇ-!!」
霧に巻かれる、なんて状況 漫画かゲームなどでしかあり得ないと思っていた栄斗くんは、何気にテンションが上がってしまった。
話を聞くかぎりでは「そんなにひどい立ちこめ方ではなかった」らしいので、これは朝霧というより『朝靄』であった可能性が高いが。それでも、まるでファンタジー世界に迷い込んでしまったかのような、怪しい異界感があったという。
空気も、しっとりひんやりしていて 妙に気持ちいい。
「ゲームみたいだよ、お父さん!こないだ発売されたゲームにも、こんな場所が――」
と。興奮しながら、先ほどまでお父さんが立っていた岸辺の方を顧みる栄斗くん。
――しかし。
(あれ・・・? お父・・・さん・・・??)
そこに、お父さんの姿はなかった。
というか、その辺りに置いていた釣り道具一式も姿を消している。
その代わり、
〝コッコッコッ ココココココ・・・〟
「え・・・・・・」
そこには、一羽のニワトリが居た。
赤い鶏冠。雄鳥である。
「・・・・・・・・・・・・???」
ニワトリは、栄斗くんなど何処吹く風で、しばらく〝コココココッ〟とあらぬ方向を向きながら呑気に鳴いていた。しかし、不意に鳥居の方向へと向き直るや、あとは一直線にその片隅の草っ原の中へと――ゆっくり移動しながら、消えていったのだった。
その時、栄斗くんは気づく。
ぴょん、ぴょん、と。不自然な歩き方をする、雄鳥の姿。
そのニワトリの脚は、どうしたことか、
どんなに眼を凝らしてみても、 一本しか 見留められなかったのだ。
――『畸形』??
という言葉が脳裏を掠めた瞬間、
「おい栄斗!かかった、かかったぞ!ほらロッドを持て。リールを巻くんだ!」
――いきなり耳に入ってきたお父さんの声に、栄斗くんはギクリとしながら、さっきニワトリが現れ出た岸辺の方へ視線を巡らせた。
そこには、さっき影も形もなくなっていた お父さんの姿がある。
そして、更にどうしたわけか。さっきまで周囲一面に立ちこめていた靄が、一瞬にして晴れてしまっているではないか。
(え、 え、 え??!!)
お父さんが手に持つロッドは、グィン!!と しなっていた。糸が一直線にピンと張り詰め、それが繋がる水面の先は、アトランダムに左右へ激しくルアーをこね回している。
「ほら栄斗!バスが食いついたんだっ、これを持ちなさい!さぁ!!」
ちょっと、何かがわからなくなった。
だが急かされるまま、栄斗くんはお父さんから、ロッドを譲り受けた。
――手に感じる引きは、意外に強い。生物特有の、意思を感じる抵抗感がある。
そこで現実に引き戻された。
・・・これは絶対に釣り上げたい、と 本能的に思った。
「栄斗、無理に引っ張り上げようとするなよ!時には糸をくれてやれ。そんで、遊びを感じたらリールを巻け!要領よくやるんだっ!」
お父さんは、たぶん、そんなことをアドバイスしたのだろう――という。
半分も、耳に入ってはいなかった。
だが、頑張った。とにかく頑張った。
一生懸命にロッドとリールを操り、『要領よく』頑張ったつもりだった。
そして・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・何だ、これ。ちっちぇぇ」
数分間もの奮闘の後、栄斗くんが釣り上げたブラックバス。
しかしそれは・・・成魚になってまだ間もないと思しき、体長十数センチほどの小物だった。
あんなに激しく引いてきたと思ったのに。栄斗くんはガッカリすると同時、死にもの狂いの魚が発揮する力の強さに、純粋な感動を覚えた。
「どうする栄斗。これリリースするか。逃がすか」
「・・・ううん。持って帰っていい?これ飼いたい」
「ははは!そう言うと思った。キャッチ&リリースの精神には反するが、こんなこともあろうかとエアレーション付きの容器を用意してたんだもんな」
口に入り込んだルアーを外すのは、ちょっと危ない作業なのでお父さんにやって貰うことになった。
自分の手で釣り上げたブラックバス。大事に、大事に育てようと思う。
と。お父さんの手が止まった。
何故かこちらを振り向いて、「栄斗、これ、持って帰る?」もう一度訊いてくる。
見れば、ブラックバスは 腰の辺りから尻尾にかけて、見事にNの字に身体が捻れていた。
※ ※ ※ ※
それでも、栄斗くんはその捻れたバスを家に持って帰った。
その日の釣果は、結局 その一匹だけだったのだ。
酸素を循環させた水槽に入れてやると、その日の夜には元気に泳ぎ回るようになったのでホッと一息したという。
だが残念なことに。その翌日、朝起きて直ぐに様子を見に行ってみると、水面にプッカリと浮かんで死んでいた。
何故か水槽の中には、ビッシリと白い黴のようなものが蔓延っており――バスの身体にも、それがまるで和毛のように取り付いていたらしい。
・・・ちなみに、栄斗くんは今でも頻繁に釣りを楽しんでいる。
ただし 海釣り専門だという。
応援ありがとうございます!
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