真事の怪談 ~冥法 最多角百念珠~

松岡真事

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第壱念珠

#004 『わりばし』

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「小学一年生になる一番下のチビがねぇ、カブトムシを飼いたいとか言い出したもんだから仕方ないよね。確か倉庫の中に小さな水槽があったなぁ、と思い出してさ」


 猪熊さんがかくの如き次第で自宅の倉庫の扉を開けたのは、今から3年ほど前のこと。


 かなり昔に直し込んでいたものを取り出すとあって、手前に積み重なっている様々な物品を倉庫の外へ押し出しながら、奥の方へ奥の方へと分け入っていった。

 すると、目当ての水槽の直ぐ横あたりに懐かしいものを見つけたという。


「ほう?これ、捨ててなかったんだ」


 学生時代に使っていた通学鞄である。

 ほとんど教科書やノートを入れなかったので、ペシャンコに潰れた状態で倉庫の片隅に横倒しになっていた。猪熊さんが現役のヤンキー学生だった頃は、膨れた鞄で通学する行為はひどく格好の悪いことだったのである。携帯するのに意味があるのかと首をひねりたくなるほどに中身を空っぽにし、時折ケンカ用に使う鉄板などを忍ばせたりもしていたらしい。

 ――ふふ、何か思春期の残り滓みたいなモンでも入ってねぇかな――

 埃まみれの水槽と一緒に、それ以上に埃を被っていた鞄も持って行くことにした。
 個人的に水槽よりも鞄の方に興味が行ってしまったので、玄関で綺麗に埃を拭き清め、思ひ出たっぷりのそれを居間へ持ち込み、パカッと開いて中を検めてみた。

 しかし。


「・・・何もねぇなぁ」


 それはそうだ。中に何かを入れた記憶の方が少ないのである。

 見事に空虚な鞄の中にガックリとしたものを覚えた猪熊さんは、「いや、何か取り出し忘れたものがあるかも知れん」と躍起になり、それこそ重箱の隅すら突かんばかり、徹底的に鞄の中を調べた。調べまくった。

 すると、意外なものが姿を現したのである。

(?? レシート・・・?)

 3枚、あった。

 日付は忘れてしまったというが、そのすべてが昔近所にあった『タケダ屋』という雑貨店のものである。

 そして3枚とも、すべてに『割り箸30膳入り』を買ったことが明記されていた。


 ええっ、まったく記憶にねぇなぁ。
 それに、こんなたくさん割り箸ばっか・・・家で法事とか寄り合いとかをしたのかな??


 ・・・レシートを鞄の中に入れていた理由すら思い出せない。
 首を捻ること夥しい発見物であったが、「パパー!容れ物あった?カブト買いにいこう、カブト!!」と傍らで息子さんにせっつかれた為、結局その場はウヤムヤになってしまった。


  ※   ※   ※   ※

 2匹つがいのカブトムシが家族の一員に加わって、しばらく経った頃である。

 離れて住んでいる両親が、孫の顔を見る為に猪熊さん宅を訪ねてきた。

「お祖父ちゃんお祖母ちゃん!ほらカブトムシだよ、雄と雌だよ!」
「おー?ははは、本当だ。夫婦めおとカブトだ」
「あら。この水槽、あんたが小学校の時に金魚飼ってたやつじゃない。よく取ってたねぇ」

 親が水を向けてくれたのを幸いとばかり、猪熊さんは「実はこの水槽の近くに昔の鞄を見つけて・・・」と事の次第を語りはじめた。

「べらぼうにたくさんの割り箸を買ったようなレシートが入ってたんだけど、何か心当たりない?妙に気になってさぁ」

 べらぼうにたくさんの割り箸、という言葉を聞いた瞬間、父母の瞳はギョロリと見開かれた。

「あんた・・・本当に覚えてないんだねぇ」
「覚えてないんだなぁ。怖い怖い」

 ・・・え。何ソレ。
 怖い怖いと言われても、何が怖いんだかすら、わけがわからない。
 詳しく教えてくれと頼み込んだが、可愛い孫の前では話しづらいのか。「ちょっと向こうに行こうか」と父親だけが、ベランダの外へと猪熊さんを誘った。

「煙草でも吸いながら話そう。 そうさな、お前が高校に入ったくらいの頃だったかな」


  ※   ※   ※   ※

 細かい時節は忘れてしまったが、本当に突然のことだったという。

「ただいまー!! なぁなぁ親父、おふくろ!見てくれよ。オレ、超能力が出来るんだ」

 ある日の夕方。学校から帰ってきた少年時代の猪熊さんは、いつになく上気した笑顔で両親にそう宣言し、鞄の中からタケダ屋で買ってきた割り箸を取り出した。

「ねぇ灰皿ない?灰皿灰皿灰皿灰皿」

 むちゃくちゃに急かすので、お父さんが怪訝に思いながらも灰皿を差し出す。

 すると猪熊さん、ビリビリーッと子供のように割り箸の袋を引き裂き、中から一膳の割り箸を取り出すや否や灰皿の上に放り出し、

「むん!!」

 気合いを入れた。

 ――割り箸の尻の方に、火がつく。

「ええっ?!」
「ほぉぉ??」

 お父さんもお母さんも、心から驚いたという。
 箸の燃え方はかなり速やかで、あっという間に全体が一条の灰の筋となってしまった。
 こりゃすごい。本当に超能力みたいだと言うと、「本当の超能力だよ!」猪熊さんは口を尖らせて怒った。

「手品か何かだと思ってるな。種も仕掛けもないんだぜ、見てろ!!」

 そう言って、もう一膳割り箸を灰皿の上へポイ。
 むん!と気合い。
 ぽぅ、と火がつき、すぐに灰――

「へへへへへ、すげぇだろ。もう一回やるぜ」


 わかった、わかった・・・両親はやけに熱くなった猪熊さんを宥め、部屋へ戻らせた。
 お母さんが置き去りになった箸の袋や中身を検めてはみたが、確かに種も仕掛けもない。

 箸を手に取る時に何かトリックを仕込むんだろうな。それにしても危ない手品だ。毎日不良じみた行為に興じていることも含め、困った息子だ・・・ 夫婦揃ってため息を吐いたという。



 が。その次の日の夕方。


「ただいまー!! なぁなぁ親父、おふくろ!見てくれよ。オレ、超能力が出来るんだ」

「「え?!!」」

「ねぇ灰皿ない?灰皿灰皿灰皿灰皿」


 息子である猪熊さんは、前日とまったく同じように帰宅早々、そんなことを曰い始めた。

 そして再び差し出された灰皿に、再びタケダ屋から買ってきたとおぼしき新品の割り箸を乗せ、「むん!」と気合いを入れる。

 箸が燃える。
 灰となる。
 お父さんとお母さんは、ゾッとなった。

「お、お前。何でまた、割り箸を買ってくるんだ。き、昨日買ったのも、まだいっぱいあるだろ!」

 軽く混乱したお父さんがトンチンカンな小言を聞かせようともしたが、

「すげぇだろ!」
「種も仕掛けもないんだぜ!」
「もう一回やろう。へっへっへ」

 猪熊さん自身も何かが混乱しているのか、その受け応えはまったく要領を得ない。

「も、もういい。部屋へ行け!」

 前日と同じように息子を部屋へ戻した後、二人で前日よりもっと深刻なため息を漏らす。

「お父さん」
「ああ、お母さん」
「心のお医者か、拝み屋さん」
「どっちかだな」
「どっちにしましょうかねぇ」
「いきなり精神科ってのも、親としてどうかな・・・」

 結局、謎の現象もセットで起こったということで、隣町の拝み屋さんに電話を入れてみた。

 受話器越しに一切を説明すると、拝み屋さんは『はいはいはい』『わかったわかった』と呑気に返され、

『儂が行くまでもないよ。あんたら明日の朝一番に、〇〇〇観音さんのところの湧き水を汲んで来なさいな。そんで、学校から帰ってきた坊ちゃんにね。お父さんがブワーッとやるといい』

「ブワーッと、と申しますと?」

『ホラ、時代劇とかであるでしょ。刀傷に、口に含んだ消毒の焼酎をブワーッと』

「あ、そういう風に」

『そ。ああいう風に』


 翌日の夕方。
 猪熊さんはまたまた帰宅早々、「親父、おふくろ、超能力-!」と声高に叫んで新品の割り箸を鞄から取り出した。

「灰皿、灰皿灰皿灰皿」

 居間の灰皿の上へ白々とした割り箸を乗せ、「むん!」と気合いを入れようとする――

 が、その時 お父さんがブワーッとやった。
 焼酎の空瓶の中へ汲んできた湧き水を、口に含んで霧のようにして吹きかけたのである。
 すると、てきめんだった。
 きゅぅぅぅ、と絞るような声を出し、猪熊さんは倒れた。
 そして、くぅくぅと。寝息をたてて眠り始めたという。

「あのぅ・・・ 言われた通りにやりました。息子は寝ました」

 お母さんが拝み屋さんに成功を連絡する。
 拝み屋さんは、『そうだろ、そうだろ』『もう大丈夫』と嬉しそうに仰る。

『起きたときには、もう超能力だ何だと自分が言うたことまで忘れとるよ。ご両親も、それを蒸し返さんこった。あとはそれで解決。めでたしめでたしだ』

「はぁ。あの。息子のコレは、いったい何だったのですか?」

『え?うーん。説明は難しいねぇ。しいて言えば、〝兆し〟かねぇ』

「兆し?」

『うん。火難の兆し』

 ――これがあと2、3回続けば、たぶんお宅は不審火を出して全焼しとっただろう。

 何気なくそう言って笑う拝み屋さんの言葉に、お母さんは血の気が引いて受話器を落としそうになったという。


  ※   ※   ※   ※

「そんなことがあったのか・・・」
「そんなことがあったんだ」
「オレ、まったく覚えてねぇよ」
「覚えてないか。そうだろうな」

 覚えていない方がいいよな。そう言ってお父さんはゆっくり、紫煙を吐き出した。
 同じように煙を燻らせながら、猪熊さんはしばし、俯いた。


 何故3日分の割り箸のレシートを、当時の猪熊さんは後生大事に鞄の中に直し込んでいたのか――それは今でもわからないままである。

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