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#043 『マジックのお医者さん』
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昔、よく行ったスナックにニーナちゃんというフィリピーナが居た。
彼女は利発な人で、日本語に多少の齟齬や訛りはあるものの、日常会話くらいなら「よくそんな言葉を知ってるね!」とこちらがビックリするくらい達者に話した。
そんな彼女に会って、私が振る話題と言えばただ一つ。
「フィリピンのお化けの話、して!!」
実際、フィリピンは妖怪(というか精霊)天国であった。そこかしこに〝見えない世界の住人〟が居て、それらは夕方から夜になると活発に活動をはじめるので、「見えないが故に」怖れられていたという。
「カプリーン、居る。ワタシの家の近くの、大きな木。朝とか昼は大丈夫なのだけど、夕方になると居る。太い枝に座って、近く歩く人、見てる」
「へぇ?それはどんな姿をしてるの?」
「見えない、見えない。見えない大きな、お猿さん」
「見えないけどお猿?何なのそれは」
「人間にはゴースト(この場合妖怪の意味)見えないネ。でも、お母さんお父さん、お祖父ちゃんお祖母ちゃん、みんな居るって言ってる。これは居るから言ってる。ウチの家族、皆、嘘つかないの人だから。お祖母ちゃんが、カプリーンは大きなお猿だって言ってたから、これは本当の話」
「ふ~ん、そうなのか・・・」
「・・・学校の帰り、怖かったヨ。カプリーンから見られてる、思うから。怒らせないように、早足で帰ってた」
「カプリーンが怒ると、どうなるの?」
「わからない・・・ たぶん、食べられる」
憶測で良くもそんなに怖がれるなぁと感心したことを覚えている。
彼女からはこの他、「自分の身体と他人の身体を交換してしまう術」を持った某特戦隊の隊長のような『エンカンドゥー』という妖怪や、都市伝説としてあまりにも有名な『ホワイトレディ』の話も聞かせて貰った。ネットで大きく取り沙汰される前にこの幽霊の話を聞くことが出来たのは、貴重な体験だったと今ではしみじみ、思っている。
しかし、それだけの話では私は満足出来なかった。
ある日、「本当にお化けに会った人の話はないの?」と尋ねてみたのである。
ニーナちゃんは少し表情を曇らせ、「アー・・・」と珍しく何かを言いあぐむような様子を見せた後、
「マコトサンになら教えてあげるよ。ワタシの叔父さん、ゴーストにもりつかれたネ」
「もりつかれた?!」
「そう、悪いゴースト、入った」
こうして、彼女の叔父さんが超常的なモノに取り憑かれた時のエピソードは語られはじめたのである。
※ ※ ※ ※
今からざっと20年以上前のことになろう。
ニーナちゃんの叔父さん(彼女のお母さんの弟にあたる)は、地元の人が「森を侵してはいけない」と決めていた期間を無視してジャングルの中に分け入り、帰って来た時にはすっかり『何か』に入り込まれていた。
ぶるぶると引っ切りなしに震え、「何かがオレの中に居る」「怒ってる、すごく怒ってる」と泣きながら家族に訴えたのだという。
何故、禁を破ってジャングルの中に入ったか!とニーナちゃんのお祖父さんからひどく叱責されたらしいが、叔父さんは頑なに理由を言わなかった。それは今でもわからないままである。
取りあえず、このままではいけない。お医者を呼ぼう、ということになった。
「だから、マジックのお医者さん呼んだ」
「マジックのお医者さん?!」
「そぅ。フィリピンには、二つ、お医者さんある。サイエンスのお医者さんと、マジックのお医者さん」
つまり、呪術医を呼んだということだろう。
『マジックのお医者さん』は、叔父さんを一目見るなり、「邪精霊の雄が入っておる」と断言し、直ぐさま祈祷に取りかかった。
当時まだ子供だったニーナちゃん曰く、「いっぱい楽器を鳴らして、お祭りみたいなご祈祷だった。見てて楽しかった」らしい。
術の効果は てきめんで、直ぐに叔父さんは正気に返った。
家族は何度も何度も礼を言い、たくさんの謝礼を以て『マジックのお医者さん』を見送った。謝礼はお金ではなく、お肉や野菜といった〝現物〟だったらしい。
ふつうならここで、「めでたしめでたし」となるところであるが――
「次の日ね。叔父さん、また狂った」
翌日、太陽が地平線に隠れだした頃だったという。
叔父さんはまた 悪寒と身体の不調を訴え、遂にトランス状態に陥って、〝本人のものとは似ても似つかぬ〟声で語りだした。
「フハハハハ、愚かな人間どもめ!ワシがあの程度で出て行くとでも思ったか。欺いてやったのだ、まんまと騙されおって!」
これには、家族全員が震え上がった。
また、『マジックのお医者さん』を呼んだ。
お祭りのようなご祈祷がはじまった。
叔父さんが静かになった。
皆、ほっとした。
そして、翌日の夕刻、
「ハッハハハハ!バカめバカめ!ワシはあの程度で落ちぬぞ!!」
これが、何度も何度も繰り返された。
お礼の物品もバカにはならなかったが、ニーナちゃんの家族は近所の人たちに頼んで供物を都合して貰い、その都度 『マジックのお医者さん』を呼んだ。
フィリピンではひどく家族を大切にするのだという。
やもすると、日本以上に。
※ ※ ※ ※
叔父さんは、どんどん消耗していった。
何と一睡もしないというのだ。
朝昼は放心状態であるが、太陽が沈むと、途端に暴れ出す。
「我は邪精霊の将軍であるぞ!!」
「吸血魔女を率いて、この集落の子供を根絶やしにしてやる!!」
「万の血を捧げよ、億の妊婦を殺せ!!」
――そのような不吉な意味の言葉を口走り、やたらめったら、身体を打ち付ける。
家族は、『マジックのお医者さん』の力を信じた。いつかは落ちると信じていた。
しかし。
「叔父さん、死んだネ・・・忘れないよ」
ある日 身体じゅうから、汗のように血を吹いて、白目を剥いて亡くなったという。
集落の人間に危害が及ばなかったのは、「彼の精神力が最後の最後に悪霊を御したからだ」と『マジックのお医者さん』は言ったのだ、と。
「な、何だよその話・・・『マジックのお医者さん』、インチキじゃんか」
「違うよマコトサン。フィリピンの人、お金持ちはサイエンスのお医者さん 呼ぶ。そうでない人は、マジックのお医者さん 呼ぶ。それ、仕方ない」
「・・・・・・・・・・・・」
「サイエンスのお医者さん、偉い」
そっちのお医者さん呼べば、叔父さん、助かったかも知れないネ――と、ニーナちゃんは最後に、泣きそうな顔で呟いた。
彼女は利発な人で、日本語に多少の齟齬や訛りはあるものの、日常会話くらいなら「よくそんな言葉を知ってるね!」とこちらがビックリするくらい達者に話した。
そんな彼女に会って、私が振る話題と言えばただ一つ。
「フィリピンのお化けの話、して!!」
実際、フィリピンは妖怪(というか精霊)天国であった。そこかしこに〝見えない世界の住人〟が居て、それらは夕方から夜になると活発に活動をはじめるので、「見えないが故に」怖れられていたという。
「カプリーン、居る。ワタシの家の近くの、大きな木。朝とか昼は大丈夫なのだけど、夕方になると居る。太い枝に座って、近く歩く人、見てる」
「へぇ?それはどんな姿をしてるの?」
「見えない、見えない。見えない大きな、お猿さん」
「見えないけどお猿?何なのそれは」
「人間にはゴースト(この場合妖怪の意味)見えないネ。でも、お母さんお父さん、お祖父ちゃんお祖母ちゃん、みんな居るって言ってる。これは居るから言ってる。ウチの家族、皆、嘘つかないの人だから。お祖母ちゃんが、カプリーンは大きなお猿だって言ってたから、これは本当の話」
「ふ~ん、そうなのか・・・」
「・・・学校の帰り、怖かったヨ。カプリーンから見られてる、思うから。怒らせないように、早足で帰ってた」
「カプリーンが怒ると、どうなるの?」
「わからない・・・ たぶん、食べられる」
憶測で良くもそんなに怖がれるなぁと感心したことを覚えている。
彼女からはこの他、「自分の身体と他人の身体を交換してしまう術」を持った某特戦隊の隊長のような『エンカンドゥー』という妖怪や、都市伝説としてあまりにも有名な『ホワイトレディ』の話も聞かせて貰った。ネットで大きく取り沙汰される前にこの幽霊の話を聞くことが出来たのは、貴重な体験だったと今ではしみじみ、思っている。
しかし、それだけの話では私は満足出来なかった。
ある日、「本当にお化けに会った人の話はないの?」と尋ねてみたのである。
ニーナちゃんは少し表情を曇らせ、「アー・・・」と珍しく何かを言いあぐむような様子を見せた後、
「マコトサンになら教えてあげるよ。ワタシの叔父さん、ゴーストにもりつかれたネ」
「もりつかれた?!」
「そう、悪いゴースト、入った」
こうして、彼女の叔父さんが超常的なモノに取り憑かれた時のエピソードは語られはじめたのである。
※ ※ ※ ※
今からざっと20年以上前のことになろう。
ニーナちゃんの叔父さん(彼女のお母さんの弟にあたる)は、地元の人が「森を侵してはいけない」と決めていた期間を無視してジャングルの中に分け入り、帰って来た時にはすっかり『何か』に入り込まれていた。
ぶるぶると引っ切りなしに震え、「何かがオレの中に居る」「怒ってる、すごく怒ってる」と泣きながら家族に訴えたのだという。
何故、禁を破ってジャングルの中に入ったか!とニーナちゃんのお祖父さんからひどく叱責されたらしいが、叔父さんは頑なに理由を言わなかった。それは今でもわからないままである。
取りあえず、このままではいけない。お医者を呼ぼう、ということになった。
「だから、マジックのお医者さん呼んだ」
「マジックのお医者さん?!」
「そぅ。フィリピンには、二つ、お医者さんある。サイエンスのお医者さんと、マジックのお医者さん」
つまり、呪術医を呼んだということだろう。
『マジックのお医者さん』は、叔父さんを一目見るなり、「邪精霊の雄が入っておる」と断言し、直ぐさま祈祷に取りかかった。
当時まだ子供だったニーナちゃん曰く、「いっぱい楽器を鳴らして、お祭りみたいなご祈祷だった。見てて楽しかった」らしい。
術の効果は てきめんで、直ぐに叔父さんは正気に返った。
家族は何度も何度も礼を言い、たくさんの謝礼を以て『マジックのお医者さん』を見送った。謝礼はお金ではなく、お肉や野菜といった〝現物〟だったらしい。
ふつうならここで、「めでたしめでたし」となるところであるが――
「次の日ね。叔父さん、また狂った」
翌日、太陽が地平線に隠れだした頃だったという。
叔父さんはまた 悪寒と身体の不調を訴え、遂にトランス状態に陥って、〝本人のものとは似ても似つかぬ〟声で語りだした。
「フハハハハ、愚かな人間どもめ!ワシがあの程度で出て行くとでも思ったか。欺いてやったのだ、まんまと騙されおって!」
これには、家族全員が震え上がった。
また、『マジックのお医者さん』を呼んだ。
お祭りのようなご祈祷がはじまった。
叔父さんが静かになった。
皆、ほっとした。
そして、翌日の夕刻、
「ハッハハハハ!バカめバカめ!ワシはあの程度で落ちぬぞ!!」
これが、何度も何度も繰り返された。
お礼の物品もバカにはならなかったが、ニーナちゃんの家族は近所の人たちに頼んで供物を都合して貰い、その都度 『マジックのお医者さん』を呼んだ。
フィリピンではひどく家族を大切にするのだという。
やもすると、日本以上に。
※ ※ ※ ※
叔父さんは、どんどん消耗していった。
何と一睡もしないというのだ。
朝昼は放心状態であるが、太陽が沈むと、途端に暴れ出す。
「我は邪精霊の将軍であるぞ!!」
「吸血魔女を率いて、この集落の子供を根絶やしにしてやる!!」
「万の血を捧げよ、億の妊婦を殺せ!!」
――そのような不吉な意味の言葉を口走り、やたらめったら、身体を打ち付ける。
家族は、『マジックのお医者さん』の力を信じた。いつかは落ちると信じていた。
しかし。
「叔父さん、死んだネ・・・忘れないよ」
ある日 身体じゅうから、汗のように血を吹いて、白目を剥いて亡くなったという。
集落の人間に危害が及ばなかったのは、「彼の精神力が最後の最後に悪霊を御したからだ」と『マジックのお医者さん』は言ったのだ、と。
「な、何だよその話・・・『マジックのお医者さん』、インチキじゃんか」
「違うよマコトサン。フィリピンの人、お金持ちはサイエンスのお医者さん 呼ぶ。そうでない人は、マジックのお医者さん 呼ぶ。それ、仕方ない」
「・・・・・・・・・・・・」
「サイエンスのお医者さん、偉い」
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