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#100 『百話』
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どうも。ここまでお読み下さった皆様。ほんとうに、ありがとうございます。
この、実話怪談集『妖魅砂時計』。当初の思惑以上に長く続けることが出来まして、今回何と、百物語の体裁を成立させる運びとなりました。
百物語です。
自信を持って皆様にお聞かせ出来るような怪談が、100話も集まったのです。
最初は、40話続けば御の字。あわよくば49話で完結させて『四九』→『死苦』と悪趣味に洒落てみようとも思っていた次第なのですけれど。
自分でも現在、「何でこんなに続けることが出来たのかな?」「ひょっとして俺、案外〝引き〟が強いのかな?」とふざけたことを考えているくらいです。
しかし、ここで大きな問題が発生いたします。
――100話目を飾る怪談としては、どのようなものが相応しいのであろうか?
――誰もが認める百物語の100話目とは、どんな話なのであろうか?
長い自問自答を致しました。
・・・逆を言えば、自分でも「これは太鼓判!」と言えるような――問答無用に大トリを飾るに相応しい凄まじき怪談が、98話執筆時点まで蒐集出来ていなかったわけであります。
これには困りました。実話怪談は一期一会。プロの先生方が満を持して放つような大ネタに出会える確率というのは、本当に本当に低いものなのです。
だから、策を凝らしてみました。
♯001から、♯098まで。
すべての怪談の体験者様に連絡を入れ直し・・・後日談は無いか、新たな怪談には巡り会っていないか、と。与えられた時間をフルに使い、お尋ねをしてみた次第なのです。
・・・お前正気か。アマチュアが、趣味の怪談執筆に何でそこまで入れ込むのだ? そんな読者の方々の心の声が聞こえてきそうです。というか、予想以上に辛い作業だったので、自分自身が切実にそう思いました。自分を責めました。
でもやりました。
その結果、5つの新しい怪談を蒐集することが出来たのです。
それだけで、私は報われた気が致します。
新たな5つの怪奇な話。粒ぞろいの魔石。
それを一話にギュッと濃縮し、100話目とさせて頂きたく存じます。
おそらく、数々の『百物語』をテーマとした書籍の中でも、初の試みでしょう。
というか、「百話を語れば怪が来る」というので、最近では多くの百物語本が、99話で打ち止めをしている例が多くみられます。なるほど、それもまた趣があって、『怪』という存在に敬意を表した美しい形式であるのは確かですが――
私は、きっちり百話書き上げたいと思います。
アマチュアであるが、故に。
・・・さてさて。私の悪い癖です。また御託が長くなってしまいましたね。
では、奇妙奇っ怪なお話の玉手箱から最後の花火が上がりますよ。
最後の魔石の砂々が、パァッと天高く舞い、火花を散らせて消えてゆきますよ。
後悔しながらお聞き下さい。
※ ※ ※ ※
♯021『錆ヤスの怪』を聞かせて頂いた中井さんに再び連絡をとった時のこと。
その節はどうも・・・と互いに挨拶を交わした後、「そういえばお祖父ちゃんが亡くなった時の話って致しましたっけ?」と中井さんの方から話題を振って来られた。
「聞いてない?あら。ヤスの話だけしか、してなかったかしら。 ・・・それがですね。あの話に出てきたウチのお祖父ちゃん。92歳の長寿で大往生を遂げたんですけどね。その時、何か不思議なことが起こったらしいんですよ――」
8年前のことだという。
お祖父さんは、日課の散歩中にいきなり気分が悪くなり、そのまま道にうずくまったままこの世を去られた。逆をいえば、90歳を過ぎても毎日元気に散歩をされていたのである。
頑固だったが時代の変化に柔軟なところもあって、特に電化製品はいつも最新式のものを購入し、携帯電話も常備されていた。事切れる直前、最後の力を振り絞って中井さんのお兄さんに連絡をされ、「もう儂は駄目かも知れん。〇〇池の近くの道路端に居る。立てない。来てくれ。こんな無様な姿、人様の目に晒したくない――」と訴えられたという。
お兄さんが沫を食って駆けつけてみると、もう儚くなっておられた。
商業施設の近くなので人通りの少なくない区域であったが、何故かその日だけは周囲にまったく人気が無かった。お祖父さんは本人の遺志どおり、一切他人の視線に触れることなく息を引き取っておられた。
無様などころか、旧家のプライドを立派に保った最後であった。
その後、当然 通夜や葬式、飛んで四十九日などの数々の法要が営まれることになるのであるが――
その時、集まった大勢の親戚の中に、奇妙なものを見たという人が何人か居られたのだという。
「通夜の日。死に化粧をされてお布団に寝かされたお祖父様の枕元に、古い将棋盤が置かれていたけど、あれは何だったのですか?」
「お葬式の席で。お祖父様のお棺の上にずっと将棋盤みたいなのが乗っかっていたんですけど、あれには深い意味でもあったんでしょうか?」
むろん、遺族の誰もがそんな将棋盤に心当たりはない。
そして何故か、「見た」人は全員、女性。
その場は適当に言葉を濁して誤魔化したらしいが――
後々になり、お祖父さんの法用の席で「将棋盤を見た」と訴えた親戚の誰もが、一家の中に新しい家族が増えたらしいことがわかってきた。
通夜の日に将棋盤を見た従姉妹の女性はその年に赤ちゃんを授かり、
お葬式の席で将棋盤を見た遠縁の叔母さんの家には、初孫が生まれた。
その他 3人あまりも。法事の際に『将棋盤』を見た誰もがお目出度いニュースに恵まれ、遂には「お祖父様のおかげでしょうかねぇ」と言い出す者まで出始める始末だったという。
「お祖父ちゃんが将棋をしてるところなんて、家族の誰も見たことなかったんですけど。でも、何なんでしょうね。やっぱり何か、あるんでしょうね」
古い家ですから、と。
中井さんは微笑みながら、そう仰った。
※ ※ ※ ※
♯056『封入特典』を聞かせてくれた、二次元美少女マニアの三越くんは、私が連絡を入れるや否や、「ありましたよあれから!変なコト!!」と興奮げに語り出した。
彼の話がアルファポリスに閲覧可能な状態となって、一ヶ月ほど経った頃。
三越くん自身は、決して怪談が好きな性分ではなかったので、それまで一度も私の『妖魅砂時計』に目を通すようなことはしなかったらしい。
だがたまたま、『二次元同好の士』である友人の一人がオカルト系にも目がない趣味の持ち主であったと知り、「そんならいい機会だし」と私の作品のことを教えてあげたのだという。
「えっ、マジで?ガチ実話がタダで読めンの?」
その友人は喜々として、「全部読んだら感想言うわ。ほんとアリガト!!」と絵文字いっぱいのメールを寄越してきたという。
数時間が経って。
その友人から、電話が鳴った。
出てみると、「もう投稿されてた話、ぜんぶ読んだ」とのこと。
そして、
「ありゃあ、ダメだね」
「正直、ぜんぜん怖くねぇし」
「本当に実話かどうかは知らんけど、まったくぜんぜんゾッとしねぇ」
いつもの友人とは思えないほど辛辣な言葉で、私の怪談をこき下ろしたというのだ。
――だが。
「んー。でも、一話だけすげぇ怖かったのがあったな・・・あれはちょっと、傑作だな。それだけは認めてもいいだろうな」
・・・それ、どんな怪談? 正直尋ねたくもなかったが、何だか場の雰囲気的に尋ねなければいけないような気になって、三越さんは訊いてみた。
しかしその直後、
〝プツッ〟
――いきなり友人は、電話を切ってしまう。
ええええ?!
気分わるっ、と思った三越くんは、直ぐに電話をかけ直した。
友人は直ぐに出て、「どしたの?」と、とぼけた台詞。
「どしたのもこしたのも無ぇよ。何でいきなり電話切るよ!!お前が一話だけ怖かった怪談って、何?!教えてくれないと後味悪いじゃんっ」
今度は「はぁ?」と間抜けな声が返ってきた。
そして、しばしの沈黙の後、
「あー。悪いけど三越、俺、まだあの怪談集ぜんぶ読んでねぇんだわ」
「・・・・・・へ?」
「そっか。お前もけっこう怪談好きだったんだな・・・わかった。ぜんぶ読んだら、どれが一番怖かったか語り合おうぜ。あと30分くらい待っててくれな」
そう言い残し、電話は切れた。
しばし呆然の三越くん、ハッと我に返って、着信記録を確認してみる。
――無い。
友人から掛かってきた、あの辛辣な言葉を吐いた時の電話の着信記録が、無いのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これ、やべぇ。 本気で鳥肌が立ったという。
「ちなみにその友人、♯044『お骨』が一番怖かったって言ってました。 ・・・教えていいのかどうか、よくわかんなかったから、松岡さんには連絡とかしませんでした」
――もうひとりの友人が〝唯一怖かった〟と語った怪談の方も、是非とも知りたいものである。
※ ※ ※ ※
もう亡くなってしまった方ではあるが、♯008『竹とんぼ』や、カクヨムに掲載した河童にまつわる話を聞かせてくれた徳三爺さんの遺族の方にも連絡を入れた。
【故人様が語ってくれた怖いお話の掲載許可を頂き、ありがとうございました。おかげさまで、百物語がそろそろ完結の運びとなります。ひいては、ご遺族の方も何か 奇妙な体験をなすったことはございませんか?】
――不躾ながら、そう尋ねてみたのである。
すると徳三爺さんの曾孫にあたる若い女性が、「わたしにはそういう体験は無いけれど・・・そう言えば曾じいちゃん、時々松岡さんのことを話題にしてましたよ」と教えてくれた。
「私がまだ中学生の頃だったな。 曾じいちゃん、しょっちゅうスナックに飲みに行ってたでしょ。その次の日、『あの怪談好きの若者、昨日も来てなかったなァ』って。まれに寂しそうにボヤいてたんですよ」
これにはかなり、驚かされてしまった。
私があまりに昔の話をせびるので――てっきり疎んじられてでもいるかと思っていたのだが、実際 徳三爺さんとしてはまんざらでもなかったらしく。
「何か、話さなきゃいけない話があるから忘れないうちに書き留めとかなきゃ、って言ってた時があったんです。たぶん、形見分けをした時に見つけたメモだと思うんですけど。お読みになられます?」
是非とも。私は即答した。
私が長くスナック通いを中断していた為、結局 生前に本人の口から聞くことが適わなかった昔の怪談。それがいま、日の目を見ようとしているのだ。
さて、その数日後。くだんの曾孫さんと、その彼氏だという好青年の二人にファミレスで落ち合い、徳三爺さんが残してくれた〝メモ〟というのを拝見したわけであるが。
「・・・こ、こちらですか??」
なんと、そのメモは広告の裏に書かれていた。
縦書きと横書きが入り交じった自由すぎる達筆(?)でしたためられており、下の方に大きく〝ステルナ〟と、マジックで注意書きがしてあった。
「えへへ。お恥ずかしながら。ウチは両親も祖父母も、霊や宗教の話が大嫌いなもんで・・・以前、松岡さんが曾じいちゃんの話の掲載許可を求めて来られた時も、まぁ家族内でいろいろあって。結局、掲載許可自体はいいだろうってことになったんですが、このメモはお見せ出来なかったんです」
しかし今回は、「頑張って怪談を書いておられるようですし」「ウチは私以外、誰もネットとかしないから、バレたりしませんよ」と、お情けをかけて頂いたわけだ。
以下、徳三爺さんが私に残してくれた文章の『断片』をもとにした話を記す。
ほんとうに、メモには随所随所の『話の断片』だけしか記されていなかったのだ。
おそらく当人は、この覚え書きをカンニングペーパーのように使いながら、私に話をするつもりだったのだろう―― だから、徳三爺さん自身でなければわからなかった箇所も多々ある。カッコ書きになっている部分は、私が「たぶんこういう出来事だったのだろう」と推測して書いたところだ。
それを念頭に入れて、読んで頂きたい。
このような話だ。
――政吉が、クマと一緒にケダモノ撃ち(に、山へ行ったとき)。
獣道の向こうに『白』が居たもんで、政吉はクマに「あらァ何ね」と問うた。
政吉はそれを、神様だと思ったらしい。
だがクマは、「ありゃニセモンやけん、撃ってもムダ」と言う。
(メモには無かったが、たぶん、ここで政吉は『白い何か』に向かって発砲した。そしておそらく、命中しても何の手応えもなかったから、)
政吉、こわくなったもんで。二度、三度やった(撃った)。
そしたらまた、こわくなった(『白』は斃れなかったのだろう)。
「そらムダたい。ニセモンじゃんば」(と、クマは言う)。
そのまま『白』の横を通り過ぎ、6間(今の尺度で約11m)くらい過ぎたところで、クマが「ヤニ(煙草)ば吸おう」と言ったので、釈然としないながら喫煙した。
(そして、二人はここで振り返り、後ろを見てみたと思われる)
そこには『白』の姿は無く、朽ち果てた水車の残骸が無残に転がっていた。
「下(麓?)のモンが、朽ちたアレば山に捨てたばってん、そぃが無念で化けて出るごとなった。やけん、あらァ、ニセモンたい」
政吉は、ファーとアングリなった(開いた口が塞がらなくなったという意味か?)。
次に(山に入った時に?)は、『白』の居たところには何もなくなっていた。
――読みにくかったと思われるが、ご了承願いたい。
以上である。
中国や日本に同様の伝説があることから、『白』とはおそらく、『白く大きな神鹿』のことだと思われる。某有名アニメ映画のワンシーンにもモチーフが使われているほど有名な話なので、怪談の骨格はこの逸話を参考に再現させて頂いた。
『政吉』『クマ』は猟師の名前だろうか(どう考えても、クマは動物の熊ではなかろう)。年代も不明なので、もしかすると実話怪談というより、純然たる昔話だったのかも知れない。妖怪の正体を見極める際、煙草を吸って落ち着くというのもよくあるパターンだ。
水車が化けるというのは初耳だった。何故、麓村の人たちは古くなった水車を山の中に捨てに行かねばならなかったのかが腑に落ちないが、昔はそういう風習でもあったのだろうか。
メモにはその他、『スズメが白米を吐いた』とか『地蔵さんにいたずらして目が不自由になった乞食』など、タイトルのようなものの箇条書きも見られた。かと思えば、『来月二日に山田と居酒屋』など、個人的なスケジュールとか何処ぞの電話番号なども一緒に書かれており。その混沌具合は、何とも微笑ましいものだった。
達筆(?)すぎて読めないところも多かったけれど。
徳三爺さん。ほんとうにありがとう。
※ ※ ※ ※
♯006『拳一つ』の体験者である利根川さんは、私がほぼ一年ぶりの電話を入れるや否や、「うわぁ久しぶり!」「あれからどうです?怪談、まだやってるんですか?」と、まるで昔からの友人のようなリアクションで迎えてくれたので思わず笑みが零れてしまった。
更に、「その後何か・・・」と後日談をせびってみたところ、「あっ、あるなぁ」と素直に仰られたので、私は思わず 浮かべた笑みを濃厚にさせる。
「えぇっ。でも喋っちゃっていいのかな?何つうか・・・祟りとかないかな・・・俺とか、聞いた人とかに。責任負えないですよ、はっきり言って」
・・・『拳一つ』に関する話ですよね、と確かめると、もちろん!と言われる。
「いいや、言っちゃえ。 ・・・松岡さん。やっぱり、あの潰れたラーメン屋に何かがあったみたいですよ。実は・・・・・・」
話の詳細は♯006をお読み頂くとして。利根川さんによると、今から8ヶ月くらい前――ちょうど節分くらいの時期だったと記憶されているそうだが、例の〝老主人が突然死してしまった為に閉店してしまったラーメン屋〟に新しい経営者が入ったという。
店主は、茶髪の若い男性。同年代くらいの奥さんも一緒。
もちろん物件の経歴は知っているが、「居抜きで安く入れるならこんなに喜ばしいことは無い」と尻込みする素振りも見せず、出店を即決したらしい。
「それがですね・・・あまり聞かない外国の・・・郷土料理を出すお店なんですよ、ソコ」
マイナーな外国料理の専門店――それこそ何料理かを記すと個人が特定されてしまう為、詳しくは記せないくらいの――が、場違いなくらいの長崎の田舎に開店したわけだ。
「あんなナンチャラ料理の店なんて、長続きするわけない」
「前の経営者は何の前触れも無く厨房で倒れて死んだっていうのに・・・縁起が悪い。そんな店、誰が入るもんか」
近所の方々は、口々にそんな陰口を叩いた。田舎の常である。
だが。
「・・・・・・不思議と、繁盛したんですよね」
最初、流石に地元の人たちの来店は少なかったという。
しかし珍しい料理を出す店があるというのが口コミで話題になり、わりと遠くから食べに来るお客が集まりだした。彼らは以前ここで人が亡くなったなどという余計な先入観が無いので、素直に食事を楽しむことが出来る。かてて加えて、その若い店主が作る外国の郷土料理というのが、本当に美味しかったらしいのだ。
常連客が増えて、お昼時は連日ほぼ満員。
それが2ヶ月ほども続き、流石に地元の人間も「あそこは本当に美味しいんだろうか」「ちょっと食べに行ってみるか」と警戒心(?)が薄れてくる。
食べると、なるほどけっこう美味い。
前の経営者は不幸だったけど、今度入った人はバリバリだね。若いけど、シッカリやってるじゃないか。そういう口コミがご近所でも流れる。
そんなわけで、早くも地元に根ざした。
「日本人好みにアレンジしてるんですよね。特に長崎の人は甘辛めの料理が好きだから、醤油や砂糖を入れて工夫したんスよ」
そんな店主のコメントを、利根川さんは直接本人から聞いたという。
近所の寄り合いがあって、その後なし崩し的に突入した飲み会でのこと。父親の代わりに会へ出席した利根川さんは、たまたまその茶髪の店主の隣の席になったのである。
以前も書いたが、利根川さんはまったくお酒が飲めない。それ故、一方的に聞き手である。
「昔っから放浪癖があって。高校も行かず、外国ブラブラして親とかスゲー心配させたんスけど・・・料理と出会って、ああこれだ!と思いました。2年間みっちり勉強して、コッチ帰って来て、店やりてぇと思ったんでやりました」
ビール2本で酔っ払ったらしい店主は、嬉しそうにそう語った。
実家は山形だという。こちらに店を出したのは、「成り行き」とのこと。
行き当たりばったりの自由な人生だが、聞いている限りでは出会った多くの人に(むろん人生の伴侶にも)恵まれていたらしく、本人の料理のセンスも悪くないようだったので今は一応、順風満帆のようだ。
「へぇ・・・ところで君、あそこが事故物件だって知ってるんだ?」
尋ねてみた利根川さんに、「事故物件じゃないですよ」「前の店主さんは持病を持ってた上に高齢だったから、事件性とかない死です」と顔色ひとつ変えずに返す。
が。以前その店の前を通り、怪異に遭遇した経験のある利根川さんは、そんな若い店主のリアクションにちょっと面白くないものを感じたのである。
でも、人が死んでるんだよ。しかも厨房で、らしい・・・何かあるんじゃないか?と、たたみ掛けるように質問したという。
「・・・・・・あ。利根川さんて、アレですか?信じる人??」
「え?う、うん」
「ハハハハ・・・じゃあ悪いスけど」
何にもないです。手をひらひら振りながら言われた。
――そういうもんなの?
納得が行かなかったものの、これ以上怪異なものに執着する会話を続けて変な人だと思われるのも癪だった。結局話題を変え、15分くらい会話を続けた。
「ちょっと軽かったけど、気さくでいいヤツって感じでした。ほぼ同年代だし、あんな体験をしてなかったら直ぐにでも彼の店に食べに行ってたでしょうけど――」
結論を言うと、利根川さんが彼の作った料理を食べる機会は永遠に失われてしまった。
一緒に話をして、一ヶ月も経たないうち。
くだんの若い店主と、その奥さんは、ある日突然 失踪したのだ。
本当に。何の前触れも無く、居なくなってしまったのだという。
「お昼時にお店にやってきた常連客が、定休日でもないのに店が開いてないのを不審に思って・・・その人、店主と仲が良かったからスマホの電話番号も交換してたらしいんですね。だから直ぐ電話したけど、出ない。これはちょっとおかしいぞ、と思ったらしく」
早とちりだったら格好が悪いので、その日は心配しながらも行動は起こさなかった。だが翌日のお昼もまったく同じ調子だったので、流石にこりゃ変だと思って警察に連絡を入れたそうだ。
「店はきちんと戸締まりされていたけど、お店の厨房には洗いかけの食器や鍋がそのまんま放置されてたそうです。縦長の平屋で、奥の方が住居スペースになってたんですけど、そこも今さっきまで誰かが居たような生活感が残ってたっていうんですね。夫婦のスマホも、そこに置いたままになってたそうで」
二人は、何処を捜しても見つからなかった。
仕事は順調だったし、店を開く為の資金は互いの両親が融通してくれたので、大きな借金もない。若い夫婦がいきなり蒸発する理由など、何処にも無かった。
でも、消えてしまった。
今でも見つかっていない。
「――この時、警察に通報した人・・・ウチで定期的に開かれる飲み会メンバーの一人の、弟さんなんですよ。店主とはウマが合ってかなり仲が良かったらしいんで、後で任意同行を求められて店の中に入れられたらしいんですが――」
その方は、警官の一人から「これを見て下さい」と促された。
それは厨房の中に掛けられた、一枚のホワイトボードだったという。
おそらく、仕事上忘れてはいけないことなどを書き留めていたものであろうが・・・そのホワイトボードには、奥さんのものと思しき丸みのある筆跡で、盤面いっぱいに こう認められていた。
〝開くな!閉まれ!!〟
まったく意味不明だったので「わかりません」と正直に答えると、警官も首を捻りながら「でもこれ、水性じゃなくて油性マジックで書かれてるんですよね・・・」と零し、
「店内の物品の中でこれだけが何だかひどく不自然で、事件解決の糸口になりそうな気がしたんですが・・・その様子だと本当に心当たりがないようですね。 お時間取らせました、どうも」
そう言われて、帰されたという。
「――松岡さん。〝開くな!閉まれ!!〟ってどういう意味でしょうか。やっぱりあの店、勝手に窓とか戸が開いてたんじゃないでしょうか」
ほんの、拳一つぶんくらい。
そこまで話して一息ついた利根川さんは、「でも何で消えるように居なくなっちゃったのかな・・・」と、独りごちるように呟いた。
※ ※ ※ ※
♯035と♯037に『カトウ様』という謎の存在からかかってくる電話の話をお聞きした柴本さんは、早い段階で後日談を収録することが出来た(私にとっては)有り難い方である。
今回も、「あれから更に進展はありませんでしたか」と尋ねてみたのであるが、しばしの沈黙の後に「実は・・・」と語りはじめられた。
「あの、『カトウ様』の話とはまったく関係ないんですけど、」
「え?あ、はい」
「松岡さんの怪談集の第一話に収録されている『あなたに会えて』っていう話に出てくる女性、いるじゃないですか」
「シングルマザーの優花里さんですね」
「その人、もしかして―― いま俺が付き合ってる人かも知れない」
「・・・えぇっ?!!」
信じられない展開になってきた。
柴本さんによれば、その女性とは最近いい仲になったのだという。離婚経験もあるし、小学生の連れ子も居ることも知っているのだが・・・ 柴本さんは本気で彼女を愛してしまい、「この人と一緒になりたい」と考えはじめていたというのだ。
「結婚しないか、って言ってみたんですよ・・・そしたら、向こうもまんざらで無かったらしく・・・ でも、『それなら知っておいてほしいことがある』って言うんですね」
わたしが前の夫と離婚した理由は、〝夫の頭がおかしくなってしまったからだ〟と告白された。
ある日を境におかしな歌を始終歌うようになってしまい、生活にも支障を来すようになってしまった。だから別れたんだ、と。
「あなたはそういう人にならないよね?ずっとあなたのままだよね?と・・・少し涙ぐみながら言うんです。本当に苦しい思いをしたんだなぁ、と思ったんですが・・・」
そこで、彼は以前、私の『妖魅砂時計』を通読した時のことを思い出した。
あれ?これと似た話、あの怪談集になかったっけ・・・そうだ、一番最初の話だ!
「あの話の女性は何だか気が強そうなイメージでしたよね。でも俺の彼女はそうでもないんです・・・あと、連れ子は女の子だって書いてあったけど、彼女の場合は男の子らしいし―― 違うんじゃないかって思いながらも気になっちゃう。でもそこを追求するのは、彼女の心の傷を抉るような真似になると思って我慢してるんですけど・・・考えれば考えるほど、妙にモヤモヤしてきて・・・松岡さん。やっぱ聞いてみた方がいいコトなんでしょうか?俺、ハッキリ言って悩んでます」
私は思わず唸ってしまった。
実は♯001『あなたに会えて』の体験者である優花里さんとは、あれから連絡がつながらなくなっているのである。
この怪談シリーズの宣伝をしていたSNS上でのこと。「『あなたに会えて』って話がありましたけど、あれって、和田アキ子さんの有名な歌の歌詞じゃないですよね?」と質問してきたフォロワーさんが、今までに2人居たのだ。
本当のところ、取材の際に私も優花里さんに「アノ歌では?」と心当たりのある2曲を尋ねてみたのだが、どちらも違うと言われていた。その片方が、和田さんの曲だったのだ。些細なことだと思って文章中には書かなかったが、それが気になるという読者様が居るというのだから善処する必要はあろう。
これは一言、「アノ歌ではございません」という一文を怪談中に挿入したい。しかしそれに先立ち、情報提供者である優花里さんに一言断っておきたいと思い、ずっとメールを入れ続けていたわけだ。が。
――返事は、なしの礫。
しかし、いま柴本さんが付き合っている女の人が本当に優花里さんなのだとしたら、そちらの許可の方も取ることが出来るだろう。私としても、彼女にコンタクトが取りたいのだ。
「怪談提供者の方の個人情報は、決して教えられません。でも――」
私は、優花里さんの取材の時に聞いた「♪あなたに~会えて~よかった~♪」という一節の、正しいメロディーを柴本さんに教えた。
そして、「この節回しの曲に彼女が心当たりあるとするなら、その方は間違いなく優花里さん本人です。もし真相を尋ねようと思っていらっしゃるなら、参考になさって下さい・・・」と付け足した。
わかりました。直ぐ聞いてみます。 そう言って、柴本さんは電話を切られた。
早くもその翌日、柴本さんから連絡が入っていた。
仕事の都合で直ぐに返事を返すことが出来なかったので、更にその翌日電話を入れてみると、「真相がわかりました」開口一番に言われる。
「結論から言いますと・・・ 違いました。彼女、優花里さんじゃありません」
二日前に私と電話で話した直ぐ後、柴本さんは勇気を振り絞って彼女に尋ねてみたという。
「実は、俺の読んだ実話怪談に、君とそっくりの人の話があるんだ。もしその登場人物が君だったとしたら、異様な体験をして本当に心を痛めていると思う。俺たちは結婚を前提に付き合ってるわけだし、そこのところを詳しく教えてくれないだろうか??」
彼女は、キョトンとなってしまったという。
それでも柴本くん、「これを見て」と♯001『あなたに会えて』を彼女に読ませてみた。
すると彼女、フフッ、と笑い、
「これ、わたしじゃない。こんな取材、受けたこともないし。それにあの歌、『♪あなたに会えてよかった~』なんて歌詞じゃないもん」
もっと不明瞭な、ハミングみたいなの。 彼女は微笑みながら言った。
本当に心配してくれてるんだね。ありがとう。 そう言い添えて。
「だから、えーと・・・すいません。松岡さんにとっては残念な結果でしたね・・・」
何処かホッとした口調になった先方に、「いえいえ。柴本さんが安心出来る収まり方になってよかったです」と私は返した。
そして、
「ところで・・・その彼女の元夫は、どんな経歴でその、ハミングみたいな歌を始終歌う人になってしまったんですか?」
「うーん。詳しく訊くのも憚られるような気がして追求はしなかったんですけど・・・ 何でも、ある日 仕事の付き合いで帰りが遅くなって酔いつぶれて帰ってきて、その翌朝にはもう例の歌を歌ってたとか、なんとか」
そうですか。ありがとうございます。
互いに挨拶を交わし、今後の掲載許可などの詳細を述べた上で電話を切った。
・・・愛飲している天然炭酸水を一口含んで。私はしばし、考えてみる。
――柴本さんの話を聞く限りでは、確かに彼の彼女さんは優花里さん本人では無いような気がする。
しかし。これほど似通った、奇妙な境遇の女性が同じ市内に二人も存在するなんて、それを引き起こす〝何か〟が実在する証拠なんじゃないだろうか・・・?
幸せまっただ中の柴本さんは、不思議だとも何とも思っていないようであったけれど。
それとも。誰も気づいていないだけで、こういう不穏な〝何か〟は、日本じゅう何処にでも潜んでいるものなのだろうか・・・
(考えるのはよそう)
結局、そういう結論に至った。
考え詰めるとどん詰まりに行き着くような物事が、世の中には多すぎる。
私も。
・・・この百話目の怪談執筆にとりかかって以来、何故か愛車にエンジンをかけると勝手に手動式のスイッチが切り替わり、無理矢理ライトが点灯するようになってしまったのだが・・・
もちろん、そんな機能など搭載されていない車種であるのだが・・・
妹が露骨に「これ怖い」「こんな不具合ありえない」と怯えるので、ちょっぴり参っているのだが・・・
――この話を投稿すれば、おさまってくれるだろうと信じている。
99話目で止めればよかった・・・などとは絶対に言わない。アマチュア実話怪談作家の意地である。
この、実話怪談集『妖魅砂時計』。当初の思惑以上に長く続けることが出来まして、今回何と、百物語の体裁を成立させる運びとなりました。
百物語です。
自信を持って皆様にお聞かせ出来るような怪談が、100話も集まったのです。
最初は、40話続けば御の字。あわよくば49話で完結させて『四九』→『死苦』と悪趣味に洒落てみようとも思っていた次第なのですけれど。
自分でも現在、「何でこんなに続けることが出来たのかな?」「ひょっとして俺、案外〝引き〟が強いのかな?」とふざけたことを考えているくらいです。
しかし、ここで大きな問題が発生いたします。
――100話目を飾る怪談としては、どのようなものが相応しいのであろうか?
――誰もが認める百物語の100話目とは、どんな話なのであろうか?
長い自問自答を致しました。
・・・逆を言えば、自分でも「これは太鼓判!」と言えるような――問答無用に大トリを飾るに相応しい凄まじき怪談が、98話執筆時点まで蒐集出来ていなかったわけであります。
これには困りました。実話怪談は一期一会。プロの先生方が満を持して放つような大ネタに出会える確率というのは、本当に本当に低いものなのです。
だから、策を凝らしてみました。
♯001から、♯098まで。
すべての怪談の体験者様に連絡を入れ直し・・・後日談は無いか、新たな怪談には巡り会っていないか、と。与えられた時間をフルに使い、お尋ねをしてみた次第なのです。
・・・お前正気か。アマチュアが、趣味の怪談執筆に何でそこまで入れ込むのだ? そんな読者の方々の心の声が聞こえてきそうです。というか、予想以上に辛い作業だったので、自分自身が切実にそう思いました。自分を責めました。
でもやりました。
その結果、5つの新しい怪談を蒐集することが出来たのです。
それだけで、私は報われた気が致します。
新たな5つの怪奇な話。粒ぞろいの魔石。
それを一話にギュッと濃縮し、100話目とさせて頂きたく存じます。
おそらく、数々の『百物語』をテーマとした書籍の中でも、初の試みでしょう。
というか、「百話を語れば怪が来る」というので、最近では多くの百物語本が、99話で打ち止めをしている例が多くみられます。なるほど、それもまた趣があって、『怪』という存在に敬意を表した美しい形式であるのは確かですが――
私は、きっちり百話書き上げたいと思います。
アマチュアであるが、故に。
・・・さてさて。私の悪い癖です。また御託が長くなってしまいましたね。
では、奇妙奇っ怪なお話の玉手箱から最後の花火が上がりますよ。
最後の魔石の砂々が、パァッと天高く舞い、火花を散らせて消えてゆきますよ。
後悔しながらお聞き下さい。
※ ※ ※ ※
♯021『錆ヤスの怪』を聞かせて頂いた中井さんに再び連絡をとった時のこと。
その節はどうも・・・と互いに挨拶を交わした後、「そういえばお祖父ちゃんが亡くなった時の話って致しましたっけ?」と中井さんの方から話題を振って来られた。
「聞いてない?あら。ヤスの話だけしか、してなかったかしら。 ・・・それがですね。あの話に出てきたウチのお祖父ちゃん。92歳の長寿で大往生を遂げたんですけどね。その時、何か不思議なことが起こったらしいんですよ――」
8年前のことだという。
お祖父さんは、日課の散歩中にいきなり気分が悪くなり、そのまま道にうずくまったままこの世を去られた。逆をいえば、90歳を過ぎても毎日元気に散歩をされていたのである。
頑固だったが時代の変化に柔軟なところもあって、特に電化製品はいつも最新式のものを購入し、携帯電話も常備されていた。事切れる直前、最後の力を振り絞って中井さんのお兄さんに連絡をされ、「もう儂は駄目かも知れん。〇〇池の近くの道路端に居る。立てない。来てくれ。こんな無様な姿、人様の目に晒したくない――」と訴えられたという。
お兄さんが沫を食って駆けつけてみると、もう儚くなっておられた。
商業施設の近くなので人通りの少なくない区域であったが、何故かその日だけは周囲にまったく人気が無かった。お祖父さんは本人の遺志どおり、一切他人の視線に触れることなく息を引き取っておられた。
無様などころか、旧家のプライドを立派に保った最後であった。
その後、当然 通夜や葬式、飛んで四十九日などの数々の法要が営まれることになるのであるが――
その時、集まった大勢の親戚の中に、奇妙なものを見たという人が何人か居られたのだという。
「通夜の日。死に化粧をされてお布団に寝かされたお祖父様の枕元に、古い将棋盤が置かれていたけど、あれは何だったのですか?」
「お葬式の席で。お祖父様のお棺の上にずっと将棋盤みたいなのが乗っかっていたんですけど、あれには深い意味でもあったんでしょうか?」
むろん、遺族の誰もがそんな将棋盤に心当たりはない。
そして何故か、「見た」人は全員、女性。
その場は適当に言葉を濁して誤魔化したらしいが――
後々になり、お祖父さんの法用の席で「将棋盤を見た」と訴えた親戚の誰もが、一家の中に新しい家族が増えたらしいことがわかってきた。
通夜の日に将棋盤を見た従姉妹の女性はその年に赤ちゃんを授かり、
お葬式の席で将棋盤を見た遠縁の叔母さんの家には、初孫が生まれた。
その他 3人あまりも。法事の際に『将棋盤』を見た誰もがお目出度いニュースに恵まれ、遂には「お祖父様のおかげでしょうかねぇ」と言い出す者まで出始める始末だったという。
「お祖父ちゃんが将棋をしてるところなんて、家族の誰も見たことなかったんですけど。でも、何なんでしょうね。やっぱり何か、あるんでしょうね」
古い家ですから、と。
中井さんは微笑みながら、そう仰った。
※ ※ ※ ※
♯056『封入特典』を聞かせてくれた、二次元美少女マニアの三越くんは、私が連絡を入れるや否や、「ありましたよあれから!変なコト!!」と興奮げに語り出した。
彼の話がアルファポリスに閲覧可能な状態となって、一ヶ月ほど経った頃。
三越くん自身は、決して怪談が好きな性分ではなかったので、それまで一度も私の『妖魅砂時計』に目を通すようなことはしなかったらしい。
だがたまたま、『二次元同好の士』である友人の一人がオカルト系にも目がない趣味の持ち主であったと知り、「そんならいい機会だし」と私の作品のことを教えてあげたのだという。
「えっ、マジで?ガチ実話がタダで読めンの?」
その友人は喜々として、「全部読んだら感想言うわ。ほんとアリガト!!」と絵文字いっぱいのメールを寄越してきたという。
数時間が経って。
その友人から、電話が鳴った。
出てみると、「もう投稿されてた話、ぜんぶ読んだ」とのこと。
そして、
「ありゃあ、ダメだね」
「正直、ぜんぜん怖くねぇし」
「本当に実話かどうかは知らんけど、まったくぜんぜんゾッとしねぇ」
いつもの友人とは思えないほど辛辣な言葉で、私の怪談をこき下ろしたというのだ。
――だが。
「んー。でも、一話だけすげぇ怖かったのがあったな・・・あれはちょっと、傑作だな。それだけは認めてもいいだろうな」
・・・それ、どんな怪談? 正直尋ねたくもなかったが、何だか場の雰囲気的に尋ねなければいけないような気になって、三越さんは訊いてみた。
しかしその直後、
〝プツッ〟
――いきなり友人は、電話を切ってしまう。
ええええ?!
気分わるっ、と思った三越くんは、直ぐに電話をかけ直した。
友人は直ぐに出て、「どしたの?」と、とぼけた台詞。
「どしたのもこしたのも無ぇよ。何でいきなり電話切るよ!!お前が一話だけ怖かった怪談って、何?!教えてくれないと後味悪いじゃんっ」
今度は「はぁ?」と間抜けな声が返ってきた。
そして、しばしの沈黙の後、
「あー。悪いけど三越、俺、まだあの怪談集ぜんぶ読んでねぇんだわ」
「・・・・・・へ?」
「そっか。お前もけっこう怪談好きだったんだな・・・わかった。ぜんぶ読んだら、どれが一番怖かったか語り合おうぜ。あと30分くらい待っててくれな」
そう言い残し、電話は切れた。
しばし呆然の三越くん、ハッと我に返って、着信記録を確認してみる。
――無い。
友人から掛かってきた、あの辛辣な言葉を吐いた時の電話の着信記録が、無いのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これ、やべぇ。 本気で鳥肌が立ったという。
「ちなみにその友人、♯044『お骨』が一番怖かったって言ってました。 ・・・教えていいのかどうか、よくわかんなかったから、松岡さんには連絡とかしませんでした」
――もうひとりの友人が〝唯一怖かった〟と語った怪談の方も、是非とも知りたいものである。
※ ※ ※ ※
もう亡くなってしまった方ではあるが、♯008『竹とんぼ』や、カクヨムに掲載した河童にまつわる話を聞かせてくれた徳三爺さんの遺族の方にも連絡を入れた。
【故人様が語ってくれた怖いお話の掲載許可を頂き、ありがとうございました。おかげさまで、百物語がそろそろ完結の運びとなります。ひいては、ご遺族の方も何か 奇妙な体験をなすったことはございませんか?】
――不躾ながら、そう尋ねてみたのである。
すると徳三爺さんの曾孫にあたる若い女性が、「わたしにはそういう体験は無いけれど・・・そう言えば曾じいちゃん、時々松岡さんのことを話題にしてましたよ」と教えてくれた。
「私がまだ中学生の頃だったな。 曾じいちゃん、しょっちゅうスナックに飲みに行ってたでしょ。その次の日、『あの怪談好きの若者、昨日も来てなかったなァ』って。まれに寂しそうにボヤいてたんですよ」
これにはかなり、驚かされてしまった。
私があまりに昔の話をせびるので――てっきり疎んじられてでもいるかと思っていたのだが、実際 徳三爺さんとしてはまんざらでもなかったらしく。
「何か、話さなきゃいけない話があるから忘れないうちに書き留めとかなきゃ、って言ってた時があったんです。たぶん、形見分けをした時に見つけたメモだと思うんですけど。お読みになられます?」
是非とも。私は即答した。
私が長くスナック通いを中断していた為、結局 生前に本人の口から聞くことが適わなかった昔の怪談。それがいま、日の目を見ようとしているのだ。
さて、その数日後。くだんの曾孫さんと、その彼氏だという好青年の二人にファミレスで落ち合い、徳三爺さんが残してくれた〝メモ〟というのを拝見したわけであるが。
「・・・こ、こちらですか??」
なんと、そのメモは広告の裏に書かれていた。
縦書きと横書きが入り交じった自由すぎる達筆(?)でしたためられており、下の方に大きく〝ステルナ〟と、マジックで注意書きがしてあった。
「えへへ。お恥ずかしながら。ウチは両親も祖父母も、霊や宗教の話が大嫌いなもんで・・・以前、松岡さんが曾じいちゃんの話の掲載許可を求めて来られた時も、まぁ家族内でいろいろあって。結局、掲載許可自体はいいだろうってことになったんですが、このメモはお見せ出来なかったんです」
しかし今回は、「頑張って怪談を書いておられるようですし」「ウチは私以外、誰もネットとかしないから、バレたりしませんよ」と、お情けをかけて頂いたわけだ。
以下、徳三爺さんが私に残してくれた文章の『断片』をもとにした話を記す。
ほんとうに、メモには随所随所の『話の断片』だけしか記されていなかったのだ。
おそらく当人は、この覚え書きをカンニングペーパーのように使いながら、私に話をするつもりだったのだろう―― だから、徳三爺さん自身でなければわからなかった箇所も多々ある。カッコ書きになっている部分は、私が「たぶんこういう出来事だったのだろう」と推測して書いたところだ。
それを念頭に入れて、読んで頂きたい。
このような話だ。
――政吉が、クマと一緒にケダモノ撃ち(に、山へ行ったとき)。
獣道の向こうに『白』が居たもんで、政吉はクマに「あらァ何ね」と問うた。
政吉はそれを、神様だと思ったらしい。
だがクマは、「ありゃニセモンやけん、撃ってもムダ」と言う。
(メモには無かったが、たぶん、ここで政吉は『白い何か』に向かって発砲した。そしておそらく、命中しても何の手応えもなかったから、)
政吉、こわくなったもんで。二度、三度やった(撃った)。
そしたらまた、こわくなった(『白』は斃れなかったのだろう)。
「そらムダたい。ニセモンじゃんば」(と、クマは言う)。
そのまま『白』の横を通り過ぎ、6間(今の尺度で約11m)くらい過ぎたところで、クマが「ヤニ(煙草)ば吸おう」と言ったので、釈然としないながら喫煙した。
(そして、二人はここで振り返り、後ろを見てみたと思われる)
そこには『白』の姿は無く、朽ち果てた水車の残骸が無残に転がっていた。
「下(麓?)のモンが、朽ちたアレば山に捨てたばってん、そぃが無念で化けて出るごとなった。やけん、あらァ、ニセモンたい」
政吉は、ファーとアングリなった(開いた口が塞がらなくなったという意味か?)。
次に(山に入った時に?)は、『白』の居たところには何もなくなっていた。
――読みにくかったと思われるが、ご了承願いたい。
以上である。
中国や日本に同様の伝説があることから、『白』とはおそらく、『白く大きな神鹿』のことだと思われる。某有名アニメ映画のワンシーンにもモチーフが使われているほど有名な話なので、怪談の骨格はこの逸話を参考に再現させて頂いた。
『政吉』『クマ』は猟師の名前だろうか(どう考えても、クマは動物の熊ではなかろう)。年代も不明なので、もしかすると実話怪談というより、純然たる昔話だったのかも知れない。妖怪の正体を見極める際、煙草を吸って落ち着くというのもよくあるパターンだ。
水車が化けるというのは初耳だった。何故、麓村の人たちは古くなった水車を山の中に捨てに行かねばならなかったのかが腑に落ちないが、昔はそういう風習でもあったのだろうか。
メモにはその他、『スズメが白米を吐いた』とか『地蔵さんにいたずらして目が不自由になった乞食』など、タイトルのようなものの箇条書きも見られた。かと思えば、『来月二日に山田と居酒屋』など、個人的なスケジュールとか何処ぞの電話番号なども一緒に書かれており。その混沌具合は、何とも微笑ましいものだった。
達筆(?)すぎて読めないところも多かったけれど。
徳三爺さん。ほんとうにありがとう。
※ ※ ※ ※
♯006『拳一つ』の体験者である利根川さんは、私がほぼ一年ぶりの電話を入れるや否や、「うわぁ久しぶり!」「あれからどうです?怪談、まだやってるんですか?」と、まるで昔からの友人のようなリアクションで迎えてくれたので思わず笑みが零れてしまった。
更に、「その後何か・・・」と後日談をせびってみたところ、「あっ、あるなぁ」と素直に仰られたので、私は思わず 浮かべた笑みを濃厚にさせる。
「えぇっ。でも喋っちゃっていいのかな?何つうか・・・祟りとかないかな・・・俺とか、聞いた人とかに。責任負えないですよ、はっきり言って」
・・・『拳一つ』に関する話ですよね、と確かめると、もちろん!と言われる。
「いいや、言っちゃえ。 ・・・松岡さん。やっぱり、あの潰れたラーメン屋に何かがあったみたいですよ。実は・・・・・・」
話の詳細は♯006をお読み頂くとして。利根川さんによると、今から8ヶ月くらい前――ちょうど節分くらいの時期だったと記憶されているそうだが、例の〝老主人が突然死してしまった為に閉店してしまったラーメン屋〟に新しい経営者が入ったという。
店主は、茶髪の若い男性。同年代くらいの奥さんも一緒。
もちろん物件の経歴は知っているが、「居抜きで安く入れるならこんなに喜ばしいことは無い」と尻込みする素振りも見せず、出店を即決したらしい。
「それがですね・・・あまり聞かない外国の・・・郷土料理を出すお店なんですよ、ソコ」
マイナーな外国料理の専門店――それこそ何料理かを記すと個人が特定されてしまう為、詳しくは記せないくらいの――が、場違いなくらいの長崎の田舎に開店したわけだ。
「あんなナンチャラ料理の店なんて、長続きするわけない」
「前の経営者は何の前触れも無く厨房で倒れて死んだっていうのに・・・縁起が悪い。そんな店、誰が入るもんか」
近所の方々は、口々にそんな陰口を叩いた。田舎の常である。
だが。
「・・・・・・不思議と、繁盛したんですよね」
最初、流石に地元の人たちの来店は少なかったという。
しかし珍しい料理を出す店があるというのが口コミで話題になり、わりと遠くから食べに来るお客が集まりだした。彼らは以前ここで人が亡くなったなどという余計な先入観が無いので、素直に食事を楽しむことが出来る。かてて加えて、その若い店主が作る外国の郷土料理というのが、本当に美味しかったらしいのだ。
常連客が増えて、お昼時は連日ほぼ満員。
それが2ヶ月ほども続き、流石に地元の人間も「あそこは本当に美味しいんだろうか」「ちょっと食べに行ってみるか」と警戒心(?)が薄れてくる。
食べると、なるほどけっこう美味い。
前の経営者は不幸だったけど、今度入った人はバリバリだね。若いけど、シッカリやってるじゃないか。そういう口コミがご近所でも流れる。
そんなわけで、早くも地元に根ざした。
「日本人好みにアレンジしてるんですよね。特に長崎の人は甘辛めの料理が好きだから、醤油や砂糖を入れて工夫したんスよ」
そんな店主のコメントを、利根川さんは直接本人から聞いたという。
近所の寄り合いがあって、その後なし崩し的に突入した飲み会でのこと。父親の代わりに会へ出席した利根川さんは、たまたまその茶髪の店主の隣の席になったのである。
以前も書いたが、利根川さんはまったくお酒が飲めない。それ故、一方的に聞き手である。
「昔っから放浪癖があって。高校も行かず、外国ブラブラして親とかスゲー心配させたんスけど・・・料理と出会って、ああこれだ!と思いました。2年間みっちり勉強して、コッチ帰って来て、店やりてぇと思ったんでやりました」
ビール2本で酔っ払ったらしい店主は、嬉しそうにそう語った。
実家は山形だという。こちらに店を出したのは、「成り行き」とのこと。
行き当たりばったりの自由な人生だが、聞いている限りでは出会った多くの人に(むろん人生の伴侶にも)恵まれていたらしく、本人の料理のセンスも悪くないようだったので今は一応、順風満帆のようだ。
「へぇ・・・ところで君、あそこが事故物件だって知ってるんだ?」
尋ねてみた利根川さんに、「事故物件じゃないですよ」「前の店主さんは持病を持ってた上に高齢だったから、事件性とかない死です」と顔色ひとつ変えずに返す。
が。以前その店の前を通り、怪異に遭遇した経験のある利根川さんは、そんな若い店主のリアクションにちょっと面白くないものを感じたのである。
でも、人が死んでるんだよ。しかも厨房で、らしい・・・何かあるんじゃないか?と、たたみ掛けるように質問したという。
「・・・・・・あ。利根川さんて、アレですか?信じる人??」
「え?う、うん」
「ハハハハ・・・じゃあ悪いスけど」
何にもないです。手をひらひら振りながら言われた。
――そういうもんなの?
納得が行かなかったものの、これ以上怪異なものに執着する会話を続けて変な人だと思われるのも癪だった。結局話題を変え、15分くらい会話を続けた。
「ちょっと軽かったけど、気さくでいいヤツって感じでした。ほぼ同年代だし、あんな体験をしてなかったら直ぐにでも彼の店に食べに行ってたでしょうけど――」
結論を言うと、利根川さんが彼の作った料理を食べる機会は永遠に失われてしまった。
一緒に話をして、一ヶ月も経たないうち。
くだんの若い店主と、その奥さんは、ある日突然 失踪したのだ。
本当に。何の前触れも無く、居なくなってしまったのだという。
「お昼時にお店にやってきた常連客が、定休日でもないのに店が開いてないのを不審に思って・・・その人、店主と仲が良かったからスマホの電話番号も交換してたらしいんですね。だから直ぐ電話したけど、出ない。これはちょっとおかしいぞ、と思ったらしく」
早とちりだったら格好が悪いので、その日は心配しながらも行動は起こさなかった。だが翌日のお昼もまったく同じ調子だったので、流石にこりゃ変だと思って警察に連絡を入れたそうだ。
「店はきちんと戸締まりされていたけど、お店の厨房には洗いかけの食器や鍋がそのまんま放置されてたそうです。縦長の平屋で、奥の方が住居スペースになってたんですけど、そこも今さっきまで誰かが居たような生活感が残ってたっていうんですね。夫婦のスマホも、そこに置いたままになってたそうで」
二人は、何処を捜しても見つからなかった。
仕事は順調だったし、店を開く為の資金は互いの両親が融通してくれたので、大きな借金もない。若い夫婦がいきなり蒸発する理由など、何処にも無かった。
でも、消えてしまった。
今でも見つかっていない。
「――この時、警察に通報した人・・・ウチで定期的に開かれる飲み会メンバーの一人の、弟さんなんですよ。店主とはウマが合ってかなり仲が良かったらしいんで、後で任意同行を求められて店の中に入れられたらしいんですが――」
その方は、警官の一人から「これを見て下さい」と促された。
それは厨房の中に掛けられた、一枚のホワイトボードだったという。
おそらく、仕事上忘れてはいけないことなどを書き留めていたものであろうが・・・そのホワイトボードには、奥さんのものと思しき丸みのある筆跡で、盤面いっぱいに こう認められていた。
〝開くな!閉まれ!!〟
まったく意味不明だったので「わかりません」と正直に答えると、警官も首を捻りながら「でもこれ、水性じゃなくて油性マジックで書かれてるんですよね・・・」と零し、
「店内の物品の中でこれだけが何だかひどく不自然で、事件解決の糸口になりそうな気がしたんですが・・・その様子だと本当に心当たりがないようですね。 お時間取らせました、どうも」
そう言われて、帰されたという。
「――松岡さん。〝開くな!閉まれ!!〟ってどういう意味でしょうか。やっぱりあの店、勝手に窓とか戸が開いてたんじゃないでしょうか」
ほんの、拳一つぶんくらい。
そこまで話して一息ついた利根川さんは、「でも何で消えるように居なくなっちゃったのかな・・・」と、独りごちるように呟いた。
※ ※ ※ ※
♯035と♯037に『カトウ様』という謎の存在からかかってくる電話の話をお聞きした柴本さんは、早い段階で後日談を収録することが出来た(私にとっては)有り難い方である。
今回も、「あれから更に進展はありませんでしたか」と尋ねてみたのであるが、しばしの沈黙の後に「実は・・・」と語りはじめられた。
「あの、『カトウ様』の話とはまったく関係ないんですけど、」
「え?あ、はい」
「松岡さんの怪談集の第一話に収録されている『あなたに会えて』っていう話に出てくる女性、いるじゃないですか」
「シングルマザーの優花里さんですね」
「その人、もしかして―― いま俺が付き合ってる人かも知れない」
「・・・えぇっ?!!」
信じられない展開になってきた。
柴本さんによれば、その女性とは最近いい仲になったのだという。離婚経験もあるし、小学生の連れ子も居ることも知っているのだが・・・ 柴本さんは本気で彼女を愛してしまい、「この人と一緒になりたい」と考えはじめていたというのだ。
「結婚しないか、って言ってみたんですよ・・・そしたら、向こうもまんざらで無かったらしく・・・ でも、『それなら知っておいてほしいことがある』って言うんですね」
わたしが前の夫と離婚した理由は、〝夫の頭がおかしくなってしまったからだ〟と告白された。
ある日を境におかしな歌を始終歌うようになってしまい、生活にも支障を来すようになってしまった。だから別れたんだ、と。
「あなたはそういう人にならないよね?ずっとあなたのままだよね?と・・・少し涙ぐみながら言うんです。本当に苦しい思いをしたんだなぁ、と思ったんですが・・・」
そこで、彼は以前、私の『妖魅砂時計』を通読した時のことを思い出した。
あれ?これと似た話、あの怪談集になかったっけ・・・そうだ、一番最初の話だ!
「あの話の女性は何だか気が強そうなイメージでしたよね。でも俺の彼女はそうでもないんです・・・あと、連れ子は女の子だって書いてあったけど、彼女の場合は男の子らしいし―― 違うんじゃないかって思いながらも気になっちゃう。でもそこを追求するのは、彼女の心の傷を抉るような真似になると思って我慢してるんですけど・・・考えれば考えるほど、妙にモヤモヤしてきて・・・松岡さん。やっぱ聞いてみた方がいいコトなんでしょうか?俺、ハッキリ言って悩んでます」
私は思わず唸ってしまった。
実は♯001『あなたに会えて』の体験者である優花里さんとは、あれから連絡がつながらなくなっているのである。
この怪談シリーズの宣伝をしていたSNS上でのこと。「『あなたに会えて』って話がありましたけど、あれって、和田アキ子さんの有名な歌の歌詞じゃないですよね?」と質問してきたフォロワーさんが、今までに2人居たのだ。
本当のところ、取材の際に私も優花里さんに「アノ歌では?」と心当たりのある2曲を尋ねてみたのだが、どちらも違うと言われていた。その片方が、和田さんの曲だったのだ。些細なことだと思って文章中には書かなかったが、それが気になるという読者様が居るというのだから善処する必要はあろう。
これは一言、「アノ歌ではございません」という一文を怪談中に挿入したい。しかしそれに先立ち、情報提供者である優花里さんに一言断っておきたいと思い、ずっとメールを入れ続けていたわけだ。が。
――返事は、なしの礫。
しかし、いま柴本さんが付き合っている女の人が本当に優花里さんなのだとしたら、そちらの許可の方も取ることが出来るだろう。私としても、彼女にコンタクトが取りたいのだ。
「怪談提供者の方の個人情報は、決して教えられません。でも――」
私は、優花里さんの取材の時に聞いた「♪あなたに~会えて~よかった~♪」という一節の、正しいメロディーを柴本さんに教えた。
そして、「この節回しの曲に彼女が心当たりあるとするなら、その方は間違いなく優花里さん本人です。もし真相を尋ねようと思っていらっしゃるなら、参考になさって下さい・・・」と付け足した。
わかりました。直ぐ聞いてみます。 そう言って、柴本さんは電話を切られた。
早くもその翌日、柴本さんから連絡が入っていた。
仕事の都合で直ぐに返事を返すことが出来なかったので、更にその翌日電話を入れてみると、「真相がわかりました」開口一番に言われる。
「結論から言いますと・・・ 違いました。彼女、優花里さんじゃありません」
二日前に私と電話で話した直ぐ後、柴本さんは勇気を振り絞って彼女に尋ねてみたという。
「実は、俺の読んだ実話怪談に、君とそっくりの人の話があるんだ。もしその登場人物が君だったとしたら、異様な体験をして本当に心を痛めていると思う。俺たちは結婚を前提に付き合ってるわけだし、そこのところを詳しく教えてくれないだろうか??」
彼女は、キョトンとなってしまったという。
それでも柴本くん、「これを見て」と♯001『あなたに会えて』を彼女に読ませてみた。
すると彼女、フフッ、と笑い、
「これ、わたしじゃない。こんな取材、受けたこともないし。それにあの歌、『♪あなたに会えてよかった~』なんて歌詞じゃないもん」
もっと不明瞭な、ハミングみたいなの。 彼女は微笑みながら言った。
本当に心配してくれてるんだね。ありがとう。 そう言い添えて。
「だから、えーと・・・すいません。松岡さんにとっては残念な結果でしたね・・・」
何処かホッとした口調になった先方に、「いえいえ。柴本さんが安心出来る収まり方になってよかったです」と私は返した。
そして、
「ところで・・・その彼女の元夫は、どんな経歴でその、ハミングみたいな歌を始終歌う人になってしまったんですか?」
「うーん。詳しく訊くのも憚られるような気がして追求はしなかったんですけど・・・ 何でも、ある日 仕事の付き合いで帰りが遅くなって酔いつぶれて帰ってきて、その翌朝にはもう例の歌を歌ってたとか、なんとか」
そうですか。ありがとうございます。
互いに挨拶を交わし、今後の掲載許可などの詳細を述べた上で電話を切った。
・・・愛飲している天然炭酸水を一口含んで。私はしばし、考えてみる。
――柴本さんの話を聞く限りでは、確かに彼の彼女さんは優花里さん本人では無いような気がする。
しかし。これほど似通った、奇妙な境遇の女性が同じ市内に二人も存在するなんて、それを引き起こす〝何か〟が実在する証拠なんじゃないだろうか・・・?
幸せまっただ中の柴本さんは、不思議だとも何とも思っていないようであったけれど。
それとも。誰も気づいていないだけで、こういう不穏な〝何か〟は、日本じゅう何処にでも潜んでいるものなのだろうか・・・
(考えるのはよそう)
結局、そういう結論に至った。
考え詰めるとどん詰まりに行き着くような物事が、世の中には多すぎる。
私も。
・・・この百話目の怪談執筆にとりかかって以来、何故か愛車にエンジンをかけると勝手に手動式のスイッチが切り替わり、無理矢理ライトが点灯するようになってしまったのだが・・・
もちろん、そんな機能など搭載されていない車種であるのだが・・・
妹が露骨に「これ怖い」「こんな不具合ありえない」と怯えるので、ちょっぴり参っているのだが・・・
――この話を投稿すれば、おさまってくれるだろうと信じている。
99話目で止めればよかった・・・などとは絶対に言わない。アマチュア実話怪談作家の意地である。
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