雪国本屋の禁書庫から想いを乗せて。

雫花

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長生きの対価

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 陶器のように白い肌、そして、降り積もった新しい雪のように輝くストレートの白く長い髪。サファイアのように深い青の瞳、控えめだが主張をしている、薄桃色の薄い唇。
 人とは到底思えないほどの美貌を携えた和服の男が、蒼柊あおとの前で不敵に笑っている。


「信じられないか?」

「…いえ…。信じますよ。それだけの顔面の良さと、祖父の事を知ってる事と…よく分からないこの禁書庫。…頬をつねっても痛いばかりですし…」


 観念しました、降参です。とでも言うように、蒼柊は両手を挙げ溜息をつく。
 この目の前の男の正体は、吸血鬼だ。


「年齢、もう1回」

「あやふやだそんなもの。逆算して1300くらいだと断定しただけで、もういちいち数えてなどいない」


 効果音をつけるなら、「ムスッ」だろう。目の前の美麗な吸血鬼、蒼月そうげつは腕を組みながら拗ねたように言う。


「気が遠くなってきた…。1300って、飛鳥時代まで遡りますけど?」

「あぁそれだ!私の生まれたのは飛鳥時代と、遊びで数十年前に柊平しゅうへいと同じクラスに入学してみた時に習ったぞ!」

「あんた、最初は冷たくて真面目で人が嫌いで喋らないのかと思ってましたけど、そんな事ないんですか?」

「他人は嫌いだ。つまらんやつも嫌いだ。喋るのは疲れるが、面白いやつと喋るのは例外だ」

「あんた店向いてませんよ?」


 降参のポーズから、流れるように腕組みをしたポーズに移り変わり毒づく。
 先程説明された、落ちてくる本とやらは今日は無いようだ。このまま帰っても良いのだが、これから手伝わねばならないこの男の事ももっと知りたいと、蒼柊の知識欲と好奇心が足を止めている。


「アンタは、なんでこんな事をしてるんですか?いつからしてるんですか?」

「急に質問攻めをするな。…始めた時期を正確には覚えてないが、もう何百年も前の話だ。元々は新刊を扱う本屋だった。…それが今となっては、新刊たちが古本になってしまっただけだ」


 少しだけ、蒼月の顔が影を帯びた…様な気がした。が、蒼柊はその気付きを気の所為として振り払い、また質問をする。


「この禁書庫にある本も、元々は新刊として売られてたんですか?」

「いいや。禁書庫の本も確かに新刊だったが、入荷しようと手に取った時に分かるんだ。この本は世に出してはいけないと。だから、陳列棚に並べたことは1度も無い。この物語達が世に出たことは、発売日初日の他店でのみだった」


 蒼月は思い出を手繰るように言葉を紡いでいく。この禁書庫の中に保管されている本たちに出会った時のことを、今でも昨日の事のように覚えている。


「初日だけ…他の店はどうして販売を中止したんですか?」

「例え原本でなくとも、複製されたコピー達にもこの強い想いが文字として、絵として残っている。…購入し、各々で読むとな…最悪の場合だが、意識を物語に取られた者も少なくないんだ。だから販売を中止し、私が禁書庫に封印した」


 質問に、しっかりと答えていく。まだ未熟な人間の子供の知識欲を満たさないというのは、重罪だ。
 だが、この部屋に時計が無くとも分かることがひとつある。
 早く帰さないと、この時期は暗くなるのが早いということだ。


「さぁ、今日はここまでだ。お前、そろそろ帰らないと枯れたじじいが鬼のように電話でも掛けてくるんじゃ無いか?あのじじい、心配症だからな。また明日にでも話してやる。じじいも粗方知っている話だ。帰って茶でも飲みながら聞くといい」

「あっ…!ヤバいほんとに暗い!あああっ…分かりました!明日も来ますから…!……帰ります」

「おう。この道を真っ直ぐ行って、突き当たりを右に行け。そうすれば除雪されたいつもの道に出られるぞ」


 そう言って、蒼月は蒼柊を半ば追い出すように家に帰らせた。
 蒼柊は暗くなり始めた帰路を、早足で帰っていく。小さくなる姿を見送り、店の提灯を消し、店仕舞いをする。


「…古いものは、常に置いていかれる…。置いていかれるべきなんだ」


 誰に聞かせるわけでもなかった。ただ、その言葉を口の中で霧散させてしまうことが出来なかった。
 店の奥の居住スペース。テーブルの上に、緑茶と、鎖で雁字搦がんじがらめになった、真っ赤でいて煤けた古い本。


「…これは、死ぬことを放棄した罰だ」


 蒼月は、開くことの出来ないその本を机の上に置いて、正座して眺める。
 何をする訳でもなく、ただ眺める。そして、唇を噛み締めて目を閉じた。後悔を、罪を噛み締める様に。




 雪の降りしきる帰路を急いで歩く。雪が積もっていなければ走るところだが、走れば間違いなく雪に足が埋まって転ぶ、恥ずかしい結果に終わるだろう。

 信号には忠実に、迫り来る車にも注意を払って、焦りなどお構い無しに暗くなる空と競争する。

 しばらくすると、和風の門構えが出迎えた。


「た、ただいまぁ!」

「くぉら蒼柊ォ!! こんな暗くなるまで何しとったんだ!」

「ごっ、ごめんじいちゃん!後で話すから!ていうか絶対に話させてもらうから!」


 おかえり!と朗らかに出迎えようとした父と母を振り切って、病院に通う必要があるのかと言うほど元気な祖父が目を血走らせる。
 白くなった髪の毛も、頭皮にしがみついているのは残り少なくなっている。シワが増え、筋力も衰え、細くなってしまった祖父があの美麗な男と過去に駆けずり回っていたなど、到底想像できない。


「アオト!タダイマ、したら、テ!あらう!」

「はーい!」


 母に促され、手を洗いうがいをする。自分の部屋にカバンを置いて、制服から部屋着に着替える。
 蒼柊の家、くれない家は、周りからしたらどうやらお金持ちらしい。たしかに、広い家に住んでいる自覚はある。

 自身の部屋を出て、1階への階段を降りると広い廊下に出る。真っ直ぐに玄関方向へ進み、角を曲がりまた真っ直ぐに進む。
 廊下を走っちゃいけないとは常々言われているが、このままの勢いで祖父の部屋へ滑り込みたい。


「じいちゃん!」


 祖父の部屋の襖を勢いよく開ける。襖の滑りは良く、パン!といい音を立てて開いた。


「蒼柊!静かに来んか!」

「ごめん!でも早く聞きたくて!」

「なんだ藪から棒に」


 祖父が座る目の前には、蒼柊が座る座布団が敷かれている。
 敷かれた座布団に早々と座り、ピシッと正座をする。


「あの!蒼月さんって知ってますか!」

「はぁ?…もしかして、あのクソじじ…。じゃない。古本屋のか?」

「や、やっぱり知ってるんだ…!あの!僕、あの人の手伝いをすることになって!」

「はあ?なんでお前が。そもそも、なんで蒼月しっとるんだ」


 蒼柊は、下校中にあった出来事を1から100まで全て話す。
 本屋を見つけたこと、その本屋で本棚の仕掛けを動かしてしまったこと、そして蒼月に出会ったこと。

 それを聞いていた祖父は、時折懐かしそうな顔をしたり、自分の呼ばれ方に顰め面をしたり…。
 吸血鬼だということもあっさりと認めた。


「んで?お前からはそれだけか?」

「いや、じいちゃんの話を聞かせて欲しい!あとは…あの人のこと、詳しく知りたい」

「詳しくも何も、本人に聞けば教えてはくれるだろうさ」

「じいちゃんから見たあの人のエピソードだよ!」


 成長してからは物静かになった孫が、久しくこうしてやや興奮気味に話す。
 その気になってきた柊平は、意気揚々と自身の体験を話して聞かせる。


「じいちゃんはな、蒼月と中学生の時に出会った。お前と同じく、たまたまあの禁書庫を開けてしまったんだ。まだあの頃は、ああいう木造の建物が多かった。あの青い提灯と暖簾のれんに惹かれて入ったんだ」

「昔からあの店舗なの?」

「ああ、何度か修繕工事したりはしてるがな。内装も殆ど変えてない。変えられねぇんだ、禁書庫があっからな」


 柊平は、羽織の裾に両の手先を入れ込み中で腕を組む。


「んで、ある時アイツ、こう言った。高校に入学するのか!なら私も行こうってな。俺の事馬鹿だとか言うが、あいつもたまに馬鹿なんだ」

「あぁ、チラッと言ってた!」

「んで、あの美貌だろ?そりゃもう学校の王子様よ。羨ましかったなぁ~ありゃあ!男の夢だぜ!」

「そんな事言ってると、ばあちゃんが化けて出るよ」

「アイツだって一時期は蒼月に惚れ込んでたんだぞ」


 年甲斐もなく口を尖らせる柊平。それを見て、蒼柊は思わず吹き出してしまった。
 物語の封印をする、なんて大層なことをやっていた筈なのに…いや、大掛かりなことを共にやって来たからか。お互いにとても仲が良かったと伺える話が何度も出てきた。
 そして、思い出話もそろそろ終わり際となった。


「俺ァ体力がもう限界だった。…物語の封印はな、それはそれは骨が折れる。…だから、身を引いたんだ。その時、蒼月に聞いた。お前はいつから、そしていつまでこんな事を続けるんだと」

「あぁ…。それは、僕も聞きたかったことだ…」

「そしたらな、あいつはこう言った」



『死から己を逃がした罰だ。終わりなんてない。禁書だって、絶え間なく増えていく。人はいずれ死ねど、新しい人間がいる限りは終わりなど来ないんだ。古きものから淘汰される世の理から逃げた。罪滅ぼしだ』



 そのセリフを思い出し語る祖父の顔には、先程の明るく暖かい思い出を語る笑顔はなく、寂しげで心残りを残してきた、罪悪の感情が見えていた。
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