上 下
2 / 4

第1話/宴も酣・運営からのメール

しおりを挟む
「いっつつつ……くそぉ……あいつら遠慮なく使いやがってぇ……!」
「はいお兄ちゃん。ベヒモスジャーキーだよ」
「いちち、ありがとなミユキ。お前があいつらに染まらなくてホントによかったと思う」
「あ、あはは……流石に私くらいはしっかりしてないとお兄ちゃんあのままだったからね」

 その後、椅子に拘束されていたルークだったが、流石にふざけ過ぎたと苦笑いを浮かべたギルドメンバーによって拘束を外され、パーティーに参加することができた。
 ゲームの中とはいえ、本物の戦場でしのぎを削っているかのような戦いは精神的にも疲労を蓄積しており、動くのすらも厳しい状態だったのだが、メンバー全員の意見が一致したことで先程のような拘束をされていたのである。

 ……メンバーが面白がっていた、ということは否定できないが……。

 流石にその姿を可哀そうだと思った『竜の巣ドラゴンズ・ネスト』の料理担当であり『』でもあるギルドメンバー――"ミユキ"が拘束を解いたのであった。
 そんなこんなで拘束を解かれたルークは、自身の賞金のほとんどをメンバーに使われて開催されたパーティーで、泣きながら料理を貪り食っていたのである。
 今は『竜の巣ドラゴンズ・ネスト』のギルド拠点ベース、そのバルコニーで夜風に当たりながら盛大なパーティーで興奮していた頭を冷やしているのだった。

 他のメンバーに関しては、今後の計画を立てるためにそれぞれができる範囲の作業を行う者もいれば、パーティーが終わってすぐにログアウトした者もいた。
 残ったのはルークとミユキくらいである。

 そんな2人もそろそろ現実へ戻るためにログアウトしようとしていた時だった。
 2人のいるバルコニーへ、ある人物が足を踏み入れたのである。

「あははは……やっぱり大変そうだねルーク」
「おうゲオル、お前はどこ行ってたんだよ。またダンジョン攻略ついでに女の子を助けてきてたのか? よっ、『"聖騎士セイント"』改め『"性騎士性ント"』さんよ」
「そのあだ名はやめてくれ……! 流石に心が……!」

 現れたのは純白の甲冑に身を包んだ金髪の美青年――"ゲオル"であった。
 彼は『竜の巣ドラゴンズ・ネスト』の中でもルークと同じくかなりの有名人であり、このギルドの中では珍しい常識人の枠に入る稀有な人物だ。

 二つ名の通り、まさしく『聖騎士』と例えられるほどの清廉潔白な好青年であり、曲者でありながら強者であるという『竜の巣ドラゴンズ・ネスト』のメンバーの中でも1、2を争うほどの実力を持つ。
 このF.F.O.の醍醐味であるコンテンツ――『ダンジョン』攻略の最前線を駆け抜けており、その実力はF.F.O.内で知らぬものがいないと言われるほど。
 強さだけでなく、ダンジョンで困っているプレイヤーだけでなく、右も左も分からない新人プレイヤーをも思いやれる高潔さも持ち合わせており、他所のギルドに彼のファンクラブができていると言えば、彼の人の良さが計り知れるだろう。

 ……その代わりといっては何だが、彼が人助けをすると高確率で女性を助けていることが多いため、F.F.O.内の男性プレイヤーから恨みを込めて『性騎士性ント』と呼ばれてしまっているのであった。

 流石にからかいすぎたと苦笑いを浮かべたルークは、バルコニーに設置されている椅子に腰掛け、テーブルの向かい側にある椅子に座るようすすめた。

「ま、流石に冗談だよ。俺も対抗戦で疲れてるからな。お前はダンジョンの見回りしてたんだろ? お疲れさん」
「あぁ、今日も至って平和だよ。ルークの方こそ、4連覇目おめでとう。流石はギルマスだね」
「……皮肉かそれ? 俺にギルマスの名前はまだ重いっつーの」
「君は立派にやれてるよ。あんなに癖の強い皆をまとめられているからね」
「うへぇ……褒められてんのかからかわれてんのか分っかんねぇな」

 積もる話もあるだろうとミユキが気を利かせてコップに注いでくれた冷水を飲みながら二人は軽い会話を交わす。

 ゲオルがギルドメンバーであるのに全ギルド対抗戦に参加していなかった理由は、ほぼすべてのギルドが対抗戦に参加していることにより、処理が追い付かなくなったダンジョン内で起こるモンスターの大量発生の対処があったからだ。
 F.F.O.プレイ中のほとんどの時間をダンジョンの中にこもっていると言っても過言ではないほどダンジョンの構造を知り尽くしている自身だからこそこの事態に当たれると判断したゲオルは事前にルークに告げていたのだ。
 もちろん、このことは全ギルドメンバーに共有されており、ゲオルは申し訳ないと思いながらも個人で行動をしていたのである。
 からかい合えるほどだが、決して馬鹿にしているわけではない信頼関係があるからこその行動であった。

 そんなことをゲオルに聞いていたルークだったが、ゲオルの口から告げられた『"ギルマス"』の単語に渋い顔をする。
 そんな真っ直ぐな瞳で褒めるゲオルの姿に、少し照れくさく頭を搔くルーク。

「ところで58階層にまたヒュドラが湧いていたんだが……」
「またかぁ? ま、どうせ倒したんだろ? どうせお前のことだから、いつものやつで――」
「ふふっ、そうだね。僕があれ程度で――」

 そんな二人の間で他愛もない話が続いていく。
 やれギルド加入申請が後を絶たないだの、やれ次のアプデ内容はどうだの、そんな話で盛り上がっていた。

 そんな二人の話が続き、現実の時間とリンクしたF.F.O.内の月が頂天に上った頃である。

『ルークさんへ! F.F.O.運営さんからダイレクトメールが届きました! 今すぐ確認しましょう!』
『ゲオルさんへ! F.F.O.運営さんからダイレクトメールが届きました! 今すぐ確認しましょう!』
「うおっと? これ、運営からのDM? また次のアプデのテストでもしてもらいたいってのか? って、ゲオルの方もか?」
「うん、僕の方にも来たみたいだ。多分君の予想通りだと思うけど」

 突然、彼らの目の前に半透明のウィンドウが現れ、そこから少女のような電子的音声が流れる。
 この声はF.F.O.のゲームナビゲーター――"妖精のナビ"の声であり、半透明なウィンドウはインベントリやステータスを確認できる『メニュー』だ。
 そんな二つの要素が告げてきたのは、このF.F.O.を管理している運営からの通知であった。
 しかも、ただの通知ではなく、彼ら個人に向けてのDMダイレクトメッセージなのが彼らに疑問符を浮かべさせたのである。

 更にそれだけではなく……

「お、お兄ちゃん! 運営さんからDMが! ……って、ゲオルさんも?」
「そうみたいだねミユキちゃん。もしかして、今回の対抗戦の件かな?」
「んー……ありえるな。でもそれだったらなんで個人宛てのDMなんだ? いつもならギルドに向けてのDMが多いのにさ」
「確かに……」

 ルークとゲオルだけでなく、席を外していたがまだゲーム内に残っていたミユキにもDMが届いていると言う。
 まさに謎が謎を呼ぶ状況に3人して首を傾げていると、

「おーいルーク! なんか運営からDM来たんだけどお前知ってるか~?」
「うへぇ……稼ぎ過ぎたからマニー没収って言われたらどうしよ……」
「あら? ゲオルちゃんもいるのね~。その様子じゃあなた達にも届いているみたいだけど~」
「ギルマスよ! これはどういうことだ!? まさか運営がやっと儂の肉体美の素晴らしさに気づいたのか!?」
「なーんか厄介ごとの匂いがプンプンするんですけど……」
「私も私も。また広告塔として頑張れって言われたら面倒なんですけど~」
「おいおい! まーた面白そうなイベントの始まりか~!?」
それがしの下にも届いていた……」
「拙者、運営からいじられるのはもう勘弁でござる……」

「やっぱみんなのところにも届いてたか……」

 ――ギルドのルームから先程退出していったメンバーも含めて出てきたことに、ある種の納得を覚えるルーク。

 これだけの規模のDMをシステムの整備が行き届いているF.F.O.の運営を欺いてまで送れる者はいない。
 ならばこれは本当に運営からのDMなのだろうと判断したルークはメンバー全員に確認を取る。

「えっと、これの中身、一応だが確認しておくか? こんなの送れるの運営だけだからあんま心配しなくてもいいと思うけど」
「うーん、不可解だけれどもそれには一応賛成できる。それと、一応全員で同時に確認しておいた方が良いかもしれないと僕は思うんだけどどうかな?」
「ゲオル殿、それはどのような心で?」
「あぁ、F.F.O.運営の目をかいくぐってウイルスを送られた可能性は限りなく低いと思うから、それなら一斉に終わらせておきたい」
「さんせ~い。面倒なのは手っ取り早く終わらせておきたいからね~」
「拙者もでござる」
「うーん、私も賛成するわね~」
「ぬはははは! 儂も賛成するぞ!」

 ゲオルの言葉に賛成する黒いローブを纏ったダウナーな少女――"サキ"の言葉を皮切りに、全員が賛成の意思を示していく。
 それならばと、ルークは運営のDMを確認するために、ウィンドウのコンソールを操作してDMを開いて、中身を見ようとした。


「なっ――」


 ――瞬間、ルークの視界を強烈な光が覆うのであった。
しおりを挟む

処理中です...