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チャプター1:前兆
第1話 発端
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「クビって…ちょっと待ってくださいよ!アレは仕方ない事だったんです!」
世界最大の経済規模を持つ都市、スカーグレイブのとある商店では茶髪の青年が店主に向かって戸惑いながらそう言い訳がましく叫んだ。
「仕方ないもクソもあるか。店で騒いでいた相手側にも非があるとはいえ、暴力沙汰を起こして怪我までさせてるんだ。責任は取らせないと示しがつかん」
恰幅の良い髭の似合う店主はそう言って相手にしようとしなかった。青年は何とか慈悲を乞おうと通り道を塞ぎつつ経緯を話すが、意思を変えさせるには至らなかった。
「お願いしますよ…この街じゃ仕事どころじゃない。バイトに就くのすらどれだけ苦労するか、知らないわけじゃないでしょう?」
「ああ知っているさ。つまり逆に言えば、代わりはいくらでもいるんだ。客をぶん殴ってしまうならず者よりマシな人材なら明日にでも来てくれるぜ」
店主はそう言うとレジに向かい、いくらかの金を渡して青年に手に握らせた。一か月分のバイト代が握らされてしまった事の意味を青年は悟り、全てを諦めた様に呆然とする。
「イナバ、今日限りでお前はクビ。それを持っていけ、せめてもの情けだ…時間までちゃんと仕事はしろよ?」
そう言って釘を刺すと、店主は在庫のチェックのために倉庫へと消えていく。あと三時間で職無しになってしまう事が分かってしまった以上、仕事に集中が出来るわけも無かった。ボンヤリとレジに顎をついて過ごしていた時、奇妙な客が入店してきたのをイナバは確認した。帽子を深く被った外套を羽織っている人物は、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、静かにレジのカウンターに置いた。
どうせ味なんか分かるわけ無いんだから水道水にすれば安く済むのに。イナバは時代遅れという言葉が似合う服装の男を心の中で小馬鹿にしながら会計を告げた。電子マネーやクレジットカードは普及しているが、現金を使う人間は決して少なくない。男は何も言わずに、何枚かの硬貨を差し出そうとして来る。手で受け止めようとしたその時、イナバには男の爪先が刃物の様に鋭く光ったように見えた。
「痛っ…!」
気が付くと、自身の指先から鮮血が滴っていた。思わず硬貨をカウンターに散らばらせてしまう。
「申し訳ない。爪を切り忘れていたもので…良かったらこれを」
男は異変に気付いたのか、ポケットからハンカチを取り出してカウンターとイナバの指を拭った。そして絆創膏を取り出してイナバに手渡すと、そそくさと出て行く。止める間もなく居なくなってしまった男にぶつくさ文句を言いながら、イナバは指に絆創膏を貼り、硬貨を集め直して店番に戻った。
店から出た男は少し薄暗い商店街の角を曲がり薄汚い路地に入り込む。人気のない暗闇で、ついさっき血を拭ったハンカチを取り出した。ゆっくりと鼻に近づけて嗅いだ瞬間、男は静かに笑った。
「…試す価値はあるな」
嬉しそうに男は言うと、先程の店の付近まで戻る。裏口がどこにあるかを確認すると、水を飲みながら閉店を待つ。
――――集合住宅が立ち並ぶ地区の狭い通りを、イナバは肩をすぼめながら歩いていた。
「…やっぱり、地元に帰った方がいいのかな」
田舎なんかで一生を終えたくはないと都会へやって来たは良かったが、イナバはようやく現実の厳しさに直面していた。何の計画も無しに来て良い場所では無いと、手遅れにでもならない限り分からない様な自身の短絡的な思考をひたすら恨めしく思っていた。
「…」
ふと帰路に就いていた足を止める。確信は無いが、何か普段の雰囲気と違っていた。誰かの視線を感じ、イナバは辺りを見回すがそれらしい人影は見当たらない。気のせいかと思い、前へ首を戻すと一人の人物が佇んでいる。人影が街の灯りに照らされると、ようやく店に来ていた人物であることに気づいた。少し驚いたものの、冷静を装いつつイナバは近づいていく。
「あ~、さっきの人ですよね…?もしかしてちゃんと謝りに来たとか?怪我なら全然大丈夫で――」
「ちょっと痛むよ」
「え?」
近づいてイナバが話しかけた直後、物騒な言葉が聞こえた。それに反応するよりも早く、何かが喉仏を貫く。鉄臭い臭いがこみあげて来た。血が口から溢れ出てくる。息が出来ない。痛い、そして苦しい。
イナバがアスファルトに倒れ伏して、呻き声を上げながら痙攣している間、帽子の男は静かにその場を立ち去ろうとする。
「楽しみにしてる」
薄れゆく意識の中で、イナバは確かにそんな声を耳にした。
世界最大の経済規模を持つ都市、スカーグレイブのとある商店では茶髪の青年が店主に向かって戸惑いながらそう言い訳がましく叫んだ。
「仕方ないもクソもあるか。店で騒いでいた相手側にも非があるとはいえ、暴力沙汰を起こして怪我までさせてるんだ。責任は取らせないと示しがつかん」
恰幅の良い髭の似合う店主はそう言って相手にしようとしなかった。青年は何とか慈悲を乞おうと通り道を塞ぎつつ経緯を話すが、意思を変えさせるには至らなかった。
「お願いしますよ…この街じゃ仕事どころじゃない。バイトに就くのすらどれだけ苦労するか、知らないわけじゃないでしょう?」
「ああ知っているさ。つまり逆に言えば、代わりはいくらでもいるんだ。客をぶん殴ってしまうならず者よりマシな人材なら明日にでも来てくれるぜ」
店主はそう言うとレジに向かい、いくらかの金を渡して青年に手に握らせた。一か月分のバイト代が握らされてしまった事の意味を青年は悟り、全てを諦めた様に呆然とする。
「イナバ、今日限りでお前はクビ。それを持っていけ、せめてもの情けだ…時間までちゃんと仕事はしろよ?」
そう言って釘を刺すと、店主は在庫のチェックのために倉庫へと消えていく。あと三時間で職無しになってしまう事が分かってしまった以上、仕事に集中が出来るわけも無かった。ボンヤリとレジに顎をついて過ごしていた時、奇妙な客が入店してきたのをイナバは確認した。帽子を深く被った外套を羽織っている人物は、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、静かにレジのカウンターに置いた。
どうせ味なんか分かるわけ無いんだから水道水にすれば安く済むのに。イナバは時代遅れという言葉が似合う服装の男を心の中で小馬鹿にしながら会計を告げた。電子マネーやクレジットカードは普及しているが、現金を使う人間は決して少なくない。男は何も言わずに、何枚かの硬貨を差し出そうとして来る。手で受け止めようとしたその時、イナバには男の爪先が刃物の様に鋭く光ったように見えた。
「痛っ…!」
気が付くと、自身の指先から鮮血が滴っていた。思わず硬貨をカウンターに散らばらせてしまう。
「申し訳ない。爪を切り忘れていたもので…良かったらこれを」
男は異変に気付いたのか、ポケットからハンカチを取り出してカウンターとイナバの指を拭った。そして絆創膏を取り出してイナバに手渡すと、そそくさと出て行く。止める間もなく居なくなってしまった男にぶつくさ文句を言いながら、イナバは指に絆創膏を貼り、硬貨を集め直して店番に戻った。
店から出た男は少し薄暗い商店街の角を曲がり薄汚い路地に入り込む。人気のない暗闇で、ついさっき血を拭ったハンカチを取り出した。ゆっくりと鼻に近づけて嗅いだ瞬間、男は静かに笑った。
「…試す価値はあるな」
嬉しそうに男は言うと、先程の店の付近まで戻る。裏口がどこにあるかを確認すると、水を飲みながら閉店を待つ。
――――集合住宅が立ち並ぶ地区の狭い通りを、イナバは肩をすぼめながら歩いていた。
「…やっぱり、地元に帰った方がいいのかな」
田舎なんかで一生を終えたくはないと都会へやって来たは良かったが、イナバはようやく現実の厳しさに直面していた。何の計画も無しに来て良い場所では無いと、手遅れにでもならない限り分からない様な自身の短絡的な思考をひたすら恨めしく思っていた。
「…」
ふと帰路に就いていた足を止める。確信は無いが、何か普段の雰囲気と違っていた。誰かの視線を感じ、イナバは辺りを見回すがそれらしい人影は見当たらない。気のせいかと思い、前へ首を戻すと一人の人物が佇んでいる。人影が街の灯りに照らされると、ようやく店に来ていた人物であることに気づいた。少し驚いたものの、冷静を装いつつイナバは近づいていく。
「あ~、さっきの人ですよね…?もしかしてちゃんと謝りに来たとか?怪我なら全然大丈夫で――」
「ちょっと痛むよ」
「え?」
近づいてイナバが話しかけた直後、物騒な言葉が聞こえた。それに反応するよりも早く、何かが喉仏を貫く。鉄臭い臭いがこみあげて来た。血が口から溢れ出てくる。息が出来ない。痛い、そして苦しい。
イナバがアスファルトに倒れ伏して、呻き声を上げながら痙攣している間、帽子の男は静かにその場を立ち去ろうとする。
「楽しみにしてる」
薄れゆく意識の中で、イナバは確かにそんな声を耳にした。
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