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パート8:ホープ

第168話 数の暴力

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 飛行しながら接近するオルディウスが拳を握り締めると、ベクターもオベリスクを強く握ったまま飛行速度を上げていく。そして両者が間合いに入った瞬間、オルディウスの拳がベクターの顔面を捉え、それと同時にベクターはオベリスクを彼女の腹へと突き刺した。

「グ…‼」
「ゴハ…‼」

 互いに呻いてしまう中、ベクターは左腕を”殲滅衝破ジェノサイド・ブラスト”へと変形させて至近距離から光線でオルディウスを吹き飛ばした。オベリスクが突き刺さったまま彼女は吹き飛ばされるものの、地面を転がりつつ受け身を取る。そのまま反撃のためにオルディウスが立ち上がろうとした時、ベクターは再び飛行して近づいてから彼女を掴み、そのまま共に上空へ舞い上がる。

「せっかくだ」

 ”爆噴壊突デモリション・フューリー”へと左腕を変形させながらベクターが話しかける。オルディウスはベクターの能力を自分も使えないかと試みるが、当然何も起きるはずがない。

「無駄だぜ。コアを吸収しねえとコピーと召喚は使えねえ…勘だけどな」

 右腕でオベリスクを引き抜きながらベクターが言った。

「ひとまずお礼参りでも…してもらえっ‼」

 そして怒鳴りつつ彼女へ左腕を叩きつける。再び地面へと叩き落されたオルディウスだが、彼女が墜落した地点はベクターの作り出した幻影とムラセ達によって包囲されてしまっていた。彼女が声を上げるより先に幻影たちが一斉に飛び掛かってくる。どうやら実体はあるらしい。

 無数の雑魚が鎧へとしがみ付き、齧ろうとするがオルディウスは難なく振り払う。それでも尚襲ってくる敵をまとめて殺すために時間を流れを遅くした時だった。ようやく動けると思った矢先、背後から何者かに蹴り飛ばされてしまう。すぐに体勢を立て直し、振り返った先ではリリスが猛スピードでこちらへと向かって来ている。周囲にいた幻影たちがスローモーションの様にして吹き飛ばされており、高速移動による衝撃波まで発生している事が分かる。全速力だった。

「来い !」
「オラアアアアア !」

 迎撃するつもりのオルディウスに向かってリリスが叫び、そのまま殴りかかっていく。最初の一撃こそ片手で防げたものの、続けて脇腹へフックを入れられる。僅かだが鎧にひびが入り、若干ではあるが衝撃でよろめいた。

 拳を血まみれにしながらもリリスが攻撃を繰り出してくる中、オルディウスはそれを捌き続けるが想像以上に威力がある。防ぎ続ける手や脚にも負担が募り、疲労も蓄積していった。その最中、背後から殺気を感じる。オベリスクを背負ってから”時流超躍テンプス・ホッパー”を使ったベクターが乱入しようとしてきていた。

「…貴様もか !」

 リリスをどうにか押し返し、後方にいるベクターに向かって叫ぶ。直後、ベクターは右腕でゲーデ・ブリングを発動して見せた。それを使って力づくでオルディウスを振り向かせ、左腕で”爆噴壊突デモリション・フューリー”を構えて狙いを定める。複数の能力を同時に使用してくるベクターを厄介だと思っていた直後、体勢を整え直したリリスが膝蹴りを頸椎に向かって放つ。それに合わせるようにベクターも”爆噴壊突デモリション・フューリー”をみぞおちに向かって叩きつける。

「惜しかったな」

 だが見切っていたらしいオルディウスは、ギリギリのところで二人の攻撃を受け止める。それぞれの攻撃を両腕を使って受け止めた所で時間操作が解除されてしまった。

 幻影たちも別の場所まで移動していたオルディウス達を追いかけようとするが、その中にいたムラセは、遠くにいたリーラと目が合う。そして互いに相槌を打ち、リーラは瞬間移動用の魔法陣をムラセの正面に出現させる。ファウストの幻影と共にその中へ飛び込むと、ベクターとリリス相手に組み合っていたオルディウスの頭上へと瞬間移動を果たす。

 ベクターたちを衝撃波で吹き飛ばした直後、頭上から来る気配に気づいたオルディウスだが、なぜか動けない。足元を見てみると幻影で作られた剣が現れており、それが足を串刺しにして地面へと固定していたのである。それに気を取られていた隙を見計らい、ファウストの幻影は剣で鎧へと一撃を入れる。大きな裂け目が生まれ、それに怯んだのも束の間、ムラセの化身が頭上から拳を叩きつけてきた。

「チッ…」
「しまった…」

 舌打ちをしながらオルディウスは受け止めるが、衝撃のあまり跪きかける。ムラセも防がれたことで少し焦ってしまったが、間もなくイフリートとザガンもオルディウスの左右から魔法陣を使って現れる。そしてザガンが体中から鉄の鎖を生やしてオルディウスへ巻き付けて拘束すると、イフリートがそのまま掴みかかる。更に至近距離で口から火炎放射を行って顔を焼こうとした。

 咄嗟に頭部に障壁を出現させて身を守り、鎖を引きちぎりつつイフリートを殴り飛ばす。ところが、すぐに自分の体に違和感が生じ始めた。炎を払いのけて体へ目をやると、虫型のデーモン達が自らの体へと纏わりついている。そのどれもにグリフォンの羽が刺さっていた。

「成程な」

 こちらを嘲笑うように見つめているベルゼブブとグリフォンの幻影を目撃し、オルディウスは思わず呟く。直後に体中で爆発が起きた。既にあった損傷が原因で鎧のあちこちに一気に亀裂が走り、そこから内部へも爆炎が入り込んでダメージを受けてしまう。それによってオルディウスも消耗していることが分かったベクター達だが、自分たちも余裕があるわけでは無い事をここにきて実感する。

「やべ…」

 体力の限界、そしてセフィロトの崩壊による魔力の供給不足といった要素が祟り、エネルギーを賄えなくなったベクターがとうとう人間態に戻ってしまった。彼を皮切りにリリス達も人間態へと戻ってしまい、ムラセも化身を引っ込めてしまう。オルディウスも同様に変身を解除していた。幻影たちもいつの間にか消滅してしまっている。

「…狙撃班、”クリフォト”の準備を行え。合図まで待機しろ」
『了解』

 これを好機と見たアーサーが無線で連絡をする。上空に待機していた複数の飛行艇と、それぞれに搭乗していた兵士たちが応答をした。そして各々が対オルディウス専用に緊急で開発された特殊弾、”クリフォト”とコードネームを与えられた弾薬を対物ライフルへと装填していく。

『こちらアルファ、準備を完了した』
『こちらブラボー、装填を完了。待機する』
『チャーリーだ。装填完了。狙いを定めてる』
『デルタも準備を完了しました』

 口々に無線から報告が聞こえると、アーサーはリーラから魔法陣を使って引き寄せた装填済みの対物ライフルを渡され、急いで構えに入る。オルディウスをターゲットに選ぶと、AIがすぐさま風速と方向を計算し始める。やがて、いつでも撃てると報せてくれた。

「楽しいなあ」

 そんな周囲の動きを他所に、少々息を荒くしながらオルディウスが言った。ここまでの窮地はいつ以来だろうか。身を焦がすほどのスリルと緊張感を堪能し、程よい充実感が彼女の心を満たしつつあった。

「意外と必死なんだけどな、こっちは」

 そんな彼女へベクターは不満げに言い返す。

「だろうな…正直に白状するなら、あのまま続いていたら危なかった」
「今は ?」
「勝てるかもしれん…だが、負けても悔いは残らないさ。きっとな」
「じゃあ負けてくれ」
「せめて全力を尽くさせろ。礼儀というやつだ」

 そんな風に話した後、稲妻を纏いながらオルディウスはゆっくりと構え、ベクターも呼応するように構える。リリスは筋肉を隆起させ、イフリートは炎を纏い、ムラセはゲーデ・ブリングを腕に纏わせ、ケルベロスは唸り、ザガンは刀を生成して握り締めた。そんな彼らに囲まれる中、オルディウスは改めて笑ってみせる。決着まではそう遠くない。寧ろすぐに終わらせなければならない。その場にいた誰もがそう思っていた。
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