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パート8:ホープ

第166話 血脈の覚醒

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 周囲を旋回している飛行艇は側面のハッチを展開し、機銃をオルディウスへ向ける。そのまま攻撃開始の合図が出るまで、自分が殺される順番が早まるかもしれないという不安を抱えながら待機をするしか無かった。

「アンタ、どうやって抜け出したわけ ?」

 ザガンの隣に立っていたリリスが聞く。

「柱に書かれている術式を弄って座標をここへ設定した…それだけだ。幸い、お前らの気配を探知出来たんでな」

 ザガンはオルディウスから目を離さず答える。一方でオルディウスは、自分を囲っているリリス達を軽く見回し、紫色の稲妻を体に迸らせた。

「さあ、いつまで突っ立っている ? それとも私から始めても良いのか ?」

 自信たっぷりに彼女は喋る。丁度その時、セフィロトが生えている方角から爆発音が聞こえた。セフィロトの周囲を高速で飛行艇が飛び回っており、オルディウスは何気なくそちらの方を眺めて何が起きているかの確かめようとする。直後、不意打ちの如くリリスが動いた。が、飛び掛かった先にオルディウスの姿は無い。

「え――」

 思わず困惑した直後、いつの間にか背後に回り込んでいたオルディウスの殺気を感じ取る。彼女がそのまま正拳突きを放った瞬間、すぐに振り返って防ごうとするが間に合わなかった。腕で防ぐより先に腹部を拳が貫通し、吐いた血がオルディウスの顔にかかる。

「脳味噌だけは鍛えられなかったか、マヌケ」

 落胆した様に彼女は言い放ち、そのまま引き抜こうとするがここで予想外の事態に見舞われた。腕が抜けないのである。

「だけど…それ以外は伊達じゃねえよ ?」

 リリスは血反吐を吐きながら笑っていた。自らの腹部へ尋常では無い力を込め、筋肉を強張らせる事でオルディウスの腕を抜けなくさせるという荒業である。この隙を好機と見たザガンが駆け出し、オルディウスへ一撃食らわそうと突進をしていく。

「ふん…」

 そこでオルディウスが取った行動は、抜けなくなってしまった自らの腕を無理やり引き千切るという物だった。そして余っているもう片方の腕に金属で出来たガントレットを纏わせ、迫りくるザガンに向かって拳を振るう。たった一撃であるにも拘らず頭部の装甲にヒビを入れられたが、ザガンはお構いなしに彼女へしがみ付いた。ケルベロスもそれに続いて飛び掛かり、オルディウスの頭部へ噛みつき出す。

「構えろ !」

 ザガンが叫び、言わずもがなイフリートが口の中に炎を溜め込み始める。ザガン達からすれば自分達ごと焼き払っても構わないという覚悟だったが、そう上手く行く筈もない。

「下らん」

 そう呟いた直後、突然オルディウスの体温が上昇し出すのをザガンとケルベロスは感じ取る。直後、その場にいた者達をまとめて吹き飛ばしかねない爆発が起きた。防ぐタイミングの無かったケルベロスとザガンは火だるまになりながら吹き飛び、衝撃のせいでイフリートも怯んで準備を中断されてしまう。辛うじて踏ん張ったリリスとムラセは何とか立ち上がろうとするが、オルディウスは翼を大きく広げてみせた。

「お前からだ」

 そう言って高速で飛行し出し、リリスの方へと飛び掛かる。咄嗟の判断が出来なかったリリスはそのまま首根っこを掴まれてしまい、瓦礫や岩肌へと叩きつけられていく。そして空中へ蹴飛ばされると、まともに反撃の体勢を整えられない中で滅多打ちにされた。ピンボールの様に四方八方へ吹き飛ばされ、叩きのめされ、しまいには空中から叩き落とされた事で大きなクレーターを作ってしまう。何とか立ち上がろうとしたものの、間もなく顔面を踏みつけられた。

「私と来い。それともまだ逆らうか ?」

 オルディウスはリリスの体から自分の腕を抜き取り、切断面へ押し当てて再生させる。そしてどうやら殺すつもりは無いのか、踏みつけながら血だらけになっている彼女の顔を除く。牙も折れ、痙攣している中であろうと戦意は残っているらしい。リリスはずっとオルディウスを睨んでいた。

「何だその目は」

 そう言いながらオルディウスは更に彼女の頭蓋骨へ足で圧力を加えていく。

「う…あああああああ…‼」

 リリスが苦痛に喘ぎ苦しむ中でムラセは走り、背中から化身を使ってオルディウスを殴り飛ばす。思わず吹き飛ばされはしたものの、オルディウスはすぐに着地をして態勢を整えながらムラセの方を見た。

「化身か。それに魔力のオーラで腕を形成しているとは…ファウストの力を受け継いでいるな…」

 オルディウスはファウストによく似たムラセの力を興味深そうに眺めていたが、やがて稲妻と共に自らも同じようにゲーデ・ブリングを発動して見せた。それも両腕だけではない。まるで千手観音とも言わんばかりに無数の腕が背後に出現している。

「え… 」
「どうした。顔が青いぞ ?」

 呆気にとられたムラセへオルディウスが挑発するように問いかける。そして出方を待つ迄も無く仕掛けていった。次から次へと拳が降り注ぎ、化身や自らの力だけでは受け止められないままムラセは攻撃の餌食となっていく。いくつも体の骨を折られ、痣や血で体が染まって行く最中、イフリートの放った光線によって横槍で間一髪助けられた。

「威力が上がったな。まだまだ楽しませてくれるか」

 オルディウスは光線を食らいながら言うと、お返しと言わんばかりに手を構える。そして手からベクターが放つ物と同じ光線を放った。あっという間に攻撃を掻き消されたイフリートは、咄嗟に炎の壁で身を守ろうとするが何の意味も無かった。あっさりと打ち破られた上にそのまま自らの体を焼かれていく。

『リベリオン、最大出力です』
「リミッターを解除しろ」
『警告、リミッターを解除する事でコンピュータの発熱、武器装備の負担の増大といったリスクが上昇します。そのため推奨は――』
「構わん、やれ !」
『了解、リミッターを解除。これより装備の制御に使用されていたエネルギーの一部をリベリオンの出力上昇へと利用します』

 アーサーがアスラのAIへ強引な命令を出すと、渋々許可をされた後に両肩部にある砲塔が光り始める。

「オッケー、足止めか…」

 それを見たリーラは走り出し、彼女が動いたことに気づいたケルベロスも焼けた体で立ち上がった。そのままイフリートへ近づこうとしたオルディウスの脚へ再び噛みつき、彼女が気を取られている隙にリーラは魔方陣を両手に作り、それらを鎖に変えて飛ばす。そのまま鎖に絡めとられて手足を拘束されたオルディウスだが、少しだけ首を動かして後ろにいるリーラへ意識を向けた。

「駄犬とエルフの雌か。比べ物にはならんが、有象無象よりは上出来と言った所だ」

 そう言ってオルディウスは逆に鎖を掴むと、そのまま自分の方へとゆっくり手繰り寄せ始める。最初から勝てるとは思っていなかったリーラは、急いで杖の方へ鎖を巻きつけて、杖を地面に刺して何とか抵抗しようとする。そうして気を取らている隙に、遠距離からリベリオンによる不意打ちをオルディウスは受けてしまった。鎧には損傷が入っており、一瞬化帰したアーサーだが、すぐにリーラやケルベロスが放り出されてしまった事で標的が自分に移った事を悟る。

「再充填を行え ! 早く !」
『了解。先程と同じ設定で行います。最高出力まで残り――』
「数えなくて良い ! 俺が合図を出したらすぐにやれ !」

 焦りながらアーサーは指示を出すが、対照的にAIは呑気な声で応じる。そんな中で近づいて来るオルディウスがリリスの様に筋力を強化し、腕に力を込めながら拳を握る。

「撃て !」

 アーサーが叫んだ直後にリベリオンは放たれるが、威力不足のせいでハッタリにすらならなかった。そのまま拳で装甲を殴られ、遠くにある岩場へ叩きつけられたアーサーは傷を確認しながら立ち上がる。

「損傷は…どうなってる ?」
『設定されている限界値の八十八パーセントに到達しました。これ以上は危険です。ただちに――』
「たった一撃だぞ…⁉」

 予想外にも程があるオルディウスの戦闘能力を、AIからの報告でアーサーは分からせられてしまう。驚きながらも立ち上がったが、目の前に立っていた彼女を前に戦意が失われかけていた。

「全体がどうかは知らんが、人間もここまで出来るようになったか…褒めてやる」

 オルディウスはそう言った瞬間、巨大な剣が背中から彼女を貫く。腕を変形させたザガンによる攻撃だった。

「諦めの悪いやつだ」

 そう言って時間を停止させ、オルディウスは平然と剣から体を引っこ抜く。そしてわざと彼女の方を向いて余裕を見せた。時間停止が解除された瞬間、自分の不意打ちからあっさりと逃れてしまっているオルディウスを見たザガンは、恐れをなしたのか少しづつ後ろへと下がって行く。

「これはどうだ ?」

  両腕をガントレットに変形させ、オルディウスは休む暇もない拳による殴打を食らわせ始める。何とか防ぎきるザガンだが、他の追随を許さないと思っていた自身の装甲が簡単に凹み、破壊されていくのを体に伝わる衝撃で感じ取る。そのまま成す術なく殴打の食らわれ続け、ボロ雑巾の様になった後に捨てられた。

「悪くない…想像以上だ。お前達がここまで優秀だったとはな」

 飛行艇から攻撃を受けても尚倒れていないセフィロトから魔力を吸収し、鎧や体の損傷を回復させたオルディウスは言った。ムラセ達も魔力によって傷を治しはしたものの、オルディウスとの戦力さを思い知らされた事で一同の間に絶望感が漂い始める。大人しく殺されておいた方がマシかもしれない。そんな考えまで脳裏によぎってしまう程に規格外なオルディウスの力は、身体、思考、精神性…それらすべてを踏まえた上で、もはや突然変異と呼ぶに相応しい物だった。



 ――――その頃、ベクターは虫の息となっていたファウストの方へ近づく。

「お、おい。何があった…!?ってまさかお前…」

 戸惑うベクターだが、ファウストの掌にある大きな切り傷を見た事で少なくとも自分を生かすために何かをしたのだという事だけは理解する。そんな彼を閉じそうになっていた目でファウストは見つめ、やがてゆっくりとベクターの方へもたれ掛かった。

「力を…取り戻したか…良かった…時間が無い…」
「もういい喋るな。死んじまうぞ」
「構わん…どうせ……」

 息も絶え絶えに話すファウストをベクターは止めようとするが、彼は決して聞く気は無かった。そのまま必死な思いでベクターの腕にしがみ付き、そのまま片方の手で頬を撫でる。その力のか弱さから、ベクターはここが彼の死に場所なのだと確信した。

「ムラセはどうするんだ ? 親として何もかも放り投げて死ぬ気か ? 俺がそんな事許すと思うか ?」
「私に…親を名乗る資格はない…だから…頼む…あの子の傍に…家族として…兄として…」

 ベクターは掴みかかり、呆れや怒りを垣間見せながら問いかける。一方でファウストは涙を流し、ベクターに全てを託すしか無いのだと縋った。無責任な奴だと罵りたくなったが、そんな彼からの悲しみや後悔の念が眼差しを受けた事でやはり躊躇が生まれる。

「チッ…いいか。アイツを守るのは、あくまで俺が責任を取るためだ。間違ってもお前に恩があるからじゃねえ。それに、これで何もかもチャラになったと思うなよ。ジードを死なせた事は絶対に忘れねえからな」
「…」

 結果、捻くれた性根を全開にしながらベクターは一応ではあるが約束をする。しかし複雑な面持ちでファウストは頷く姿を見て、ベクターは自分の心に胸騒ぎを覚えた。かつて自分がフロウに言った「家族の仲なんて死んだら手遅れ」という言葉が、ここにきて重くのしかかってしまう。

「まあ…でも…その…」

 不思議と口が開いた。ファウストも少し驚いたようにベクターの方を見る。次の瞬間、彼は静かにファウストを抱きしめた。

「た、助けてくれて、ありがとな……後は任せろ」

 たどたどしい言い方だが、決して生半可な覚悟ではない。抱きしめる力の強さでそれを感じ取ったファウストは決意を固めた様にベクターから離れ、自分の胸元へ手を当てる。

「コアを奪え…お前の…力となれるなら…本望だ」
「…分かった」

 彼の凛々しい表情と懇願を見たベクターは静かに応じる。そして転がっていたオベリスクを取って戻ってくると、一思いに胸を切り裂いた。もはや血も出ないその体へと、傷口からベクターは手を突っ込。そして今にも崩れそうなコアを引き抜いた。

 間もなくコアは光を発しながらレクイエムへ吸収され、呼応するようにファウストの体も砂のように瓦解し出す。笑顔と共に散って行ったファウストを見送ったベクターだが、なぜか虚しさと寂しさが同時に胸を押し潰されそうになってしまう。しかし自分にはやるべき事が出来てしまった。そう頭の中で言い聞かせてベクターは立ち上がる。

「やるか」

 そう言って残されていた召喚機へ向かおうとした時だった。深淵の上空に出来ていた穴から何かが現れ、大きな音を立ててベクターの前に着地する。

「クロノス ?」

 以前自分が見た個体よりは明らかに小さかったが、間違いなくクロノスである。それを皮切りに次々とデーモン達が穴の中から降り注ぎ、あっという間にベクターを囲った。自分が以前殺したのとは違う個体らしいグリフォンまでもが現れ、爆発する羽を使って召喚機を爆破して壊してしまう。

「まだ生きていたとは驚きですな」

 そして元の姿に戻っていたアモンが穴から現れ、玉座の上に降り立ちながら言った。

「何だよ、ちゃんと手回ししてやがったか」
「左様。貴方様に恨みはありませんが、敵である以上は見逃しておけません……殺せ !」

 ベクターが周りにいる敵の数に呆れていると、アモンは心にも無い詫びを入れる。そして率いていたデーモンの群に抹殺を命じた。

「時間無いんだ。どいてくれないか ?」

 ベクターがそう頼み込む頃には、デーモン達が一斉に襲い掛かる。上から来る者達はオベリスクで受け止めるが、それ以外の方向からは防ぎようがない。噛みつかれ、切り裂かれる中でベクターはファウストとの約束を思い出し、今も尚仲間達が待っているのだと自分を鼓舞した。

「う… !」

 必死に力で押し返そうとする中、彼の意思に呼応するかの様に紫色の稲妻が一瞬だけ走る。少しづつ自分達が押され始めている事に、群がっていたデーモン達は気付き始めた。

「うおおおおおおおおおおお!!」

 ベクターは叫び、さらに彼らを押しのけようとする。彼の怒号がどんどん野太く、野性的なものに変わって言った直後、辺りを紫色の閃光と落雷が包み込む。そして激しい衝撃波を飛ばしてデーモンの群を一気に吹き飛ばした。

 怯んだアモンや倒れたデーモン達は何が起きたのかと目を向けるが、すぐに先程までは漲っていた筈の戦意を捨て去る。そこから命乞いをするように平伏す者と、絶望のあまり逃げ出す者とへ別れた。王をも殺しかねない強大すぎる災い、ひいてはデーモン達にとっての絶望。彼らが目撃してしまったのはその権化であった。
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