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パート8:ホープ

第149話 苛立ち

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「以上が、こちらで確認できた被害の報告になります。現在シアルド・インダストリーズ本社を除く全支社と連携を取り、原因の特定及び事態の解決に向けて積極的に動いていく方針です。また計画の――」

 目を開くのさえやっとな程に眩しいフラッシュが幾度となく焚かれ、無数のカメラやマイクに囲まれる中でルキナは淡々と現状に関する報告を行っていた。早い所切り上げて山積みになっている問題の対処をしたいというのに、正義を盾にして自分達の金儲けのため押し掛けてくるマスコミ達がそれを許さない。

「まずは難民への謝罪と賠償が先では無いのですか!?あなた方デーモン狩りを行う企業がデーモン達を怒らせたという噂が出回っていますが、どのようにお考えですか ?」
「事態の解決という事は再び出動するのですか⁉物資が足りていない状況なんですよ ! 下々の民は飢え死にしても良いというわけですか⁉」
「外ではシアルド・インダストリーズとそれに関連するグループ企業の解体を即刻求めるデモが行われてます ! 庶民の声を聞いた上で、責任を取るべきではないのですか ?」
「兵士の頭数だって少ない状況で何をするんです ? どうせ突っ込んだ所で犬死するんですから、ノースナイツを放棄すればいいだけの話でしょう ! 金と物資の無駄です !」

 現場やこちらの事情はおろか、後々の未来の事も考慮できていないかのような野次が飛び交い始めた。幼児にも劣るかもしれない精神年齢を引っさげている腐ったマスコミ連中は、逆張りしておけば賢い人間になれる気でいるのか、彼女に返答する時間すら与えない程に喚き続ける。彼らは一面記事を飾る写真欲しさに、とにかく会見を引っ掻き回して泣きっ面をシャッターに収めようと必死になっていた。人の話を遮ってはいけないという学校どころか親が教えてくれる様なことすら知らないのだろうか…もしくはそういうモラルを平気で無視する低俗且つ野蛮な思考を持つ人間だからこんな仕事を選んだのかもしれない。

「モタモタしてて良いんですか⁉何とか言ったらどうです !」
「もしかしてカンペを忘れたんですか ? こちらも暇じゃないんですから時間を取らせないでくださいよ !」

 答えさせようともしない癖に喚きたてるマスコミを前に、ルキナは限界に達しかけていた。前の様にもう一度怒鳴ってやろうかと思った直後、アーサーがジャケットで隠していたショルダーホルスターから拳銃を抜き取る。そして迷うことなく天井に向けて三発撃った。辺りが一気に静まり返る中、アーサーは無数に置かれていた内のマイクを一本だけ握る。

「一度しか言わない。また話を遮る様なことがあれば次は頭だ」

 アーサーの言葉に対し、反論する者は誰もいなかった。相手を選ばないと野次も飛ばせない卑怯者め。アーサーは彼らを侮蔑しながらマイクを戻すついでに、わざと拳銃をよく見える位置に置いた。

「どうも」

 アーサーに小さく礼を言ってからルキナは改めて前を向く。

「この際にハッキリ言わせてもらうとすれば…あなた方が大変羨ましい。とても気楽そう。安全圏でのうのうと過ごしている分際の癖して、現場の状況やこちらの都合など知ろうとする素振りすら見せず、たまに出てくる発言と来れば頭がお花畑なのかと思う様な呑気な要求に、後回しにしたい世間話、それか猿の方がマシと思える様な野次を飛ばして…いいよね、そんな事するだけで食わせてもらえるんだから」

 余程苛ついているのか、臆することなく本音をぶちまけ出したルキナにマスコミもざわつき出す。

「い、今の発言は聞き捨てなりませんよ…我々はこの仕事に誇りをもって取り組んでいます。意見を言ってるのも、今後の対策の役に立てていただくため――」
「その結果であれば無責任な報道で世論を扇動して、自分に気に食わない存在を侮辱し叩き潰しても許されると ? それとも何、戦いになったらあなた達も一緒に前線まで赴いてくれるわけ ?」
「そ、それは…その…我々の仕事ではないというか…」
「責任を取る気も無い、協力する気も無い、役に立つアドバイスをしてくれるわけでもない、だけど自分達の世話はしてくれって ? 特権に甘えてんのはどっちよ…ノースナイツを中心に周辺の魔力濃度が上昇し続けている。早い段階で食い止めないと、ゆくゆくはこのハイドリートさえ人が住めない環境になりかねない。その状況を分かった上で野次と罵倒に付き合わせてるわけ ? 自分達が何かしてやるわけではないけど、企業様や兵士達は奴隷のように働いて自分達の平和のためにご機嫌を取って尽力し続けろと ? 普段ブラック企業がどうの、搾取や重労働がどうのって騒いでる癖にどの口が言ってんのよ」

 世間の評判など知った事かと言わんばかりにルキナは捲し立てていく。先程の脅しもあってからグチグチと文句を言うだけで、誰一人言い返そうとはしなかった。

「とにかく、今まで話した通り。今後の行動につきましては決定次第お知らせします。それと最前列でギャーギャー喚いてた…えっと…オリエンス・タイムス、エブリーニュース、あとウジッグ社だっけ ? 名前覚えたからね。二度とウチの取材なんかさせないから」

 その言葉を最後にルキナとアーサーが退出していく様をワイプ越しに見ていたニュースキャスターやコメンテーター、そして司会者は画面が戻ると神妙な面持ちでいた。

「先程の映像が昨日の記者会見における一部始終の映像との事ですが…どう思われますか ?」
「これさ、問題発言じゃないの ? 我々庶民を何だと思ってるのか…馬鹿にしてますよね~。横暴ですよ横暴」

 落ち着いた態度のキャスターに対し、随分と偉そうな自分以外の全てを見下してるかのような態度を取っている司会者がウダウダと愚痴に近いコメントを出す。

「しかし一方でシェルター内部でアンケートを取った所、「よくぞ言ってくれた」というような声もあるらしいんですね。例えば――」

 そんな報道ばかりが流れるテレビをタルマン、ジョージ、リーラの三人はホテルのロビーで椅子に座ったまま鑑賞していた。真ん中のテーブルには軽食とウォッカの瓶が置かれている。端的に言えばヤケ酒であった。

「ケッ、我々庶民だとさ。いつもは芸能人とか称してふんぞり返ってる癖に」
「仕方ないでしょ。肩書利用して好き勝手したい詐欺師の集まりだもの、メディアなんて。ほら…注いであげるからグラス頂戴」

 番組に対して嫌悪感を剥き出しにするタルマンに同意しつつ、リーラは彼のグラスへ酒を入れた。昨日に発生した突然の災害から一夜明けたはいいが、ホテルに避難してきた人々の世話などに追われて彼らも疲弊しきっていたのである。

「…おい、二人共 !」

 その時、背後の物音に気付いたジョージが玄関を見てからタルマン達に呼びかけた。振り返ってみるとムラセ達がこちらに駆け寄ってきている。

「良かった無事で… !」
「おうよ、良く俺達がいるって分かったな」
「ラジオでニュースを聞いて…こっちの方にもしかしたら避難してるかもって思ったんです」
「そうかそうか…ところでそいつは ? 見ない顔だが」

 ムラセ達がどうやってここへ来たのかが分かって安心したのもつかの間、タルマンはファウストの存在に気づいてムラセに質問をする。しかし彼女が答えるより先にファウストは前に出て握手を求めた。

「ファウストだ」
「タルマン・ルベンス…珍しい名前だな。苗字は ?」
「無い…というよりは…」
「ああ~、そいう事か。まあいいや。ほら、座るか ?」

 ファウストが自己紹介をするが、リリス達の態度からしてタルマンは何となく彼が人間では無い事に勘付く。しかし、今更一人増えるくらいどうって事なさそうに振舞いながら疲れ切ってる様子のファウストを席に座らせた。

「ちょっと待ってくれ。ベクターは ?」

 すかさずジョージがベクターがいない事を不思議に思って口に出す。ムラセ達が言い淀んだまま黙っている様子を見て、タルマンは溜息をついた。

「当ててやろうか…別行動を取ってるな。あんまり穏やかじゃない理由付きでだ。しかも…原因はたぶんアンタ。間違ってたらごめんな」
「…いや、正解だ」

 彼らの目線や態度からタルマンが推測をすると、ファウストも言い逃れをするつもりが無かったらしく正直に白状した。



  ――――その頃、シアルド・インダストリーズ本社の外に出たオルディウスはこの辺りで良いかと目星を付けてから、ポケットから黒く禍々しい模様を持った種子を取り出す。そして静かに置いた。

「オルディウス様。地下を調べました所、やはり大量のコアが保管されていました。恐らくは魔導エネルギーと称されるエネルギー供給システムのための資源として使われていた様です」

 遅れて本社から出て来たアモンが報告をする。そしてベリアルとガミジンが幾つかの強い魔力を持つコアを抱えて戻って来た。

「こんだけありゃ足りるか ?」
「ああ、御苦労」

 ベリアルが尋ねると、オルディウスは礼を言ってからコア達に手をかざす。するとたちまち砕けていき、そのままオルディウスの掌へと吸収されていった。

「よし、離れていろ。魔術を使う」
「ほぉ…”バフォメット”の置き土産ですか。あの裏切り者の知恵が、よもやこの様な形で役に立つとは」

 両手の甲に魔方陣を出現させて静かに手を合わせたオルディウスに対し、ガミジンが皮肉っぽくあるデーモンの名前を出した。そんな事を言っている間に、オルディウスが少しづつ両手の間に隙間を作って行くと、魔力を凝縮した小さなエネルギーの球体が現れる。

「成程、コアを取り込んだのはそのためだったか」
「ああ、発芽をさせるには一度に大量の魔力が必要だからな。魔界に比べて魔力の補給手段に乏しい今の状況ではこうするしかあるまい」

 ようやく自分達にコアを集めさせた理由が分かったベリアルは感心し、補足をするようにオルディウスは説明をしてからゆっくりと地面に置いてある種子に向かって、ゆっくりとエネルギーの球体を近づける。やがて趣旨に小さな裂け目が生まれ、口の様に開くと一気に球体を飲み込んでしまった。

 無数の小さなヒビが種子に入るや否や、大量のツタや根が急速な勢いで生え出して行く。そしてそれらが地面に突き刺さっていくと、蠢きながら何かを吸い取り始めた。辺りの土や街路樹も枯れだし、それに比例して種子から発芽した目はどんどんと成長していく。小さな種子はたちまち巨大な樹へと変貌を遂げてしまった。

「ひとまずは成功ですな」

 アモンが言った。

「ああ。だが環境に影響を及ぼす以上、危険性に気づかない程人間達も馬鹿じゃない。すぐに抵抗して来るだろう」
「ならばどうするのです ?」
「殺す。それだけだ」

 この後に起きる事も想定済みらしいオルディウスは、そのまま不安そうにしているアモンへ交戦も視野に入れている事を伝える。その顔はどこか嬉しそうであった。
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