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パート7:罪

第141話 掌の上

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 すぐに仕掛けようとザガンが手を動かそうとした時だった。こうなる事を予測していたベクターは、待っていたかのようにすぐさま”時流超躍テンプス・ホッパー”を発動し、レクイエムを変形させて時間の操作を行う。

 ザガンはひとまず最初に封じておかなければ、武器を取り上げられてしまう恐れがあった。時間の流れが緩くなった中で、そう考えていたベクターは彼女に狙いを定めて再びレクイエムを変形させようとする。しかし、すかさずリリスが接近して、彼をぶん殴ろうとして来た。

「どいてくれよ」

 彼女の拳を抑えてから取っ組み合う形でベクターが喋った。お構いなしに蹴りを放ってくる彼女の攻撃を躱し、わざと体勢が崩れたかのようによろける。好機と見たリリスは一気に接近して、彼に向かって正拳突きを放つが、ベクターはわざと膝を曲げて後方に倒れる様な形でそれを躱す。そして倒れながらレクイエムで”殲滅衝破ジェノサイド・ブラスト”を発動し、躊躇う事なく彼女へ向けた。

 この後自分がどうなってしまうのかをすぐに察知したリリスは、急いで後方へよけようとする。死にこそしなかったが、レクイエムから放たれた光線で正拳突きに使っていた腕が消し飛んだ。しかし、怯んで悲鳴を上げようとする頃には態勢を整え直したベクターが自分に迫っておきており、そのまま手に持ったオベリスクを彼女の胴体へ突き刺す。

「ぐぁっ… ! 」

 苦しみのあまり叫ぶリリスだが、ベクターはそのままオベリスクを突き立てる様にして地面に彼女を押し倒す。そしてすぐに引き抜いたかと思えば、そのまま彼女の両脚へオベリスクを振り下ろして切断した。

「うあああああああああああああ‼」
「…悪いな」

 彼女の両脚を遠くへ蹴飛ばしてから、ベクターは一言だけ詫びを入れる。殺さなかったのはせめてもの情けか分からないが、どうしてもそこまでする気にはならなかった。やがて猶予が無いと気づいたベクターは、慌てて”殲滅衝破《ジェノサイド・ブラスト》” を発動してからザガンに向ける。その直後に”時流超躍テンプス・ホッパー”の能力が解除された。

 ザガンにとっては非常に混乱する事態であった。いきなり発生した衝撃や爆風などが止んだかと思えば、ベクターがレクイエムをこちらに向けている。そして後方で片腕と両脚を失い、胸部から血を流しているリリスが倒れているという光景が広がっていた。ザガンは瞬時に状況を把握したが、その直後にはベクターの光線の餌食になっていた。後方に建っていた廃病院に巨大な風穴を開ける程の威力だが、ザガンにとっては致命傷では無い。しかし衝撃には耐えきれず、その遥か向こうのシェルターの外にまで吹き飛ばされてしまう。

「…小娘、ファウストを連れて逃げろ」
「でも…」
「さっさとしろ‼」

 イフリートがいつになく激情に駆られ、怒鳴る様にムラセへ言った。自分の姉があのような状態にされている以上、冷静でいろという方が無茶な話である。躊躇うムラセだったが、イフリートの圧に屈してしまいファウストの手を引いてその場から去る事を決意する。ファウストは抵抗していたが、ムラセはゲーデ・ブリングで彼を無理やり抱え上げてから逃げ出した。

「退く気は無いんだな」

 立ちはだかる様に構えているイフリートの方へ歩きながら、ベクターは喋り出した。そのまま走り出そうとした直後、周りにいた兵士達が一斉に射撃を開始する。少しだけ怯みはしたが今更この程度でくたばる筈もなく、ベクターは彼らの方を見た。そして”殲滅衝破ジェノサイド・ブラスト”を発動すると、彼らに向かって光線を打ち始める。次々と消し炭にされていく兵士達だったが、イフリートはこちらに意識が向いてないと判断したのか口を開けて熱線をベクターに向けて放つ。

 ベクターもすぐに察知し、迎え撃つようにして”殲滅衝破ジェノサイド・ブラスト”で光線を発射する。熱線と光線が衝突し、火花を散らしながら拮抗し続ける中で互いに踏ん張っていたが、互いに出力を最大にした瞬間に巨大な爆発が起きた。ベクターとイフリートはそれぞれ反対側の方向に吹き飛び、土の上を転がっていく。

「クソ…」

 項垂れながらイフリートは立ち上がるが、彼より先に立ち上がっていたベクターは急いで駆け寄って彼に蹴りを入れる。サッカーボールの様な蹴られ方をしたイフリートは再び地面を転がされた。

「もしジードに落ち度があるとするなら、道徳なんてもんは今の世界じゃ何の力も無いってのを教えてくれなかった事だ」

  ベクターが喋りながら近づいてくるが、イフリートはすぐに立ち上がって拳に炎を纏わせながら殴りかかる。

「その点に関しては見事なまでに反面教師だった。下手に相手を信じて情けをかけたら馬鹿を見る。散々分かってるつもりだったのによ」

 そんなイフリートの攻撃を躱し、オベリスクで彼の体を切り裂きながら話し続ける。少しづつ血に濡れていくイフリートだったが、時折攻撃を食らったベクターも彼の炎が持つ熱によって服や皮膚が焼けていた。

「こうしてまた騙されちまったよ」

 辺りを燃え盛る業火に囲まれている中、少し息を荒らげてからベクターは言った。



 ――――シェルターの外にまで吹き飛ばされていたザガンは、叩きつけられていた岩山から体を起こした。間一髪で肉体に埋め込んでいる金属を操り、片腕に作り出した盾のお陰で死なずに済んだのである。遥か遠くに見えるシェルターから煙が上がっているのが見えた。

「距離がだいぶあるな…急いで戻らなくては」

 立ち上がって体の具合を確かめた彼女だが、不意に気配を感じて振り返る。刀を作り出してから片手に持つと、辺りを警戒するようにその場で構えた。

「そうピリピリしなくても良いだろう。まだ戦う気はない」

 声が聞こえるや否や、岩陰から不気味な程に頬が瘦せこけている老人が現れる。紳士服に身を包み、銀色の片眼鏡を付けていた。

「アモン… ! なぜお前が此処にいる ?」

 驚くザガンに対して、軽やかに杖をつきながらその男はザガンの方へと歩み寄る。しかし警戒している彼女に刀を向けられてしまい、苦笑いをしながら半歩程後ろへ下がった。よく見れば片眼鏡をしていないもう片方の眼孔に目玉が無い。洞穴の様にぽっかりと空いてしまっている。

「目玉がないぞ。まさか…」
「ああ、色々と現世に探りを入れさせていた。私自身が動けば魔力の大きさで今頃お前達に勘付かれてしまうだろうが、”子供”達の微弱な魔力ならば雑魚に間違われる程度で済む。いくらでも作り出せるしな」

 アモンがそこまで話すと、空っぽだった筈の眼孔から血が涙のように流れる。そして蛆が湧く様に小さな肉塊が湧き出て来た。やがて少しづつ膨れ上がり、やがて目玉が出来上がる。動作確認をするかのように目玉はギョロギョロと動き、そのままザガンの方へ視線を向けた。

「成程、貴様が情報を流したのか」
「その通り。子供達に居所を探らせ、賄賂を送ってお前の飼っている兵士達に情報を送らせた。聞けば金に困っているようだったぞ。それにしても…まさか、こうも簡単に奴らが釣れるとは思って無かったが…ああ、そうだ。オルディウスから伝言を預かっている。君達に伝えろと言われてね」

 ザガンが腑に落ちた様な反応を示し、頷いてからアモンもネタばらしをする。そして突然オルディウスから命令を受けてここへ来たのだと白状した。

「オルディウスだと⁉」
「ああ。この後…まあ三時間もかからんだろう。その間に面白い事が起きる…「身の振り方を考えておけ」との事だ。敵対勢力であろうとお前達の様な逸材を失うのは惜しいらしくてな。人間達が謳う多様性とやらも裸足で逃げ出す寛大さ、流石は魔界の王だ」

 驚くザガンにアモンは伝言の内容を教える。そしてオルディウスを恍惚とした様子で褒め称えた。

「さて、私はもう行くよ。少し忙しくなるだろうからな…ちゃんと他の者達にも伝えておいてくれよ」
「この場でお前を逃がす理由があると思うか ?」
「天網恢恢疎にして漏らさず…今もどこかでこのやり取りが誰かに見られているかもしれないぞ ? そうなれば不利になるのは君だ。こう見えて…私は意外と味方が多いのでね」

 立ち去るアモンに対してザガンは殺気立つが、アモンは余裕そうに彼女を抑制した。何か裏があるのかもしれないと冷静になったザガンは刀を仕舞う。そしてシェルターとは別の方向に向かって岩山をのんびりと下って行くアモンを見ていた。やがてベクター達にこの事を報せなければならないと考え、シェルターを目指して走り出す。自分達はまんまとしてやられたのだ。
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