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パート7:罪

第138話 告白と懺悔

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「コホン…水差すつもりは無いけど、あんまり悠長にはしてられないでしょ ?」

 抱き合ってる二人を前に、小さく咳払いしてからリリスが言った。

「あ、そうだ…えっと、父さん…で良いのかな」
「ああ。そっちは…アキラだったか。確かユキはそう名前を付けようとしていた」
「う、うん。質問なんだけど、ベルゼブブってデーモンについて何か知ってる ?」
「知ってるとも。死んだと聞いたぞ…それがどうかしたのか ?」

 思いだした様にムラセは離れて、父親であるファウストに最初の質問をぶつける。ファウストは同意したが、なぜ突然そんな話を持ちだして来たのかと不思議そうにしていた。

「ベルゼブブが死ぬ間際に妙な事を言っていてな。ベクターという男の父親を殺した犯人がアンタだと。もし心当たりがあるなら話してくれ」

 続けてイフリートが事情を話すと、ファウストは何かを考える素振りを見せる。ムラセから顔を逸らして暫く黙り込んでいたが、やがて諦めた様にムラセを見た。

「父さん… ?」

 何かやましい事があるのかとムラセは疑い、不安そうに尋ねた。

「そのベクターとやらはどこに ?」
「ここには来てない…まだね。でも時間の問題だと思う。そして確実にあなたを殺しにかかるよと思うよ。完全に仇だと思っちゃってるから」

 ベクターの事についてファウストが尋ねると、次はリリスが現在の状況を伝えた。多量の睡眠薬をベクターの食事に盛った張本人だけあって、ベクターがどの程度で起きるか想定はしていたらしい。あくまで机上の空論ではあるが。

「……殺される、か」

 笑ってこそいなかったが、諦めたような投げやりさを見せてファウストは言った。そのまま椅子にを腰を掛けるファウストに対して、話が全く見えてこないムラセ達は戸惑っていた。

「ここまで来れば全てを話すべきかもしれんな。ベクターとやらの正体についても察しが付いている…何もかもが、私の蒔いた種だ。ゴホッ…ゴホッ…」

 少し咳き込みつつ、ファウストは三人に申し訳なさそうに視線を送ってから口を開く。ザガンは落ち着かないのか窓の外へ寄ってから外の様子を眺めていた。

「今から百年以上前の事だ。穏健派のリーダーである事を隠していた私は…オルディウスと肉体関係を持っていた」
「え ?」
「何だと…」
「…マジか~」

 突然のカミングアウトに一同は呆然とした。各々が動揺を口に出して表す中、ファウストは俯きながら話を続ける。

「色恋による気迷いなどというものじゃない。当時の私は奴の右腕として振舞っていた。その頃からオルディウスは今と同じように横暴ではあったがな…自分にとって都合のいい駒、言うなれば傀儡として操れる後継者を欲しがっていた。そこでお気に入りだった私に白羽の矢が立ったんだ…ほぼ無理矢理という形で奴と性行為を行う羽目になったよ。知ってるだろうが、魔界というのは才能や実力が物を言う。使えない奴だと分かればそれが身内だろうが、平気で見捨てるんだ」

 ファウストが魔界における厳しい上下関係について話している時、リリスは深く頷いていた。ファウストがいなければ自分もまたその掟に殺されかけていた被害者だからである。

「何度も生んではその才能を見定め、気に入られなければ殺される。他のデーモン達ともそうやって試していたそうだ。私も例外じゃない…作業の様に何度も奴と関係を持つ羽目になった。だが、百回目の出産で生まれた子どもをオルディウスが見た時、事態が一気に変わった」
「どういう事だ ?」

 百回という回数自体に対しても指摘をしたかったが、それよりも優先すべきは話の続きである。後からまとめて指摘すれば良いと割り切ってから、イフリートはオルディウスがなぜ百人目に出来た子供を恐れたのかを尋ねた。

「恐れたんだ。オルディウスはその子供を見るや否や、魔力の強さや気配から自分にとって脅威になると見抜いた。才能が無ければ死ぬしかないが、才能が有りすぎるというのもまた困りものでな。そうやって早い内に親が子を殺そうとする話も少なくない。だが…奴はザガンに子供をバラバラに死、兵器として作り変える様に命じた上で、赤ん坊の身柄を引き渡したんだ。恐ろしい事だよ。命こそ奪うが、力だけは利用する気だったんだ。そして同時に、私も魔が差してしまった。もしかすればこの子がいればオルディウスも倒せるのかもしれないと。私には奴を倒して魔界の非道な体制そのものを変えたいという野心が確かにあったが、皮肉な物だな…支配体制を崩したいとのたまう癖に、自分も同じ過ちを犯していた。血を分けた自分の息子を、戦争の道具に使おうとしていたんだ」

 ファウストが話している最中、溜息の回数が増えている事にムラセは気づく。彼自身が始めた話題である以上、語らせるべきなのだろうが気が重かった。なぜだか分からないが申し訳ないという思いさえ湧いて来る。母の死に目にさえ現れなかったクソッタレな父親と罵倒されても仕方がない筈だが、どうしてもそれが出来ない事情があった可能性が残っている以上、言い分を聞いてやるというのが筋だろう。ムラセはそう考えていた。

「私はザガンの元へ襲撃を行い、既に魔具にされてしまった子供のコアや肉体の一部、そして残っていた肉体を奪って魔界から脱走をした。幸い、魔界には同志も多かった。オルディウスを倒す事が目的と告げれば、皆が喜んで協力してくれたよ。だが、オルディウスとは真っ向から対立をする事になってな…奴と戦い、結果として私も瀕死の重傷を負いながら何とか現世へ逃げ延びた。今は残る最後の魔具を体内に埋め込み、それに残留している魔力で何とか生きている状態だ」
「私も誘ってくれればよかったのに…」
「あの頃のお前はまだ未熟だった。私と来た所で嬲り殺されていたかもしれない。穏健派の全滅だけは避けたかったんだ…分かってくれ」
「……それで子供は ?」

 その後どのようにして現世へ来ることになったのかをファウストは語るが、リリスは襲撃の際に自分へ声をかけてくれなかった事を少しばかり根に持っているらしかった。ファウストはそれに対しても申し訳なさそうに釈明をするが、リリスの顔はどうも晴れない。彼女はファウストの息子の正体を薄々勘付き始めており、今後に対して強烈な不安を抱き始めていたのである。

「特殊な魔法による防護壁で封印を行い、かつて他のデーモンが現世侵攻への拠点として作っていたという遺跡の中で眠らせていた。だが人間の技術が発達したせいか、最近になって保護されたんだ…私も最初は耳を疑ったが、子供を保護をしたという男に会いに言ったら、随分と懐いていてな。私がそこで全てを明かしたにも拘らず、彼は親として傍にいてやりたいと願っていた。何も言えなかったよ…少なくとも、あの子を捨てる様な真似をした私に父を名乗る資格は無かった。それに、私としても子供を匿ってくれるのであれば好都合だった。そのまま成長し続けてくれれば戦力になるとさえ思っていたんだ」

 ファウストは語り続けるが、彼が気づかない間にムラセは胸騒ぎを覚えた。上手く言葉には出来ないが、これ以上の事は聞かない方が自分にとっても良いのかもしれないと、そう思い始めていたが今更やめてくれとも言える筈がなかった。

「父さん、その子供を預かってくれたっていう人の名前は ?」
「…ジードだ。ジード・モーガン」

 ファウストから告げられたその名前を聞いた瞬間、三人は血の気が引く様な感覚に襲われた。特にムラセはこれまで無関係だと思っていたベクターと自分にとんでもない繋がりがある事を知ってしまい、頭が混乱し始める。事実である以上、受け入れるしかないのだが出来れば知らない方が良かったとここにきてようやく後悔し始めた。

「アキラ。もう分かっているとは思うが、どうか落ち着いて聞いてくれ…お前が一緒にいるベクターという男は恐らく…お前の腹違いの兄だ」

 そんなムラセの心情を知らないファウストは、改めてベクターの正体に関する見解を述べる。ムラセ達三人は誰一人として騒ぐことなく、ただただ戸惑いを露にして互いの様子を見合うばかりであった。
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