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パート7:罪

第135話 裏切りの覚悟

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 ―――ほぼ半年前

 ハイドリートから帰還して数日経ったある日の夜、タルマンとジョージが家での作業に精を出し、ベクターが私用で出かけているタイミングでイフリートは人気に付かない食堂にムラセとリリスを集め、ベルゼブブが話していた情報の一部を共有する。今後の関係に影響が出てはまずいという理由から、イフリート自身も隠していたのだがやはり耳に入れておいた方がいいと考えての事だった。

「そんな…」

 混乱しているのか、ムラセは愕然としたままコップを握っていた。自分の探していた父が、よりにもよってベクターが憎んでいるらしい義父殺しの実行犯である。その事実をどうしても受け入れられなかった。

「間違いだよね ? 流石に――」

 どうやらリリスも整理が付いてないのか、再びイフリートへ尋ねた。

「間違いじゃない。確かにベルゼブブは言っていた。ファウストだとな…おまけに言い方からして生きてる」
「生きてる下りは私もザガンから聞いた。そこじゃなくて人殺しの方。ただのブラフって可能性は ?」
「否定は出来んが…そこで嘘をついて奴に何の得がある ? これから死ぬって時に揶揄って面白がるような……いや、やりそうだな」

 しかし、義父を殺したという部分がどうしても引っ掛かるリリスは執拗に聞き返す。イフリートも確信を持てないのか、しどろもどろになるばかりだった。暫くはそうして今の自分達が置かれている状況に驚き、不可解な点について愚痴を零すばかりだったが、三人の誰もが真偽を確かめる手っ取り早い方法を思いついてはいたのである。問題はその手段が他ならぬベクターとの対立に発展しかねないという危険性を孕んでいた。

「ザガン…」

 ムラセがふと呟いた。

「生きてるって言ってたなら、あの人に聞けば父さんの所に連れて行ってくれるかも。そうすれば全てが分かるかもしれない…ベクターさんのお父さんを殺したのかどうかだって――」
「問題はその後だ。ファウストが無実で、ただの間違いでしたで済めば御の字だろう。だが…もしあいつが認めてしまったらどうする ?」

 ムラセが勇気を出して話を切り出すが、待ってましたとばかりにイフリートが話を進め始めた。ムラセもそういった最悪の事態は想定済みではあったが、いざ議題にされてしまうと何も言い返せない。すぐに口を噤んでしまった。

「ベクターのこれまでを見て来ただろ。ごめんなさいと頭を下げれば許してくれるような男じゃない…ましてや自分の家族が死んでるんだ。どんな手段を使ってでも殺しにかかるぞ」
「じゃあどうするわけ ? あんたが『ファウストって実はムラセちゃんの父親だから、仮に殺しが事実だったとしても復讐するのやめてくれ』って土下座でもしてくれる ? それでアイツの拳が引っ込むようなら全裸で街中走り回ってやるよ私」

 イフリートがベクターを敵に回した場合の心配をする最中、リリスはどうも辛気臭い空気が嫌になったのか冗談交じりに突っかかる。しかし、どうしても雰囲気を変える事など出来ずに再び沈黙が訪れてしまった。

「…ほんのちょっと、確かめるだけでいい」

 少ししてから再びムラセが言った。

「出し抜くって言葉は使いたくないんですけど、どうにかベクターさんの目を盗んで先に接触して…父さんから直接聞いてしまえば良い。ただの間違いだったら後でベクターさんに釈明して…もし、事実だった時は、その…どうにかして逃げてもらうとか。どうにか調べて先に乗り込んでみたけど、手遅れだったって事にするとか」
「それこそバレたら後でマズい気がするんだけど、その~…マジでやる感じ ?」

 ムラセがどのような行動を取るつもりなのかを話すものの、その行為が他ならぬベクターへの裏切りに他ならない事であると理解していたリリスがムラセに問いただす。敵に回せば自分達とて無事じゃ済まないかもしれないというベクターへの警戒心と、ムラセ自身の今後を心配しての事だった。

「ベクターさんの事情は分かってます…だけど、頼る事の出来る家族がいない事に辛さを感じてるのはあの人だけの特権じゃない」

 コップを置いたムラセは拳を握りしめながら語り続ける。

「まだ本当かどうかは分からないけど、もしファウストって人が私の父親で、そのまま見殺しにしてしまう様な事があれば…私は二度と前を向いて生きて行けない気がするんです」

 ムラセはそのまま決意を固めてから後悔を残したくないという自身の意見を述べた。母親がいない以上、自分に残されてるのは父親しかいない。それまでいなくなってしまえば、今度こそ自分は天涯孤独だろう。それも自分の所為による喪失という、最も後味の悪い形での結末になってしまう。

 今のムラセは縋る様な思いで一杯だった。また家族として抱き合い、温かく自分を受け入れてくれる存在が欲しい。自分のワガママを許し、寄り添って話を聞き、時には自分を必要としてくれる。そんないるかも分からない父親の幻影を彼女は探していた。根拠も無いというのに、自分の母親が愛したほどの男なのだから素晴らしい人物に違いないと無条件に妄信している節もあった。しかし、どんな形であれ受け入れる心構えも無いわけではない。

「…分かった」
「…よし……何か考えはある ?」
「ひとまずは時期を待ちます。どうにか情報が出てくるのを待つか…もしくは探すか。そこから考えましょう」

 そんなムラセの決意を見たリリスとイフリートは口々に言った。それはファウストに対して聞きたい事があるという利害の一致も勿論だが、ムラセの持つ覚悟に共感しての発言であった。ムラセはそのまま今後の方針を話し合おうとしていたが、そんな彼らの会話を店の裏口からファイ達が聞いていた。

「ファイ、お前はどう思う ?」

 ドイラーが隣にいたファイへ尋ねた。

「みかじめの集金するためだけに来たってのに…何かヤベエ事聞いちまったな。てか金の量多すぎんだよクソが。力だけはある癖に肝心な時にサボりやがってティカールの奴…」
「ひとまずは戻るぞ。報告せねばならん」

 そのまま重そうに背中に取り付けられている集金バッグを揺らし、ファイとドイラーは話をしながら人目に付かないよう慎重に戻って行った。
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