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パート7:罪
第134話 疑念と備え
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「…そうか」
深淵に佇んでいる玉座に座ったままオルディウスは言った。その目の前ではアモンから切り離された彼の片目…通称”子供”が様子を窺っており、アモンも自身の子供の視界を通してオルディウスに報告をし始める
「もう少し粘るかと思いきや、まさかの大敗北といった所でして…あの若さでベルゼブブをも打ち倒すとは。おまけに力もまだ完全ではないというのに。仮に真正面から衝突する事になれば負けこそしないものの、我々の軍勢への痛手は必至。現世への侵攻を行う以上、念には念を入れるべきでは ?」
アモンはこれまで見た経緯を説明した上で、ベクターの事を脅威として認識したうえで対処すべきであるという持論を展開する。
「引き続き警戒を続けてくれ…そして、”奴ら”へ招集をかけろ。今すぐにだ」
「仰せのままに」
オルディウスは命令を下し、アモンも嫌がることなく応じた。
「時期が来れば…私が直接出向いてやるのも悪くない」
オルディウスは呟き、来るべき再会に心を躍らせる。全ては支配と自らの力の誇示、それだけに向けられていた。
――――ノースナイツから三百キロメートル程度離れた荒野には、ベクター達が寝泊まりをしているキャンピングカーがあった。確認が終わり次第、すぐに戻るという条件もあってかタルマンとジョージに留守を任せ、しきりに同行を申し出るイフリートとリリスを連れて、ベクターとムラセは先に見えるシェルターへと向かう手筈になっていた。
「あのシェルターか…」
双眼鏡を使ってイフリートは継ぎ接ぎが目立つ外壁で囲まれたシェルターを観察する。
「らしいですね。最近出来たらしいです。治安は…まあ、ノースナイツが天国に思えるとか」
ムラセも隣で背伸びをしながら話しかける。ひとまずどうやって侵入するかを話そうとしていた二人だが、振り返ってみると準備運動をしているリリスとしゃがみ込んでい何かをしているベクターが見えた。
「おーい、早くしろよ~」
待ちくたびれた様に首を鳴らし、リリスがベクターへ大声を出した。
「待ってろ待ってろ…よし、さあ選べ」
ベクターは彼女を宥めてから、レクイエムを自身の肉体から分離させて地面に置く。四つ足を生やしたレクイエムの前には、三枚の紙きれが並んでいた。何やら文字も書いてある。
「さて、新しい形態の名前だが…どれがいい ? 好きなの選べ」
ベクターが言うと、レクエイムはゆっくりと動き出した。そして目をギョロギョロと動かし、暫くしてからとある紙の上に乗っかって見せる。
「どれどれ…”時流超躍”。まあ、悪くないか…自分で言うのもあれだが」
紙を拾ってそこに書かれてある文字を読み上げたベクターは、仕方なくといった様子で新しい形態に関する名前を採用し、そのままオベリスクを担いでリリスの方へ向かう。習うより慣れろの精神の下、新しく手に入れた装備の検証をして見たかっただけであった。
「ムラセ、ストップウォッチ持ったか ?」
「は、はい」
「よし。イフリート、お前が拳銃撃ったら始めるぞ。準備しとけ」
「ったく、分かったよ」
大声でベクターは二人にそれぞれ指示を出し、ムラセとイフリートはひとまず応じてから面倒くさそうに溜息をつく。
「全力で行った方が良い ?」
「そうじゃなきゃ困る」
全力を出せばいいのかをリリスは聞くが、ベクターは笑いながら当然だと答える。そのままレクイエムの具合を確かめると、小さく命名した新形態の名前を呟いた。
「この言い方久しぶりだな…オペレーション、”時流超躍”」
その声に呼応し、レクイエムが稲妻を迸らせながら変形すると、ベルゼブブとの戦いで見せた時を操作する形態へと姿を変える。それを見たリリスも体に稲妻を纏わせながら、いつでも走り出せるとでも言うかのように姿勢を低くした。
「レクイエムの見た目変えるのってデーモンの血とかがいるんじゃなかったか ?」
「こないだ”グレイル”が体の中に入って以降、どうも体がおかしくてな。なんか出来るようになってた」
これまでの様子と矛盾してる点をリリスが指摘すると、ベクターは自分でも良く分かってないせいか酷く適当な形で彼女へ答える。ファイに相談した所、”グレイル”自体が魔力を貯蔵していたというのは勿論、グレイルのおかげで一般的なデーモン達と同じように大気などからエネルギーを吸収して魔力を体内で生成出来るようになったのではないかと仮説を述べてくれたのだが、それでも分からないことだらけである。
「行くぞ、始め」
そんな二人の話を遮り、イフリートが検証の開始を告げてから空に向けて銃の引き金を撃つ。ムラセもそれを聞いた瞬間にタイマーを作動させたが、その直後に巨大な衝突音が響いた。
「うわっ‼」
立て続けに爆風で待った砂が顔に当たり、ムラセは思わず怯んでしまう。しかし、激しい衝突音は間髪入れずにあちこちで響き渡り始め、衝撃波や爆風が辺りを舞った。砂嵐に飲み込まれたような気分である。
「見えん…‼」
イフリートも驚きながら言った。間違いなくリリスとベクターによるものだが、二人の姿は一切見えない。互いが高速で移動し、そして凄まじい速度の中で攻防を繰り広げているのだが、その余波による視界の劣悪さも相まってかムラセ達は何が起きているのか一切視認が出来ていなかった。
「やるじゃん」
高速で迫って攻撃を行う自分に対して、ベクターが難なく対処をしてから反撃をして来る様にリリスは感心していた。オベリスクによる斬撃を躱し、すかさず蹴りを入れるもベクターはレクイエムで攻撃を防ぐ。一方で彼からすれば時間の流れが遅くなっている様な状況においても、平然と迫って来るリリスが恐ろしくて仕方がなかった。
「…って、あれ ?」
そんな応酬が続いていた最中、レクイエムが突然能力を解除していつもの形態へと強制的に戻った。ベクターはこんな所でタイムリミットが来てしまったかと動揺していたが、そんな事情を知らずに高速で突っ込んできたリリスの飛び蹴りで吹き飛ばされる。
「やっべ…あ、もうタイマー止めていいよ ! 」
山なりになっている岩場に激突し、大きな音を立てて崩落する岩山を見ながらリリスが叫んだ。しかし、少しすると煙たそうに咳き込みながらベクターが現れる。心なしか嬉しそうだった。
「何秒だ!?何秒間ぐらい戦ってた ?」
興奮気味にベクターはムラセに聞いた。
「十五秒です」
「十五秒…凄え。十五秒間なら大概の敵相手に好き放題出来るって事だぜ」
ムラセが経過した時間を答えると、さらに大喜びしながらベクターは自分が興奮しきっている理由を語る。さながら新しいおもちゃを手に入れた子供であった。
「でも私は平気だったよ」
休憩がてらにガムを噛みながらリリスがぼやく。
「いや、ついて来れたお前がおかしいだけだからな。明らかに初めて会った時より速かったろ…まあ、ひとまず知りたい事は知れたし飯にしよう」
「了解。せっかくだし私が作ってやろっか。レトルトだけど」
ベクターが検証の終りを告げ、それを聞いたリリスが張り切った様子で昼食作りのためにキャンピングカーへ戻っていく。ムラセとイフリートもその後に続いて戻っていくが、ベクターは彼らの背中を眺めた後、見られない様に紙切れを取り出す。運転する直前、リーラが自分に渡してくれた鍵と一緒にコッソリ渡してくれた物だった。
”ムラセ達に気を付けろ”
何を意味するのか良く分からなかったが、ひとまず本人たちには知らせない方が良いだろうと思いつつベクターは紙を小さく丸めてその場に捨てる。そしてそのまま埃や汚れを叩きながらリリス達の後を追いかけて行った。
深淵に佇んでいる玉座に座ったままオルディウスは言った。その目の前ではアモンから切り離された彼の片目…通称”子供”が様子を窺っており、アモンも自身の子供の視界を通してオルディウスに報告をし始める
「もう少し粘るかと思いきや、まさかの大敗北といった所でして…あの若さでベルゼブブをも打ち倒すとは。おまけに力もまだ完全ではないというのに。仮に真正面から衝突する事になれば負けこそしないものの、我々の軍勢への痛手は必至。現世への侵攻を行う以上、念には念を入れるべきでは ?」
アモンはこれまで見た経緯を説明した上で、ベクターの事を脅威として認識したうえで対処すべきであるという持論を展開する。
「引き続き警戒を続けてくれ…そして、”奴ら”へ招集をかけろ。今すぐにだ」
「仰せのままに」
オルディウスは命令を下し、アモンも嫌がることなく応じた。
「時期が来れば…私が直接出向いてやるのも悪くない」
オルディウスは呟き、来るべき再会に心を躍らせる。全ては支配と自らの力の誇示、それだけに向けられていた。
――――ノースナイツから三百キロメートル程度離れた荒野には、ベクター達が寝泊まりをしているキャンピングカーがあった。確認が終わり次第、すぐに戻るという条件もあってかタルマンとジョージに留守を任せ、しきりに同行を申し出るイフリートとリリスを連れて、ベクターとムラセは先に見えるシェルターへと向かう手筈になっていた。
「あのシェルターか…」
双眼鏡を使ってイフリートは継ぎ接ぎが目立つ外壁で囲まれたシェルターを観察する。
「らしいですね。最近出来たらしいです。治安は…まあ、ノースナイツが天国に思えるとか」
ムラセも隣で背伸びをしながら話しかける。ひとまずどうやって侵入するかを話そうとしていた二人だが、振り返ってみると準備運動をしているリリスとしゃがみ込んでい何かをしているベクターが見えた。
「おーい、早くしろよ~」
待ちくたびれた様に首を鳴らし、リリスがベクターへ大声を出した。
「待ってろ待ってろ…よし、さあ選べ」
ベクターは彼女を宥めてから、レクイエムを自身の肉体から分離させて地面に置く。四つ足を生やしたレクイエムの前には、三枚の紙きれが並んでいた。何やら文字も書いてある。
「さて、新しい形態の名前だが…どれがいい ? 好きなの選べ」
ベクターが言うと、レクエイムはゆっくりと動き出した。そして目をギョロギョロと動かし、暫くしてからとある紙の上に乗っかって見せる。
「どれどれ…”時流超躍”。まあ、悪くないか…自分で言うのもあれだが」
紙を拾ってそこに書かれてある文字を読み上げたベクターは、仕方なくといった様子で新しい形態に関する名前を採用し、そのままオベリスクを担いでリリスの方へ向かう。習うより慣れろの精神の下、新しく手に入れた装備の検証をして見たかっただけであった。
「ムラセ、ストップウォッチ持ったか ?」
「は、はい」
「よし。イフリート、お前が拳銃撃ったら始めるぞ。準備しとけ」
「ったく、分かったよ」
大声でベクターは二人にそれぞれ指示を出し、ムラセとイフリートはひとまず応じてから面倒くさそうに溜息をつく。
「全力で行った方が良い ?」
「そうじゃなきゃ困る」
全力を出せばいいのかをリリスは聞くが、ベクターは笑いながら当然だと答える。そのままレクイエムの具合を確かめると、小さく命名した新形態の名前を呟いた。
「この言い方久しぶりだな…オペレーション、”時流超躍”」
その声に呼応し、レクイエムが稲妻を迸らせながら変形すると、ベルゼブブとの戦いで見せた時を操作する形態へと姿を変える。それを見たリリスも体に稲妻を纏わせながら、いつでも走り出せるとでも言うかのように姿勢を低くした。
「レクイエムの見た目変えるのってデーモンの血とかがいるんじゃなかったか ?」
「こないだ”グレイル”が体の中に入って以降、どうも体がおかしくてな。なんか出来るようになってた」
これまでの様子と矛盾してる点をリリスが指摘すると、ベクターは自分でも良く分かってないせいか酷く適当な形で彼女へ答える。ファイに相談した所、”グレイル”自体が魔力を貯蔵していたというのは勿論、グレイルのおかげで一般的なデーモン達と同じように大気などからエネルギーを吸収して魔力を体内で生成出来るようになったのではないかと仮説を述べてくれたのだが、それでも分からないことだらけである。
「行くぞ、始め」
そんな二人の話を遮り、イフリートが検証の開始を告げてから空に向けて銃の引き金を撃つ。ムラセもそれを聞いた瞬間にタイマーを作動させたが、その直後に巨大な衝突音が響いた。
「うわっ‼」
立て続けに爆風で待った砂が顔に当たり、ムラセは思わず怯んでしまう。しかし、激しい衝突音は間髪入れずにあちこちで響き渡り始め、衝撃波や爆風が辺りを舞った。砂嵐に飲み込まれたような気分である。
「見えん…‼」
イフリートも驚きながら言った。間違いなくリリスとベクターによるものだが、二人の姿は一切見えない。互いが高速で移動し、そして凄まじい速度の中で攻防を繰り広げているのだが、その余波による視界の劣悪さも相まってかムラセ達は何が起きているのか一切視認が出来ていなかった。
「やるじゃん」
高速で迫って攻撃を行う自分に対して、ベクターが難なく対処をしてから反撃をして来る様にリリスは感心していた。オベリスクによる斬撃を躱し、すかさず蹴りを入れるもベクターはレクイエムで攻撃を防ぐ。一方で彼からすれば時間の流れが遅くなっている様な状況においても、平然と迫って来るリリスが恐ろしくて仕方がなかった。
「…って、あれ ?」
そんな応酬が続いていた最中、レクイエムが突然能力を解除していつもの形態へと強制的に戻った。ベクターはこんな所でタイムリミットが来てしまったかと動揺していたが、そんな事情を知らずに高速で突っ込んできたリリスの飛び蹴りで吹き飛ばされる。
「やっべ…あ、もうタイマー止めていいよ ! 」
山なりになっている岩場に激突し、大きな音を立てて崩落する岩山を見ながらリリスが叫んだ。しかし、少しすると煙たそうに咳き込みながらベクターが現れる。心なしか嬉しそうだった。
「何秒だ!?何秒間ぐらい戦ってた ?」
興奮気味にベクターはムラセに聞いた。
「十五秒です」
「十五秒…凄え。十五秒間なら大概の敵相手に好き放題出来るって事だぜ」
ムラセが経過した時間を答えると、さらに大喜びしながらベクターは自分が興奮しきっている理由を語る。さながら新しいおもちゃを手に入れた子供であった。
「でも私は平気だったよ」
休憩がてらにガムを噛みながらリリスがぼやく。
「いや、ついて来れたお前がおかしいだけだからな。明らかに初めて会った時より速かったろ…まあ、ひとまず知りたい事は知れたし飯にしよう」
「了解。せっかくだし私が作ってやろっか。レトルトだけど」
ベクターが検証の終りを告げ、それを聞いたリリスが張り切った様子で昼食作りのためにキャンピングカーへ戻っていく。ムラセとイフリートもその後に続いて戻っていくが、ベクターは彼らの背中を眺めた後、見られない様に紙切れを取り出す。運転する直前、リーラが自分に渡してくれた鍵と一緒にコッソリ渡してくれた物だった。
”ムラセ達に気を付けろ”
何を意味するのか良く分からなかったが、ひとまず本人たちには知らせない方が良いだろうと思いつつベクターは紙を小さく丸めてその場に捨てる。そしてそのまま埃や汚れを叩きながらリリス達の後を追いかけて行った。
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