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パート6:嵐

第118話 やる気満々

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「さーて、それじゃあ……」

 そう言って首を鳴らした直後、リリスは大きく息を吸い込んで瘴気を体内に取り込んだ。久々に取り込んだ膨大且つ濃度のある魔力が体に入ると、たちまち気分が昂っていく。やがて今なら何でもできそうだという万能感と、どんな事でも躊躇いなく行えそうな精神の高揚勘に包まれた。体中に漲るエネルギーが全力を出す事に対して後押しをしてくれる。

「おっぱじめようぜぇ!!」

 リリスが猛り、力を解放して本来の姿へと戻って行く。間もなくビル群にも引けを取らない体躯を持った一体のデーモンが佇んでいた。白銀の体毛が全身を覆っており、狼の様な特徴を持つその姿のまま、彼女はイフリートの方をちらりと見てから口角を上げた。

 そのまま拳を握って極限まで力むと腕が呼応するように膨らむ。やがて稲妻が迸り、それを合図と見たリリスは押し寄せてくるデーモンの群れに向かって勢いよく突きを放った。正真正銘、ただの空振りのパンチだった筈なのだが、風圧と衝撃波によって周辺の建物が軒並みドミノの様に倒されていく。衝撃波の真正面にいたデーモン達は骨という骨を破壊され、風圧によって吹き飛ばされていったがその勢いはとどまるところを知らず、あろうことか衝撃波がシェルターの外壁を破壊してしまった。

 思わぬ二次災害を生んだことに対して直後こそ戸惑ったリリスだが、最終的にまとめて始末してしまえば問題無いと判断する。そのまま咆哮を轟かせてから意気消沈している群れの中へと突撃していった。恐ろしい速度による移動と、衝撃波を容易く生み出せるだけの身体能力を活かしてたちまち辺りを血の海にしていく彼女をイフリートは眺め、こうなると思ったと呆れながら変身して彼女の後を追いかけていった。



 ――――遠くで響いた物音にムラセは反応し、それが自分の身内によって引き起こされた物だとすぐに察した。

「大丈夫だよね ? たぶん……」

 事態を引っ掻き回す事はあれど、流石に悪化させる事は無いだろうと信じる努力をしつつ、もぬけの殻となったビル群を素通りしてベクターを探す。どうやら電力の供給も止まっているのか、どの建物も暗闇に包まれていた。住民や旅行客は避難出来たのだろうか。そう思っていた矢先に、前方にそびえ立っているタワーの付近で爆発が起こる。記憶が正しければ公園か何かがあった筈である。

「あ~、絶対あそこだ」

 ムラセは呟き、急いで向かおうとしたが自分の存在に気づいたらしいデーモンの軍勢が辺りのビルや路地から現れて周囲を取り囲む。こんな所で時間を割きたくなかったムラセは渋々背後に化身を召喚してから構えを取る。化身も彼女の動きに合わせて拳を握りしめた。



 ――――次々遅い掛かって来るインプをオベリスクで串刺しにしたベクターは、そのまま振り回して群がってくるデーモン達へ叩きつける。血や臓物が飛び散る度にレクイエムに付着し、瞬く間にそれらを吸収してから準備完了とでも言わんばかりに強い光を発する。それを確認したベクターは必要に応じて殲滅衝破ジェノサイド・ブラスト破砕剛拳ディストラクション・フィスト、 そして爆噴壊突デモリション・フューリーとこれまでに確認している三種類の形態へと変化させて群がる雑魚を蹴散らしていった。

「キリがねえなオイ」

 だいぶ片付けたものの、未だに湧いて出てくる敵に対してベクターは愚痴を零した。いずれにせよ”グレイル”の始末をすればポータルが使えなくなり、少しは状況が改善する筈である。先程から立ち込めている瘴気に関しても、恐らくはポータルによって一時的に魔界と繋がった事が原因で魔界から現世へ流入をしているのかもしれない。

 とにかくまずは”グレイル”の元まで辿り着かなければ。そう思っていたベクターはようやくタワーから少し離れた場所にある都市公園にまで辿り着いていた。植樹された木々やその間を通り抜ける街道もあり、人工池や非常に柔らかそうな芝生のグラウンドまで用意されている。

「健康オタクと意識高い系が好きそうな場所だな」

 こんな場所に来て癒されるなどとのたまう人種がいるのだから驚きだ。そう思いながら皮肉を言ったベクターだが、公園の中央辺りにまで来た瞬間に気配を感じ取った。目を凝らした先から、木々を薙ぎ倒しながら巨大な何かがこちらへゆっくりと向かって来る。

 例えるならば見栄えの悪いケンタウロスであった。下半身はワニを彷彿とさせる四足歩行であり、鎧を纏っている上半身は関節部分が機械仕掛けなのか歯車などが垣間見える。そして両手には何やらボウガンらしき銃器まで携えていた。

「よう、散歩か ?」

 ベクターが話しかけてみるが返事はない。

「……お前は何者だ ?」

 機械的なぎこちない動きでベクターの方へ向き直ったその怪物は、非常に重々しい声で逆に質問をし返す。

「人にものを尋ねる時はまず名乗れって言うだろ」

 ベクターも負けじと煽り返すが、当の怪物は顔を鉄の兜で覆い隠しているせいで全く表情が読めない。最近はなぜどいつもこいつも顔を隠したがるのだろうかとベクターは不思議に思い始めていた。

「アガレスだ」
「そうかい、俺はベクター。つーわけでじゃあな。散歩するにしても道と場所は選べよ」

 素直に応じた怪物だったが、それを冷たくあしらってから彼の横を素通りしようとする。その時、ベクターは奇妙な体験をする事となった。先程までいたアガレスの姿が忽然と消え、それと同時に強烈な殺気を背後から感じる。

 思わず避けるようにして右方向へステップを踏んだ直後、凄まじい速度で自分が歩いていた場所を矢が通過した。そのまま遥か先にある倒れた木々に突き去ったのを見たベクターは、あのまま躱そうとせずに歩いていたらどうなっていたかと肝を冷やし、何が起きたのかを知るために矢が放たれた方向を見た。案の定、アガレスがこちらへボウガンを向けている。いつの間に回り込んだのだろうか。

「何のつもりだ ?」

 ベクターが臨戦態勢に入りつつ尋ねた。

「その左腕に身のこなし…間違いないな。恨みは無いが、指令の通りお前を始末させてもらう」
「だと思ったよ」

 アガレスが何やら意味深な事を言い出し、ベクターもそれに反応してからオベリスクを肩に担ぐ。すぐにでも斬りかかりたい所だったが、相手の全容を把握できてない事もあってか、いつにもなくベクターは慎重になっていた。
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