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パート6:嵐

第111話 即防即殺

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 ハヤトは豹変したムラセを前に恐怖心を露にした。自身を殴り飛ばした赤い化身は、追い討ちをかけることなくムラセの背後に佇み、疲労と苦痛のあまり倒れそうになる彼女をそっと支える。先程自分へ攻撃を加えた際とは似ても似つかぬ優しさを垣間見せる。さらに彼女は気づいていないが、黄金色であった筈の瞳が誰かさんと同様に紅い物へと変貌していた。

 ムラセは自分を後押しするように背後で支えてくれている大きな化身をマジマジと見つめる。表情は一切分からないが、なぜか不安や恐怖を感じる事は無かった。黙って自分を肯定し、共に添い遂げてやるとでも言うかのようにただただ彼女の傍に居続ける。

「総員、攻撃準備 !」

 兵士達が叫ぶや否や、ムラセも反応して彼らの方を向く。化身はたちまち殺気をみなぎらせ、拳を構えてから威嚇するように咆哮した。そのまま銃弾の雨がムラセを襲うが、化身が盾のように彼女の前に動いて防ぎ続ける。攻撃を防がなければならないという自分の意思に応じて、即座に対応しているのだと直感でムラセは把握する。

「撃ち方やめ !」

 銃撃は無効だと判断し、兵士達は白兵戦に切り替えるべく近接用の武器を取り出すか、肉体を変異させてデーモンへと姿を変える。銃撃を防がれたのはイタチの最後っ屁か何かだろう。次こそは確実に仕留めて見せると走り出し、ムラセへ襲い掛かっていくが無意味であった。

 真っ先にムラセの前へ躍り出た兵士がいたが、攻撃を行う前に化身が反応して彼を取り押さえるとそのまま腕を振りかぶって彼を殴殺する。一撃で潰されたカエルの如く体をぐちゃぐちゃにされ、兵士は血みどろになったまま地面にのびてしまった。意に介する事なくムラセはハヤトの方へと進み続ける。その間、幾度となく兵士達が襲い掛かるものの、攻撃を出す前に化身によって動作を封じられ、例外なく叩きつけられるか殴り飛ばされて始末されていった。

 自分の行く道を遮る者は皆殺してやるとでも言わんばかりの縦横無尽っぷりによって、この化身の持つ力が”自身の意思に応じた最善の攻撃や防御を即座に行ってくれる”というものであると、ムラセは憶測ではあるが悟っていた。

「ま、待て…なあ」

 地面に這いつくばり、勝てないと分かってどうにか宥めようとしてくるハヤトを見下ろし、ムラセは再び彼に対して怒りが込み上げてきているのを体の内側から感じた。つくづく甘ったれた男である。あれほど上から目線で自分以外の者を貶し、侮辱し、苦しめてきたにも拘わらず不利になった途端に情けを求めてくる。自分に対して同じように許しを乞うて来た相手を、彼は一度でも救ってあげた事があるだろうか。あり得ないだろう。そんな事が出来る人間ならばこれ程迄に腐り、堕落する筈がないからだ。

 コイツは無事で済ませたくない。そう思ったムラセは化身を引っ込めた後に腕へゲーデ・ブリングを纏わせる。そして彼が口を開く度に幾度となくパンチを肉体へ叩き込み、彼の体を破壊していった。やがて虫の息になった彼を見つめていた時、ふと自分を呼ぶ声が聞こえる。振り向くとそこにいたのはベクターであった。

「さしずめ、ムシャクシャしてやった…て感じだな」

 取り繕う努力はしていたものの、ベクターも少し驚いている事が容易に見て取れた。そのまま瀕死になっているハヤトをムラセはもう一度確認するが、自分は間違ってないと言い聞かせる。こんな男は放っておけば確実に害しかもたらさない。

「随分と派手に暴れてくれたようだが…言い訳があるなら聞こう」
 
 ベクターにようやく追いついたらしいザガンの声が聞こえた。大量に作り出していた人形たちを引き連れており、そのまま周囲の様子を見ながらベクターとムラセを睨む。そんな彼女の方をベクターは面倒くさそうに振り返っていたが、やがてムラセを一度だけ見る。何とか言ってやれという事だろうか。首を少し鳴らしてだらけている彼の姿を見たムラセは勝手にそう思っていた。

「それは――」
「俺がやらせた」

 そして少しだけ喋ろうとした瞬間、掻き消す様な大声でわざとらしくベクターが切り出した。

「ハナから協力する気なんて無かったよ。そんでまあ、必死に媚び売ってる裏で色々とさせてたが…まあ、これ以上はもう誤魔化せんわな」
「研究所で発生した襲撃も、被検体の脱走も、全てお前が一枚噛んでいたという事か」

 開き直った態度でベクターが白状すると、ザガンは言質を取るつもりなのか改めて聞いて来る。

「…まあそういう事で良いよ。ぜ~んぶ、俺が指示した。最初こそ、ここまでしてもバレないもんかと驚いたが…下が無能だと上の連中は苦労するだろうな。俺がお前の立場なら迷わず”客人”を怪しんで、すぐに殺してた」

 正直に言えば、所々自分が関与していない物もあるのだが、今の状況では聞き入れてもらえそうにない。どの道決裂するなら潔くしておこうと思ったのか、ベクターはとりあえず自分のせいにした。ザガンは少し動揺しているらしいムラセの方を見たが、特に何か言うわけでも無く手を上げる。すると、人形たちが崩れ落ち、元のガラクタや金属の残骸へと戻って行った。

「…今日の所は帰らせてもらおう。こちらでも色々と話し合う必要があるんでな」
「そうかい。因みに次会った時は敵って認識で構わんぜ。こっちも真正面から行く」

 互いが互いへ喧嘩を売る様な返事を行い、そのままお開きにでもなるかと思ったが、ザガンはハヤトの方へ歩き出してからムラセの横を通り過ぎる。

「…え ?」

 ザガンがムラセの耳元で何かを囁き、なぜかムラセは仰天していたがベクターはポカンとしていた。そしてハヤトを片手で担いでから歩き去っていく彼女を、呆気にとられた様子で眺めるムラセの横へ並び立つ。

「普通に能力で引き寄せればよかったのにな、この間みたいに」

 ベクターは随分と呑気に不思議がっていたが、ムラセは呆然としたままだった。ザガンが自分に囁いた「お前の父親は生きている」という言葉が、いつまでも彼女の耳に残って離れなかったのである。
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