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パート6:嵐

第107話 主従

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「お、いたぞ !」

 一方でこちらも何とか片付いたらしく、少々息を切らしていたダニエルがファイを見て叫ぶ。

「おい、もう一体いたろ。どこに行った ?」

 ひとまず全員無事である事が分かると、ダニエルはすぐに最後の一体の行方を尋ねた。記憶が正しければ自分以外の者達が交戦をしていた筈である。

「それがよ、急にどっか行っちまってな。結局逃がしちまった」

 数発程の弾薬を銃に詰め直しながらタルマンが伝えた。それに対してダニエルは怪訝そうな顔をする。

「急に ?」
「ええ。いきなり渦みたいなものが出て来たと思ったら、そこに吸い込まれていった。ポータルの一種だと思うけど…別の場所にいる誰かに呼び出されたとかじゃない ?」

 自分は荒事専門ではないからという理由でファイ達に任せていたのもあってか、比較的疲れて無さそうな様子でリーラが答える。魔術のエキスパートなだけあってか、見ただけでおおよそどういった類の物であるかが彼女には分かっていた。

「ま、ひとまず危機が去っただけ良しとしようぜ。てかご主人さ、昔と違って体も鍛えてんだから少しぐらい自分で戦ってくれねえと…」
「養われてる分際で口答えしない。私と契約してなかったら今頃死んでた癖に」
「へいへい…」

 休憩を取り始めたファイだが、全く自分で戦おうとせず自分達にばっかり押し付けてくるリーラのやり方が流石に気に食わなかった。しかし彼女に逆らう事が出来ない立場にある事を改めて知らされると、渋々返事をしてからホテルへ戻って行った。

「契約ってのは具体的に何してるんだ ?」

 ふと気になったらしいダニエルがリーラへ尋ねた。

「まず贄に使う臓器もしくは肉の一部を自分の体から摘出して…」
「待った。やっぱ話さなくて良い」

 思っていたよりえげつない話になりそうだという事が冒頭だけでも分かったのか、ダニエルはすぐさま中断させる。やはり魔術なんて物に傾倒している奴はまともじゃないと偏見まで植え付けられたような気さえしていた。



 ――――血まみれで倒れているハヤトの前で、ムラセはただ彼を見下ろす。疲労を少しでも和らげようと呼吸を荒くし、ふと血に染まった自分の手を見た。自分が彼をやったのだと認識するのに時間はかかったが、不思議な事に不快感は一切無い。寧ろ彼に対して嘲弄の念さえ抱いていた。馬鹿は死んでも治らない。この男は間違いなく死んでいた方が良い人間なのだ。その考えが彼女を凶行に走らせた。

「おい」

 背後から声が聞こえた事でムラセは我に返る。ベクターの声だった。

「さしずめ、ムシャクシャしてやった…て感じだな」

 陽気に振舞おうと努力はしていたが、口ぶりと態度からしてベクターが自分に肯定的ではない事はすぐに分かった。だが返事を返すわけでも無く、ムラセは再びハヤトの方を見て自分は間違った事はしていないと必死に思い込もうとし続ける。



 ――――十五分前

 「てめえは殺す。だがまずはそいつらを引き渡せ」

 いつでも戦闘に入れように部下へ合図を送り、ハヤトはムラセへ話しかけてくる。どうも交渉が下手な男だと、ムラセは黙ったまま彼の言葉に呆れていた。口先だけでもメリットを提示してくれないような相手の話など普通なら聞くに値しない。聞こえの良い文句というのも限度はあるが、彼の発言はいわば論外の極致だろう。引き渡しても渡さなくてもこちらには何の得も無いのだから。

「…引き渡した所で幸せになれない。彼女も子供も」
「あ ?」

 どう足掻いても矛先を向けられると知ったムラセが口走ると、ハヤトも不愉快そうに反応する。妊婦を自分の背後へと押しやったムラセは、そのまま静かにハヤトと彼が率いている兵士達を見た。

「話を聞いた。犯されて、それで産まれる自分の子供は兵器扱い。死ぬまで人として生活させてもらえないかもしれないのに、何でそんな平然と――」
「知るかよ」

 ムラセも自分が妊婦たちから得た情報を伝えて責め立てようとするが、当のハヤトは謝罪どころか悪びれている様子すら見せない。完全に開き直っていた。

「その女と来たら実験のモルモットになるのは嫌がるわ、兵士としてはクソの役にも立たねえわ…そんな奴に出来る仕事なんざ限られてんだよ。本当なら臓器や体バラバラにして食料にするなり、サンプルにしてやっても良かったんだぞ」
「…え ?」

 続けてハヤトから上の立場からの意見を聞かされるが、ムラセからしてみれば驚くほど共感が出来なかった。

「自分一人じゃ何もしない癖に一丁前に餌は欲しがりやがって。何にもせずに食わせてもらえると思ってた馬鹿が痛い目見た、それだけの事じゃねえか」
「そんな理由で…」
「どうせガキは俺が面倒みるわけでもねえしな。少なくともそこにいる後先考える事も出来ねえノータリンが育てるよりはマシだろ。遺伝子に関していいデータが取れたって親父も科学者連中も大喜びだったぜ」

 笑うわけでも無く、ハヤトはそれがさも当然の行いであるかのように語る。どのような人生を送ればこのような歪んだ人物像が出来上がるのか。事に対する責任感の無さや、強者が虐げる事こそが当然と思っている様な見下した態度が次第に憎くて仕方が無くなっていた。正直、責任感の無さという点については自分の上司も大概ではあるが、それでもここまで腐っている筈がない。

「…クソ野郎が」

 ムラセは溢れ出そうになる憤怒の片鱗とも言える罵倒を微かに漏らす。妊婦を守るという点は重要だが、何より優先すべきはこの男の排除だと悟っていた。
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