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パート6:嵐

第105話 暴風

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 その頃、フロウ達が滞在しているホテルに向かって装甲車の隊列が向かっていた。駐車禁止の標識などお構いなしに、道路で停まって封鎖を始めると銃火器で武装した兵士や半魔が現れる。ホテルのエントランスにいたマネージャーは監視カメラの映像と、外にいる人々の慌ただしさから事態を察知する。そして落ち着き払った態度で直通の電話を手に取ってからフロウへ呼びかけた。

「やはり来ました」
「そうかい、アンタも逃げときいや。ほな…」

 フロウは礼を述べてから通話を終える。そしてどうしたものかと自分を見ているイフリート達と視線を合わせた。

「出番や。衣食住の世話してる分、キッチリ働いてもらわんとな」

 フロウはのんびり煙草に火を付け、その場にいる全員に知らせる。

「出番って何の ?」

 タルマンも不思議そうに聞き返すが、窓から階下を見下ろしていたイフリートは通りに屯している敵の群れや装甲車を見てすぐに役目を理解する。ようやく自分向きの仕事が来た。退屈し始めていた彼にとっては、まさしく絶好のタイミングだったと言えよう。

「婆さん、この建物は保険に入ってるか ?」
「今の時代にある訳無いやろそんなもん。ただ修理できるだけの金と物資は腐るほどあるわ…好きに暴れてもらって構わん。ウチが死にさえしなければええ」
「そうか」

 イフリートが奇妙な確認をフロウに取る。フロウもやり方についてはとやかく言わず、簡単な条件だけを彼に提示した。その言葉にイフリートは応じるが、次の瞬間には壁と窓を突き破って飛び出し、体に炎を纏いながら一気に降下していった。

「…脳筋の化け物か。敵にしたくねえタイプだ」

 所々に焼け焦げた跡を残している穴の開いた壁を眺めながらダニエルがぼやいた。

「敵対しなくて良かったな。こっちにはあんなのが後三人いるぞ」

 タルマンが呑気に言い返すが、そんな彼に対するダニエルの反応は冷ややかだった。他人事の様に化け物扱いをしているが、そんな連中とつるんでいられる奴も大概イカれている。脅されているのか心酔しているのか分からないが、なぜそんな化け物達と同じ屋根の下で暮らしているのだろうか。ダニエルはそんな事を考えながら急いで装備を整えた。

「おい、何か来るぞ⁉」

 ホテルの前で待機していた兵士の一人が叫ぶや否や、強烈な爆風と衝撃波が吹き荒れる。それが晴れると、網目状の亀裂が入った道路の真ん中にて立ち上がったイフリートが彼らを睨みつけていた。着地の際に服に着いた汚れを払い、どれから始末しようかなどと考えながら余裕そうに歩き出す。

「標的の一人だ。やむを得んな…ポータルの準備に取り掛かれ」

 兵士達が何やら話していたが、その内容に聞き耳を立てる前に半魔達が襲い掛かって来る。イフリートは鬱陶しいと思いながら口から吐く火炎で蹴散らし、それでも食い下がる相手には拳骨を食らわせた。彼のパンチで吹き飛ばされた兵士は引っくり返すような勢いで装甲車にぶつけられると、骨が砕かれ、内臓も破裂し、盛大に血反吐を撒き散らしてから絶命していく。

「おい、急げ !」

 目の前で無様に殺されていく同僚たちを見ながら、兵士達は怒鳴るようにして準備を急かした。小型の召喚機を地面に設置して起動すると、禍々しい模様をした渦が出現する。しかし召喚されるはずであった肝心のデーモンが現れる気配は一向に無い。

「肝心な時に動かねえのかよポンコツが !」

 試験段階では問題なく動作していたのもあってか、環境が変わった途端に不具合が起きたと断定した兵士は暴言を吐く。そんな彼らの怪しい動きに気づいたイフリートはズシズシと足音を立てて迫り始めていた。故障という点に対する確信だけでなく、焦りによってまともな判断が出来なくなっていたのか、「決して真正面には立つな」というザガンの忠告を破って兵士が真正面から渦を覗き込もうとした時だった。

 渦の中から強烈な風が吹き出してきた。道路だけではなく街灯、車、歩行者…渦の正面にあった物は全てが凍り付き、真っ白な氷霧を放ち続ける。真正面に立っていた兵士も例外ではなく氷の様に固まり、冷風から守るために顔を腕で覆う様な体勢のままピクリとも動かなくなった。そんなただの氷塊と化した人体を前足で砕き、這い出るように渦からデーモンが現れる。

 それは、全身が水晶のような氷で構成されている獣であった。雪に覆われた頭部は一切表情が分からず、ただ血に濡れた口が大きく空いているのみである中型トラック程度の体躯を持つそのデーモンは、三匹程現れてから獲物を探しているかのように辺りを見回している。

「…フロストか。ついて無い奴らだ」

 三体のデーモンを見たイフリートが彼らの名前をぼやく。渦から感じた気配を探知した事で、デーモンを呼び寄せる手段を敵が持っているとは分かっていた。しかし、よりにもよって凶暴さと頭の悪さで有名な種族を引き当ててしまうとはついてない。イフリートは敵に同情する一方で、味方に付けようとしたマヌケさに呆れていた。

 体に炎を纏わせていた事で冷気によって凍り付く事をイフリートは防ぎ続けていた。しかしこのまま戦うとなれば少々心許ない。奥の手として人間態から元の姿に戻る事も出来るが、そうなってしまえば魔力や体力も大幅に消費してしまう。何が起こるか分からない状況であるため、可能な限りは力を温存しておきたい。

 渋々ながら臨戦態勢に入ると、一体のフロストが飛び掛かって来た。それを体で受け止めて取っ組み合い、魔界でならば存分に全力を出せるというのにとイフリートは心の中でない物ねだりをし続けた。
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