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パート5:追憶と対峙

第101話 御託

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 ――――ベクターとザガンの交戦が開始する十分前

 下水道に現れていた追手を退けたリリス達は、そのまま難なく実験場への侵入を果たしていた。

「よっと、ほーらこっちこっち」

 なぜか監視システムが破壊されていた事も功を奏してか、特に警戒する事なく扉をこじ開けてリリスがサーバールームへと向かう。ここまでする意味があるのかと思ってしまう程無駄に発光しているサーバーが立ち並び、奥にはそれらと接続しているらしい使えそうな端末も置いてある。そこに至るまでの通路には、彼女によって殴殺された兵士の死体が転がっていた。

「うわ、何ここ。ちょ―ウケる」

 いかにもオタクが好みそうな場所だと小馬鹿にしながら、リリスはサーバールームへと何食わぬ顔をして入り込んでいった。ジョージ達も銃を構えながら後に続き、安全を確保してからガスマスクを取る。

「よし、手筈通りに頼む」

 アーサーがジョージに対して言った。

「分かった。見張りは頼んだ」

 ジョージは相槌を打ってから奥へと進んでいく。部屋の中に脅威があった時のためにとリリスも誘って先へ行き、丁度ケーブルが乱雑に張り巡らされてる端末の前で足を止めた。

「ここで良いか…さて、どれだけ時間が掛かるやら」
「今から何すんの ?」

 ジョージが端末を起動し、何やら接続端子にドングルキーを挿し込んでからぼやき出す。リリスも彼を後ろから眺めながら肩にもたれ掛かって画面の様子を見ていた。

「まずデータを全部盗む。そして、ここの施設にある分を全部消す。ついでにこの施設とネットワークでつながっている他の施設のデータベースにも細工をしないといけない…なあ、暑苦しいから離れてくれないか ?」

 ジョージは端末を弄りながら説明をするが、妙にボディタッチの激しい彼女に対して嫌気が差したのか、距離を置くように促した。

「自分から誘った癖に。了解、邪魔者はいなくなるからせいぜい機械と仲良くやってなよ」

 珍しく誘ってくれたのに対応が冷たすぎるとリリスは不貞腐れ、捨て台詞気味に彼へ別れを告げてから入り口付近へ戻って行く。

「よし、デューク。アメリアと協力してトラップの設置と警戒を行え。それと、弾倉を通常の物から”試作弾”入りの物に変えておけ」

 アーサーは二人に指示を出し、これ見よがしに銃に挿入していた弾倉を取り換える。新しく取り付けた弾倉には目印代わりなのか青いテープが巻かれていた。酷く雑な字で「試作」と書かれている。

「分かりました…ホントに効果あるんですか ? これ…」
「理論上は」
「命預ける立場の事も考えて欲しいよ…ったく」

 デュークは安全性が気になっているらしかったが、どうも実戦で使うのはこれが初めてらしくアーサーも気まずそうに答える。仕方なくデュークは愚痴を零しつつアメリアと罠の設置に取り掛かり始め、一方で警戒を続けるアーサーの傍らに立ったリリスはどこからかスキットルを取り出していた。

「おい…それは何だ ?」

 ドン引きした様子でアーサーが尋ねる。

「飲む ? ウォッカだけど」
「いらん。そもそも酒の種類を聞いたわけじゃない。真面目にやってくれって…オイオイオイ」

 なぜか勧めてくるリリスに対して誘いを突っぱねたアーサーだったが、直後に大口を開けてがぶ飲みしている彼女を目の当たりにして困惑してしまう。元来それほどアルコールへの耐性が無いのも相まってか、尚更リリスに向かって奇異的な視線を送り続ける。

「あぁ~…効くわぁ」

 だいぶ気分が良くなったリリスは、さっきから痒くて仕方がなかった尻を掻きながらぼやいた。

「ところで、ここまでの道中にやたら詳しかったけど情報どうやって集めたわけ ? スパイがいるとか ?」

 リリスはそのままヘラヘラとした口調で、先程から気になっていた疑問について聞いてみる。下水道への侵入や施設に入ってからの経路は全てアーサーによる指揮の下で行われた事であり、彼がどの様にしてプランを立てられるだけの情報を集めたのかが不思議で仕方なかった。

「内部にいる奴から話を持ちかけられてな。この計画にも長い事携わっている男だ。警報や監視カメラに細工をしていたのもソイツがやってくれたんだろう」

 アーサーはとある協力者について言及し、ここに来るまでの道中で破壊するはずだった監視カメラのケーブルや電源、そして設備そのものがなぜか先に破壊されていた事について自身の憶測を伝える。

「へぇ、名前は ?」
「お前と同じで人間じゃない…確か、ベルゼブブとか言ってた」
「え、マジ ?」

 会話の中で意外な人物の名前がアーサーの口から出た時、突然ジョージが大声で自分達を呼び始めた。向かおうかとも思ったリリスだが、わざわざ赴くのも面倒だと感じて無線の電源を入れる。

「どうかした ?」
『無線か…まあいいや。解析をして、これからファイアウォールを突破するつもりだったがんだが、ちょっとマズいかもしれない。プログラムのせいでバイオスの記録やソフトが全部、ネットワーク経由で実験場の警備システムに結び付いているんだ。今持ってる機材じゃ解除や無力化が出来ない。どこかでエラーが発生したらすぐに施設内で利用されている端末全てに異常を報せるようになってて――』
「あのさ、素人にも分かるよう簡潔に言ってくれない ? …ほんっと、知識ひけらかしたいタイプのオタクはこれだから困る。話が無駄に長い」

 ジョージは調べたおかげでようやく発覚した点について解説をするが、ゴチャゴチャと喋り続けられることに煩わしさを感じたリリスが遮ってから話の要点だけを求める。そして無線で聞こえないようにしながら、隣にいたアーサーに向かってジョージの悪い癖を馬鹿にした。

『ああクソ…つまり、今から無理矢理データをぶっこ抜くしか方法が無いけど、それをしたら施設全体に俺達が何してるかがすぐにバレて全員まとめて殺されるって事だよ』
「ハイよくできました。じゃあ、勝手にやっといて。ちょっと遊んでくるから」

 要望通りの説明がジョージから返ってくると、リリスは作業を進めるよう伝えてスキットルを仕舞う。そして首を鳴らしながら歩き出した。

「どこへ行くんだ ?」

 アーサーも思わず問いかけた。

「暇潰し。現場主義なもんで」

 手を振ってサーバールームから出て行ったリリスは、死屍累々と化していた道を戻って行く。セキュリティの都合上サーバールームに繋がっているのはこの通路しか無く、エレベーターを利用しなければ来る事も出来ない最下層であった。やがて辿り着いたエレベーターの入り口と、その目の前に広がっている踊り場の前でリリスは警備がいつ来るものかと待ち続ける。その時、エレベーターが動き出すと次第に自分がいる階層に向かって降り始めた。

『リリス、こっちでも作業を始めた。たぶん警備が向かって来るだろうから食い止めてくれ』

 ジョージから連絡が入って間もなく、エレベーターが到着してドアが開いた。そこから先陣切って現れたのは、屈強そうな鋼の装甲に身を守られている大柄な四人の兵士である。彼らの背後には能力によるものなのか、体の一部が異形と化している兵士達も数人ほどいた。大柄な兵士達は鈍重な足取りでリリスに近づき、そのまま彼女を囲う。残りの兵士達は先へと進んで行った。

「気を付けて~、何人かそっち行った。すぐ追いかける」

 特に慌てる事も無ければ、抵抗する素振りも見せずにリリスは連絡を入れる。そのまま臨戦態勢に入りつつある屈強そうな兵士達の様子を見た。距離を取り、拳を鳴らすなどして威圧をしてきている。

「ゲームしよっか」

 真正面にいた兵士に向かって歩き出し、唐突にリリスは喋り出した。

「いっせーので殴り合って、一回でも私が膝ついたらしゃぶってあげるってどうよ ? カウントは三秒前からで良い――」

 リリスが勝手に話を進めて指を使ってカウントダウンまで始めようとした瞬間、正面に立っていた兵士が仕掛けた。彼女の顔ほどはあろうかという装甲を纏った拳が放たれるが、ニヤリと笑いながらリリスは素早くカウンターを放つ。兵士の攻撃に勢いが付くよりも速くリリスのパンチが拳にめり込み、装甲どころか指の関節さえも完全に破壊した。

 様子を見ていた兵士達は動揺した様に少しだけ後ずさりする。そんな彼らの事などお構いなしに、リリスは破壊された腕を必死に庇っている兵士へ近づくと容赦なく殴り倒した。床が陥没する勢いで頭部を叩きつけられ、頭蓋骨が割れてしまったせいで脳味噌がはみ出ている。

「エレベーター乗るなら見逃すよ ?」

 飛び散った血や脳味噌の破片が僅かにこびり付いた顔を向け、紅い目で彼らを見つめながらリリスは最初で最後の警告を行った。
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