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パート5:追憶と対峙

第98話 見っけ

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「本当に…地獄だった」

 何をされたのか涙ながらに語る妊婦を前に、ムラセは身の毛がよだっていた。彼女を始めとした収容された者達へ行われた仕打ちを聞き、そのおぞましさに震えが上がる。そして自分が取引によって売り飛ばされそうになっていた過去を思い出し、あと一歩間違えば収容されている半魔達と同じ境遇に置かれていたのかもしれないという事実を知った。恥じるべきだとは分かっていたが、自分がそうはならなかった事に対して思わず安堵してしまった。

「半魔だけじゃない。信じられる ? 聞いた話じゃデーモンに犯された子もいた…あんな化け物にだよ ? そして子供を作らせられる。拒否すれば待っているのは別の人体実験か、連中が飼い慣らしているデーモンの餌にされるか…どの道死ぬしかない。男だって無理矢理メスのデーモンとヤらされて、死ぬまでずっと精子を提供するだけになる。自由も尊厳も無い」

 妊婦に肩を貸しながら女性の兵士も喋り出した。

「実験から生きて帰っても用無し。口外されると困るんでしょうね…全員殺された。肉は餌にされて、臓器や眼球は研究に使うからって抜き取られる。肉を収容している奴らの目の前に置いて…ゴミを見るような目で防護服を着た連中が言うのよ。『食え』って」

 嫌な物を思い出した兵士が少しだけ俯きながら語り、妊婦も心なしか息が荒くなり始める。体も震えていた。

「何で誰も止めようとは―――」
「出来る訳ない。そんな事言う奴らは次の日から”なぜか”来なくなる様な場所だよ ? 文句言う奴はすぐにいなくなった。今残っている奴らの大半は報酬目当てで靴舐めてる様な腰抜けか、マジであんなキチガイじみた事楽しんでいるサイコ野郎だけ。科学者連中の中には撮った映像でマ〇掻いてる奴もいるなんて噂まで出てた…気持ち悪い」

 ムラセが抱いていた疑問などお見通しだったらしい兵士は遮るように答え始め、いかに狂っている場所であったかを貶しながら説明する。少々耳を疑う様な情報もあったが、真剣に語る彼女達の顔を見たムラセにはそれが嘘だと言い切る自信が無かった。

「…皆死んだ…全部、私のせいで… ! 」

 妊婦は突然泣きじゃくりながら告白する。

「私が悪かったの。半魔でも歓迎する良い仕事があるなんて口車に乗せられて…友達皆を引き連れて言った…でも私達にはそれに縋る以外無かったから…何の犯罪をしたわけでも無いのに、どこへ行っても門前払いだった…見た目が違って…化け物の血が入ってるからダメなんだってさ…でも、こんな事になるなんて思って無かった」

 懺悔し続ける妊婦の話を聞く一方で、ムラセは途中で引き返す事すら出来ずにされるがままとなっていた彼女を憐れんだ。行き場を無くした人間は目の前に船があれば、たとえそれが泥船であったと気づいても乗り込んでくれるのだという。

 たとえ「こんなものは嫌だ」と突っぱねた所で待っている物が破滅しか無いのであれば、僅かな希望に賭けてきてくれる。そして身を亡ぼす瞬間になるまで自分が使い捨てられるとも思わずに尽くしてくれるのだという。もし手っ取り早く儲けたければ、そういう連中を手招きしてカルト教団でも作れば良いという話をベクターが以前にしていた。

「なぜ彼女を逃がそうと… ?」

 ムラセは兵士に向かって再び質問をする。

「私も最初は人間の姿をしてるだけで、デーモンと何ら変わらない連中って思ってた。ハヤト・シライシとかいう財団お抱えのヤバい半魔がいたのも拍車をかけて…でも、殺されてる連中や収容所で怯えてる彼らを見た時に違和感があってさ。人の目を盗んでこの子と話をしていた。気づいたって言うと何か変だけど、『自分と何も違わない』ってそこで理解した…情ってやつなのかな」

 兵士は自分でも無謀である事を理解しているのか、自嘲するように吐息を漏らして話すと容態が優れない妊婦の体を擦った。

「だからこの子がその…身籠った時にマズいってすぐに思ったの」

 兵士は引き続き語った。

「ハヤトとかいう男は半魔としてはかなり優良な個体ってヤツらしくてさ…だから少しでも多く同じ血やら細胞やら持ってる半魔を増やしたいんだろうね。でも、そうして生まれた子供たちは全員取り上げられる。外部の人間や物とは絶対触れ合わせず、基礎的な教育すらしない。兵士として戦う事だけ覚えさせられるのよ。奴隷とかペットとか…そんなレベルじゃないわ。上の奴らは彼らを都合の良い道具としか思ってない。子供を取り上げられた後も休みなんか無い…他の奴らと番いにされて、また子供を産まされて…使い物にならなくまで繰り返される」

 このハイドリートで隠蔽され、葬られて来た真実の残酷さと人の道を外れた蛮行にムラセは慄いた。そして、彼女達を助けてしまった事が何を意味するのかをここに来てようやく理解する。衝動的な善意によって取った行動は、彼女たちにとっては良かったのかもしれないが、自分達にとっては決してそうではない。もし関与がバレようものなら、その先にあるのはコウジロウ・シライシと彼が従えている半魔やデーモン達との全面的な対立である。

「ところであなた達は何者 ? 何で私達を助けたの ?」
「…それは――」

 今度は兵士がムラセ達の素性と目的を探ろうとし、どう説明すれば良いものか悩んでいたその時だった。突然体が震えあがり、前方から鋭い気配を感じ取った。今までに味わった事がないその感覚を、ムラセはすぐにそれが危険視号であると本能で理解する。

 立て続けにセドリックの悪態交じりの叫び声を最後に、車両の前方から強烈な衝撃が伝わる。自分の体が車内に浮き、四方八方へ叩きつけられる直前にムラセは先程まで話をしていた二人をゲーデ・ブリングで引き寄せる。そしてオーラによって形成された巨大な腕で二人を包み込んだ。全身余すところなく強打し続ける中であろうと、気を緩めることなく二人の身の安全を守る事に徹し、やがて騒ぎが収まった頃にそれを解除する。

「…う」

 体中に響いている鈍痛にムラセは耐え、ゆっくりと目を開けて周囲を確認してみれば、ひっくり返ってしまった車両の天井に自分がうつ伏せで倒れている事に気づいた。兵士と妊婦も無事らしい。何とか逃げ道を作ろうと腹這いで動き、壊れて開けっ放しになっている後方のドアから何とか外に身を出した。車は横転しており、向かっていた方向とは逆の方へと向いている。

 車の前方に回ったムラセは絶句する。運転席やフロントは何かが叩きつけられたかのように激しく潰されたような形で損傷していた。セドリックの安否を確かめなければと近づきかけた時、アジトに通ずる方角の道路が封鎖されている光景が目に入る。そして見覚えのある男と、彼の背後に待機している無数の半魔らしき兵士達の姿があった。

「嘘、確かあの人…」

 ムラセは動悸を速めながら呟く。忘れる事の出来ない醜悪な面構えは、他ならぬハヤト・シライシ。あのコウジロウの息子である。リゾートで戦った日の様子を思い出し、あの出来事の後にも拘らず復帰できた体の頑強さにムラセは驚いてしまう。

「あ ? 何でてめえがここに…⁉」

 驚くハヤトに対してムラセは焦っていた。背後からひょっこりと出て来た兵士と妊婦の存在もあってか、どうやっても取り繕う事が出来ない。それに下手に動けば攻撃が来る事など容易に想像できる。落ち着いて相手の出方を待とうとする一方で、ムラセは自然と拳を握りしめていた。
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