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パート5:追憶と対峙

第95話 陰謀だらけ

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「どういう事だ ?」

 ベクターはベルゼブブを問い詰めた。

「オルディウスによって三つの魔具が作られたと言われてるが、厳密に言えばこいつに作らせたんだ。奴は材料を集めただけ…なあ、そうだろ ? この際だ。経緯を話してやろうぜ」

 ベルゼブブは答えながら再びザガンの様子を見る。若干が躊躇いがちではあったが根負けしたらしいザガンは、”グレイル”に近づいて様子を観察しながら口を開き始める。

「かつて、オルディウスには伴侶がいた。ヤツにとって使える駒を増やすための手段に過ぎなかったらしいが、やがてその伴侶であるデーモンとの間にも子供を作った」

 ザガンは”グレイル”が保管されているカプセルから離れ、ベクターの方へ向き直った。よく見ればベクターには視線を向けておらず、彼の左腕に宿っているレクイエムを注視している。

「それからどうしたと思う ? その生んだばかりの息子の肉体を素材にし、兵器として利用できる魔具を作るように命じたんだ…私にな」
「産んだばかりの子供…って女なのか ? オルディウスって奴は」

 彼女の告白にベクターは眉をしかめ、さらにオルディウスの性別が示唆された事に対して驚いた。ザガンも肯定するように首を縦に振ってみせる。

「その通り。サラブレッドとでも言うべきか…その子は生まれた時点で高い魔力を有していた。その潜在能力を恐れ、同時に利用してやるつもりだったんだろう。協力しておいて言うのも悪いが、おぞましい性根を持っていた。自分が頂点に立ち、支配するためなら自分の家族さえも道具に過ぎないんだ。アイツにとってはな。しかし、三つ目の魔具を作り終えた段階で事態は急変した」
「何があった ?」
「奴の伴侶だったデーモン…ファウストが穏健派を名乗って謀反を起こしたんだ。自分の子供を兵器にされたとあれば、気持ちは分からんでもないがな。私も応戦したが…結果として完成していた魔具と、まだ幾らか残っていた奴の息子の肉体を奪われた」

 魔界で自分が何を命じられたか、そしてその後に魔界で何が起きたかをザガンは語ると、おもむろに羽織っていた装束を脱ぎだす。何か良からぬものを期待していたベクターだが、露になったのはスポーツブラで隠している乳房以外の露出した肌。その全てに余すところなく付いている生々しい多数の傷跡であった。

「中々こっぴどくやられた…おまけに盗まれた事がオルディウスにバレてな。拷問を食らい、こうして現世に追放されたというわけだ」

 ザガンが事の顛末を伝えてから上着を再び羽織っていると、ベクターはその凄まじさに息を呑む一方で彼女の鍛え抜かれた体にも注目していた。リリスもそうだが、魔界での上級クラスともなれば皆こうして体を鍛えるものなのだろうか。

「そんなコイツを見て、俺はふと閃いたわけだ。ファウスト側に寝返ったり、オルディウスの味方になるよりも…奴らが潰し合ってる間に勢力を広げてしまおうってな。それも魔界でじゃない。まだ奴らがほとんど手を付けていない現世でだ」

 少し黙っていた矢先に、いきなりベルゼブブが口を挟んで来る。

「配下のデーモン共に探し出させた”グレイル”と引き換えで人間に協力を持ち掛けてやった。ついでに色んな入れ知恵をしてやったよ。有名人とやらに金渡してロビー活動でもさせろとか、環境保護のためとか適当な事言って他の企業がデーモンに関する研究行わない様に妨害しろとか…なあ ?」
「ええ。その点については感謝しています」

 そのまま地道な活動を続け、上手い事コウジロウを引き込むことに成功したとベルゼブブは語り、コウジロウも感謝を示しながら部下に運ばせてきたらしい円盤のような装置を手に取る。

「それは ?」

 ベクターが言った。

「召喚機と、我々は呼んでいます。”グレイル”に宿されている膨大な魔力…これを利用してポータルと呼ばれる疑似的なワームホールを作り出す事が出来ます。魔界と現世を繋ぐだけではなく、現世での移動にも利用できる」

 コウジロウはベクターに手渡してからその機能と利点について説明する。分厚い金属板の様な円盤には複雑かつ怪しい文字列がびっしりと刻まれていた。

「私の知り合いにいるエルフの中には…魔法を使える者がいましてね。魔法とはデーモン達が持つ能力や術を人工的に再現した物…それをより簡易的に発動できる装置として、我々が開発をしたのが召喚機というわけです。この装置が再現したのは、魔法でいう所の瞬間移動魔法…そして装置に使うエネルギー源として、”グレイル”の持つ魔力が使用されています」

 コウジロウは得意げに人脈と技術を駆使して作り上げたらしい発明品と、そのエネルギー源に使われている”グレイル”について解説するが、こんな物で本当に召喚できるのかという疑問が湧いただけでなく、そもそも召喚した所で何をするつもりなのかがベクターはイマイチ理解できなかった。

「お前が持っているのは小型の召喚機だが、大型も用意してある。実際に外でテストを行ったが、山のような体格を持つデーモンや群れに至るまで、時と場所を選ばずに召喚できる」
「…そうかい。で、召喚して何するんだ ? ペットにでもするのか ?」

 ザガンが実験も成功した事を伝えるが、そこに出てくる情報に対してデジャブを感じながらベクターは相槌を打つ。そして、デーモンを召喚して何をするつもりなのかを尋ねた。

「目的は二つある。一つは”再臨”と名付けてる計画でな…今も魔界に山ほどいる俺の手下どもをこちらへ連れてくるんだ。ポータルを使える程の強者って奴は中々いなくてよ…かといって俺やザガンがポータルを作って動けば目立っちまう。だからデーモン達からはまだ動きが掴まれていない連中にやってもらう必要があった訳だ。そして理由のもう一つは、爺さんが進めている半魔の量産計画の素材を――」

 ベルゼブブが理由について言及していた時、携帯電話の着信音が聞こえた。非常に軽快且つ愛らしいメロディであり、どこから聞こえてるのか不思議に思うベクターだったが、ソワソワとしながらズボンのポケットに手を突っ込もうとしているザガンを見て原因をすぐに理解した。

「出ろよ。待たせたら悪いだろ」
「…すまんな」

 なぜマナーモードにしておかないのかと思うベクターに向かって、知る由も無いザガンは申し訳程度に詫びを入れた後に携帯電話を取り出して会話を始める。落ち着いた様子で話を聞いているが、言葉の節々から動揺が見られた。

「どの区画だ ?」
「状況は ? 他に被害はあるか ?」
「追跡はどうしている ?」

 何やら深刻な内容らしく、細かく確認を取りながら相手を問い詰めている。そして「すぐに向かう」と言い残して一方的に通話を切った。

「何かあったか ?」

 コウジロウが彼女へ尋ねた。

「第一実験場で被検体が脱走した。一名だけらしいが、どうも協力者と共に地下を通って逃げてるらしい。追跡のために待機していた警備を――」

 ザガンからの報告を聞いたベクターは、地下を通って逃げたという報告や協力者がいるという情報に対して不安を感じていた。地下といえばアーサー達もそちらのルートを確か使っている筈である。もしかすれば追跡をしているという警備兵達とかち合うかもしれない。或いは、協力者というのは彼らの事だろうか。だとすれば余計な事をしてくれたものだ。悪い方向へと想像を膨らませていると、ザガンがこちらを見ている事に気づく。

「何だよ。俺が裏で糸引いてるってか ?」
「可能性はゼロじゃないだろ」
「疑ってるんだな…じゃあこうしよう。現場に向かうってんなら俺も一緒に行ってやる。どうせこの後は見学予定なんだ…大事なビジネスパートナーのために一肌脱いで協力するぜ。容疑者が近くにいてくれた方が監視もしやすいだろ ? 俺が黒だと思ったら殺せばいい。出来るもんなら」

 何やら陰謀を疑っているザガンに対して、自分は無実である事をベクターは強調した。しかし仲間達の同行がどうなっているのか、何よりこれで視察が白紙になって彼らが行っている計画を知る事が出来なくなるのは避けたい。そう思い、自分も事態の収束のために協力をするとして同行を申し出てみる。不安要素は多いものの、ベルゼブブとコウジロウに比べて積極的に動く彼女はベクターにとっても警戒対象であった。

「いや、断る。私一人で十分――」
「ザガン、連れてってやれよ。せっかく協力してやるって言ってるんだ。武器を持ってる以上、ここで暴れられても困るしな。”今”の俺じゃ抑えられないかもしれん」

 断ろうとしたザガンだったが、なぜかベルゼブブがベクターの肩を持った事に驚きを隠さなかった。ベクター本人も意外そうに彼を見たが、不適な笑みを浮かべて目配せをして来るベルゼブブは何とも不気味であった。

「よし…ザガン。彼を同行させなさい。もし、彼に少しでも怪しい動きがあれば始末して構わない」

 遂にはコウジロウもベルゼブブに同調した。ザガンが仮面越しに睨むと、ベクターも挑発してるかのように腹の立つ笑顔で彼女を見返す。そのまま歩き出すザガンを見送ってから、ベクターは再びコウジロウ達の方を見た。

「じゃあ、俺は一足先に」
「また会える事を望んでいますよ。ベクター殿」

 ベクターは一言添えて立ち去ろうとする。そんな彼に向かってコウジロウは脅しとも取れるような答えを口にした。仲間達が何か重大なミスをしていないか、コウジロウが信頼しているザガンの実力が如何程のものなのか、不安と興味が尽きない中でベクターは彼女とエレベーターに乗り込んだ。
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