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パート5:追憶と対峙

第90話 合流

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 三日後、ハイドリート行き特急の貨物車両には、床に座って静かに待機しているアーサーの姿があった。彼の目の前と隣には三人の兵士が同じ様に待機しているが、武装らしいものは誰一人用意していない。「真正面からの交戦は出来る限り避けろ」という指令によるものだった。

「よし…」

 片隅で全員の様子を窺っていた女性が声を出した。若いというわけでも無いが老けているというわけでもない。微妙な年齢である事が顔付きで分かる。

「暇だ。自己紹介でもしないか ? 何気に久しぶりだろ ? 四人とはいえ、ウチの部隊が集団で行動するのは…知らない顔もいる」

 彼女の提案に対してアーサー以外の二人は面倒くさそうな顔をするか、緊張しているのか戸惑ったまま周囲の反応を窺う。

「一理あるな…じゃあ、まず俺からだ。アーサー・ニュートレイ…知ってる奴もいるだろうが、社長秘書兼”モーザ・ドゥーグ”部隊の最高顧問をやらせてもらっている。よろしく」
「よろしく。じゃあ次は私がやろう。アメリア・ニールマンだ。シアルド・インダストリーズが抱えている各訓練施設の運営と、そこで教官としての任に就いていた」

 アーサーの紹介に続いて女性も名乗りを上げる。そして次はお前達だぞと威圧するように二人の方を見た。

「あ、えっと、デューク・モルガンです。今回が初任務って事で…緊張してますけど、足を引っ張らない様に頑張ります。専門はトラップと爆薬です」

 とりあえずやった方が良いのかもしれない。そう思ったらしい若いドワーフは戸惑いつつも紹介をする。

「ったく分かったよ…リンドバーグだ。ダニエル・リンドバーグ。もっぱら狙撃が専門…これで良いか ? 」
「さっきから思っていたが、何を苛立っている ? 任務が終われば相応にボーナスも出る…金遣いが荒いそうだが、それなら尚更悪い話じゃないだろう ?」

 最後に残った茶髪の兵士は面倒くさそうにそっぽを向こうとしたが、周囲からの圧力に耐えきれず気怠そうに自己紹介をする。しかし、どうも気が立っている彼に向かってアーサーが不思議そうに尋ねて来た。

「金以上に、俺は自分で満足のいく仕事がしたい。なのに装備は敵地で現地調達、おまけに支援も当分は行えないだと ? 頭数を揃えられないなら、せめて装備くらいは融通利かせても良かっただろ」

 ダニエルは腹立たしそうに怒鳴り、近くの積み荷らしい木箱を軽く蹴った。箱の上にいたネズミが驚いてどこかへ逃げ出す様を見て彼は鼻で笑い、異論があるなら聞かせてくれとでも言う様にアーサー達を見る。

「揉み消してくれる様な人脈がない限り、ハイドリートでは目立つマネをすればあっという間に情報が広まる。それを警戒しての事だ。武力行使か、穏便に済ませるかは今後の動向次第。最悪の場合には上も対応を変えてくれるだろう。ついでに欲しい装備があるなら、この後会う事になっている協力者に頼めと言っていた。出来る限りで要望通りの物を調達してくれるそうだ」
「協力者…か」

 その程度の理由ぐらい少し調べれば分かるだろ白痴め。アメリアは心の中でのみ辛く当たりつつ今回の任務を行う上での背景を語る。そんな彼女の話を聞くアーサーの顔は協力者の存在に対してあまり迎合的な様子では無かった。どういう風の吹き回しでアイツと組む羽目になってしまったのだろうかと、どうしても考え込んでしまう。

 そうしている内に列車が駅に停まった。自分から外に出ようとはせず、暫く待っているとドアが開く。そこから作業員らしき者達が数に入って作業を行い始めるが、そのうちの数名が彼らへ小さく手招きをした。導かれるままに降ろされ、人目につかないバックヤードを通って作業員用の裏口から駐車場へと通される。大量の輸送用トラックや、関係者の物と思わしき普通車が止まっていた。

「…こちらへ」

 そのまま案内された先にあるのは、食糧輸送に使われる冷蔵トラックである。普段は飲食店などへの積み下ろしに使われているらしい。そのまま肌寒い庫内へ一同を載せると、間もなくトラックは動き出して駅を後にした。そして十分もしない内に、どこかへ車両が停められたらしく、間もなく外からトラックのバックドアが開かれる。

「よお来たな、アンタらの仕事相手に会わせたる…こっちや」

 ホテルの地下駐車場で彼らを出迎えたフロウは、そのまま全員を降ろしてからアジトとして使われている食糧庫へと案内する。そしてノックをして静かにドアを開けた。

「あ、どうも…」

 思っていたよりも早かったからなのか、それとも彼らが来る事を想定していなかったからなのか、ムラセが驚きつつ軽く会釈をしながら呟いた。風呂上りらしくタンクトップを身に着けている。

「また会ったな…随分、仕上がっている様だが」

 以前にも増して体つきが逞しくなっていた彼女を見たアーサーは、返事をしながら思わず反応する。一方で、そんなムラセの背後ではテレビの前に群がっている人影があった。

「え、ちょっ、ま、待って ! な、なにこれ、は ? 上しか攻撃できないんだけど ? ねえ、ちょっと」

 こちらも上着を脱ぎ捨ててコントローラーを握っているリリスがいたが、想定外の事態になっているらしく慌てふためいていた。

「だから、クリアだけしたいんなら竹槍はぶっちゃけハズレだって…あ~あ」

 ワイシャツの袖を捲って過ごしやすい服装になっているリーラが後ろから解説をするが、その前にゲームオーバーとなってしまった。虚しく照らし出されるゲームオーバーの文字と、その下には獲得したスコアが表示されている。

「二つ目のステージで脱落だから最下位だな。今日の皿洗いとゴミの片づけよろしく」
「最悪~二度とやらないこのクソゲー」

 ホワイトボードにイフリートが順位を書き込んでおり、リリスがダントツの最低成績だった事から罰ゲームが確定したらしい。恨めしそうな顔をしてコントローラーを置きながら彼女は不貞腐れてしまった。

「他のゲーム無いのか ?」
「ドラ〇ンズレア、ス〇ィートホーム、魔〇村、ゴー〇トバスターズ、どれがいい ?」
「昔からお前の選ぶやつって何でそんな癖強いわけ ?…ってああ、来てたのか」

 ベクターが他のをやろうぜと言うものの、リーラが買ったゲームが偏った作品ばかりな事に苦言を呈する。そしてアーサー達が到着していた事に気づいて立ち上がった。

「呼びつけといて出迎えも無しか」
「どんな状況だろうと休みたいときに休むのが俺のポリシーだ。ま、かっかすんな…上手くいけば互いに得しか無い話だぜ。適当に座ってくれ」

 ベクターがそう言ってアーサー達に寛ぐよう言ってた頃、作業室から戻って来たタルマンとジョージの二人も客人の存在に気づく。しかし、「やべ」と呟いてジョージは途端に背を向けてしまった。顔が青ざめている。

「…おい、お前オコーネルか ?」

 アメリアは語気を強めながら呼びかけた。観念した様に天井を仰いでからジョージも体を向け直すが、明らかに気まずそうな様子であった。

「お久しぶりです教官殿。なんてな…よりにもよってアンタかよ」
「まさかとは思ったが信じられん。解雇された挙句、こんなチンピラ達とつるんでいたとはな」

 ジョージは皮肉交じりにアメリアへ話しかけるが、彼女から返って来たのは驚きと落胆が存分に含まれている嫌味であった。

「仕方ないだろ。不可抗力だったってのに、おたくの上司が俺をブラックリストに載せてくれたおかげでどこ行っても門前払いだ。他に方法があるかよ ? 」
「原因はどうであれ、お前が招いた災いだというのは変わらんだろ。任務が終わればすぐにでも”モーザ・ドゥ―グ部隊”の隊員候補として推薦するつもりで――」
「じゃあ、聞かせてくれよ。アンタは同じ状況で立ち向かえるのか ? 相手は拳一発で俺の相方をお釈迦にしやがったバケモンだぞ。 出来るんなら今この場で本人と盛大に殺り合ってくれ」

 ギャーギャーと互いに捲し立てている内に、二人の視線は元凶らしいイフリートの方に向く。そんなの自分の知った事ではないとでも言う様に、イフリートはピラミッド状に積んでいるコーラの空き缶の山へ、飲み終わったばかりの新しい空き缶をそっと置く。そして誇らしげな顔を浮かべてそれを眺めていた。

「オバサン、イライラしてるけど更年期障害か ?」
「あの一件のせいで教育係として顔に泥塗られたようなもんなんだ、察してやってくれ。それより取引をすると言ってたが…詳しく聞かせろ。目的は何だ ?」

 アメリアを見ながら呟くベクターだったが、アーサーはそれよりも仕事の内容の方が気になって仕方ないらしく、イフリートや仲裁に入ろうとしたリリスを巻き込んで口論が激化し始めている事を無視して話を進める。

「ルキナから聞いた話だと、お前と彼女はコウジロウやその一派がどんな実験をしていたかを見た事があって…おまけにどこで研究が行われていたかも知っているらしいな。実は俺も奴から誘いを受けている…情報を得るためにひとまず応じるつもりだが、それにあたって別動隊が必要になった。俺が奴と行動している間、研究のデータを抜き取って”再臨”とかいう計画の全貌を探って欲しい。ついでにここのオーナーであるフロウ・スカーレットの護衛も必要だ。恐らく狙われる事になるからな」

 ベクターは簡潔に求めている役割を伝えると、灰皿を引き寄せてから煙草を吸い出す。

「自分達の首を絞める事になるかもしれない情報をコウジロウが持っているんだ…きっとシアルド・インダストリーズはアイツを消したい筈。そして俺も、仕事の都合上アイツを始末しないといけない。利害が一致してるかもしれないと思って話を持ちかけたってわけだよ。手に入れたデータは好きに弄ってくれて構わない。その件について俺から口出しをするつもりも無い。ついでと言っては何だが、そちら側に別途目的があるのなら協力する。それで良いか ?」
「分かった…だが、道具を揃える必要がある」

 改めて協力を持ち掛けるベクターに一応は同意するものの、アーサーは怪しみながら様子を窺い続けた。ルキナの指令がある以上、自分の一存で反故にする事が出来ないのは分かっている。しかし本当にベクター側は始末だけが目的なのだろうかと不安を抱いていた。敵対的な立場にあったからとはいえ、あれ程いがみ合っていた関係である。にも拘らず、手を組むとなった途端に人当たりが変わった彼に対して不気味さを感じていた。
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