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パート5:追憶と対峙

第89話 取引

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「いや~久しぶりですね兄貴 !」
「ホントだよ。お前ここで何してんだ」

 煙草を求めて街に出ていたベクター達だったが、お目当ての銘柄がどこにも無く途方に暮れていた所で懐かしい人物に声を掛けられる。なんと、顎髭を生やしたセドリックが驚きながら二人を呼び止めていた。

「仕事があるもんなんで…てか二人はどうして ? ノースナイツから引っ越したんすか ?」

 使い古されたアロハとジーンズという仕事の割には随分と雑なコーディネートをしていたセドリックが答え、本来ならいる筈の無い二人がなぜこの場所にいるのかを尋ねて来る。

「まあ事情は色々あるけど…お祖母ちゃんの所に顔を出したら煙草買って来いって言われて」
「ああ~。あの人の吸ってるヤツか~…そりゃそこらじゃ買えませんもんね。でも、うちの店なら心配ご無用」
「店 ?」

  お遣いを頼まれた事を明かしたリーラに対し、セドリックは自分の店に来てくれと促す。店とはどういう事なのだろうかとベクターが反応して聞き返す前に、得意気な顔でセドリックは歩き出した。二人もそのままついて行く内に、露店が立ち並んでいる公園へと差し掛かる。やる気のない様子で酒を飲んでいる店主や、観光客をカモにしようとやけになっているキャッチを無視して進む内に、三人は立ち入り禁止となっている公衆便所へと辿り着いた。

「はい、いつもの」

 セドリックはそう言いながら、近くにいた清掃員らしき男に何かを渡してからそのままベクター達も呼び込んだ。

「ここ男子トイレ…」
「事情徴収されたら『トランスジェンダーです』って言っとけ。それで何とかなる」

 躊躇うリーラに対して、経験則に基づいたアドバイスを掛けながらベクターは公衆便所へ入る。一方でセドリックは、奥のトイレに掛けられている南京錠を外してドアを開けている。そのまま招かれるように二人が入っていくと、便器の代わりに小型の昇降機が取り付けられていた。

「おい、抱き着くな」
「仕方ないでしょ。狭いんだから…てか、あなた太った ?」
「あれ、そういえば二人共指輪は――」
「黙れ」

 ごちゃごちゃと騒ぎながら三人でどうにかして乗り込み、そのまま地下に向かって昇降機が降りていく。やがて着いた先には大量のコンテナを始め、見た事もない程に巨大な陳列棚が無数に敷き詰められていた。陳列棚に並んでいる商品は丈夫そうなガラスによって厳重に保管されており、あちこちに武装した警備と思わしき兵士達がいる。

「すげえなこれ。ブラックマーケットか」

 ベクターは思わず声を上げた。

「酒、煙草、ドラッグ、武器、爆薬…ぼったくりますが何でもござれってわけです。勿論、取り寄せで良ければ乗り物や大型の兵器もある程度は…こないだだって、フロウさんに頼まれてダンプカー手配する羽目になったんすよ ? 一体何に使う気だったのやら…」

 セドリックは手を広げながら周りの商品やそこに集まる人だかりを案内し、自分が取り仕切っている事をアピールするかのように語った。出世した事を伝えたくて仕方が無いのだろうとベクターは微笑ましそうに聞き流す一方で、今後のためにもこの場所とセドリックの事は覚えておいた方が良いかもしれないと感じていた。



 ――――すっかり気が抜けてしまった様子でムラセ達が談義に花を咲かせていた頃、紙袋を片手にベクター達は帰宅した。こちらを見るや否や、なぜか少しニヤつく一同を不思議そうに見たベクターはそのまま赤い色をした煙草の箱をフロウに向かって放り投げる。銘柄を確認して彼女も満足げに頷いた。

「これ何 ?」

 ベクターがテーブルに置いた紙袋の中から、透明な袋に入れられている枯れた苔玉のような草を見たリリスが質問をする。中々の量であった。

「マリファナ」
「…何でそんなもん買っちゃうわけ ?」
「俺が吸うんじゃねえよ。転売するだけだ。どんな言い値でも買うバカがわんさかいる」

 何の問題も無さそうにベクターは袋の中身を答える。もう少し有意義な物を買えと言わんばかりにジョージは呆れていた。

「あなたの金じゃないけどね。差額埋めたの」
「ゲーム機買いたいって言ったのお前だろ…ほら、準備したけりゃ勝手にやれ」

 明らかにベクターが使える金額では足りないと判断し、自分が差額を払った点についてリーラが指摘するが、同意のうえでやった筈だとベクターも愚痴を言う。そして随分と年季の入った大きめの箱を彼女に渡した。中身は言う迄も無い。

「ゲームってした事ねえんだよな」
「あ、そう ? やってみる ?」

 これまたいつの間にか用意し始めた埃まみれのテレビの前でリーラ達がわちゃわちゃと準備をしている間、ベクターはフロウに「電話をして来る」と言い残して再び出て行ってしまう。片手にはジョージが解析した資料の束と、そこに記されていたある人物への連絡先についてのメモが掴まれていた。



 ――――秘書すらいなくなったオフィスでは、机に向かい合って書類の山を睨んでいたルキナがいた。時刻は既に深夜を回っている。明日に回すか、今のうちにやってしまうか迷った末に渋々手を付け始めた頃、連絡用のブザーが鳴った。スイッチを押して通信をオンにすると、机に備わっているマイクから受付を担当している常駐スタッフの声が聞こえてくる。

『社長、明日の会食について急ぎの連絡が――』
「今はいないって事で断って。それと会食に関してはキャンセル。仕事がたぶん終わらない」
『わ、分かりました…』

 命令されたスタッフがそのまま連絡を切ったのを確認し、ルキナが書類を手に取ろうとした直後にまたブザーが鳴った。

「今度は何 ?」

 いっその事、自分に通すべき話かどうか勝手に判断してくれれば良いのに。かなわない望みを心の中に留めながらルキナは再び通信を始める。

『緊急でお話があると…』
「ああ~…明日またかけ直すように言って」
『今じゃなきゃダメだそうです。”ベクター”と言えば分かる筈だと』
「…はぁ ?」

 予想していない相手からの誘いに戸惑いと嫌悪感を露にし、ルキナは少し迷ったがこちらへ繋ぐように指示を出す。無音の状態が少し続き、やがて彼の声が聞こえて来た。

「よお、元気にしてる ?」
「くたばれ」
「いきなり酷い言われようだな。ガキの喧嘩かよ」

 挨拶でもと思ったベクターだったが、早速罵声が飛んできたせいで若干心外そうに苦言を呈する。

「最近色々困ってそうだから、せっかくうまい話を持って来てやったのに」
「困ってそう ? どっかの馬鹿が匿名である事ない事マスコミに言いふらしたせいっていうのが分かんない ?」

 他人事の様に接して来るベクターに酷く腹が立ったのか、ルキナは若干キレ気味な口調だった。連日の様に取材や会見をしろとのたまう阿保の声を連日聞かなければならず、根拠も無い証言を基にした無駄な質問に時間を割かれ、馬鹿の一つ覚えの様に責任を取れと言い続ける烏合の衆の相手に辟易していたのである。どれもこれも人体実験やら上層部の圧力やらと噂を流した連中の仕業であり、それが誰なのかおおよその見当はついていた。

「ん~ ? 俺は言いふらして無いぞ。どうせクビにされるし…って事で色々話してたおたくの元傭兵を一人匿ってるだけだ」
「もういいや…用件は何 ?」

 すっ呆けた様に白を切るベクターの声を聞いたルキナは、これ以上は無意味そうだと諦める。そして適当にあしらってからさっさと電話を切ってしまおうと考えた。本当ならすぐにでもぶっ殺してやりたい気分だが、諸事情から不可能だと分かった以上は無視するしかない。

「今ハイドリートにいるんだが、”再臨”って計画に心当たりあるだろ ?」

 そんな考えは、ベクターの言葉によってすぐに取り消されてしまった。彼の所在と質問の内容にルキナは少し顔色を変え、険しい表情になりながら椅子に座り直す。

「どこまで知ってるの ?」
「内容についてはほとんど知らん。だが、シアルド・インダストリーズを始めとした企業が関わっていたっていう証拠を見つけた。これは警告だが、たぶんその計画を進めてる連中はトカゲのしっぽ切りをしようとしてる。アンタも例外じゃないが…話はここからだ。取引をしないか ? もし俺に協力してくれるんなら礼はするぜ。損はさせない」

 冷静を装いつつも焦りを見せるルキナへ、ベクターは自分の置かれている状況を簡潔に話す。そして彼女に対して期待させる様な言い方をしつつ交渉を始めた。
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