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パート5:追憶と対峙

第85話 フレンドリーファイア

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「その、色々あって…」
「オイ待て、どういう事だ」

 リーラがベクターを見ながら答えようとするが、当の本人であるベクターは狼狽えながら口を挟む。二人の女エルフのやり取りを見る限り、どうも自分達は依頼の全容を把握できていないらしい。

「俺達の事を売ったんじゃないのか ?」

 ベクターは続けてフロウに対して問いかけた。

「何ぬかしとんねんアホ、脳味噌にカビ生えとんのか。ガキの頃から面倒見てたアンタを見捨てる程落ちぶれたつもりは無いわ」
「その言い方だと、やっぱり多少は関りを持ってたんだな」
「仲良いフリしとるだけや…そんで羽振りが良くなるんやから、よっぽど友達おらんらしいわ。あのジジイ」

 煙草が吸えなくて口が寂しいのか、椅子のひじ掛けを指で小さく叩きながらフロウは語る。口ぶりからしてコウジロウ・シライシとある程度はやり取りをしているのかとベクターは疑うが、そんな物は表面上だけだと吐き捨てるように言い返されてしまう。

「もしかしてなんですけど…私達、話なんか聞かずにそのままコウジロウさんを殺しちゃった方が良かったんですか ?」

 彼女の悪態からして何かを残念がってる様にも見えたのか、ムラセはまさかとは思いつつも物騒な物言いで真意を問う。

「嬢ちゃん中々冴えとるな…せや。頭ン中にあった筋書き通りなら、アンタらが乗り込んであのハゲと奴が仕切っとる仕事纏めてぶっ潰してくれる筈やったんや。そしたら何や、茶飲んで話しただけで大人しゅう帰って来たんやから。コウジロウがアンタらと会うのが目的やったっちゅうのは計算外やった…さっき連絡で『会わせてくれてありがとう』なんぞ言われて感謝までされたわ」
「婆さん…どういう事なのか順を追って説明してもらえないか ?」

 ムラセを褒めつつ、本来想像していた物とは違う結果になってしまったと彼女は嘆いていたが、イフリートはそれでもどういう事なのかイマイチ分からないとして説明を求めてくる。リリスも同意するかのように小さく頷いていた。

「しゃーないな…根本的な話やけど、不思議に思わんかったか ? 偶然儲けた言うても、隠居の暇潰しでホテルやらカジノやら出来るわけないやろ。マジな話するとな、こっちに移ったのはぜーんぶ金儲けが目的や。そしたらどうや…わけの分からん胡散臭いジジイが取り仕切ってて、働いてる連中も皆アイツとその手下にへーこらして。楽園とは名ばかりの独裁国家や」

 フロウが一息入れようとした時、リーラがグラスに注いだジュースを差し出す。少し微笑んでから受け取った後、一度だけ飲んでから彼女は話を続けた。

「権力に逆らえん言うても、ノースナイツとは話がちゃうで。ノースナイツは良く悪くも城下町。シアルド・インダストリーズが武器製造や工事ばっかりに熱入れてるお陰でもあるけど、企業の邪魔せんのやったら好き勝手してくれっていう場所になっとる。ここはそうやない…人も仕事もコウジロウの意のままにならんのやったら、奴お抱えの化け物軍団に潰される事になる。金儲けしたい奴からすれば、アイツの存在が目障りなんや」

 とりあえず動機を語り終えたフロウは再びジュースを飲んだ。そしてグラスをテーブルに置いてベクターの方を見る。

「それで俺達にどうにかさせようってか ? じゃあ何で――」
「その辺も教えてくれなかったのか。でしょ ? そこは…その…私が勝手にした」

 ベクターが口に出した次の疑問に答えたのはリーラだった。

「お祖母ちゃんから話を聞いた時にさ、そこまで色々悪さしてるんなら面白い情報もあるかと思って…金の臭いがしたってやつ ? どうせ最後には殺すんだろうし、変に証拠やら消されたりする前に色々調べておきたかったの…まあ、こうなるとは思って無かったけど」
「そういう自信過剰な所や詰めの甘さをどうにかした方がええで。な~んも変わっとらんな」

 リーラが自分の判断でその様にしたのだとバツが悪そうに理由を語るが、フロウもそれを良くは思って無かったらしく困った様子で彼女を叱る。

「ちょ、ちょっと待て…お祖母ちゃん ?」

 会話の最中、予想だにしてなかった情報を耳にしたタルマンが思わず驚いた。

「ああ、言って無かったっけ 。フロウ・スカーレット…私の祖母よ。まあ、会ったのは大人になってからだけど」
「そういう話は後にしてくれ。なあフロウさん。”やっぱ”って言ってたがいつ気付いたんだ ? 俺達が何にも聞かされてない状態でここに来たって」

 リーラは改めてフロウとの関係を紹介しようとするが、ベクターは優先すべき話題があるとして打ち切らせる。そしてフロウに向かって再び尋ねた。

「最初はてっきり、何も知らんていう演技をしてるんかと思っとった。確かに悪くない方法や…コウジロウを殺す目的で来たわけやなくて、あくまでただの調査ですって周りにおるかもしれん密偵にアピール出来るしな。最初から暗殺が目的なんて公言するよりはマシや」

 欠伸を噛み殺したフロウは、最初こそ勘違いしていたと彼に答える。そして気が付いたら横に座っているファイの頭を軽く撫で始めた。

「やけど、こないだの話し合いの時に気づいたんや。ホワイトボードにコウジロウどころか倅の事についても書いてないのを見て察したで。『もしかしてコイツ、なんも知らされんで来たんちゃうか』ってな」
「じゃあ、シライシって苗字について聞いた時の答えって…まさか…」
「わざと尻尾出してあげたんや。ウチとアイツがどういう関係なのか把握しとるか確かめたくてな…ホントに何も知らんかったから驚きや」

 フロウは自分の中に起きていた胸騒ぎについて語り、その上で今回の仕事の全貌を理解しているのかを確かめるためにわざと釣り針を用意したと答えた。狐につままれたようにするベクターを見ながら、タルマンは壁際から離れてテーブルに着く。

「とりあえずこういう事か。まずフロウさんはコウジロウとかいうジジイを消したかった。だからリーラへ俺達を差し向けるように頼んだと…んで、リーラはそのついでに金になる様な情報が欲しかったから、敢えて遠回りさせようと回りくどい依頼をした。ところが、コウジロウからすればベクターが来る事は願ったり叶ったりで、情報を手に入れたくて迂闊に手を出せなかったベクター達は殺しそびれてしまった…こんな感じか」
「そういう流れになるな…さて、これって誰かさんのせいで状況悪化してないか ?」

 タルマンがこれまでの会話を簡潔にまとめ、ベクターも大体そういう事だろうと納得した。そしてわざとらしい大声を出し、誰かが余計な事をしなければ上手く行ったのではないかと疑問視し始める。全員から痛い視線を向けられたリーラは、気まずそうに背を向けていた。

「…ごめん」
「ごめんで済むかいな。結局、刺客に殺される所やった。助けてくれたのは嬉しいけど、最初からちゃんと言ってくれれば協力してやったわ」
「そこまで表立ったら完全にコウジロウを敵に回す事になっちゃうし…いっつも安全策第一って言うから、絶対やりたがらないと思ったの」
「せやけど黙ってやる奴がおるかアホ。人の事は言えんけど、相手を見くびり過ぎや。もうアンタらとグルってバレた様なもんやし…これでめでたく、ウチは粛清対象ってわけやな」

 渋々謝罪するリーラだったが、フロウはおかげで死にかけたぞと彼女へ愚痴を零す。リーラは苦々しい表情で椅子に座り直しながらフロウへ口答えをするが、やがてぐうの音も出なくなった。

「だけど、面白い情報があるかもっていう部分は正解だった」

 その時、ずっとコンピュータを弄っていたジョージが口を出す。

「どういう事だ ?」 
「これを見てくれ。抜き取ったデータを調べてたら見つけた。随分厳重に暗号化をしてたんだ」

 ジョージは手招きで全員を画面の前に集め、解析の終わったファイルをお披露目する。それは指示書であり、実験の経過や材料の調達などの注文に関するデータの取り扱い方が記されていた。興味深いのはそれら資料を送付しているらしい取引先の企業のリストであり、シアルド・インダストリーズの名前も確認できる。

「共犯者リストってわけか」

 企業の一覧を見ていたベクターが笑いながら呟いた。

「シアルド・インダストリーズについては、他に比べて早い段階で計画から撤退してるみたいだが…まあバレたら一環の終りだろうな。問題はここの最後の箇所」

 そう言ってジョージは指で特定の文節を指し示す。推し進めている計画である”再臨”が達成、或いは予期せぬ事態に陥った場合の事について記されており、連絡が来たら即座にデータの削除や破壊をするように忠告をしている。それとは別に、専用のデータベースに向けた資料の送信に関する手順も載せられていた。こちらは定期的に行う様に指示が出されている。

「実験に関するレポートもそうだが、コウジロウ・シライシの名前や実験を行っていた連中の情報は徹底的に伏せられていた。企業に向けて送ってたらしいデータも全部だ…あくまで憶測だが、”再臨”って計画に万が一のことがあった時は、リストに載っている企業に責任を丸投げするつもりなのかも。『彼らがこの場所で勝手に非道な実験を行っていた』ってシナリオで。このデータベースへの送信ってのは、さしずめ証拠として残すための担保…もしくは、自分達に都合が良いように情報を弄れる様にするため」
「つまり、これとは別に色んなデータを保存している場所があるってわけだ…色々と使えそうだな」

 ジョージの考えを聞いたベクターは興味深そうに反応する。そして何か思いついたらしく、周囲にいる者達を一度だニヤつきながら見回した後に立ち上がった。

「とりあえず今日はここまでにするか。色々あって体も頭も疲れちまった。続きは明日やろう…腹も減ったし」

 背伸びをしながらベクターが休憩でもしようかと提案をすると、ムラセ達もそれに呼応するように肩の力を抜いてリラックスし始めた。

「なら出前でもいるか ? 代わりに頼みがあるんやけど」

 誰も異論を唱えないのを見たフロウは食事を奢ってやろうと申し出てくれた。少し顔が明るくなったベクターだが、直後に頼みがあると言われて再びムッツリとした表情を浮かべる。

「え~、何だよ」

 ベクターは不服そうに要求を尋ねた。

「煙草買うてきてくれへんか ? いつも吸ってるヤツ頼むで。リーラ、アンタもや」
「はぁ ? 何で私まで」
「何や大事な家族危険に晒しておいて、詫び代わりにパシリに行く事すらしてくれんのか ? せっかくチビ二人揃っとるんやし、昔みたいに使い走りさせたいんや」
「あ~…分かった」

 二人に金を寄越し、余ったお釣りで好きな物を買っても良いと伝えてからフロウ達は渋々出て行く二人を見送った。やがて疲れたように溜息をフロウはつき、そのまま全員に笑いかける。

「二人のせいで苦労させて悪いな。アンタらも振り回されっぱなしやろ」
「まあ、退屈するよりはマシだぜ」

 フロウが全員を労うと、タルマンも笑いながら言い返す。

「それにしても婆ちゃんさ。随分付き合い長いみたいだけど、ベクターとはいつ頃から知り合い ?」

 微笑ましそうにしつつも、リリスはふと感じていた疑問を彼女にぶつけてみた。

「知り合いどころやない。あの子が膝丈より小さい頃から面倒見とったわ…親をデーモンに殺されて、ウチ以外に頼る相手がいない言うて泣きながら会いに来たのが始まりや。まだベクターが六歳くらいの頃やな。 命からがら逃げ延びて、ノースナイツに向かっていたどこぞのトラックにしがみ付いて来たんやと。信じられんやろ ? 」

 出会ったキッカケを端的に話すフロウだったが、既にその段階で波乱万丈にも程がある半生をベクターが過ごしてきたと容易に分かり、一同は少し唖然としてしまう。予想通りの反応だったのかフロウはまた笑っていた。

「そっからウチの仕事の手伝いをさせるようになった。こう見えて昔は自警団…まあギャングやな。それを取り仕切っとったんや。せっかくやし教えたろか ? 何でアイツが死神言われるようになったか。後、リーラとの馴れ初めもな」

 当の二人がいないのを良い事に、フロウが思い出話でもしてやろうかと切り出してくる。以前からベクターの経歴が気になっていた一同は、息抜きには悪くないとして彼女との距離を詰めて面白半分に聞き始めた。
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