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パート4:浸食

第76話 死屍累々

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「どーも、みんな今のうちに逃げとけよー !」

 エントランスホールは阿鼻叫喚と化し、その中で逃げ惑う客達にベクターが叫んだ。その場にいた人々がもみくちゃになりながら蜘蛛の子を散らすように逃げる中、カウンターにもたれ掛かりながらベクターが呼び鈴を叩く様に鳴らし続けていると、どこからか武装した兵士達が現れる。

 ところが大半は武装と思わしき装備を持ち合わせておらず、その代わりに右目がエメラルドの様な緑色に輝いていた。オーガズゲートで見た報告書の物と類似しており、意外そうにリリス達も様子を窺う。

「やったね、お友達いるじゃん ! 色違いだけど」

 しかし自分にとって脅威ではないと判断したリリスからしてみれば、さながら珍しい玩具を見つけた程度の認識らしい。隣にいたムラセを肘で小突きながら語り掛ける。

「ターゲットを確認…了解。総員、ただちに構えろ。丁寧にもてなしてやれ」

 隊長らしき男の合図と共に、服の上からでも分かる程に筋肉が膨れ上がる兵士や片腕や両足が変異する者などが現れる。この段階で仕掛けても良かったのだが、せっかくだしもうちょっと待ってやろうとベクターは彼らが臨戦態勢に入るのを退屈そうに待っていた。ふと見ればホテルの外の方にもチラホラと兵士達が現れている。

「二手に別れよう」

 ムラセ達にボソリと呟いてからベクターはニヤリと笑う。そしてオベリスクの柄を掴んで肩に担いだ。既に相手側はいつでも行けそうだと言わんばかりに構えている。

「待ってやったのに礼も無しとは。さてはお前、飯屋で店員に偉そうな物言いするタイプだな」

 前に歩き出しつつベクターが遅いじゃないかと不満を漏らした瞬間だった。隊長格の男が恐ろしい脚力で駆け出し、一気に距離を詰めてくる。そして両手に生やした鋭利な爪で襲い掛かって来た。オベリスクで攻撃を受け止めたベクターだったが、想定以上の膂力に少し後ずさりしてしまう。その力は並の人間の物ではない。

「へぇ…」

 感心した様に呟いたベクターの反応を見て隊長格の男が満足していた直後、ベクターが自分の腹にレクエイムを向けている事に気づく。殲滅衝波の形態へと変形しているレクイエムから光線が放たれ、隊長格の男は胴体を消し飛ばされた。光線はそのままホテルの壁へと当たり、壁や装飾品を粉々に破壊してしまう。

「刺し違える覚悟までは無いって顔しやがって。腰抜け」

 以前に比べてレクイエムの扱いにも馴れて来たとベクターは肩を回して感じ、そのまま狼狽えている他の兵士へ言い放つ。最初こそ彼の言葉に押し黙ったままではあったが、やがて誰かが叫んで駆けだしたのを皮切りに他の者達も後に続き始めた。

「外の任せた」
「え ?」
「私、こういう場所の方がやりやすいし」

 リリスも唐突に役割を決めて歩き出す。困惑するムラセ達に自分には室内の方が有利だと伝えると、オーガズゲートで使用した時と同様に感覚を加速させる。今回に関しては、露出している手や足にも同様の青筋が見られた。

「小娘、外に出るぞ」

 勝手に決められた事に対して不満げだったイフリートも、外から敵が迫っている事を知ってすぐに動き出す。ムラセもその後を追いかけて外へと出た。やはり同じような半魔の特徴を持つ兵士達がいる。それもかなりの数であった。

「何でこんなに沢山… ?」
「誰かが集めたか、或いは誰かによって作られたかだ。構えろ」

 半魔の個体数は希少な筈ではとムラセが戸惑う一方で、イフリートは指示を出しながら騒動に関して何か大きな力が働いていると勘付き始める。”ゲーデ・ブリング”を発動したムラセの四肢には、覆うような形でオーラによって異形の手足が形成されていた。彼女の体にもまた、赤い稲妻がパリパリと音を立てて迸っている。

「限界点に達したか…ふん、もうその段階まで来ているとはな」
「限界点 ?」
「後で教えてやる。そうら、来たぞ」

 イフリートが何やら意味ありげな単語と共に少々驚いている内に、変異した半魔の兵士達が次々に襲い掛かって来る。飛び掛かって来た一人を鷲掴みにすると、イフリートは口が裂ける程にまで顎を開き、そこからゲロを吐くかのように黒煙が入り混じった炎を吐き出す。ほんの僅かな瞬間に悲鳴こそ上がったが、やがて炎に包まれると叫び声は掻き消され、イフリートが手を放すと同時に黒い塵となって大気中へ離散した。

 ムラセの方はオーラで形成された巨大な手足で攻撃を行い、時には体を掴んで地面に叩きつけたり、振り回して明後日の方向へぶん投げるなどして暴れていた。しかし手加減をしているせいか完全に仕留めきれておらず、そういった者たちへのトドメを仕方なくイフリートが刺す羽目になっていた。

「下がってろ。まとめてやる」

 まだまだ数が多いと判断したイフリートは背後にムラセを立たせ、右腕に炎を纏わせる。そして全力で地面を殴って地響きを起こした。間もなく辺りから巨大な火柱がアスファルトを割いて無数に立ち上がり、歯向かって来る敵を消し炭にしていく。



 ――――一方でホテルの内部では混沌と血の海が広がっていた。エンジン音と共にオベリスクの刃が回転し、一振りごとに数体ほどの敵の四肢、臓物、さらには分離した上半身と下半身が飛び散る。何とか掻い潜って取っ組み合いへ持ち込もうとしても、次に待っているのはレクイエムによる殴打だった。人間を優に上回っている筈の彼らでさえ力負けしてしまうレクイエムの腕力。それによって叩き飛ばされ、すぐさま顔面を踏みつけられる。

 それならばリリスをやってしまおうと動く者もいたが、何か踏み抜く凄まじい音と共に四方八方を移動し、周囲に飛散する衝撃に邪魔されて思うように彼女を捉えられない。そうしている内に顔面を抉られる勢いで殴られ、肋骨どころか背骨事叩き折る勢いで蹴りを入れられ、そして頭を掴まれて恐ろしい速度で柱へ叩きつけられた。

「ダメだ ! 速すぎて全く―――」
「クソッ…ギャアアアア‼」

 悲鳴と共に次々と屠られていく。当然だが、これでもリリスにしてみれば大幅に手加減をしている威力であった。もし彼女が全力で暴れようものならば、数分もしない内にこのホテルどころかリゾートの全ての区画を更地に出来たであろう。

「…ふう」

 気が付けば大量の肉片や首が散らばり、エントランスは血の臭いで満たされていた。ベクターはひっくり返っていた待合用のソファを元に戻して腰を掛け、一仕事終わったと溜息をつく。

「随分派手に動き回っていたが、お前の能力か ?」

 そのまま周囲を物珍しそうに見ていたリリスへ話しかける。

「うん、そう。肉体強化による加速と衝撃波。簡単でしょ ?」

 ざっくりとした説明で済ませたリリスはふと小腹が空いたのか、そのまま備え付けのレストランへと向かう。勝手に行くなとベクターは追いかけたが、レストランへ入った瞬間にある物を目にした。

「アレまさか…」

 無数のテーブルから離れた奥、恐らくビュッフェでもやっていたらしい陳列用のテーブルの端に銀色の機械が設置されていた。コーンの上に白いとぐろが巻かれている独特な形状をしたスイーツのイラストが、機械の上に目印として描かれている。

「ソフトクリームマシンか…⁉」
「え、何それ」

 近づきつつ感嘆の声を漏らすベクターに対して、リリスが何を驚く事があるのかと不思議そうにしている。

「いや俺も直接食った事は無いんだが…昔から気になっててよ。うわ、生乳百パーセントだぁ ? 庶民から巻き上げた金でこんなもん作ってやがったのか」

 機械を舐めまわすように見ながら、ベクターは恨み言と羨望の双方が含まれた独り言をのたまい続ける。

「誰もいないし、そんなに食いたきゃ食えば良いじゃん。今なら夢が叶うよ」
「あ~、確かに」

 リリスの提案にベクターは意表を突かれたかのように反応し、それもそうだと頷く。そしてドアの向こうをチラリと見て、ムラセ達が来ない事を確認した。サボってたなどと思われたらたまったものではない。

「…少し休んじゃうか」
「よっしゃあ。私も欲しい」

 ちょっと休憩するだけなら怒られないよな。そんな安直な考えの下で二人はソフトクリームマシンの方へ向かった。リゾートへの突入から三十分もしない内に起きた出来事である。



 ――――そんな状況になっているとは知りもしないムラセは、イフリートと共に最後の一人を倒すと膝に手をついて息を整える。まだまだ体力や気力がついて来れていないという事実を改めて再確認する羽目になってしまった彼女の側で、イフリートは周辺の確認をしていた。

「動けるか ?」 

 首を傾げながら敷地内の地図を見ていたイフリートは、振り向きながら彼女へ語り掛ける。

「い、一応は…そういえばさっきの話…限界点がどうとかって」
「ああそれか。デーモンが使う能力には魔力が必要なのは知ってるだろう。だが魔力は一度に出せる…出力とでも呼べばいいか。それが必ず決まってる。当然、成長や鍛錬によって変化するものだが、最大の量まで引き出せた時にはさっきのお前みたいに稲妻が放出されるようになっている。それが、限界点に達した合図だ」

 息を荒げたまま、ムラセはイフリートが口走っていた単語の意味について尋ねる。イフリートもそれに応じる気になったのか、彼女に近づいてから淡々と意味を解説し始めた。

「いわば限界点に到達できるといのは、潜在的に眠っている実力…人間であれば本能が体にかけているブレーキのような物を意識して外せるという事になる。自分の持つ力を常に最大限まで引き出せるというわけだ」
「それって体に負担が掛かってマズいんじゃ…」
「俺もお前も、肉体を人間の基準で考えるな。デーモンにとっては、それが出来て初めて一人前…お前にはどうやら才能があるようだ」

 イフリートがそこまで言い終えると、ムラセは複雑な心持のまま頷く。

「まあ、詳しい事が聞きたければ俺の姉貴に聞け。お前になら手取り足取り教えてくれるだろうぜ…そろそろ行くぞ」

 そのままイフリートが歩き出すのに合わせてムラセも彼に続く。どうしてリリスが自分になら手取り足取り教えてくれると思ったのだろうか。その様な少し分からない点もあるが、ひとまず自分が抱えている力が非常に強力な物だという事が分かり、表情には出ない程度の小さな昂揚感が湧いた。

「…うわ」

 そんな矢先、血に濡れたエントランスホールを見てムラセはえずきそうになってしまう。

「思っていたよりは手加減したな。しかしどこに行った ?」

 イフリートは涼し気な顔をしていたが、二人の姿が見えない事を気にかけている。不安というよりは、どうせ碌な事をして無いのだろうという呆れに近い心配であった。そんな彼の予想が的中するかのように、どこからか二人の笑い声が聞こえてくる。

「うっま~これ…」
「やっぱ食って正解だったな」

 その頃、ベクターとリリスはテーブルに腰掛けて雑な盛り方をしたソフトクリームに舌鼓を打っていた。どこからか見つけた酒まで開封している。

「めっちゃ美味い…いっそ直接口付けて食ってやろうかな、アレに」

 コーンを齧り、ベクターはマシンを見ながら呟いた。

「やだ~汚い」

 苦笑いと共にリリスは制止する。

「でもしてみたくないか ? まとめて口の中に放り込むというかさ。普段できない事をやるっていう冒険心というか…」
「絶対美味しくないし、楽しくないって。脳味噌に蛆虫湧いてそうなクソガキでもないとやらないでしょ、そんな事」
「酷い言い草だな。少年の心を持っていると言ってくれ」

 酷くどうでも良い雑談と共にリラックスしている二人を目の当たりにしたイフリート達は、彼らに対して強烈な加虐的衝動が芽生えるのをムカつきと共に感じ取った。

「何やってるんだお前等…」

 返答次第じゃすぐにでも拳骨を食らわせる気満々な様子でイフリートが尋ねた。

「休憩だよ、見て分からないのか ?」 
「そうそう、二人も来なって。作戦会議しよ。そこにソフトクリームあるし」
「何でそこで開き直るんだ…ったく」

 何が悪いんだと言わんばかりにテーブルに足を乗せるか、片膝を立てるなどしたままベクター達はテーブルへと誘う。そろそろぶん殴ってやろうかと考えるイフリートだが、間もなくソフトクリームを両手に持ってムラセが現れた。

「外に地図があったんで確認したが、どうやら想像以上に広いぞ」

 結局椅子に座り、ムラセからソフトクリームを受け取ってイフリートは話し出した。

「じゃあ一人ずつ手分けしていくか。何かあったら無線に連絡入れろ。周波数はそれぞれの端末の分をちゃんと登録してある………と、その前にもう一回だけな」

 今後の方針を提案した直後、ベクターはソフトクリームマシンの方へと向かい始める。そしてコーンを手に取って再びソフトクリームを盛り始めた。

「アレもう五回目。食えるときに食っとけの精神だってさ」

 リリスが小馬鹿にしたような声で二人に話しかけ、話を聞いたムラセ達も呆れがちに彼の様子を観察し続けた。
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