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パート4:浸食

第71話 筒抜け

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 早くも死人が出たという事に関係者や選手たちも騒然としていた。勿論、結果自体は珍しい事ではない。拮抗した闘いの末にというシナリオでもあれば良かったものの、この件に関しては一方的な虐殺だという点が原因になっていた。言うなれば子犬の前に羆が現れ、そのまま子犬を嬲り殺す瞬間を見せつけられた様な物である。勝ち上がった所で殺されるしかないという事実を前に、後続の選手たちは震え上がった。

「聞いた ? 男性部門、皆棄権するって言い出して大騒ぎらしいよ」
「そりゃそうでしょ。勝ち抜いてもあんな目に遭うんじゃ、誰もやりたがらないって…」
「もしかしたらこっちの方を先にやるかもね」

 女性部門の選手達も皆その話題でもちきりだった。ただ一人を除いては。

「ふぁ~…」

 欠伸が聞こえたかと思えば、先程と同じようにベンチに座り続けていたリリスによるものだった。

「…煙草吸いたい」

 天井を仰ぎながら呟く彼女の姿を、隣にいた選手も引き気味に見ている。

「アンタの友達がやらかしたってのに吞気過ぎない ?」
「それがオーケーっていうのが売りでしょ ? こんな騒ぐぐらいならルールで禁止しとけばいいのに。そしたらあのバカも少しは手加減したよ」

 事態が深刻になっていると選手は告げるが、相手方の背景など知る由も無いリリスは鼻で笑いながらあしらった。

「殺した相手と殺し方がマズかったの。確かに死人は出してるけど、タングストンはここのスターだったのよ。それをぽっと出の新人が…」
「いいじゃん、それの方がダークホース感出て」
「あなた自身もマズいって言ってんの ! さっきアンタが喧嘩売ってた奴の事、覚えてる ?前回のチャンピオンで、ナーサ・オミガって名前でさ」
「あの沸点低いゴリラ女 ?さっき部屋出て行ったよね。凄い急いでたけど」

 そのまま語り続ける彼女の発言によって、リリスは先程まで揉めていた女性の名を知り、焦るようにして控室を出て行った事を不思議に感じていた。

「オミガはタングストンと付き合ってたの。それが死んだとなったら…」
「仇討ちしに行くかな ?」

 どうやって得たのかは知らない内情を選手が話すと、リリスは復讐がお望みかと笑い始める。素手はおろかマシンガンを持ってても自殺行為だと内心馬鹿にしていた。

「違う。あんたがエドワーズって奴を自分の友達だって言ってた時、アイツこっちを睨んでた。知ってる ? ここの運営ときたら、有力な選手の顔色窺ってばかりでさ。少し口出しすれば、自分に都合のいい相手を宛がって試合させてくれるんだよ ? タングストンが殺した連中は皆そうやって集められた噛ませ犬だらけ。つまりその…」

 解説を続けていた女性だったが、この後にリリスがどうなるかを想像して気の毒に思ったらしい。苦々しい顔で急に言葉に詰まってしまう。

「…あのゴリラ女がトーナメント表を弄って、八つ当たり代わりに一試合目から私をぶっ殺しに来るかもって ? チャンピオンがそんな小賢しい――」

 まさかと思いながらリリスが笑って話していると、ドアが開いてスタッフが入って来た。

「ジュリア・ロバートソン選手、いらっしゃいますか ? 」
「あ、はいはーい」

 周りをキョロキョロしながら叫ぶスタッフに、リリスは手を振りながら答える。

「この後、試合が始まりますので移動をお願いします」
「え ? でもトーナメント表だと、私の試合まだ先だって…」
「申し訳ございません。手違いがあったもので。どうぞこちらへ」

 予定と違うのではないかとリリスが不服そうに申し出たが、スタッフは手違いがあったとだけ言いながら案内をしようとする。さっきまで話していた選手は「ドンマイ」とだけ呟いて彼女の肩を叩いた。肩を竦め、掌を上に向けてからやれやれと態度で示してリリスは席を立つ。そしてスタッフに連れられて控室を出て行った。

「皆様にお話がございます」

 リリスが出て行った後、別のスタッフが控室にやって来ると急に報せがあると言い出す。そんな彼の片手には、銀色のアタッシュケースが重そうに握りしめられていた。



 ――――中央に置かれたリングを囲っている観客席では、今後の試合に大幅な予定変更があるとアナウンスされた事もあって不安や失望の入り混じった声が聞こえていた。

「注目集めろとは言ったけどなあ…」

 その観客席の最後列に座っていたジョージは、手帳を開いているフリをしつつぼやいてしまう。勿論サボっているわけではなく、念のために施設全体の全貌を把握するために目を光らせていた。そして出入り口やスタッフの装備についてを事細かにペンで記していく。

 リングの周りには正反対の方向に一つずつ花道が設けられており、選手達の控室もその先にあるのだろうと予測できる。観客席最後列の背後にある通路は端から端まで続いている上に壁に面しており、所々に観客用の出入り口が設けられていた。しかし一番端にある扉だけは立ち入れないようになっている。警備員やスタッフが出入りしている事からバックヤードか、或いはさらに重要な場所に繋がっているのかもしれなかった。

「…ん ? 」

 ジョージが異変を感じたのは、周囲の把握を行っていたまさにその時である。端にある扉から警備員らしき人物が数人ほど出て来ていたが、どうも装備が不穏であった。拳銃や警棒程度で済ませていた入り口などの連中とは違い、明らかに別の装備を入れているのであろう長めのバッグを持っている。

「何かマズいぞ…」

 暴れる相手を制圧するだけでは済まなそうな彼らの姿を前に、ジョージは自分達が怪しまれているのかと邪推し始める。そんな彼を余所に警備員は何かを簡単に確認し合ってから、持ち場へ向かうかのように小走りで通路を走る。リング意外は照明が暗めなのと、音楽やガヤのおかげで誰一人として彼らを気に留めてはいなかった。

 そこからすぐに、警備員がこちらへ近づいて来るのが見えた。視線が合ってしまい、明らかに自分を見つけた途端に歩くペースを速めている。このまま万が一の事態があるかもしれない。そう思ったジョージは、いつでも取り出せそうだからとペンをズボンのポケットにしまった。

「お客様、お取込み中失礼します。少々お時間をいただいてもよろしいですか ?」
「あ、ああ。構わない」
「ありがとうございます。どうぞこちらへ…少し立ち入ったお話ですので」

 警備員が落ち着いた様子で尋ねてくると、ジョージもあくまで平静を装いながら受け答えをした。

『皆様、大変お待たせしました‼スケジュールに変更があり、只今からエキシビジョンマッチを開催いたします ! 』

 ジョージが警備員達に連れられて行く際、場内でアナウンスが響き渡る。聞いていた話と違うじゃないかと周囲からもどよめきが起こっている最中、スポットライトが花道の方へと照らされる。そこからリリスが現れると、リングに向かって首を鳴らしながら歩き始める。

『ただいま入場しているジュリア・ロバートソン選手は、連続殺人鬼として名を馳せた一級の指名手配犯 ! 行く先々、多くのシェルターを恐怖に陥れた彼女が今宵、このオーガズゲートに挑戦状を叩きつけたのです !』
「私の経歴、そんなのだったっけ… ?」

 会場で伝えられる選手紹介に対して、自分が申請したものとは大きく異なっている事をリリスは不審に感じつつリングへと入る。それ以前にトーナメントをするのではなかったのかと周囲の動きを怪しみ、怠そうにコーナーポストへもたれ掛かっていた。

『そして試合前に何と ! 彼女自身から”提案”があったため…此度の試合は一対多のデスマッチとなります ! この闘技場の精鋭たちを相手に、謎多き殺人鬼は何をするつもりなのか⁉間もなく、試合開始です !』
「…は ? 」

 続いて始まったアナウンスを耳にしたリリスは思わず声をあげるが、彼女が屯しているポストの反対側から、オミガを始めとした控室の選手達がゾロゾロと現れてくる。リング自体は広いから問題ないが、かなりの人数がいると一目で分かった。続けて、天井付近に用意されていたギミックが作動し、リングを囲う様に鉄の柵が下りてくる。

「ねえ、そこのお兄さーん。こんなの聞いてないんですけどー ?」

 リリスは付近のスタッフへ柵越しに呼び止めようとしてみるが、反応してくれるどころか目も合わせてもらえない。わざと無視されているようにも思えた。

「こりゃ全員グルか」

 結局、リリスは抗議を諦めてから視線をオミガ達の方へ戻す。こちらを睨んではいるが彼女達の態度には明らかに余裕が見られた。数があればどうとでも出来るなどと思っているらしい。正々堂々するつもりも無いのであろう相手の様子を見たリリスは、これで心置きなくぶちのめせると僅かに喜びつつ立ち上がった。

 どう戦うべきだろうかと、リリスはストレッチをしながら考える。魔界特有の瘴気によって魔力を補給するデーモンにとって、瘴気が存在しない現世という環境はエネルギーの補給の手段も確保しづらい。そのため、人間に擬態する事で無駄な消耗を抑えているのである。下手に全力を出しては後々の行動に響きかねなかった。

「全力出せないけど、まあ…感覚だけでいっか」

 呟いた直後、彼女の目の周りに青筋が立ち始める。すると、リリスの視界にも変化が表れてきた。周囲の動きがたちまち緩やかになり、音や声についても同じように酷く間延びしたものへと変貌してしまう。高速移動を行う際に併用する意識や感覚の加速であり、高速で移動している最中にも状況の把握が行える事から重宝していた。

 ゴングが鳴り、一人の選手が走り寄って来る。そのまま大振りなパンチをかまそうとするが、今のリリスにとっては蠅が止まるのではないかと思えてしまう程にノロい。難なく体を横にずらして躱した瞬間、リリスは親指で彼女の喉仏を攻撃した。倒れた選手は息が出来ず、血や唾液が入り混じった物を吐き出しながら悶え続けている。

「さて…何分持つかな~ ?」

 戦慄し、距離を取ろうとする他の選手達へ歩み寄っていきながらリリスは言った。



 ――――その頃、警備員達によって人目につかない別室へと連れていかれたジョージは、只ならぬ気配に肩身が狭い思いをしていた。物置に使われているのか、周囲にはガラクタや用具が積まれている。

「えっと…何で俺はここに ?」

 その部屋にいたのは、ジョージと彼を案内してくれた二名の警備員である。近接用の警棒や、拳銃を仕舞っているホルスターがチラリと見える。その時、背後にいた一人が突然ジョージへ掴みかかると、そのまま締め上げながら無理矢理跪かせた。

「ごほっ…‼」
「さっき試合に出ていたブルース・エドワーズ、そして今出場しているジュリア・ロバートソン…会場に入る前、この二人とお前が接触していたという情報があった」

 息苦しそうに藻掻くジョージへ、前に立っていた警備員が語り始める。

「心当たりがあるだろう。知っている事を吐き出させろとのお達しでな。正直に答えてくれ。ここに来た目的は ?」
「分かった…言うから…ぐえっ…」

 自分の首を締め上げている腕を搔きむしり、ジョージは彼らの要望に応えると必死で口走る。返答を聞いた警備員は合図を送り、締め上げていた相方に腕を解かせる。咳き込みながら立ち上がるジョージだったが、その隙に隠していたペンのキャップを外して片手に忍ばせる。そしてよろけた振りをして間合いを詰めた直後、先程まで首を絞めていた相方の目にそれを突き刺した。

「ぐあああああ !」

 悲鳴が上がり、事態を察知したもう一人が武器を抜こうとする。ジョージはペンが刺さっている男の腰から警棒を盗み、そのまま服の襟を掴みながら盾にするかの如く自分の正面に立たせる。そして今にも拳銃を向けそうになっていた警備員の方へ相方を突き飛ばした。よろけた隙に近寄り、警棒を首へ叩きつけるとは彼らは呻きながら倒れる。そのまま追い討ちをかけるように頭を警棒で殴りつけてから、ジョージは周囲がどうなっているかとコッソリ外を見る。幸い、まだ誰も向かっては来てない。

「ちょっと借りるよ」

 ジョージはそう言いながら気を失った二人の服を剥ぎ、サイズの確認をして身に着け始める。警戒されている事が分かった以上、自分達を消すためならどんな手段も使ってくる筈である。おまけに情報や証拠になり得そうな物品の処分までされてはたまったものではない。すぐに拳銃も奪い、弾が装填されているかを確認してから改めてホルスターへと仕舞う。そして近くに放られていた縄で二人の体や口を拘束し、用具の山の中へ彼らを隠してから静かに部屋を後にした。
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