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パート4:浸食

第67話 久しぶり

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「あ、おかえりなさい」

 部屋のドアを開けてベクターとリリスが戻ってくると、ムラセが彼らへ挨拶を述べる。直後、その隣でタルマンとジョージがはしゃぎ、テレビを食い入るように見ていた。酒が若干回っているらしい。

「ストレート負けだ ! よくやったぞギブソン ! 」
「待て待て、この後の記者会見も大事だろ ? 無様に負けておいてどんな言い訳するか注目しなきゃ」

 そうして二人で肩を組みながら騒ぐ姿にベクターはいささか困惑を催す。

「こいつら何やってる ?」

 ひとまずソファに座って、ジュースの缶を開けながらベクターはムラセへと尋ねた。

「嫌いな選手が負けたからって大喜びです」
「ハッ、しょーもな」

 ムラセが理由を話すと、ベクターはそれを踏まえて彼らの言動をせせら笑った。リリスはというと、イフリートの隣に座って「私がいなくて寂しかったか」などと彼に引っ付きながら問いかけている。良い意味でも悪い意味でも和気藹々とした雰囲気が流れていた頃、アナウンスでハイドリートへの到着が三十分後に迫っていると報せが入って来た。

「いよいよ乗り込むぜ。全員準備しとけ」

 レクイエムを手袋と袖で隠せているのを改めて確かめたベクターは、そのまま一同に呼びかける。その言葉を聞いた他の者達も荷物や散らかした部屋の片づけを始めた。そうこうしている内に甲高い金属音が壁ごしに聞こえ、列車の速度が落ちて行く。そして一瞬だけ揺れた後に駅へ停車した事を報せるアナウンスが入った。

「よし、行くか」

 一行はそのまま駅のホームを出ると、預けていた荷物を受け取って階段を昇る。小奇麗な服に身を包んだお高く留まっている上流階級や、仕事を求めているのであろう生気のない見ずぼらしい失業者もなぜか溢れており、駅の構内は中々混雑していた。

「ベクター・J・モーガン、タルマン・ルベンス、アキラ・ムラセ、ジョージ・オコーネル、ジュリア・ロバートソン、そしてブルース・エドワーズ…六名ですね」
「ああ」

 改札で身分の確認を行っている調査官に対して、ベクターが代表として返事をする。人間に擬態しているだけであるリリスとイフリートには、それぞれジュリア・ロバートソン、ブルース・エドワーズという名と偽造した戸籍を与えられていた。調査官は強化ガラス越しに全員を睨んだ後、コンピュータを忙しなく弄り始める。

「照合した所、シェルターへの立ち入りに関する申請も確認できました。滞在を認めます」
「ありがと」

 調査官が許可を出し、スイッチを押すと改札の出口であるシャッターが開いた。ベクター達は礼を言いながらその場を後にすると、地上へと続く階段を昇ってようやくハイドリートの内部へと到着する。

「すっげぇ」

 ベクターは思わず感嘆した。目に飛び込んできたのは見上げると首が痛くなってしまいそうな程の高さでそびえ立つビル群、そのどれもが色とりどりのネオンや、広告らしい電光掲示に包まれ、怪しげな光を放っている。その下にはこれまた眩い看板やネオンサインで溢れかえる商業施設や飲食店が軒を連ねていた。

「うっそだろ…」
「こんな場所初めて見た… !」
「こ、これマジで全部歓楽街なのか…⁉シェルター全部が ? 」

 ムラセやジョージ、タルマンも思わず興奮気味に喋り出す。他の者も呆気にとられたように周りを眺めていた。

「チッ、騒がしくてかなわん」

 道路を走る車や、あちこちで鳴り響く音楽へ鬱陶しそうにイフリートは反応する。

「そう言わないの。楽しそうじゃん ? 」

 リリスはノリノリなのか、ベクターの近くに躍り出ながら辺りを見回していた。

「忘れるなよ、俺達は仕事で来てるんだ。息抜きは後で」
「分かってますとも」

 ベクターが目的を忘れるなと戒めの様に言い聞かせ、適当に聞き流しながらリリスは煙草を取り出す。それを見たベクターも箱から一本取り出して口に咥えた。

「あなた達」

 近くから声が聞こえたかと思えば、武装した姿の兵士がいた。女性のようだが、彼女の背後には一回り体格のいい兵士が立っており、ショットガンを携行している。

「最新の物だ…”スポンサー”になっている組織は相当金を持ってるらしい」

 両者ともに腰には拳銃をぶら下げており、型式が統一されている点や彼らの言動から治安維持組織だろうとジョージは推察する。そして、それらがバックについている組織の強大さを物語っていると隣に立っているタルマンへ告げた。

「な~に ? もしかしてナンパ ?」

 そんな事など一切お構いなしに警戒心すら抱かずリリスは尋ねるが、女性の職員はすかさず彼女の指から煙草を取り上げた。

「残念だけど、あなたみたいな子は趣味じゃないわね。ところであれが見えない ?」

 女性の職員が示す先には、電光掲示板で『路上での喫煙禁止』と表示されいた。しまったと思ったベクターは彼女から目を逸らす。

「火は点いてないようだから今回はお咎めなしにしといてあげる。本来だったら罰金よ ? 以降気を付けるように…あなたもね、お兄さん」
「あ~、こりゃ失礼」

 取り上げた一本をリリスへ返しながら女性の職員が注意をすると、ベクターも咥えていた煙草を口から離して謝罪をする。そのまま歩き去っていく職員二人を見つめながらベクターとリリスは煙草を箱へ未練がましそうな顔をして仕舞った。

「…やっぱ俺このシェルター嫌い」
「それ、チョー分かる」
「見逃してもらった奴の台詞じゃねえな…まあ、いいや。この後どうするんだ ?」

 煙草をポケットに入れつつベクターとリリスが悪態をつくその姿に、タルマンは引き気味なコメントをする。そして気を取り直そうと次の目的地をベクターに聞いた。

「ん ? ああ、リーラ曰く協力者が待っているとさ。俺の古い知り合いだ」

 心なしかベクターは嬉しそうに語り、協力者がいるという目的地へ向かって歩き出す。駅から出て左の方へ道なりに進んで行けば着く筈のカジノ、そこで落ち合えというリーラからの指示通りに進む内に、小奇麗な建物で出迎えてくれているカジノが見えて来た。

「俺です…ええ、どうやら例の男が…はい…はい…分かりました。やるだけやってみます」

 入口で見張りとして立っていた大男は、ベクター達の姿を見かけるや否や誰かと連絡を取る。そしてそれを終えると、近づいて来る一行の前へ詰め寄ってから立ち塞がった。

「止まれ。目的は何だ ? 」

 大男は威圧をするかのように睨みながら言った。

「客としてカジノに入るだけだ。そんな怪しむ事か ?」
「自分達は怪しくないとでも言いたいのか ? お前も、後ろにいるお仲間達もどう見たって堅気じゃないだろ」

 ベクターも臆する事なく言い返すが、大男は他の者達にも目を向けながら訝しそうに言った。

「さっさと帰ってくれ。トラブルでも起こされたら困るのはこっちなんだよ」
「起こしても無い段階で大した言い様だな」

 大男は頑なに入店を認めず、段々とベクターも苛立ちを隠さなくなってきた。その時、店の中から数人程の用心棒らしき男達がさらに現れてベクターを囲い始める。

「黙って失せろ。それともケツを蹴り飛ばされたいか ? 」

 何かマズいと判断したムラセを始め、喧嘩が始まるかもと自分達まで参戦するつもりで仲間達は動こうとしたが、すぐにベクターが「大丈夫だ」と叫んで制止させた。そのまま大男の方を静かに睨む。

「最後だぜ。通してくれるんなら、今起きた事は水に流してやるよ」

 ベクターが言った直後、一人が隠し持っていた警棒を振りかざしてきた。すぐさま躱して顔面を殴り飛ばし、抑えつけようとした者達にも蹴りをかましながらベクターは一網打尽にする勢いで倒していく。

「うわあ、やっちゃった」

 早速揉めてしまったとジョージは不安そうに呟いた。そうこうしている内に全員が死なない程度に痛めつけられ、這いつくばっている大男にベクターが近づいていく。そのまま襟首を掴んで無理やり立ち上がらせた。

「どうするよ。通してくれるか ?」
「いや…その…」
「そこまでや」

 不機嫌そうにベクターが問いかけ、大男が何か言おうとした時に声を上げながら一人の人物がカジノから出てくる。老齢の女エルフだったが、ベクターは彼女を見た瞬間に険しかった表情を一気に朗らかな物へと変えた。

「フロウさん !」
「ハッハッハ。悪いな試す様な真似して。体が鈍ってるんやないかと思って、少し悪戯したくなったんや」

 ベクターは大男を放してから叫んだ。フロウという女性も微笑みながら彼へ一連の騒動を起こした原因が自分であり、理由も当然あるのだと弁解をする。

「あんたらもどしたん ? いつもみたいに暴れてええんやで? 」
「何なんですかこいつ…ってかどうしてこんなヤバい奴だって教えてくれなかったんですか ?」
「この悪ガキが過去にやらかして来た事教えたら、あんたらも引きうけてくれないと思ったからや。安心せえ、医者の世話になる分の金はウチが用意したる」

 フロウが説得すると、男たちは渋々店の奥へ引き下がって行った。状況が飲み込めずに呆然としている一行へ会釈をして、フロウは再びベクターの方を見た。

「こんなに図体もデカなって、お友達まで連れとるなんてな…もうちょっとよく顔を見せてみい」
「はいはい、どうぞ…随分久しぶりだしな」

 顔を触りながらにこやかに語り掛けるフロウに対して、ベクターも苦笑いをしつつ優しく応じる。あいつあんな態度も取れるんだなと一同は内心驚愕し、二人のやり取りを暫しの間見つめていた。やがて道路の端に停められたリムジンからクラクションが鳴ると、フロウもそれを確認して歩き出した。

「ベクターの連れやな。リーラから話は聞いとる…根城も必要やし、腹も空いとるやろ ? 案内するから、ひとまずあの車に乗りんさい」

 フロウの言葉に一同は顔を明るくし、そのままリムジンの方へと向かっていく。ベクターとフロウもその後に続いてリムジンへと乗り込んで行った。



 ――――まずは腹ごしらえでもした方が良いと、一行はフロウが経営するホテルのレストランへと招かれていた。最上階にある個室で、白いテーブルクロスの敷かれたテーブルを囲み、全員が座ってメニューを眺めていたが顔は決して穏やかな物では無かった。

「ねえ」
「…どうした」

 隣から覗いていたリリスが話しかけたが、タルマンは固まったまま開いたメニューを凝視していた。やたらと長ったらしい説明口調な料理名の隣には、数千や数万ギトルという目を見張る様な価格が記されている。

「これ、ぼったくられてない ? 料理一つでこんな値段する ? 」
「何かの間違いだろ…たぶん。アレだ、これをメインディッシュにしたフルコースとか――」
「お二人さん聞こえとるで~。因みに値段はその料理一つ分や」

 タルマンとリリスのヒソヒソ声にすかさず答えたフロウは、狼狽える彼らを微笑ましそうに眺めていた。

「…大丈夫、今日はツケにしといたる。経費として落としてやってくれって言われとるしな」

 フロウの言葉に安堵していた一同だったが、彼女の隣に座っていたベクターはふと気になっていた事を尋ねてみようと体をフロウの方へと向けた。

「そういえば俺達が来た理由も知ってるんだろ ? 住んでるあんたとしてはどう思う ? ただのリーラの勘違いか ?」
「臓器や人身売買自体は珍しいもんやないからな…ただ、ウチの耳に入る情報の中でも、最近やたらとその手の話が増えてるのは確かや」

 ベクターの質問に対して、フロウは飄々とした態度で答え始める。メニューを眺めつつムラセ達も聞き耳を立てていた。

「たぶんアンタがあの子から依頼を受けるより前やな…久々に連絡を取り合って近況報告をしてたんや。その時にシアルド・インダストリーズが裏の人身売買や臓器のビジネスから撤退したんに、なぜか未だにハイドリートでも取引が行われてるって話をしたんよ。こっちはある程度の身分証明が無いと入れんシェルターやから、事件になるかもしれんし内部での調達はそう簡単にはいかん。一体どこから集めとるんやろか~って言ってたら、何か心当たりがあったらしいで」

 フロウはベクターがリーラから仕事を引き受ける前に起きていた出来事を述べる。彼女の発言から推測するに、リーラは抱えていた不安があの日に確信へと変わったからこそ自分に依頼をして来たのだろうとベクターはこれまでの経緯に筋道を立てていた。

「それで事実の確認のために怪しんでた場所へ向かって、外部から調達した”商品”をここにいる連中が集めているって突き止めた…それが今の段階で分かってる事だ」
「成程なぁ。あの子は大きな何かがきっと裏で動いてる言うてたけど…案外、間違いやないかもな」

 ベクターも自身の現状を洗いざらい明かす。それに対してフロウは静かに天井を見上げ、何やら難しそうな顔をしつつ不穏な事を呟いた。
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