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パート4:浸食

第61話 表裏

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「分かってるよ…すまなかったって。詫びになるか知らんが、仕事があれば言ってくれ。割引ぐらいはする…ああ、じゃあな」

 公衆電話を使ってベクターが渋い顔をして謝罪する姿を、ムラセとリーラは煤けた街灯に寄りかかながら見ていた。やがて受話器を置いてからバツが悪そうにベクターは出てくると、日差しに少しだけ目を眩ませながら二人の元へ戻る。

「終わった ? 」

 リーラがつまんなそうに尋ねた。

「フォードの奴にどやされたよ。無茶振りするにも事前に報せてくれとさ」
「そりゃそうですよね」

 気まずそうに内容の一部始終を話すベクターへムラセは相槌を打つ。居候をさせて欲しいとごねるリリスを連れて行こうにも、シェルターへ侵入させる方法が思い浮かばなかった一同は、咄嗟の策としてフォードヘ連絡を入れた。シェルター内における行方不明者リスト、そこに登録されている身寄りがない若い女性の戸籍に関する情報をシェルターへ戻る直前に送ってもらったのだが、想像以上に苦労をしたと電話越しに文句を言われていたのである。

「それで、行方不明者を見つけたって事にして連れ込んだと」
「その通り。ここじゃ人がいなくなるなんて珍しい事でも無い。顔写真さえ残ってない奴もいる。おまけにフォードが口裏を合わせてくれたんでな。特に問題は無かった」

 再び歩き出しながらリーラとベクターはここまでのいきさつについて話し合う。ポツポツとではあるが、街を往来する人々の数も増えていた。錆びたシャッターを開ける年老いた店主や、犬を追いかけまわす子供、仕事をさぼっているらしい中年の男達など屯する人々の種類は多様である。

「断れば良かったのに」
「変に敵対したら何しでかすか分からないだろ。それに…」

 俺の手に負えるかどうか分からない。そう言いかけたベクターだったが、すぐさま「監視するなら目の届く範囲の方が良い」と口にする。弱みを見せたくなかったというのは勿論だが、無闇に不安を煽った所で既に手遅れだと思った上での判断だった。

「リーラさん、おはよう ! 」
「リーラさん、ご無沙汰してます」
「家賃なんですけど、もうちょっと待ってもらえませんか…」

 スラムを歩いている内に、彼女が世話をしているらしい店や土地の住人が挨拶をして来た。決して傲慢に振舞う事なく、にこやかに返事をしてリーラは目的地へと歩き続ける。

「リーラさんって慕われてるんですね」
「慕われてるって言うか首輪付けられているって言うか…まあ、この辺りの区画は他所から追い出されたような連中の溜まり場だしな。案外、恩義を感じてる奴はいると思うぜ」

 面倒見が良さそうに振舞うリーラを見たムラセは好意的に反応を示し、ベクターは冷笑しつつもフォローを入れた。

「少なくとも、このシェルターのスラムであいつに楯突けば殺されても文句言えないって事だ」
「やめて、人聞きが悪い」
「良く言うぜ。今日もそれが目的だってのに」

 ベクターはそのままリーラの持つ影響力の大きさを語るが、当の本人は言い方が悪いと不愉快そうに口を挟む。しかしベクターはそんな彼女に呆れを見せてから今日の目的が不穏なものである事を告げた。どういう事なのかをムラセが聞く前に、リーラ達は細い路地に入っていく。そのまま曲がりくねった路地を出た先にあったのは、自分達が歩いて来た場所とは別の通りであり、道の向かい側には古びた小さなビルが佇んでいた。

「到着か ? 」

 ベクターが呟いた。

「ええ。三階が見える ? あそこが目的の場所」

 リーラは頷き、指を差しながら三階に構えているトレーニングジムを示した。営業はしているらしく、僅かな人影と灯りが見える。

「あんまり賑わってなさそうですけど…」

 繁盛してなさそうだという点は、素人目にも明らかだったらしくムラセが指摘をした。

「そう、見た通りの寂れたオンボロ。ただ経営しているオーナーが古い知り合いでね。地面に頭を擦りつけて頼んで来るせいで仕方なくケツ持ちになった。赤の他人だったらさっさと店を畳ませてる」
「お優しい事だな…で、いたたまれないから入会しろと ? 」
「まさか。だとしたらもっと良い場所を紹介してるわ」

 説明の最中に冗談を言って来たベクターをあしらうリーラだったが、一度ビルの方を見た後に路地の陰へと身を隠す。二人もそれに続いた。

「私が世話をしているバーにいた子がね、最近あそこの従業員の接客をしたの。随分太っ腹だったらしいけど、酒に酔った勢いで何か色々話してたみたい。店を閉めた後、その子がすぐ私に教えてくれた」
「どんな話を ? 」
「最近になって別の稼ぎ口が出来たとか、新しいビジネスで儲けてるからとか色々。不思議よね、私が借金やみかじめを払って欲しいって言ったら泣きついて来る癖に、従業員が酒に困らないだけの金は出せるなんて」

 リーラは一通り言い終えると、ジムの方を改めて見つめる。その眼差しに籠っていたのは怒りではなく遺憾であり、旧知の仲に亀裂が入る事への名残惜しさであった。

「私達が調査をすれば良いんですか ? 」
「いいや、もう回りくどい事はしなくて良い。本来はジムの経営を行うからって理由で金を貸し続けていたし、みかじめを取るのもジムの収益からだけだった。黙って別の仕事に手を出して、おまけに儲かっているのに一言も無しっていうのが気に食わないの。黙っておく辺り、バレたら都合が悪いんでしょうね」

 服のポケットから出した手帳をおもむろに確認しつつ、リーラは仕事を頼むにあたっての動機を語る。

「まあ、そろそろお灸を据えてやろうかって事よ。少し話もしたいし、私が行くまでは死人を出さない程度に暴れて頂戴。出し抜こうなんて真似をしたらどうなるか…ここらにいる連中にとっても丁度見せしめに出来る」
「つまり当初の予定通りだな。オッケー」

 ここに来て依頼の内容を確認したベクターは、雑に返事をしてムラセを呼ぶ。緊張と不安が垣間見える彼女の体は妙に強張り、落ち着きが無さそうにしていた。

「怪我は大丈夫だな。よし、リラックスしろ」

 ベクターが言い聞かせると、ムラセも頷いて深呼吸をする。

「この間言った通り、一対多数の状況になると視野が狭くなってしまったのが怪我の原因だ。部屋に入ったらまずは間取りを見ろ。周りに何があるか、何が使えそうか、相手は何人いるかを叩き込め。すぐにだ。そこから出来る限りで良い。考えられる最悪の展開を思いつくだけ想定しろ。常に不安を抱えておく事も油断しないためには重要だ。最後に、『背後に敵を立たせるな』だ。良いな ? 」
「…はい ! 」
「よし行くか。釘を刺すようだが、”ゲーデ・ブリング”は使うなよ。死人もだが、建物をぶっ壊したら誤魔化しが利かなくなる」

 一通り話し終えたベクターはストレッチ代わりに肩を回してからビルへと向かい始める。自分なら出来ると頭の中で言い聞かせ、ようやく腹が決まったムラセもその後に続いてビルへと入って行った。
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