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パート3:争奪
第58話 気分転換
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抱き着いていたリリスだったが、ふとイフリートの目を覆っている包帯に気づいた。
「あれ、怪我したの ?それとも、こっちだと最近そういうの流行ってるとか ? 」
「…何でもない」
「ちょっと見せて」
「おい、やめろ ! 」
せっかくだし目を見て話がしたいと、リリスは無理やり包帯をどかそうとした。しかしチラリと垣間見えた目の傷跡の痛ましさに驚き、慌てて手を放してしまう。
「うわ~マジで怪我してる感じか…どうやって ? 誰に ? 」
詳細を聞き出そうとする彼女の顔は少し険しい物になっていた。おどけた態度が癪に障る女性というのが第一印象だったが、少なくとも自分の身内を心配する程度の良心があるという事を知り、ベクターは意外そうに彼女を見た。短めの銀髪が良く似合っており、どこか陰鬱な雰囲気も持っている不思議な人物だった。もっとも、正体は限りなく醜悪でおぞましいのだろうが。
「お前の姉貴ってマジか ? 」
ようやく口を開いたベクターは、改めて関係性を確かめるためにイフリートへ尋ねた。
「どう見てもお前より若そうだが」
「あれれ。お兄さん、嬉しい事言ってくれるじゃない…ん ?」
ベクターの言葉に反応したリリスはニンマリと笑い、首を傾けながら彼の方を見た。その時、彼女が何かに反応したのか、一瞬だけ硬直してからある一点を凝視する。それは、ベクターの左腕だった。すぐさま恐ろしい速度で接近し、すぐにでもベクターとぶつかりそうな距離にまで詰めると、彼女はレクイエムを掴む。
「ごめんね、ちょっと見ても良い ?」
「え、あ、ああ…」
「ども…うっそ、マジ… ?」
ベクターから許可を貰い、リリスは擦る様にしてレクイエムを眺める。強烈な酒の臭さと、それとは違う別の何か…言うなれば栗の花やアンモニアに近い臭気をベクターは感じ取った。先刻まで何をしていたのか気になる所だが、あまり踏み込まないでおこうと顔を背けている内に彼女が手を放して少しだけ距離を置く。
「これ、マジモンだね。具合を見るに、だいぶ使い込んだでしょ ? 」
「…まあな」
ベクターが質問に答えると、彼女は一度だけイフリートの方を見る。そしてトレーラーの陰に隠れているタルマン達を見た後で、再びベクターへ視線を戻した。
「もしかしてアイツがああなったのって、あんた達が――」
「その…話せば長くなるというか」
リリスが再び質問をし、どう答えれば良いものかとベクターが悩んでいた時だった。
「何があったんだ⁉」
背後からムラセと共にやってきたジョージが銃を構えながら近づいてくる。脇腹を抱えているムラセも、その気になれば動けるとでもいうかのように拳を握りしめ、マ魔力によるオーラを迸らせていた。シェルターにいたらしい傭兵たちも駆け付けている。
「…え」
リリスは再び驚いたように声を漏らす。
「って、誰だアンタ⁉ 」
ジョージが質問をしながら銃を構えるものの、リリスは意に介さずムラセの方へ近づく。そのまま顔を覗き込み、顔を近づけて少しだけ匂いを嗅ぐと、何か考え込むようにして元いた場所へ戻り始めた。
「こんな偶然ってあるかなあ…」
僅かに彼女はそういった声を漏らす。
「どういう意味だ ? 」
「ん~ ? 分かりやすく言うなら、予定が狂っちゃった」
歩いていたリリスはベクターの前で立ちどまる。そして静かに振り向きながらベクターに対して言った。
「どこかでちゃんと話しない ? あまり人に聞かれない場所がいいんだけど」
「無理だ。怪しすぎる」
リリスからの提案へ真っ先に反論したのはジョージだった。強張った手で銃を握りしめており、周りが自分に同調していくれる事を願っているのだろう。
「…一理ある。アンタを信頼出来るかどうかが分からない」
ベクターも続いた。当のリリスはというと怒るわけでも無く、ましてや悲しんだりするような素振りも見せない。知ってたとでも言いたげに愛想笑いを浮かべていた。
「だよね。たぶん『私を信じて』とか口説いても納得しないタイプでしょ ?…でも、一つだけ言える事があるとするなら…そうだなあ」
いきなり信用してもらうのは無理だと思っていた。そんな本心を彼女は打ち明けていたが、再び雷の音と共に高速で動いた。そして何かをした後に再びベクターの前へと戻ってくる。一連の動作を目視するどころか察知する事さえ出来なかったベクターは、焦げてしまった地面や体へ伝わった衝撃波によって彼女が動いた事をようやく認識した。周りの安否を確認しようと振り向いた時、ジョージの持っていたライフルの銃身があり得ない方向へ捻じ曲げられているのを確認してしまう。原因を察するには、それほどの時間を要さなかった。
「もう分かっただろうけど」
驚愕する一同に対して、リリスが口を開く。
「本気で殺るつもりだったら、とっくにそうしている」
表情や行動にこそ反映しなかったが、極めて冷酷な口調で言い放たれた彼女の言葉にベクターは次に取るべき行動を決めた。現時点で分かっているだけの実力を鑑みても、確実に犠牲者が出る事は容易に想像できる。故に真正面からの太刀打ちは不可能。かといって逃げる事が出来るかと言われればそれも望み薄だろう。リリスの提案に応じる他なかった。
「…分かった。場所を変えよう」
「オッケー決まり。物分かり良い人って私好きよ」
ベクターが首を縦に振った事を確認した彼女は、嬉しそうにしながらトレーラーの方へと歩いて行った。つくづく災難に巻き込まれやすい体質らしいとベクターは自嘲し、周りにいた人々へ帰る様に言いながらムラセ達と共にトレーラーへと向かう。
――――一時間後、「チンタラ走ってないでもっとトレーラーの速度を上げろ」とぼやくリリスをなだめつつ、一行は停泊用の拠点に立ち寄って購入したドーナツを貪っていた。あまり人目に付かない崖の下に停められたトレーラーにて、荷台に座り込みながらベクターとイフリートが同時に溜息をつく。
「…お前が溜息つく理由あるか ? 」
ベクターが食べかすを鳥に向かって投げながら言った。
「疲れるんだ。あいつといると」
イフリートも不機嫌そうに言い返す。
「そういえばどこ行った…って、オイオイ」
傍らで話を聞いていたジョージが周囲を見回すと、リリスは運転席側のハッチを開けて何やら話し掛けている。
「ねーねー、酒とか無いの ? 」
「あ、すいません。買い忘れてました」
「アルコール入ってればなんでも良いんだけどな~そういうのも無い ? …ああ、あるじゃん。そこのアルコールって書いてるやつ」
「え ? ダメですよ。だってこれ、『薬用アルコール』って――」
「大丈夫大丈夫。私へーきだから」
彼女はアルコールを摂取したいとごねて、断ろうとするムラセと問答を繰り広げていた。
「でも、健康に悪いですよ…それに、怪我した時とかに必要ですし」
「半分くらいは残すから ! ね ? じゃないと禁断症状でお姉さん暴れちゃうかもよ ?」
「…どうぞ」
「どうも~」
先に折れたムラセが渋々瓶を渡すと、上機嫌になりながらその場を後にする。
「あの女、だいぶイカれてんな。たぶん全部飲まれちまうぜ」
オブライエンもなるべく聞こえないように小声で言ったが、ふと窓の外を見るとリリスが立っており、耳に指を当てて「聞こえているぞ」とジェスチャーをしていた。背筋が凍り付いたオブライエンは、何も見なかった事にしてラジオを弄る振りをし始める。
「敵意は無さそうだけどよ。どうなっちまうんだろうな」
「…まあ知り合いみたいですし、何とかなると思います」
呑気そうにドーナツを頬張るタルマンが呟くが、ムラセはほぼ諦めとも取れるような発言をして、少しだけ疼く傷に耐えようと座席に寝っ転がる。そして、この生活が続くのも別に良いと思い始めてしまっている現状にふと気づき、慣れというものの恐ろしさに身震いをした。
「あれ、怪我したの ?それとも、こっちだと最近そういうの流行ってるとか ? 」
「…何でもない」
「ちょっと見せて」
「おい、やめろ ! 」
せっかくだし目を見て話がしたいと、リリスは無理やり包帯をどかそうとした。しかしチラリと垣間見えた目の傷跡の痛ましさに驚き、慌てて手を放してしまう。
「うわ~マジで怪我してる感じか…どうやって ? 誰に ? 」
詳細を聞き出そうとする彼女の顔は少し険しい物になっていた。おどけた態度が癪に障る女性というのが第一印象だったが、少なくとも自分の身内を心配する程度の良心があるという事を知り、ベクターは意外そうに彼女を見た。短めの銀髪が良く似合っており、どこか陰鬱な雰囲気も持っている不思議な人物だった。もっとも、正体は限りなく醜悪でおぞましいのだろうが。
「お前の姉貴ってマジか ? 」
ようやく口を開いたベクターは、改めて関係性を確かめるためにイフリートへ尋ねた。
「どう見てもお前より若そうだが」
「あれれ。お兄さん、嬉しい事言ってくれるじゃない…ん ?」
ベクターの言葉に反応したリリスはニンマリと笑い、首を傾けながら彼の方を見た。その時、彼女が何かに反応したのか、一瞬だけ硬直してからある一点を凝視する。それは、ベクターの左腕だった。すぐさま恐ろしい速度で接近し、すぐにでもベクターとぶつかりそうな距離にまで詰めると、彼女はレクイエムを掴む。
「ごめんね、ちょっと見ても良い ?」
「え、あ、ああ…」
「ども…うっそ、マジ… ?」
ベクターから許可を貰い、リリスは擦る様にしてレクイエムを眺める。強烈な酒の臭さと、それとは違う別の何か…言うなれば栗の花やアンモニアに近い臭気をベクターは感じ取った。先刻まで何をしていたのか気になる所だが、あまり踏み込まないでおこうと顔を背けている内に彼女が手を放して少しだけ距離を置く。
「これ、マジモンだね。具合を見るに、だいぶ使い込んだでしょ ? 」
「…まあな」
ベクターが質問に答えると、彼女は一度だけイフリートの方を見る。そしてトレーラーの陰に隠れているタルマン達を見た後で、再びベクターへ視線を戻した。
「もしかしてアイツがああなったのって、あんた達が――」
「その…話せば長くなるというか」
リリスが再び質問をし、どう答えれば良いものかとベクターが悩んでいた時だった。
「何があったんだ⁉」
背後からムラセと共にやってきたジョージが銃を構えながら近づいてくる。脇腹を抱えているムラセも、その気になれば動けるとでもいうかのように拳を握りしめ、マ魔力によるオーラを迸らせていた。シェルターにいたらしい傭兵たちも駆け付けている。
「…え」
リリスは再び驚いたように声を漏らす。
「って、誰だアンタ⁉ 」
ジョージが質問をしながら銃を構えるものの、リリスは意に介さずムラセの方へ近づく。そのまま顔を覗き込み、顔を近づけて少しだけ匂いを嗅ぐと、何か考え込むようにして元いた場所へ戻り始めた。
「こんな偶然ってあるかなあ…」
僅かに彼女はそういった声を漏らす。
「どういう意味だ ? 」
「ん~ ? 分かりやすく言うなら、予定が狂っちゃった」
歩いていたリリスはベクターの前で立ちどまる。そして静かに振り向きながらベクターに対して言った。
「どこかでちゃんと話しない ? あまり人に聞かれない場所がいいんだけど」
「無理だ。怪しすぎる」
リリスからの提案へ真っ先に反論したのはジョージだった。強張った手で銃を握りしめており、周りが自分に同調していくれる事を願っているのだろう。
「…一理ある。アンタを信頼出来るかどうかが分からない」
ベクターも続いた。当のリリスはというと怒るわけでも無く、ましてや悲しんだりするような素振りも見せない。知ってたとでも言いたげに愛想笑いを浮かべていた。
「だよね。たぶん『私を信じて』とか口説いても納得しないタイプでしょ ?…でも、一つだけ言える事があるとするなら…そうだなあ」
いきなり信用してもらうのは無理だと思っていた。そんな本心を彼女は打ち明けていたが、再び雷の音と共に高速で動いた。そして何かをした後に再びベクターの前へと戻ってくる。一連の動作を目視するどころか察知する事さえ出来なかったベクターは、焦げてしまった地面や体へ伝わった衝撃波によって彼女が動いた事をようやく認識した。周りの安否を確認しようと振り向いた時、ジョージの持っていたライフルの銃身があり得ない方向へ捻じ曲げられているのを確認してしまう。原因を察するには、それほどの時間を要さなかった。
「もう分かっただろうけど」
驚愕する一同に対して、リリスが口を開く。
「本気で殺るつもりだったら、とっくにそうしている」
表情や行動にこそ反映しなかったが、極めて冷酷な口調で言い放たれた彼女の言葉にベクターは次に取るべき行動を決めた。現時点で分かっているだけの実力を鑑みても、確実に犠牲者が出る事は容易に想像できる。故に真正面からの太刀打ちは不可能。かといって逃げる事が出来るかと言われればそれも望み薄だろう。リリスの提案に応じる他なかった。
「…分かった。場所を変えよう」
「オッケー決まり。物分かり良い人って私好きよ」
ベクターが首を縦に振った事を確認した彼女は、嬉しそうにしながらトレーラーの方へと歩いて行った。つくづく災難に巻き込まれやすい体質らしいとベクターは自嘲し、周りにいた人々へ帰る様に言いながらムラセ達と共にトレーラーへと向かう。
――――一時間後、「チンタラ走ってないでもっとトレーラーの速度を上げろ」とぼやくリリスをなだめつつ、一行は停泊用の拠点に立ち寄って購入したドーナツを貪っていた。あまり人目に付かない崖の下に停められたトレーラーにて、荷台に座り込みながらベクターとイフリートが同時に溜息をつく。
「…お前が溜息つく理由あるか ? 」
ベクターが食べかすを鳥に向かって投げながら言った。
「疲れるんだ。あいつといると」
イフリートも不機嫌そうに言い返す。
「そういえばどこ行った…って、オイオイ」
傍らで話を聞いていたジョージが周囲を見回すと、リリスは運転席側のハッチを開けて何やら話し掛けている。
「ねーねー、酒とか無いの ? 」
「あ、すいません。買い忘れてました」
「アルコール入ってればなんでも良いんだけどな~そういうのも無い ? …ああ、あるじゃん。そこのアルコールって書いてるやつ」
「え ? ダメですよ。だってこれ、『薬用アルコール』って――」
「大丈夫大丈夫。私へーきだから」
彼女はアルコールを摂取したいとごねて、断ろうとするムラセと問答を繰り広げていた。
「でも、健康に悪いですよ…それに、怪我した時とかに必要ですし」
「半分くらいは残すから ! ね ? じゃないと禁断症状でお姉さん暴れちゃうかもよ ?」
「…どうぞ」
「どうも~」
先に折れたムラセが渋々瓶を渡すと、上機嫌になりながらその場を後にする。
「あの女、だいぶイカれてんな。たぶん全部飲まれちまうぜ」
オブライエンもなるべく聞こえないように小声で言ったが、ふと窓の外を見るとリリスが立っており、耳に指を当てて「聞こえているぞ」とジェスチャーをしていた。背筋が凍り付いたオブライエンは、何も見なかった事にしてラジオを弄る振りをし始める。
「敵意は無さそうだけどよ。どうなっちまうんだろうな」
「…まあ知り合いみたいですし、何とかなると思います」
呑気そうにドーナツを頬張るタルマンが呟くが、ムラセはほぼ諦めとも取れるような発言をして、少しだけ疼く傷に耐えようと座席に寝っ転がる。そして、この生活が続くのも別に良いと思い始めてしまっている現状にふと気づき、慣れというものの恐ろしさに身震いをした。
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