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パート3:争奪

第56話 喜べない

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「お、おい‼様子が変だぞ ! 」

 突然仰け反りながら鳴き声を上げるクロノスを前に、辛うじて残っていた傭兵たちは目を丸くした。そして地鳴りのような震動と共に倒れ、視界が覆われそうになるほどの砂埃を巻き上げて動かなくなると、待ち望んでいた瞬間が来たのかもしれないと彼らは期待を抱く。

 そんな外の様子など知った事ではないベクターは、段々と溶解を始めるクロノスの肉体の中を歩いていた。ムラセを抱きかかえており、背後ではアーサーも警戒を続けている。

「これはマズいのか ? 」
「ああ。チンタラしてたらこの肉のヘドロで埋もれ死ぬことになるぞ」

 経験したことの無い状況に切羽詰まるアーサーへ、このまま脱出できなかった場合に起きる事態をベクターは伝えてからムラセを見た。

「大丈夫か ? 」
「あ、歩けるのに…」
「そんな怪我じゃ大して早く動けんだろ。のんびりしてられないんだから文句言うな…さて、どうするか」

 強がるムラセに言い聞かせてからベクターが周囲を見回している時、自分達が来た方向とは真逆の通路からサヴィーノ達が手を振って走って来る。

「おーい ! 無事だったか」 
「あんた達もな。だがあまり喜べる状況じゃない」
「分かってるさ、来いよ。もしかしたらこっちから全員で出られるかもしれねえ。さっきようやく見つけたんだ」

 サヴィーノの言葉にホッとした様な顔をしたベクターとアーサーは彼の後に続いて溶けかかっている通路を進む。段々とクロノスが飲み込んだらしい残骸やガラクタは消え失せ、あまり正体を推察したくない焦げ茶色や黄土色の、妙に生暖かく柔らかい物体が辺りを埋め尽くしている場所までやって来た。

「これ買ったばっかなのに…」

 泣き言を言いながら大金をはたいて買った靴や服を汚して進むベクターと、彼を憐れむように見つめるアーサー達が辿り着いた先には他の者達も集結していた。彼らが何やら準備をしている場所には一か所に皺が集まり、それらが強固に引き締まっているおかげで塞がっている穴らしきものが見える。

「…あれって絶対――」
「やめとけ」

 何かを察したベクターが言おうとするが、装備の重さに行きを荒らげながらアーサーが止めた。

「よし、準備が出来た ! 」

 彼らはその閉じ切った”穴”にプラスチック爆弾を設置し、付近にありったけの手榴弾などを寄せ集めていた。アルが用意を終えたらしく叫ぶと、起爆用のスイッチを持ったままこちらへ近づく。

「ご開帳と行こうぜ」

 準備が出来たと分かるや否や、ローマンもにやけながら全員に報せる。間もなく全員で付近に山積みになっている茶色い物体の裏に隠れた。

「昔…爆竹とロケット花火を、カエルや小動物のケツの穴に突っ込んで破裂させる遊びをやってた」

 ベクターが隠れながら喋り出した。

「たぶん世界初だぜ。デーモンのケツの穴を爆弾で吹き飛ばすって」
「ダハハ‼ちげえねえ」

 ベクターとサヴィーノの他愛もない会話を余所にアルがスイッチを起動する。たちまち爆発が起き、外で様子を窺っていた傭兵や、飛空艇から降り立っていたシアルド・インダストリーズの兵士達も仰天して横たわるクロノスの背後へと回り込む。モクモクと黒煙を上げる尻に近づきつつ銃を構えていた時、煙の中から声が聞こえた。

「おえ~…もう洗濯すりゃいいって問題じゃねえな」
「最悪、髪に付いた ! 」
「ムラセ、傷口には…付いてないか 。よし、ならいい」

 口々に言いながらベクター達が外に出ると、兵士達は銃を降ろして後方へと下がる。

「オイ、お前ら」

 少し遅れてからアーサーも現れ、兵士達に大声で呼びかけた。

「コアが破壊された。今のうちに取れるだけデータを取れ。すぐに消滅するぞ」
「しかし奴らは ? 」

 アーサーの指示に間髪入れず兵士の一人が問いかけた。その視線の先にはベクターや物騒な傭兵たちの姿がある。

「ほっとけ、怪我人がいるそうだ。助けてやる義理は無いが、足止めする理由もない」
「了解です…ただちに収集を始めろ ! 」

 指示を受けた後に、こちらを無視して作業を始めるアーサー達に背を向けると、ベクター達は僅かに残っている装甲車の群れへと向かう。最初に比べてかなり数が減っていた。

「頭数が随分と寂しいな 」

 ムラセを後部座席に乗せてからベクターが話しかける。

「残ってる奴ら以外はみーんな踏み潰されて仏になったよ。ま、一段落ついた事だし、さっさと行こうぜ」

 運転手も物悲し気に返答するが、すぐに気を取り直して搭乗を促す。ベクターもそれに応じて乗り込んだが、酷く汚れたその姿に運転手は顔をしかめた。

「シェルターに行ったらまずは消毒だな」

 視線を感じながらベクターは呟き、そのまま走り出した装甲車の中でムラセの様子を見ながら到着を待ち続ける。



 ――――ベクター達がいた地点から数十キロ程離れた地点にあるスクラップ置き場では、廃材の中を漁る人影がまばらにあった。追剥ぎやガラクタを集め、なけなしの金を得ようとしている彼らは、比較的ではあるが穏健派に位置づけられる”ネズミ”の一派である。

「どうだ ? 何かあったか ? 」
「ダメだ。目ぼしい部品や素材は全部取られてる。ただの粗大ゴミだよ」

 リーダーと思わしき男が叫ぶが、比較的若い新人は面倒くさそうに答えた。近くにあったスプレー缶を蹴飛ばし、そのまま廃材の山を滑り降りると、自分がいた場所とは正反対の位置にある廃棄物の山を眺める。

「あそこって誰か調べたのか ?」

 ふと気になった新人は、もしかしたら見落としているだけで何かあるかもしれないと考えつく。そして目的地と自分がいた瓦礫の山の間にある空き地を呑気に歩き出した。企業勤めに疲れて飛び出したは良いが、そこで待っていたのは食う物にさえ頭を悩ませる毎日だった。安定と引き換えに手にした物がゴミ漁りとは、かつて自分がバカにしていたホームレスと同じじゃないかと自嘲していた時、どこからか風が吹き始める。

 直後に目の前で落雷が起こり、あり得ない程の衝撃で新人は元いた場所に叩きつけられてしまった。

「何だ…⁉」

 ぶつかったせいで鈍痛に苛まれる頭を抱え、チカチカする視界を必死に落ち着けた彼が見たのは、白煙が立ち込める空き地に出来たクレーターとその中央にいた全裸の女性だった。

「はぁ…空気が淀んでいるし、臭いし…よくこんな所で生活出来るわね…」

 女性は腰に手を当て、周囲にある残骸を見渡して愚痴を零す。どうすれば良いのか判断に困っていた新人だったが、うっかり物音を立てた事で彼女に気づかれてしまう。目が合った瞬間、彼女のぎらついた紅い瞳が垣間見えた。間違いなく人間ではない。

「…ああ、どーも。着替えとか持ってる? あと酒」

 彼からの視線を感じた女性は早めに服を着た方が良いと考え、手を振りながら笑顔で彼に話しかけた。
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