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パート2:ターゲット

第23話 ギブアンドテイク

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「…おいおい…嘘だろ!?」

 床で寝そべっていたファイだったが、突然身震いを一つしてから飛び起きる。そして極端にソワソワしながら喋り出した。

「お前も気づいたかファイ。これほどまでに強大な力を感じさせるとは…間違いなく”深淵”からだろう」

 ドイラーは相変わらず凛々しく座っていたが、思う所があるらしくファイに話しかける。一方でティカールはいつも通り、目を開けることなく熟睡していた。彼らがいたのは行きつけのバーであり、その近くのテーブルではムラセが彼らのやり取りを聞いていた。

「深淵って何ですか ? 」

 小振りなビールジョッキを手に持ったまま、ムラセは彼らの前へしゃがみ込んで尋ねた。

「…信じるかどうかは分からないが、お前達人間でいう所のデーモンは元々違う世界に住んでいる生物だった。ここまでは良いな ? 」

 ドイラーは嫌な顔をする事なく説明を始めるが、大前提となるらしい解説でさえムラセには少々信じがたい物であった。空想の物語を聞いている気分のまま、彼女は複雑そうな表情でゆっくりと頷く。

「そこは魔界と呼ばれる場所だ。かつては人間達のいる世界と分け隔てられていたが、この数百年の間に突如として融合を始めた。各地にデーモンが出現しているのはそういう事だ…だが、人間達が戦っている相手は氷山の一角に過ぎない」

 ドイラーは静かな口調と共にムラセの近くを歩きながらデーモンについて語る。その間、彼女は手に持っていた酒の事など忘れ、生唾を飲むような心持で彼の動向を追っていた。

「現在、融合が進んでいるのは表層とされる空間。魔界の中でも比較的穏やかな場所だが…問題はそこからさらに深く潜った先、屈強なデーモン達の巣窟だ…それこそが”深淵”。牛耳っている奴らの強さは、現世に蔓延っている雑魚共の比ではない」
「へ、へぇ~…」

 ラ・ヨローナや他のデーモン達を目の当たりにしていたムラセは、あれ以上に恐ろしい相手がまだいるのかと少し青ざめる。そして、少々別の事へと興味が移り始めていた。

「凄く詳しいですけど、何でそんなに色んな事を知ってるんですか ? 」
「はぁ ? ねえちゃん俺達を見て何とも思わないワケ ? 俺達ぁ魔界出身のケルベロス一族様よ ! おまけに生まれも育ちも”深淵” ! 」

 ムラセが疑問を呈した直後、大きく口を開いたファイが調子よく大声で名乗りを上げた。

「…殺されかけたから逃げて来たんだけどねえ~」

 その背後で随分のんびりした声が聞こえる。慌てて振り向けばオットリした様子でこちらを見ているティカールがいた。

「てめえ…口開けば余計な事しか言わねえなデブ… ! それバラしちまったら、この小娘にも見下されちまうじゃねえか ! 」
「ア、アハハ…大丈夫ですよ。見下したりなんかしませんから…」
「いーや嘘だ ! どうせ『どや顔で自己紹介してイキってた癖に見た目通りの負け犬かよ、ザーコ』とか思ってんだろ ! エーン、ご主人~!! 先祖様に顔向け出来ねえよ~ ! 」

 黒歴史をバラされたことで自暴自棄になったファイは、ムラセからのフォローも足蹴にしてカウンター席に着いているリーラへ駆け寄った。

「ねえ、少し話をしてるから静かに出来ない ? 」
「あ…ハイ…」

 そのようにして彼女からは突っぱね返されてしまい、渋々ムラセの元に戻って来たファイは落ち込んだように床にうずくまる。よっぽど耐え難い過去があったのだろうと憐れむ一方で、扱いが面倒くさいなとムラセは感じた。そのまま落ち込むファイを撫でていた彼女を、リーラは一度だけ微笑ましそうに見つめる。

「仲良くできそうね、あの子たち」
「『仲良くできそうね』、じゃねえだろ。まず俺に何か言うべきだと思うが? 」

 改めて隣の席へ視線を戻すと、不機嫌そうな様子でグラスを弄っているベクターがいた。リーラに対して何か求めているかのような発言をしながら、彼女を訝し気に睨んでいる。

「私に返さないといけない借金が五億ギトル残っているって話 ? 」
「…あ~、いや。そっちじゃなくて…フジだよフジ。どういうつもりなんだ ? 」

 こちらもまた、掘り返されたくない話を必死に誤魔化そうとしていた。ベクターは残りの酒を一気に呷ってからフジが話していた情報の真偽を確かめようとする。 

「あなたこそ。彼ったら血まみれで私に泣きついたのよ。あなたに殺されかけたって…まあ自業自得だとは思うけど」
「見逃してやったのに殺されかけたとは失礼なヤツだな。で、どうなんだよ ? お前がアイツを唆したってのはマジか ? 」

 フジから苦情を入ったと告げられるベクターだったが、特に悪びれる様子もなくリーラへ再度聞いた。彼女は静かにキセルを咥えて一息吸い込むと、大きく白い煙を吐き出す。

「…悪い ? ああでもして理由を作らないと会いに来てくれないでしょ ? 」
「チッ、しょうもねえ…新しい男をいい加減見つけろよ。金遣いの荒いヒモはお断りなんだろ ? 」

 リーラは少し寂しげな声で理由を話した。しかし、そんな勝手な都合で貧乏くじを掴まされた自分の苦労をベクターは馬鹿らしく感じ、遠回しに縁を切ってくれと彼女へ促す。金遣いの荒いヒモとは、彼らが交際関係を終わらせる事になった際に彼女から言われた言葉だった。

「私たちは恋人以前にビジネスパートナーよ。貸したものぐらいは返してもらわないと困るわ…一人にだけ例外を許してしまったら、他の子達に示しがつかないもの。あなたにだっていい稼ぎ口を教えてあげてるんだから、恨まれる筋合いはない」

 リーラは睨みを利かせながら仕事に対する考えを述べる。そしてベクターへ改めて今の関係性を確認させた。立場の都合上、反論が出来ないベクターはせめてもの抵抗として苦々しい顔で呆れた様に首を横に振る。

「マスター、このつまみ絶品だなあ ! 」
「ありがとうございます。セロリの酢漬け…肴にも良いし、口直しにも使える。何より簡単に作れるんです」

 タルマンはそんな気まずい空気も露知らず、バーの店主に対して料理を褒めていた。満更でもなさそうに老紳士といった風貌のマスターが礼を言って解説をしていた時、設置されていた電話が勢いよく鳴りだした。失礼と一言だけ詫びを入れて会話を中断し、マスターが受話器を耳に当てる。

「…オーナー。話がしたいとの事です」

 そして間もなくリーラへ受話器を貸した。コードを伸ばして受話器を耳に当てたリーラは、軽く相槌を打ってからベクターを見て少し笑う。

「――ええ、一人心当たりがいる。返事があり次第連絡を入れるから、いつでも応答できるようにね」

 そう言い残して電話を切ると、リーラは怪しげな笑みと共にベクターの方へ向いた。

「シェルターの外で未確認のデーモンですって。調査と現場にいるハンター達の救助をしてくれる人が欲しいとか。しかも腕の立つ子が」
「…はいはい。おーい、二人とも行こうぜ」

 怠そうな返事と共にベクターは立ち上がってムラセ達へ呼びかける。酔いが回っているのかムラセは少し顔を赤らめており、タルマンに至ってはカウンターで馬鹿笑いしながら食事を続けていた。しかし、何とか立ち上がって出発の準備をしようと移動を開始する。

「気を付けろよベクター。たぶんだけど、お前が遭ってきた連中とは比べ物にならんくらいに強えぜ…」

 ベクターの足元へ近づいていたファイが少々気圧された様に話しかける。先程自分が感じた強力な気配の正体が、リーラの言う未確認のデーモンだと彼は推察していた。

「ま、何とかなるさ」

 対してベクターは、期待などしてないかのような物言いで席を立つ。そのような触れ込みの情報で、期待を上回る様な物に出会った事が無い故の無愛想な態度である。そして今回もまた同様だろうと考えていた。ソレと対峙するまでは。
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