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パート2:ターゲット

第22話 インタビュータイム

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「う…ん…」

 車に連れ込まれてから気絶させられたフジは、項垂れながら目を覚ましかける。しかし、何か体中が引っ張られているかのような感覚に苛まれた。やがてそれは鋭い痛みと熱に変わり、すぐにでも起きなければならないと本能へ働きかけていく。

「…うわああああああ‼」

 目を開いたフジが見たのは、強固な縄に括り付けられた釣り針が全身に刺さっている痛ましい自身の姿であった。ご丁寧に鏡まで用意されており、血を流している自分の肉体が十二分に映し出されている。縄は殺風景な部屋の様々な箇所に留められており、下手に引っ張ろうとすれば釣り針によって皮膚が裂けそうになってしまう。

 自分と共に連れてこられたらしいシアルド・インダストリーズの手先であるドワーフの男は、縛られた上に口を塞がれた状態でこちらを見ていた。恐怖に引きつり、涙を浮かべている点からこんな体にされるまでの一部始終を見させられていたのだろう。フジは痛みに耐えながら彼へ同情していた。

「ホントにあそこまでする必要ってありました ? 」

 どこかから声が聞こえた。年の若い女。自分へ助け舟を出してくれた少女だろうとフジは予測する。

「覚えておけ、”ナメられたら負け”だ。ああいう馬鹿は隙を見せたらどこまでも付けあがって来る」

 もう一人の声も聞こえてくる。苛立ちと呆れも窺えたが、決して激昂はしていない男の声だった。暫くすると、部屋のドアが開いてベクターとムラセが入って来る。ムラセは彼の背後におり、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

「調子はどうだ ? まあ、いい訳ないか…ハハ」

 ベクターは笑っていた。当然フジは彼からの問いに答えられるわけも無く、ひたすら苦痛に耐えながら彼を睨む。

「何で俺がこんな目にって顔してるな。とぼけてんのか、あ ? 」
「…うう」

 笑顔が急に消え、ベクターが若干眉間に皺を寄せて言った。フジはひたすらに項垂れて彼の顔を見ようとしない。

「心当たりがあるだろ。俺の連れのドワーフがさ、お前にデマを掴まされたって報せてくれてよ。これがそこらの情報屋なら『間違いぐらいあるだろ』とか言って庇ってやるんだが…よりにもよってホラ吹きで有名なお前だからな。散々やられても、これまでは目を瞑ってやった。だけど、限度ってのはあるからな」
「ゆ…許してください…魔が差したんです… ! 」

 ベクターが凄みながら話していると、このままでは何をされるか分かったものではないと悟ったフジが叫ぶように言った。

「ベクター、出来たぜ」

 再びドアが開き、タルマンが何やら若干濁っている液体をコップに入れて持ってきた。

「おうサンキュ。さてと、魔が差したっていうのは ? 」
「あ、あの人攫い連中には借金をしてまして… ! そんな時にあなたの御友人だという方が来たんです…もしかしたら、上手く誘導して潰し合い…ああ、言い方が違った。奴らを何とかしてくれるかもって… !」

 コップを受け取ったベクターは壁に寄りかかり、改めて彼の発言の真意を問いただす。フジは必死に自分の目的を洗いざらい吐いたが、ベクターは表情一つ変えずにそれを聞いていた。

「…誰かに入れ知恵されたか ? 」
「え ? 」
「お前みたいな他人に尻尾振る事しか出来ないヤツが、そんなアイデアを思いつくとは思えない。仮に出来たとしても実行するだけの度胸がある訳ない。で、誰だ ? 」

 想定していなかった質問にフジは押し黙った。ここで白を切ってしまえば済むというのに、彼の対応はベクターを相手取る上で一番の悪手だった。黙るという事は都合の悪い何かがあるに違いない。ベクターはそう考える男だったのである。

「これ、何だと思う ? 」

 ベクターはコップを近づけた。

「特製のジュース。食塩水とレモンをさ、混ぜてんだよ」

 そう言いながら立ち上がり、ベクターは釣り針が食い込んでいる皮膚へと特製のジュースとやらを軽く垂らした。熱い。そしてひりつく様な痛みが一気に襲って来た。悶えたい一心だったが、動いてしまえば引っ掛けられた釣り針によって皮膚が千切れそうになる。そこへジュースがさらに染みてしまい地獄が続いていく。

「うああああ!!…っはぁっ!!…はぁ…はぁ…」
「お前に余計な事を吹き込んだのは誰だ ? それともコイツの量が足りなかったか ? 」

 泣き叫ぶフジの髪を掴み、ベクターはコップをチラつかせながら問いただす。コップの中には十分すぎる量が残っていた。ムラセは少し引き気味な様子で壁に寄りかかって様子を見ている。

「うう…待ってくれ ! リーラって女だ ! 風俗で働いていて…その女からアドバイスを受けたんだよ ! 」
「…はあ ? 」
「ホントさ ! 何なら本人に聞いてみれば良い ! 第八エリアにあの女の店がある ! 」

 知人の名前が出た事にベクターは戸惑ったが、必死そうな様子からして嘘では無いらしい。

「あいつ何がしたいんだよ……もういいや。タルマン、こいつ放してやってくれ」

 少し考える様に頭を掻いたベクターは、タルマンにフジを解放してやるように言った。恐る恐るタルマンはフジへ近寄り、慎重に釣り針を外していく。外す際もやはり痛むのか、時々鋭い悲鳴が上がった。

「んむー ! むー ! 」

 シアルド・インダストリーズの手先がガムテープで塞がれた口を必死に動かして何かを言っていた。当然、何が言いたいのかなど見当もつかない。

「ああごめん、忘れてた」

 ようやく存在を思い出したベクターが彼の口に貼られていたテープを勢いよく剥ぐと、まとめて幾らか髭もむしり取れてしまう。

「クソッ…何で俺まで…!?」
「あー。何というか、ノリ」

 戸惑う彼にベクターは素っ気なく伝えた。そのまま目の前に椅子を持ってきて座ると、手当をされているフジへと目を向ける。体の各位に当てられているガーゼはすっかり血に染まっていた。

「痛そうだよな…てか、痛いんだよアレ。昔、食らった事あるんだ」

 ベクターは冷めきった表情を変えることなく話を続ける。

「お前のとこのボスに会いたいんだが何とか出来ないか ? あの娘について少し話がしたい」

 その要求に対して、手先である男は自分に可能な範疇にあるかどうかを必死に考える。舎弟たちを抱えているとはいえ、どこまで行こうが下っ端である。正直な所、そんな自分のためにボスであるルキナが手助けをしてくれるとも思えなかった。

「無理か ? じゃあ良いや。ムラセ ! 釣り針の準備するから手を――」
「ま、待て ! 少し猶予をくれ ! 必ず話し合いが出来るように仕向ける ! 」

  ダメそうだと判断したベクターがフジと同じ仕打ちを受けてもらおうと動き出した時、男は必死に呼びかけた。背を向けていたベクターは足を止めて静かに振り返る。

「二日やる。良いな ? それ以上の延長は認めない」

 ベクターから随分とキツイ執行猶予を科せられた男は、すぐにでも待ってくれと交渉したい気分で一杯だった。しかし、ベクターのこちらを見る視線がそんな物を許してくれる様な温かいものではない事に気づき、すぐに自分の考えを改め直す。

「え…いや、はい…」

 言い淀みながらも何とか返事をした男を見て、ベクターは軽く縦に頷いてから縄を解いて彼を解放する。そのまま建物の外に連れ出そうとした直後、いきなり壁際に彼を叩きつけた。

「遅れるか逃げる様な真似してみろ。どんな手段使ってでも見つけ出してやる」

 そのままひっそりと、しかし重々しくベクターに釘を刺される。見つけ出した後にどうなってしまうかなど、既に教えてもらう迄も無かった。



 ――――遠方の遥か離れたとある荒野には、かつては栄えていたのであろうテーマパークの跡地が物悲しく残り続けていた。錆の生えきった建造物や動かなくなったアトラクションを探索していた少数のハンター達は、アサルトライフルを構えながら周囲のガラクタを引っ掻き回していた。

「やっぱ、大した事無かったわね」

 リーダーである女性が不満げに空き缶を蹴飛ばしてから愚痴をこぼす。

「しょうがねえだろ。もう長い事放置されてる…目ぼしい物はとっくに無くなってるだろうさ」

 隣にいた男は彼女へ推測を語りつつ、他の仲間達と連絡を取ろうとしていたがどうも繋がらない。何かあったのかと不思議に思っていた時、廃墟となったドーム状の建築物から壮年のハンターが走って出て来た。顔の片側からは出血をしている。

「…なんて事だ… ! あんなバケモンがいたなんて…」

 息も絶え絶えに二人を見つけた直後、ドームを勢いよく突き破って何かが飛び出す。細長い形状だったそれは、よく見れば翼を器用に細長い肉体へと巻き付けているデーモンであった。ドリル上に巻き付けていた薄い翼を広げると、ナナフシを思わせる華奢な肉体を露にした。もっとも、人間と比較をすればその巨大さは一目瞭然だったが。

「何よ…あれ…」

 アサルトライフルを構えていたものの、女性は確かに慄いていた。そんな彼らの存在に気づいたのか、デーモンは空中で自身を覆っていた翼と細長い腕を広げて鳴き声を轟かせる。耳を痛めてしまいそうな程の金切り声であった。
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