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パート1:ようこそ掃き溜めへ

第14話 息抜き

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 しばらく歩き続けるベクター達だったが、これといって大きなトラブルは起きなかった。時折デーモンが徘徊しているのを目撃したが、あっさりと倒せたために張り合いも無く、段々と退屈さがベクターの顔にも出始めていた。

「ふぁ…」

 ベクターの欠伸だった。初めて遭遇する未知の怪物たちに戦々恐々としていたムラセは思わず彼を見てしまう。

「…つまんねえ」
「どこがです!?」
「どこもかしこも」

 ベクターがこぼした愚痴にムラセは驚きながらツッコミを入れるが、大した返しはされなかった。ベクターはムラセの背後に回り、バックパックの中に入っている入手した素材を見て溜息をつく。

「下級デーモンのコアと体の部位ばっかじゃ金にならないんだよ。もっと大物がいないもんかね」

 コアとは多くのデーモン達が持つ心臓に該当する素材である。膨大な魔力を凝縮した物質であり、様々な兵器や設備のエネルギーとして利用されるようになっていた。強大なデーモンである程、コアの持つエネルギーも大きくなるため市場でも高値で取引されている。

「そんなに出てこない物なんですか ? 強いデーモンって」
「連中は意外と賢くてな。そういうデカい奴は余程でもない限り姿を現さない。出現するにしても、条件があるせいで簡単には活動できないんだと。あのお喋りワンコ共が言っていた」

 お喋りワンコとはリーラの元にいた三匹の怪物の事だろうかと、ムラセは思い返しながらベクターの後に続く。すると、彼が突然立ち止まって街のY字路に建てられている施設を凝視していた。

「せっかくだし探索しないか ?」

 ベクターの声色は心なしか明るくなっている気がした。

「ええ ? 」
「このまま雑魚狩りやってても小銭稼ぎにしかならないしな。気分転換も兼ねてだ。運が良ければ、高く売れる掘り出し物だってあるかもしれない」

 戸惑うムラセにベクターは笑いながら話すと、先程まで見ていた施設へと歩き出す。どうやら大型商業施設だったらしく、放置されたままのポスターや捨て置かれたシミだらけの看板が出迎えてくれた。バーゲンセールを行う予定だったらしい事が、書かれている内容から判別できる。

「ん…鍵掛かってる」

 ベクターが軽くドアを揺すってみるが、施錠されていたらしくガタガタというばかりで開く様子はない。しかたなく建物の側面に設置されている割れたショーウインドウから二人は内部へと侵入した。

 当然だが施設はもぬけの殻となっており、バリケードに使っていたのかは分からないが、窓にはベニヤ板や角材が貼り付けられていた。ドアに関しても椅子を引っ掛けて外部からは開けられない様にしている。

「…まさか敵がいたりしませんよね ? 」

 逃げ場のない空間に入り込んでしまった事で、ムラセは不安に駆られているらしかった。

「成程、じゃあ試すか」
「へ ? 」

 ムラセが呈した疑問に対して、確かに警戒は大事だと考えたベクターは呟く。そしてムラセが真意を問いただして来るより前に、彼女のホルスターから拳銃を抜き取ってから数発、天井へ向けて発砲した。間もなくどこかから呻き声が聞こえ、インプの群れが店の奥や、すっかり動かなくなったエスカレーターから雪崩の様に押し寄せてくる。

「そーら、おいでなすった」
「うわああああああ!!」

 絶叫するムラセだったが、ベクターはヘラヘラとした様子でオベリスクの柄に手を掛ける。アクセルを回してエンジンを始動させると、ムラセに隠れているよう伝えてからデーモン達へ斬りかかって行った。薙ぎ払うように彼らの胴体や四肢を切断していき、飛び散る血飛沫が服やガスマスクを染め上げていく。ムラセが唖然としている内に殺戮は終わり、ベクターは再びオベリスクを背負い直していた。

「じゃ、探索しよーぜ探索」
「あ、待ってくださいよ ! 」

 一仕事終えたベクターがそのまま店の奥へ歩き出し、怯え切ったムラセも慌てて彼に追い付いていく。食料品売り場だったらしく、荒らされた陳列棚が所狭しと並べられており、生鮮食品用の売り場には蠅が集っていた。

「くさ…」

 ムラセが少しだけ顔をしかめる。

「まあ、野菜や肉には期待してないさ。こういうので見ておくべきは…保存食」

 ベクターがそう言いながら向かった先の棚は、缶詰やインスタント食品が置かれていたのであろうコーナーだった。とは言っても、彼と同じ考えをしていた人々は多かったようで棚は綺麗さっぱりと空になっている。

「…お ! ってなんだ…ほうれん草か…」

 棚の隅に残っていた缶を嬉々とした様子で拾い上げたベクターは、すぐに落胆しながらそれを戻した。ほうれん草のイラストが描かれている緑色のラベルだったが、所々黄ばみが目立っている。かなりの年月が経っているらしかった。

「いらないんですか ? 」
「これマズいから嫌い」
「…こんなご時世に好き嫌い言いますか ? 普通」

 そんなやり取りをした後に、ムラセは結局バックの中へ缶詰を仕舞う。その後もエナジーバーや乾パンなど、手に入るだけの使えそうな食料を詰めた後に酒売り場へと二人は足を運んだ。

「重たくないか ? 」

 彼女を気遣う事に照れくささを感じているのかは分からないが、ベクターは素っ気なく言った。

「大丈夫です。力仕事は慣れてますから」

 ムラセも同様で、彼に対して遠慮がちに言い返す。雇って欲しいと自分から言い出したにも拘らず根を上げてしまえば、失望されてしまうかもしれないという懸念から来る意地であった。

「そ、そうか……おいムラセ、これ見てみろ ! 」

 存外強情な奴だとベクターが思っていた矢先、散乱している棚から何かを掴むと嬉しそうにムラセへ披露する。七面鳥が描かれたラベルが特徴的な琥珀色の酒であった。

「俺の好きなヤツ。三本も残ってるし、八年物だ ! タルマンも喜ぶぜ」

 代り映えのしない仕事内容に飽き飽きしていたベクターだったが、ようやく面白い発見が出来た事に胸を躍らせた。見つけた酒の内、二本は売り飛ばして残りに関しては自分達が頂こうと決意した後で彼女に渡す。

「へー、良かったですね」
「なんか…興味ないって事だけはしっかり分かった」

 彼女の非常に簡素な答えは「どうでもいい」と告げられているようで、ベクターにとっては少しショックであった。それはそれとして金にはなるという事でバックに入れさせてから、ベクターはそろそろ外に出るかと考え始める。その時、どこかから銃声が響き渡った。

「…今、何か音がしませんでした ? 」

 直後にムラセが背後から語り掛けて来る。冷や水を浴びせられたように浮かれ気分が消え失せ、ベクターは彼女の方を見た。天井を見ながらムラセは音の原因を気にしており、まだ何かいるのかと足が竦みそうになっている。

「すぐに出るか、様子を見に行くかだ。どうしたい ? 正直に言ってくれ」

 自分が決めても良かったのだが、ベクターは敢えて彼女に聞いてみる。自分と仕事をするのであれば、意見ぐらいは言えるようになっておいて欲しいという彼なりの頼みが反映された結果だった。

「……い、行きましょう ! もしかしたら生存者かもしれないですし…」

 ベクターがいるなら大丈夫だと判断したのか、少しだけ考えたムラセは決意した様に言った。判断するまでの速さ、その選択をした理由、選択肢から分かる度胸などをベクターは考慮しつつも彼女に応じ、動かなくなったエスカレーターへと向かう。そして銃声が聞こえた上の階へと足を運んだ。

 彼らが最終的に辿り着いた三階は衣料品や雑貨を取り扱っていたらしいが、一階と同じように人気は無かった。唯一違ったのは建物の外壁が大きく抉れており、その階全体が外部から丸見えな状態となっている事である。

「絶対何かいるな…」

 やけに開放感のある破壊された箇所へ近づきつつ、ベクターが苦笑い気味に言った。一方、ムラセは周りに不審な点が無いかを確認し、特に問題無さそうだとベクターへ近づいた。

「壁だけじゃなくて、床や屋根も一部無くなっているって事は…上から毟る様にして建物が掴まれたのか ? うーん…」

 ベクターは何やら推測しているらしく独り言を呟き続けていた。少しすると、休憩でもしたくなったのか室内の物色に戻ろうとする彼だったが、突然ムラセの肩を掴んで自分の背後へと回る様に促した。

「どうしたんですか ?」
「良いから。離れるなよ」

 慌てるムラセに対して、声を静かにしてからベクターは告げる。そしてオベリスクの柄を握りしめながら先の方にある従業員用の出入り口を睨んだ。やがて静かに開いた扉からは、腹部から酷く出血をしているハンターが足を引き摺って現れる。彼の手には、先程の銃声の正体と思わしき拳銃が握られていた。
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