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パート1:ようこそ掃き溜めへ

第3話 殺戮無双

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「…おい」

 戻って来たベクターは、再び毛布にくるまっているタルマンの足元を軽く蹴った。

「んあ…何すんだぁ」
「ホントに二度寝する奴がいるかよ」

 寝ぼけた様な口調で起きるタルマンをベクターはふざけた口調で馬鹿にした。

「それより行って来たんだろ。どうだった ?」
「取るにも足らない雑魚ばかりだったよ。死体は全部くれてやった」

 起きてから後片付けを始めたタルマンは、成果はあったかと聞いてみるがベクターは首を横に振ってからガッカリだったと告げる。

「死体から少し貰ってくりゃ金にはなっただろうに…」
「荷物を増やすのも面倒じゃないか ?それにこれからデカく稼ぐんだ。そんなチンケな事気にしてられないだろ」

 勿体なさげに肩をすくめるタルマンに対してベクターは笑いながら言い返す。その選択を後悔する事になるとも知らずに。その後は焚き火の始末をした後に、二人はゴミや毛布などのかさばる物をその場に残して僅かな荷物と共に歩き出した。

「それより情報は間違って無いのか ?」
「情報屋から聞いたんだ。この辺りに貨物運搬船の停泊所があるだろ ?時たまそこに現れる黄土色の機体が、なんでも非合法な物資の密輸に使われているらしい。表向きは商業用の輸送船だがな」

 歩きながらベクターが計画に必要な情報の信憑性を疑う。一方でタルマンは、今一度しっかり確認させるために、声をデカくしながら詳細を語った。

「情報屋 ?高かったろ、どこに頼んだ ?」
「あ、ああ…知り合いに頼んで…まあ結構な額だったがよ。でもこれが成功すれば鼻で笑えちまう程度の金だ」
「…ならいいけどな」

 腕の悪い情報屋じゃなければ問題は無かったが、やはり出費はかなりの物だったらしい。ベクターから心配そうに問われたタルマンは思わず言い淀んだ。

「お、見てみろ」

 そのまましばらく高台を歩いていた二人だったが、やがて崖下に停泊所と思わしき場所が見える。簡易的なバリケードによって四方を囲んでおり、敷地の中には非常にシンプルな造りの店舗と数隻の飛行艇があった。デーモンが蔓延っている地上を進むのは強力な装備を持つ装甲車両でないと難しく、近年はこの様な飛行できる機体を使った方が安全だという理由で採用する組織や企業が後を絶たない。空中を飛行するデーモンの中で強力な種が滅多にいないという点も大きかった。

「黄土色の機体…あれか。タルマン、お前も見てみろ…デッキの方だ」

 双眼鏡から目を離したベクターは、タルマンに渡しながら標的である機体を見るように促す。不思議に思ったタルマンが双眼鏡を使ってみると、情報の通りの機体を確認できた。デッキには数名の武装した人影があり、両手には物騒な銃火器を携えている。

「ただの商業用機体にしては、やけに厳重だと思わないか ?」
「ああ、おまけに持ってる銃。最近出回り始めたブツだ…コストを抑えるのに必死な企業や、そこらの商人程度が幾つも買えるような代物じゃない。たぶん当たりだぜ」

 厳つそうな見張り達の佇まいから、只者では無い事をベクターが見抜く。それと同時にタルマンも違う観点から飛行艇が民間人の物ではないと断言した。

「よし決まり。手筈は覚えているか ?」

 立ち上がって気合を入れ直したタルマンが尋ねた。

「乗り込んで機体ごと奪う。楽な仕事だよ」

 首を鳴らしながらベクターもそれに答えた。そして左腕を再び変形させ、今度は三本指状の鉤爪へと姿を変えさせる。

「…何つーか、ホント便利だよな。その腕」

 呆れたように笑いながらタルマンは言うと、ショットガンに装填された弾薬を確認した。

「お前も欲しいか ?」
「そのために左腕切り落とす度胸はねえ。やめとくぜ」

 揶揄うように腕を見せつけながらベクターは聞き返すが、タルマンは苦笑いで断ってベクターにしがみ付く。そして地面に鉤爪を食いこませてから、ベクターは一気に崖から飛び降りた。緩やかに伸びていく腕のおかげで勢いが付きすぎる事も無く、ゆっくりと地面に着地してから二人は近くのゴミ捨て場へ身を隠す。

「やけに静かだな」

 ショットガンを握りしめながらタルマンが言った。

「たぶん貸し切っているとかじゃないか ?密輸なんて危なっかしい商売してるんだ。他の人間にバレた時のリスクを考えないってのはあり得ないだろ…それかここの連中もグルだった、とかな」

 背負っている大剣の柄を時々握って警戒しながらベクターも推測を語った。そのまま物陰や暗がりへ潜んで行きながら、標的である機体の付近へ辿り着いて先程と同じように左腕を変形させて伸ばす。先端の鉤爪は見事、飛行艇のデッキに取り付けられている手すりを捉えた。

「念のために聞くが、防弾チョッキとヘルメットは ?」
「心配ご無用。バッチリだぜ」

 タルマンと最終確認をしてから、伸びた腕を縮める事で一気に飛行艇の甲板へと昇っていく。無事に昇り切った二人は、付近の積み荷に身を隠してから辺りを窺った。先程と変わらず、退屈そうな様子の見張りが二人程残っている。タルマンへ「隠れてろ」と指示を出してから、ベクターは堂々とデッキへ躍り出た。

「どうも」
「…な、なんだお前は!?」
「いやいや。何だか暇そうにしているのが見えたから、話し相手にでもなってやろうかと」

 突如現れたベクターの姿に、見張り達は驚き隠さずに銃を構える。ベクターは彼らを宥めつつも、挑発的な態度は崩さずに話し掛け続けた。

「ねえ…コイツ、もしかして話に聞いてた死神って男なんじゃ…」

 背中に見える大剣から女性の見張りが不安そうに隣の男に言った。

「ピンポーン、たぶん当たり。まあ…正解でも特に賞品は無いけど」
「う、嘘だろ…!?」

 明るい調子でベクターが反応すると、見張り達は一気に強張りながら銃を構え直す。

「一発だろうが撃てば俺もやり返すぜ。それとも、一撃で仕留める自信があるか ?」

 こちらへ銃口を向ける相手側に対して、ベクターは少しトーンを落として警告する。ガスマスクのせいで表情が読めない彼の姿は不気味な雰囲気を纏っており、見張り達も躊躇いを隠せなかった。

「ハハ…まあ、のんびり行こうぜ。それにしてもいい飛行艇だよな。こんだけのデカさがあれば色々積めそうだ…例えば、表沙汰に出来ないアウトな代物とか――」
「やはり狙いは”商品”か… !誰の差し金だ !」
「わお、ビンゴだった。誰の手先でも無いさ…ただの小遣い稼ぎ」

 少し情報を聞き出すためにベクターが何やら思わせぶりな発言をして見せると、見張り達が血相を変えて叫ぶ。どうやらかなり大事な物だと分かり、期待に胸を膨らませながらベクターは大剣を掴む。そしてアクセルを回してスターターを起動し、エンジン音を唸らせながら刃を回転させ始めた。

 その時、自分の背後からタルマンが投げたらしい煙幕用の手榴弾が放物線を描いて甲板へ落ちる。辺りに爆発音と共に煙が充満すると、ベクターは駆け出した。そして近くにいた女性の見張りが煙たがっている隙に、彼女の首を大剣で跳ね飛ばす。

「なっ… !クソがあああああ !」

 すぐに煙が晴れ、自分の仲間が死んだことに憤慨したもう一人の見張りが射撃を行おうとするが、それより先にベクターは甲板に転がっている生首を蹴り飛ばして彼へ叩きつけた。血みどろになった自分の服と自分にぶつけられた後に再び転がる生首のせいで見張りはパニックになってしまう。その隙をついて接近したベクターは、刃を回転させたままの大剣を彼の胴体に突き刺した。

「がああああああああ!!」

 悲鳴と共に口から血を溢れさせながら悶える見張りだったが、間もなくベクターが大剣を上方向へ振り抜いた事で上半身のみが真っ二つに割れてしまった。血や、滅茶苦茶になった内臓を散乱させて見張りは倒れる。そんな死体をベクターが眺めているとタルマンも物陰から姿を現した。

「よし、行こうぜ」

 タルマンはそう言って機内へ通じるのであろう入り口の前に立ったが、突然舌打ちをした。

「何てこった !パスワードが必要なのかよ !」

 近づいて来たベクターにタルマンは言った。見ると重厚そうな扉の隣には数字が羅列されたキーボードと、入力した数字を表示するための画面が取り付けられている。

「ちょっとどけ」

 タルマンの代わりに適当な数字を打ち込んでみたベクターだったが、間違っているとブザーが鳴った事で少し焦った。もう自分じゃどうしようも無い事を悟り、右手を握りしめる。

「………ふんっ!!」

 そしてパスワード入力用の装置を、壁が陥没する程の威力で殴った。けたたましい警告音が周囲に響き始め、しばらくした後に不快な金属音を出しながら扉が開いていく。

「やっぱこれだね」

 どう見てもまぐれだというのに、なぜか誇らしそうな様子でベクターは言った。強引さに呆れるタルマンだったが、周囲から近づく声や足音に焦りを感じる。

「俺が片付けてやるから先に行け。気を付けろよ」
「…ああ !お前もな」

 言葉を交わして扉の向こうへ来てたタルマンを見送ってから、ベクターは周囲の状況を探ろうと、辺りの様子を見た。店の中で休憩を取っていたのだろうか、中々の数の兵士達が武装して走り出て来る。よく見れば他の飛行艇からも同じような格好に身を包んだ兵士達が現れ、こちらへ向かって来ていた。

「完全に貧乏くじだな…」

 ベクターは面倒くさがってから体をストレッチ代わりに軽くひねる。そして飛行艇から飛び降り、機体の出入口の前で立ち塞がった。

「葬儀屋も大喜びだろうぜ」

 こちらを警戒する兵士達を前に一言だけ呟き、ベクターは彼らへ斬りかかって行く。兵士達は銃で必死に応戦するものの、ベクターはそれに動じることなく彼らを八つ裂きにした。彼らは血の海へ沈む仲間や、バラバラに吹き飛んでいく四肢を目撃し、それによって目の前の男が死神と呼ばれる人物である事、そしてなぜそう呼ばれるのかを身をもって味わいながら絶命した。
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