怨嗟の誓約

シノヤン

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5章:鐘は泣いている

第167話 今更

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「ロウル・カモリ ! どうにか人員を増やせんのか⁉お前の弟もいるんだろう⁉それに他の家族は⁉こういう時のために魔法使いはいるんじゃないのか⁉抵抗勢力が、私の命を狙っているのだぞ !」

 夜中に自身の執務室に呼びつけたかと思えば、シボークは唾を飛ばしながら無精ひげの男を怒鳴りつけていた。<障壁>の外ではターリナーの腹心として名を馳せている男だが、一度この姿を見せつけてしまえばそんな幻想を抱かなくなる。ロウルは確信し、見下してこそいたが感情を表には出さずにいた。そもそも各地で自警団に対して暴動を起こし、献金を拒否し、爆発物を用いたテロが起き始めているのは誰のせいなのか考えた事があるのだろうか。

「予算をまた減らしたことで兵の人員も足りません。私の一族も、もはや実戦に耐えうるような人材がほとんどいない状況です。一部小隊と私…そしてあなたのお抱えである自警団で何とかするしかないでしょう…ああ、場合によっては”彼ら”に頼んでみても良いかもしれない」

 そう説明してはみたが、シボークは納得していないようだった。納得をしていないというよりは、最初から聞く気がないというのが正しいかもしれない。ターリナーの関係者は全員がその様な人間ばかりである。とにかく自分達の主張を周りの人間が盲目的に賛同する事が前提であり、少しでも異論を唱えられようものなら「話にならん」とほざきながらヒステリーの如く喚き立てる。

 本来なら間違いなく権力を握らせていい人間ではないが、リップサービスだけは達者なのが不運であった。今ではこのような醜態を知らず、都合の良い部分だけを喧伝するターリナー一派による広報戦略に引っかかったままの間抜けがあまりにも多すぎる。

「そんなのは貴様のやる気が足らんからだ ! この国のためとあれば最善を尽くすのが兵士…すなわち魔法使いとしての役目だろう ! 国民から売国奴として扱われても良いというのか⁉」

 部下や政敵からの反論に対しては、常に理屈を無視した感情的な物言いをぶつけて来るのがターリナー一派の常套手段であった。大した仕事もせず、喚き立てながら関係者に責任を押し付け、その癖に自分があたかもすべて行ったかのように手柄も何もかも強奪する。知れば知るほど嫌いになるタイプなのだが、その点を考えれば<障壁>の内部に引きこもるのは賢明だろう。このザマを晒す事になれば、間違いなく求心力は削がれてしまう。

「精神論だけで飯が食えれば誰も苦労はしません。それに民が売国奴と呼んできたからなんだというのです。あなた方が普段から偉そうに言っている民主主義の賜物でしょう」
「…確かにターリナー様の様に国外へ亡命できるだけの力を持つものならば気にしないだろう。だが君も含め、我々は違う。万が一にも国家の転覆が起きればどうなってしまう ? 我々を恨んでいる物は少なくない…そうなれば次に待つのは報いだ」
「そんな物を恐れるのなら、最初からこのような統治の仕方をしなければ良かった…あなたといいターリナー様といい、素人でも予期できたであろうこんな事態すら考えつかなったとは、つくづく民は素晴らしい指導者を選んだものだ」

 ロウルの発言にシボークは震え、やがて近くに置いていた本を投げつける。だが彼は指先を少し動かし、小さな突風を起こして見せた。この程度であれば、呪文を使わずとも容易い。そして勢いの死んだ本がふわりと眼前に舞い降りた時、優しげにそれをキャッチして腋に抱える。 

「そもそも老人狩りに行かないという選択肢は ?」
「そんな物はない…逃げ続けてるのか知らんが、まだ今月のリストに載っている対象の捕獲を終えていないのだ。そして来月になればまた追加される…仕事が山積みになればなるほど、ターリナー様のお怒りに変わってしまうのだ。ましてや、監督責任を取らされるのは私だぞ。見ていない間に自警団共が仕事をしていませんでしたとあっては、文字通り首が無事ではすまん」
「成程…因みにあなたの命を狙っているという情報はどこから ?」
「<障壁>の外にいるレジスタンスの関係者筋だ。それがどうした ?」
「その様な情報が手に入るという事は、かなり近くに主要人物が潜んでいるのでしょう。なら簡単だ。その情報が手に入った地域ごと破壊してしまえばいい」

 ロウルが発した提案は、苛立っていたシボークの感情を一瞬で落ち着かせ、同時に肝を冷え切らせた。彼のその発想は、言うなれば国家が嬉々として虐殺を行うべきだと言っているようなものだったからである。

「だ…だがそうなればターリナー様への献金額にも関わってくる…それに明確に罪を犯したわけでは無い者達を殺すなど――」
「ターリナー様のご意思に背いた売国奴がいる以上、それらを滅するのが国家の役目であり、民もそれに協力をしなければならない。秩序とは…正義とはそういうものだと言っていたではないですか。逆に言えば裏切り者を匿うという事は、売国奴の思想に賛同している危険因子という事。手遅れになる前に排除すべきでしょう。他の善良な民を腐らせる前に…それとも、あなたも裏切り者と認定されたいのですか ?」

 ロウルはゆっくりとした足取りで机に近づき、釘を刺すかのようにわざと大きな音を立てて本を置いた。いつもこうである。少しでも日和ろうものなら、シボークをロウルは脅迫まがいの方法で煽り立てるのだ。傍から見れば、ヤケクソじみているとしか思えない。

「簡単な事です」

 ロウルはさらに付け加えた。

「あなたが<障壁>の外で拠点に使っている邸宅には、私と一部の兵士だけで囮として待機します。レジスタンスがどれ程の物かは知りませんが、襲撃は大した規模ではないでしょう。十分に足りる。あなた方はその隙に情報提供者のいる地域へ向かい、動く者全てを死体にしてしまえばいい。過去に何度もやって来ている上に、効果はてきめんだった。此度もまた、いい見せしめになる」
「だが…戦力は足りるのか ? リミグロンだって、帝国の利益に関係ないのであればそう簡単には動かんだろう」
「出まかせでも何でもいい。”鴉”が潜伏している可能性があるとでも言えば、帝国側もきっと動いてくれるでしょう。最悪、詫びの報酬代わりに酒と女でもくれてやればいい」

 執務室から漏れ聞こえるその会話は、部屋の外にある廊下で待っていた一人の兵士の耳にも届いていた。ロウルと似た艶のある黒髪だが、こちらは短く切っている。そして彼に比べて若干色白の、少し陰気臭い雰囲気を纏っている。やがて話を終えたらしいロウルが溜息交じりに部屋を出ると、その若い兵士と目が合う。少し驚いたような顔をしていた。

「ケスタ。どうしてここに ?」

 先程の冷酷さが消え失せ、温かみのある朗らかな笑顔と共に若い兵士へロウルは尋ねたが、彼の不安げな表情を見て会話が盗み聞かれていた事に気付く。しかし大事な弟を、その程度で叱るつもりなど毛頭なかった。

「もしかして…聞いていたのか ?」
「うん…兄さんがこっちに歩いて行ったって、今日の守衛担当が教えてくれてさ………全部聞いたよ。その…本当に、またやるの ?」
「ケスタ…分かってくれ。情勢が切羽詰まっている中でクーデターでも起こされてみろ。そうなれば外国に付け入る隙を与えてしまう。だからターリナー様による統治を安定させないといけない。全てはこの国のためなんだ」

 ロウルはケスタを連れて歩きだし、耳にタコができるほど聞いた「この国のため」という決まり文句を使って説得しようとするが、この日のケスタは珍しく俯いたまま返事をしなかった。

「…でも、姉さんはそう思ってなかった。だから出て行ったんでしょ」
「ああ…ケスタ。あの女の事は忘れろ。魔法使いとしての才能も無ければ、お前の様に勉学に励んで、国のために奉仕しようとする覚悟も無い。身勝手な理由で俺達の一族を抜けた恥知らずだ」
「分かってるけど…」

 ケスタは尚も不服そうにしていたが、口喧嘩をした所で勝てないと分かっていたのか項垂れてしまう。ロウルより十歳も下の弟だが、家族や他人への優しさだけは人一倍強かった。兵士になる事を選んだ際は皆が驚いたが、元から勉強好きという事もあってロウルは特に目を掛けていたのだ。座学だけではなく、兵士としての仕事の合間に魔法も教え込み、ケスタは期待に応えるかのように精進し続けてくれている。

「つくづくお人好しだなお前は…よし…望みは少ないが、もし<障壁>の外であいつに会ったら、お前が心配していたと伝えてやる。今なら、頭を下げたら考えてやらんことも無いとな」
「…そっか」

 自分が気にしているのは家族の事だけじゃない。そう言いたかったが、ケスタには兄に対してそこまで言い張れる度胸が致命的に無かった。いつもの如く事なかれ主義を貫き、ただ相槌を打つのみである。

「そうだ。だから落ち込むな。この仕事が終わったらまた魔法の稽古をしてやる。攻撃に使うための魔法、そろそろ知りたがってたろ」
「…うん」
「よし、じゃあな。俺はこれから少し準備がある。お前も今日は早く寝た方が良い」

 ケスタの頭を撫で、ロウルは廊下の曲がり角を一足先に曲がって姿を消す。一方でケスタは立ち止まったまま彼の姿を何か言いたげに見送ったが、やがて寂しさと後悔を抱きながら宿舎へと戻って行った。
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