怨嗟の誓約

シノヤン

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5章:鐘は泣いている

第160話 文句を言うな

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 ルーファン達は、息が詰まるほどに密集した原生林の中を掻き分けるように進んでいた。砂漠やジェトワ皇国の領土の皮膚を突き刺してくる灼熱とはまた違った暑さであり、熱が体に纏わりついて服の内側にまで潜り込んでくる。高い湿度によるしつこい熱気によるものであったが、まるで生きているかのように執拗に、そして陰湿に彼らを苦しめていた。

「あまり草木に触らない方が良いぞ」

 大きく息をしながら歩いていたジョナサンが、後方にいたルーファン達へ呼びかけた。

「毒性の植物は勿論だが、虫の中にも強烈な防衛機能を備えている種がある。触ろうものなら、たちまち激痛地獄へまっしぐらだ。最悪の場合は神経が死んで、手足を切り落とさないと行けなくなる…おまけに触る事自体は問題じゃないが、その手で粘膜に触れてしまう事で症状が発生するなんて性質の毒もあるぞ。とにかく、安全に休憩が出来そうな場所までは辛抱しないとな」
「だから出来るだけ肌出すなって言ってたんだ…」
「そのとーり」

 ジョナサンの解説を聞き、フォルトは自分が身に纏っている手袋と長袖の衣類、そしてブーツを見つめた。正直に言えば移動し辛い事この上ないが、万が一を想定するのだとしたら納得しかない。彼女だけでは無く、アトゥーイも同様に肉体を保護できるようにしていたが、やはり少しだけ苦しそうにしていた。いつもが身軽なせいか、どうしても慣れないのだ。

「人間様は大変だな。いちいちあんな風に身を守らないといけないとは」

 最後尾には化身達が屯しながら付き添っていたが、虫に刺されたらしい箇所を搔いてガロステルがぼやいた。彼らにとっては、毒や外傷などは些細な問題にすぎず、それ故に暇を見ては木に止まっていた目障りな虫を叩き潰したりなどしていた。サラザールに至っては腹が空いたのか、飛び掛かって来た毒蛇を掴んで貪っている。

「見た目通り、尊大で不躾な男だな…」

 そのガロステルの隣で、呆れたようにヨヒーコトスが首を振る。

「何か言ったか ? マスク野郎」
「人間のお陰で、我らはこうして世に顕現出来ている。それを忘れるな」
「ほお~、市場で迷子になって他のガキたちと仲良く保護されてた奴は、やっぱり人間社会のありがたみが分かるんだな」
「…それとこれとは関係ない。王の事を言っただけだ。いざという時には守らねばならん」

 ガロステルを窘めるつもりが、かえって自身の恥ずかしい失敗談の暴露に繋がってしまい、ヨヒーコトスは少しだけ語勢が弱まる。ルーファンとフォルト以外の皆がよく覚えていた。迷子になった子供を集めるための広場の一画にて、他の子供達に質問攻めに遭いながら弄られている彼の姿は、あまりにも衝撃的だったのだ。

「自分の身すら守れそうになかった癖によく言うぜ」
「置いて行った貴様らが悪いだろ」
「いいや、ついてこなかったお前が悪い。何で美術品なんかに見とれやがってたんだ」
「店主の女に勧められたんだ。話ぐらい聞いてやらないと可哀そうだろ」
「あの青髪のタッパがでけえ女か ? まさか鼻の下伸ばしてたわけじゃあるまい」
「何だと貴様…」

 遊び人気質のガロステルと、比較的固い性分が目立つヨヒーコトスはどうも互いにいけ好かないのか、基本的にこのような応酬に陥る事が珍しくない。

「あ、あの…喧嘩はよくないですよ!」

 すると見かねたらしいタナが会話に割って入る。彼らが揃ってからというもの、この流れが定番と化していた。

「タナ、これは喧嘩では無く只の議論だ」
「つ、つ、つまり口喧嘩ですよね。仲間で争うのは、ダ、ダメですよ。そうだ ! 落ち着くために、水飲みません ? 」
「…そうだな、頂こう。感謝する」
「じゃ、俺も貰うかな」

 タナの誘いにガロステルとヨヒーコトスは乗り、荷物の中から自分用のコップを取り出した。タナは二人のコップに手をかざし、水を生成して注ぎ込むと彼らに恐る恐る渡す。だがヨヒーコトスが飲むために仮面を外した際、ガロステルが不愉快そうに顔を歪めた。仮面を取っ払った彼の顔面は皮膚が存在せず、筋繊維や歯が剥き出しであり、それらが首下から湧き上がっている炎に照らされて輝いていたのだ。唇が無いのに言葉は発する事が可能という点は不思議でならない。

「おめえの顔面いつ見てもひでえな。人体模型かよ」

 ガロステルが再び余計な事を口走ってしまう。

「他人の身体的欠陥を揶揄するな。無礼者め」
「…へへっ、欠陥だとは認めるんだな」
「あのな―――」

 だが、今度の口論はすぐに収まる事になった。サラザールが振り向いて近づき、二人のみぞおちに拳を一斉に打ち込んだのだ。二人は呻きながら膝を突き、タナは水が零れているコップと二人のどちらを心配すればいいのか狼狽えている。

「あのさ、百歩で良いから平和に歩けない ? 耳障りなんだよね…ったく…」

 彼女は愚痴を垂れてから再び歩き出し、口論になっていた二人は口々に「古株だからってリーダー気取やがって…」、「ああ全くだ」と傷の舐め合いをしている。タナは少し迷ったが、まあこの二人なら大丈夫だろうと判断してサラザールへとついて行った。

「流石は闇と支配を司る、<バハムート>の化身ですね」

 サラザールの隣に来たタナが小声で話しかけた。

「力づくとはいえ、お二人にとっての共通の敵になる事で仲間同士の不和を解消させてみせるだなんて…大胆ではありますが、流石の行動力です !」
「えっ ? ああ…うん…す、凄いでしょ… ?」
「はい ! 場を収めるには、時に暴力も必要な場合もある…勉強になります !」
「マネはしちゃダメよ。あなたは純粋なままでいた方が良い」

 なぜか褒めてくれたタナに対し、険悪な雰囲気を作ってくるのが単純にムカついたから殴ったなどとは言えず、サラザールは動揺しながらも嘘で取り繕う。

「我々の旅も、なんだか賑やかになってきましたね」
「…いい事なのかな ? こういう賑やかさって」

 アトゥーイとフォルトは後方の騒ぎを耳にしながらも、ルーファンとジョナサンについて行く。だが、彼らが足を止めて辺りを入念に観察しているのを見て、少し気分が明るくなった。ようやく待ちに待った休憩が出来る。

「この辺りなら問題は無さそうだ。少し休もう」
「いいですね、賛成です」
「私も ! お腹すいちゃった」

 ルーファンが提案をし、二人も笑顔で答える。だが、焚火の準備を始めるジョナサンの隣で、ルーファンがトカゲや芋虫をカゴから引っ張り出しているのを見て、彼らは一気に青ざめる羽目になってしまった。原生林を進み始めて三日間、同じ食事が続いているのだ。
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