怨嗟の誓約

シノヤン

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5章:鐘は泣いている

第156話 異例

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 ”六霊の集いセス・コミグレ”に向けて旅立ったのは、ジョナサンとの会合から一週間経っての事であった。小綺麗な正装を纏ったスロント・エニーグ外務大臣と共にノルドバの関所を出て行った直後、客車を背中に積んだ大型のドラゴンが待ち構えていた。家畜として飼いならされている物らしく、こちらを見ても唸ることするしない。

 立てかけてもらった梯子を利用して客車へと乗り込み、やがて合図によって竜が飛び上がった。客車についている窓は小さい上、移動の際は雲の上まで上昇して飛行するため道順は不明である。そのため、”六霊の集いセス・コミグレ”に向かう人間たちは場所を知らされないまま、この乗り心地の悪い室内で待たなければならないのだ。

「遂に来たな~、この日が !」

 だが約一名は、そんな事など気にもせずに自分の飯のタネが増える事を噛みしめ、狂喜乱舞したい心を押さえつけながら興奮と共に震えている。

「ジョナサン・カロルス。これはとんでもない事ですよ。肩書はともかく、一介の民間人…それもメディアの人間が”六霊の集いセス・コミグレ”の集会場に入るのは、確認されている記録が正しければ史上初の出来事です。ですが、これが悪しき前例として扱われないよう―――」
「分かっているとも外務大臣 ! このジョナサン・カロルス、各国要人やその護衛も含め、無礼な振る舞いはしないと約束するさ。まあ…人目に付く場所では」
「そういう所ですよ、メディアの人間が嫌われる理由は」

 スロントとジョナサンの談義に耳を澄ませながら、ルーファンは俯いたまま後に起こり得る帝国側との対面に備えようと心を落ち着かせていた。徹底的な殺し合いを望むも良しであったが、状況によっては停戦の交渉をするという選択肢も捨て去ったわけでは無い。

 いつまで戦が続くか分からない状況では、いずれ支持側である他の国からも自分の存在を疎ましく思う者達が増えるだろう。そうなれば今までのような活動は難しくなる上に、難民となっている故郷の同胞たちへの考え方がどうなるか分からない。戦を終わらせたいと申し出て貰えれば、条件次第では話を聞いてみてもいいかもしれない。

「時にルーファン・ディルクロ」

 スロントがルーファンの方を見た。

「鎧に剣まで携えて気合が入っていると見受けられるが…”六霊の集いセス・コミグレ”では護衛以外の武器の所持が禁止されている。警戒する気持ちも分かるが、没収されてしまうのでは ?」
「…パージット王国は人材不足に陥っている。そのため、代表と護衛を兼任しなければいけなくなった。もし指摘されれば、そう返答するつもりだ。前例自体もあると聞いたぞ」
「成程…ただし、変に相手方を刺激するような行動は控えた方がいいかもしれません。思惑はどうあれ、外交の場で感情論に身を任せると碌な事にならない…それにです、敢えて殴り掛かられるのを待つのも悪くない」
「なぜだ ?」
「万が一相手が攻撃をしてきてくれれば、世論も含めて我々が大義を得る事が出来る。闘争というのは常に、いかにして味方を集めるかにかかってるわけです」

 自分の影を眺めながら躊躇いがちに答えたルーファンは、彼の考え方に同調したい気持ちと反発したい気持ちの二つが生まれ、僅かに渋い顔をした。大義名分がある事で生じるメリットは重々承知だが、あくまでも己が生き延びる事を前提にした理想論も甚だしい主張である。

「それで死ぬような事になれば何もかもが無意味だぞ。あなただって死にたくないだろう」
「その時はその時で受け入れるしかありません。私が死んでも代わりはいるし、国家や民に緊張感を与えて国防へ力を入れる口実にもなる。それぐらいの度胸も無いんじゃ、こんな仕事なんかやってないです」

 不機嫌そうなルーファンとは対照的に、スロントは微笑ましそうに見つめていた。嘲笑ではない。彼の勇ましさと熱さは認めてはいるが、まだまだ青い部分もある。これからが楽しみだという期待の表れであった。

 間もなくするとドラゴンが急降下を始めた影響か、腹がめくれ上がる様な気持ち悪さが襲って来る。それに耐えた直後、大きな振動が客車を揺さぶってから一気に静まり返った。外では再び梯子を備え付けようと兵士達がにぎやかにしている。到着したのだ。

 降り立ったルーファンは想像を覆されて少し唖然としていた。あまりにものどかな草原が広がっていたのだ。そしてその草原の真ん中に、不自然なまでに手入れの行き届いた石畳が敷かれ、その果てに神殿が鎮座している。古めかしい一方で、こちらを寛大に出迎えてくれている。そんな荘厳さを漂わせている。

 石畳の両隣で佇んでいる兵士達に見守られながら、一行は神殿の中へと入って行く。松明の炎が目立つ薄暗がりの廊下を歩いて大広間へと入ってみれば、既に先客が席についていた。ジェトワ皇国のキシャラ・タナトゥ、ネゾール公国のフルーメル・クィスプ、そしてリガウェール王国の新しい国務長官であるシバンナ・ヨーグマスという名の若い半魚人である。

「今回の主役を引き連れての御登場というわけですか ? エニーグ殿」

 キシャラがルーファン達に目をやりながら話しかける。護衛の兵士達もルーファンを見るや否や一礼をしている。

「ルーファン・ディルクロ。皇国での戦については感謝していますよ。まあ、内政は少しばかり荒れていますが」
「感謝をするのは私の方でしょう。こうして素晴らしい機会を頂けたことを有難く思っています」

 彼女に対してルーファンも近づき、敬意を示しながら握手を交わす。すると彼女の隣にいたシバンナ・ヨーグマスも、ルーファンの方を見て立ち上がった。

「ルーファン・ディルクロ ! こうしてお会いできたことを光栄に思います !」

 素早く手を出して来た彼に対し、ルーファンも躊躇う事なく握手で応じる。なかなかの好青年と言った溌剌さがあった。

「国の政策方針や体制は大きく変わりつつありますが…あなた様が英雄であり、支援をすべき対象であるという認識はまだ変わってはいません。引き続き、共に邁進できるよう友好を深めていきましょう」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 ルーファンに笑顔は無いものの、その和気藹々とた雰囲気が少しばかり湧き出たが、それに馴染もうとせず顔を背けて冷笑している男がいた。他ならぬフルーメルである。

「随分と仰々しいな。ただの傭兵もどきの殺し屋風情相手に」

 彼のその言葉に、要人と警護が皆黙る。呼吸ができなくなるのではないかという勢いで空気が張り詰めていくのを、ジョナサンは肌で感じ取っていた。

「…お初にお目にかかります。フルーメル・クィスプ殿」
「ふん、礼儀正しくした所でどこまで行こうがお前は害鳥なんだ。”鴉”。他の連中に気に入られたからといい気になるなよ」
「肝に銘じておきます…国外で何が起きているかも知らない間抜けの言葉としてで良ければ」
「貴様…!!」

 早速ルーファンとフルーメルの間に軋轢が生じた瞬間だった。神殿の入り口から響いてくる、乱雑な複数の足音に全員が硬直する。重々しく、金属の擦れる音が混じっているその音は、残る最後の来訪者の正体を示すのに十分すぎる材料だった。

「遅れてしまって、誠に申し訳ない」

 二人の護衛を引き連れたシーエンティナ帝国皇帝、カニユス・リピダが姿を現したのだ。
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