怨嗟の誓約

シノヤン

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4章:果てなき焔

第153話 ジャスト・ウォーク・フォワード

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 一週間後、復興もままならない皇都を尻目に、国府では式典が行われていた。無論、目的はこの戦において前線に駆り出された兵士たちの功労を称えるためである。煌びやかな広間では無事に生還できた皇国軍第五師団と、それを指揮していたラクサ中尉を含めた指揮官たちが勲章を授与される。国府の議員たちは、一部の不愉快そうな態度で見つめている者達を除き、皆が能天気に拍手喝采を以て彼らを労っていた。

 しかし、その場に護獣義士団とルーファン一味の姿は無かった。メアを含めた義士団員たちは皆、兵舎での待機を命じられたまま隔離をされていたのだ。生還した団員達は皆、簡素な食堂で黙ったまま座りこくっており、彼らが睨むテーブルの上には無造作に勲章が散らばっている。

「同情はするが、今は堪えてくれ。世論を国府が恐れているのだ」

 明朝に外務大臣と防衛大臣が引き連れた国府からの遣いが、その様に言って義士団に勲章を事務的に寄越して来た。皇王からの言葉も無く、議員達からの喝采も無く、仕方なくくれてやるといった具合に雑に渡された。それだけである。公の場で、高らかに祝福をしてやるほどの価値は無いと判断されたのだ。いや、そう思う人間たちも恐ろしくてできなかったのだろう。忌まわしい寄せ集めの外国人たちが戦の功労者として皇王へお近づきになるなど、新聞社や国民が知ったら何が起きるか分かったものではない。

「あんなに頑張ったのにな。俺達」

 給仕長のケイミンが、食事を運んで来ながら寂しそうにぼやいた。

「外務大臣と防衛大臣からも謝罪があった。すまないってさ」
「何がすまないだよ。貰えたのは勲章だけ、義士団には怪我人にすら恩給が出ないときたもんだぜ。世論をビビりすぎなんだ、いくら何でも…」
「…でもしょうがねえだろ。下手な事したら、愛国者様たちがいよいよ国府かこの兵舎に放火でもするんじゃねえか ? 見てみろよこれ」

 義士団員たちが愚痴を出し合っている最中、一人の仲間が新聞を放る。一面記事は偉大なる皇国軍の兵士たちが式典で表彰される事が決まり、彼らを称賛する内容で埋め尽くされている。だが、それ以外は見れた物ではない。

 ”護獣義士団は何もしていなかった”、”戦場で盗みを働いていたところを皇国軍によって咎められた”、”義士団と民間のノルコア人の中に内通者が潜んでいる可能性があり、現在調査を進めている”といった内容が、嘘か真かも分からない自称関係者による証言として作成されている始末である。いつも通りの事ではあるが、流石にここまで徹底されているとくれば流石に文句の一つも言いたい。だが、自分達が騒げばまた都合の良いように切り取られ、罵られるのが目に見えていた。

 団員たちがしかめっ面のまま項垂れている中、茶碗に箸がぶつかる音が聞こえ始める。目をやってみれば、メアが一人で勝手に食事を始めていた。

「だ…団長」

 せわしなく飯にありつく彼女に、団員の一人が怯えながら話しかける。

「終わった事よ。切り替えていきましょ」
「で、ですが―――」
「これで私達が怒り狂って暴れて…その姿を嘲笑うのが目的だと思う。少しづつ、登って行くしかない。誰だって最初はどん底からに決まってる。彼《・》だってそうだった筈」

 ひとしきりかっ込んでから、メアは自分の隣の椅子に置いていた別の新聞を掴み取り、それを仲間達の方へ放る。受け取った団員が目を通すと、号外と書かれている代物であった。

「あいつがここまで啖呵切ってくれたんだもん。私達も根性見せないと」

 彼女は爽やかに笑ったが、ふと懐中時計を確認してから一息入れて立ち上がる。

「皆食事が終わったら自主訓練してて ! ちょっと見送りに行って来る」

 そう言ってメアは颯爽と駆け出し、唖然とする団員達の元を去って行った。残された団員たちは彼女の突拍子もない言動に驚き、そして号外と書かれた新聞に目を通して更に驚愕した。



 ――――戦場での攻撃が一部飛び火した結果として、所々が焼け落ちている皇都の街並みだが、人々は喜ばしくない方面で活気づいていた。猫も杓子も号外と書かれた新聞を手に持ち、少しばかり知性のありそうな大人たちはその内容を談義している。ノルコア人を商品にした人身売買の可能性だけではない。この戦を利用し、皇国軍や国府の邪魔立てを企てていた影を引きずり出そうとするその内容は、良くも悪くも民衆の度肝を抜いた。一部では疑惑のある活動家や議員共を痛めつけてやろうと、息巻いて怒鳴っている過激派もいる程である。

「信じられないわ。戦争に反対してた人たちがこんな事を…」
「落ち着け。流石に全員がそうってわけじゃねえだろ。それにしても、他人の善意を隠れ蓑にするたあとんでもない奴らだ」
「しかし誰がこんな新聞を… ?」
「それが聞いた話によると、皇都新聞の一部の記者が独断で行ったらしいぞ。まあどうやってばら撒いたのかは知らんが…新聞社の連中があちこちで、それも鬼の形相で聞き込みしてた。いやあ…おっかなかったぜ」

 もっぱら、新聞社や降伏の推進をしていた議員達への疑惑に集中しており、人々の間には不安が生じていた。その群衆を尻目に、ルーファン一行は<障壁>の方へと向かって行く。この国を出て行こうとする彼らだが、民衆は誰一人として感謝をしてはいなかった。

「聞いたか ? 例の鴉とかいう男…陛下からの勲章の授与を辞退したらしいぞ」
「何と無礼な。これだから礼儀も知らん外人は…」
「あんなならず者共に大金ばら撒いて媚を売ってたとは…国府の靴舐め外交の成果だな」
「全くだ。国民の飢えやこの国の未来よりも、よそ者の御機嫌取りの方が大事らしい。戦場でくたばってくれてればよかったのにな」

 そんな陰口で盛り上がる人々も、ルーファンが通り過ぎようとする時だけは口を噤んで、目を合わせる事も無く屋内へと逃げ込む。所詮はそんな風であった。

「…何もしない分際で、口先だけの憂国談義は達者なんだな。人間というのは」
「どこの地域もそんなもんだぜ ? 娑婆の空気に慣れる事だ」

 ゴミを見るような目で人々を蔑むヨヒーコトスだが、ガロステルはまだまだ青いと彼を笑う。やがて一同が<障壁>の前に着くと、門を開けるための衛兵たちの傍らにメアがいた。余裕そうにしているが、息が上がっている。

「随分急いでいたんだな」

 汗をかいていた彼女を、皮肉交じりにルーファンは心配した。

「当然。ほらこれ」

 しかしメアは特に気にせず、巻物をルーファンに手渡す。興味本位で広げてみると、殴り書きされた魔法についての解説が記されていた。

「私たちの流派の、基本的な呪文とコツについて自分なりにまとめた。これ読んで習得なんて、あなたなら余裕でしょ ? 今後は皇国もスアリウスと国交を活発化させる…うちの軍や議員達も定期的に派遣するから、その時に私の知り合いも帯同させるよ。もし分からない事があればそいつらに教えて貰えばいい」
「分かった…感謝する」
「感謝したいのは私達もそう。勲章断ったのって、私達に気を遣ってでしょ ? ”俺なんかよりも先に労わるべき人間がいる事を忘れるな”…外務大臣たちが誰かさんにそう言われたって」
「…知らない。勲章なんかに興味は無かった。それだけだ」

 ルーファンは彼女を冷たくあしらい、<障壁>へと歩みを進める。衛兵たちも謝意を示すかのように深々と頭を下げ、やがて道を解放した。

「もし人手が必要なら便りを送って ! 絶対駆けつけてやるかさ、戦友 !」

 メアの大声にルーファンは返事をせず、代わりに振り向く事なく小さく手を上げた。その背中へ何度も手を振り続け、大声で見送る彼女の姿が<障壁>が閉ざされて見えなくなった頃、無事に皇都の外へ出たルーファンは立ち止まる。そしてサラザールの方を見て頷いた。彼女はそれに応じ、自分の服の胸元を開けて内部の蠢く闇を披露する。

「もう出てきても良いぞ~」

 随分と光景に慣れ切ってしまったジョナサンが声をかけると、そこから必死の形相でオルティーナが這い出て、地面へと顔をぶつけながら落ちる。サラザールも安堵したように一息ついてから、服を再び元に戻した。

「怖かった…本当怖かった」
「文句言うな。亡命したいって言うからだろ」

 震える彼女へルーファンが呆れたような態度を取る一方、フォルト達はジョナサンの方へと近寄っていく。

「ねえねえ、本当に良かったの ?」

 そしてルーファンからの頼みとはいえ、亡命をあっさり承諾したジョナサンへ疑問を呈した。

「別にいいさ。字が書けて度胸のある人間を雇える。新聞社にとってこれほど幸福な事は無いぞ。ジャーナリズムのために自分の古巣さえも裏切ってみせるとは…とても僕好みだ。ああ~っ、早く帰って朗報をまとめ上げて記事にするのが待ち遠しい… ! そうだ、オルティーナ君 ! 君の歓迎パーティーも開いてやらないとな。これでうちの会社は当分安泰そうだ !」
「相変わらずですねこの人は…」
「ホントだね…」
「ど、同意です…」

 いつも通りとも言えるジョナサンの仕事人間ぶりにアトゥーイ、フォルト、タナの三人が引き気味に感想を残し、一行は旅を再開する。まだ終わりが見えない状況だと分かっていながら、ひとまずは気を緩くしたいと全員がそう思っていた。
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