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4章:果てなき焔
第152話 火葬
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<カグツチ>の出現にリミグロンは平静さを失い、統率を失い始めていた。恐れていた事態が起きてしまったのだ。<幻神>の顕現が何を意味するか…帝国から直々に派遣されていた兵達は皆、座学において十分に叩き込まれている。これで鴉は闇、大地、水、そして火の<幻神>を味方に付けたという事になるのだ。
飛行船たちはただちに<カグツチ>と、<障壁>に向けて砲撃を開始した。ここでヤツを殺してしまえば何の問題も無い。<障壁>をついでに攻撃したのは、せめてもの道連れとしてこの国の人間と街並みを選んだためである。勝利への欲など、既に振り捨ててしまっていた。
「キエエエエエエエエ!!」
甲高く、それでいて悲しげな<カグツチ>の鳴き声が夜空に響き渡る。そこからすぐに、自らの体から発した青い炎を操って<障壁>をより強固に補強した。飛行船から放たれた光の弾たちは瞬く間に炎に呑まれ、くぐもった爆発音を数度だけ響かせた。だが、それだけである。皇都内部には一切の被害が無く、それが分かった<カグツチ>はお返しと言わんばかりに無数の火球を作り出す。そして上空から次々に下方目がけて放ち始めた。
さながら隕石である。飛行船が数期撃ち落とされ、大型の生物兵器たちも落下してきた火球に呑まれて焦げた藻屑と化していく。
「クッ…このままでは…」
ラクサ中尉は狼狽えていた。サラザールを介したルーファン達の連絡によって、ガロステルやタナと共に<障壁>の前まで戻っていた彼と大半の第五師団だったが、リミグロンの猛攻と突然現れた<カグツチ>による想定外の攻撃によって、このままでは巻き添えによって死にかねないと危機を感じ取った。
だが、そんな彼らの上に影が覆いかぶさる。見上げてみると、巨大な岩盤が自分達の頭上に現れていた。まるで水晶の様に輝いているその岩盤は、火球の攻撃を物ともせずに兵士達を護ってくれていた。
「全員、この下に入れ!!今すぐだ ! 油断するな ! リミグロンの歩兵やペット共はまだ残ってるぞ !」
ガロステルの仕業である。大声を上げる彼は両腕を高々と掲げており、その腕の先端が岩盤と同化していた。彼が自ら岩を生成し、この巨大な傘を作って見せたのだ。
「ア…アンタこんな事も出来たのか ?」
兵士の一人が驚いていた。
「さあな…心当たりはあるが、自分でも心底驚いている」
力の入れ過ぎでいつもよりパンプアップしている腕を使い、少し岩盤を上に押しあげながら、ガロステルは兵士へ笑いかける。確信があった。ルーファンが<幻神>の力を宿し、それに慣れていくにつれて化身達の力も増している様である。あの男自身に何か隠されているのか、それとも闇と支配を司っている<バハムート>の力なのかは分からないが、いずれにせよ今は好都合である。
「…妙だな、何か暑い」
「妙なわけあるかよ…見ろ」
兵士達が見上げると、僅かに濁った水晶越しに<カグツチ>が映っていた。先程目撃したよりもかなり図体が大きく見える事から、滞空する標高を更に下げ、自分達の目と鼻の先にいる距離にまで接近しているのだろう。
「おい…それは…ちょっとマズいぞ」
ガロステルが一人でボソボソと呟いていたが、どうも焦っている様だった。すると、持ち上げていた岩盤を前方に倒し、敵がいる方向に対して盾になるよう構え出した。岩盤の大きさもあってか、斜めに傾けて先端を地面に付けただけであるが、兵士達を隠すには十分だろう。
「全員俺と岩盤の後ろに入れ ! 急ぐんだ!!」
何かを察したらしいガロステルが怒鳴るように指示を出し、皇国軍の兵士ととタナは慌ててそれに従う。せめて理由ぐらい教えて貰いたいものだったが、それと時を同じくして<カグツチ>が動き出し、翼をはためかせて岩盤の前に移動した事から、一同は口を噤むしかなかった。
辺りの温度が急激に上がり、<カグツチ>が体から放っている炎の勢いと輝きが、それに比例して増していく。リミグロンの飛行船とその眼下でたじろいでいた歩兵たちは、撤退を始めようともがきだしている。やがて一瞬、昼間かと勘違いする程の明るさが周辺を照らしたと思った直後、<カグツチ>の口から不自然なほどに青い火炎が放たれた。
火炎は大波となり、地を這っていたリミグロン兵と生物兵器たちを焼き払っていく。更に翼を大きく広げて飛行船の群れ相手に吠えると、青い火炎の槍が剣山の如く出現し、次々と目にも止まらない速さで射出された。槍が飛行船を熱で溶かして貫き、燃やし、破壊すると、それらの残骸がかつて同志であった筈の骸と燃えカスの上に降り注がれる。生半可な勝利もいらない、安らかな死も与えない。敵とみなした全ての者は皆、文字通り完膚なきまでに無に帰するべきだ。そんな誰かの覚悟が窺える絶景であった。
「終わったか…」
気温が下がり、汗が止まった事を確認したガロステルは岩盤を操って粉々にする。岩盤が崩壊し、宝石じみた小石がバラバラと振って来るせいか、一部の兵士達は鼻の下を伸ばしてせっせと拾っていたが、それ以外の者達はただ呆然と立ち尽くしていた。目に見える大地が、黒く焦げた燃えカスと白い灰の入り混じった悍ましいまだら模様に染まり、飛行船の残骸がポツポツと惨めに佇んでいる。その遥か先に、ルーファンが立ち尽くしていた。変身を解除した直後故か、炎が僅かに背中に残っており、一瞬だけルーファンに翼が生えたかのようにも見えてしまった。
「…後ろに、味方がいるぞ」
皇国軍に気付いたヨヒーコトスが、辺りを眺めているルーファンへ言った。だが彼は特に返事をする事もなく、ケロイド状になった自身の皮膚の一部を撫で、ため息を一つだけついた。
「地獄行きだろうな」
ルーファンは思わず口に出してしまった。
「…どっちがだ?」
「想像に任せる」
ヨヒーコトスとくだらない雑言を躱した直後、空の向こうに一機だけ飛行船が見えた。こちらに近づいてくるその飛行船に対し、後ろめたい思いを抱きながらルーファンは背を向け、ガロステル達の方へと向かう。勝ったというのに、言い表せない感情が澱の如く心の底へ蓄積されていくばかりであった。
飛行船たちはただちに<カグツチ>と、<障壁>に向けて砲撃を開始した。ここでヤツを殺してしまえば何の問題も無い。<障壁>をついでに攻撃したのは、せめてもの道連れとしてこの国の人間と街並みを選んだためである。勝利への欲など、既に振り捨ててしまっていた。
「キエエエエエエエエ!!」
甲高く、それでいて悲しげな<カグツチ>の鳴き声が夜空に響き渡る。そこからすぐに、自らの体から発した青い炎を操って<障壁>をより強固に補強した。飛行船から放たれた光の弾たちは瞬く間に炎に呑まれ、くぐもった爆発音を数度だけ響かせた。だが、それだけである。皇都内部には一切の被害が無く、それが分かった<カグツチ>はお返しと言わんばかりに無数の火球を作り出す。そして上空から次々に下方目がけて放ち始めた。
さながら隕石である。飛行船が数期撃ち落とされ、大型の生物兵器たちも落下してきた火球に呑まれて焦げた藻屑と化していく。
「クッ…このままでは…」
ラクサ中尉は狼狽えていた。サラザールを介したルーファン達の連絡によって、ガロステルやタナと共に<障壁>の前まで戻っていた彼と大半の第五師団だったが、リミグロンの猛攻と突然現れた<カグツチ>による想定外の攻撃によって、このままでは巻き添えによって死にかねないと危機を感じ取った。
だが、そんな彼らの上に影が覆いかぶさる。見上げてみると、巨大な岩盤が自分達の頭上に現れていた。まるで水晶の様に輝いているその岩盤は、火球の攻撃を物ともせずに兵士達を護ってくれていた。
「全員、この下に入れ!!今すぐだ ! 油断するな ! リミグロンの歩兵やペット共はまだ残ってるぞ !」
ガロステルの仕業である。大声を上げる彼は両腕を高々と掲げており、その腕の先端が岩盤と同化していた。彼が自ら岩を生成し、この巨大な傘を作って見せたのだ。
「ア…アンタこんな事も出来たのか ?」
兵士の一人が驚いていた。
「さあな…心当たりはあるが、自分でも心底驚いている」
力の入れ過ぎでいつもよりパンプアップしている腕を使い、少し岩盤を上に押しあげながら、ガロステルは兵士へ笑いかける。確信があった。ルーファンが<幻神>の力を宿し、それに慣れていくにつれて化身達の力も増している様である。あの男自身に何か隠されているのか、それとも闇と支配を司っている<バハムート>の力なのかは分からないが、いずれにせよ今は好都合である。
「…妙だな、何か暑い」
「妙なわけあるかよ…見ろ」
兵士達が見上げると、僅かに濁った水晶越しに<カグツチ>が映っていた。先程目撃したよりもかなり図体が大きく見える事から、滞空する標高を更に下げ、自分達の目と鼻の先にいる距離にまで接近しているのだろう。
「おい…それは…ちょっとマズいぞ」
ガロステルが一人でボソボソと呟いていたが、どうも焦っている様だった。すると、持ち上げていた岩盤を前方に倒し、敵がいる方向に対して盾になるよう構え出した。岩盤の大きさもあってか、斜めに傾けて先端を地面に付けただけであるが、兵士達を隠すには十分だろう。
「全員俺と岩盤の後ろに入れ ! 急ぐんだ!!」
何かを察したらしいガロステルが怒鳴るように指示を出し、皇国軍の兵士ととタナは慌ててそれに従う。せめて理由ぐらい教えて貰いたいものだったが、それと時を同じくして<カグツチ>が動き出し、翼をはためかせて岩盤の前に移動した事から、一同は口を噤むしかなかった。
辺りの温度が急激に上がり、<カグツチ>が体から放っている炎の勢いと輝きが、それに比例して増していく。リミグロンの飛行船とその眼下でたじろいでいた歩兵たちは、撤退を始めようともがきだしている。やがて一瞬、昼間かと勘違いする程の明るさが周辺を照らしたと思った直後、<カグツチ>の口から不自然なほどに青い火炎が放たれた。
火炎は大波となり、地を這っていたリミグロン兵と生物兵器たちを焼き払っていく。更に翼を大きく広げて飛行船の群れ相手に吠えると、青い火炎の槍が剣山の如く出現し、次々と目にも止まらない速さで射出された。槍が飛行船を熱で溶かして貫き、燃やし、破壊すると、それらの残骸がかつて同志であった筈の骸と燃えカスの上に降り注がれる。生半可な勝利もいらない、安らかな死も与えない。敵とみなした全ての者は皆、文字通り完膚なきまでに無に帰するべきだ。そんな誰かの覚悟が窺える絶景であった。
「終わったか…」
気温が下がり、汗が止まった事を確認したガロステルは岩盤を操って粉々にする。岩盤が崩壊し、宝石じみた小石がバラバラと振って来るせいか、一部の兵士達は鼻の下を伸ばしてせっせと拾っていたが、それ以外の者達はただ呆然と立ち尽くしていた。目に見える大地が、黒く焦げた燃えカスと白い灰の入り混じった悍ましいまだら模様に染まり、飛行船の残骸がポツポツと惨めに佇んでいる。その遥か先に、ルーファンが立ち尽くしていた。変身を解除した直後故か、炎が僅かに背中に残っており、一瞬だけルーファンに翼が生えたかのようにも見えてしまった。
「…後ろに、味方がいるぞ」
皇国軍に気付いたヨヒーコトスが、辺りを眺めているルーファンへ言った。だが彼は特に返事をする事もなく、ケロイド状になった自身の皮膚の一部を撫で、ため息を一つだけついた。
「地獄行きだろうな」
ルーファンは思わず口に出してしまった。
「…どっちがだ?」
「想像に任せる」
ヨヒーコトスとくだらない雑言を躱した直後、空の向こうに一機だけ飛行船が見えた。こちらに近づいてくるその飛行船に対し、後ろめたい思いを抱きながらルーファンは背を向け、ガロステル達の方へと向かう。勝ったというのに、言い表せない感情が澱の如く心の底へ蓄積されていくばかりであった。
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