怨嗟の誓約

シノヤン

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4章:果てなき焔

第150話 再突入

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 皇都は侵略者の剥いた牙に襲われ、蹂躙されかけていた。<障壁>の前では皇国軍たちによる抵抗が続いているが、リミグロンの持つ飛行船による砲撃と、投下される数多の生物兵器たちの前には気休めにもならない。地上を埋め尽くすリミグロン兵達と、空に浮かぶ艦隊たちの猛攻の威力は、皇国の想像を上回っていた。不幸中の幸いと言えば、皇国軍側の炎の矢が飛び交う中で兵士達に混じって現地に生息する魔物たちが、どういうわけか共にリミグロンを攻撃してくれていた。タナが<ネプチューン>の力の一部を利用し、付近に生息する魔物達を使役していたのだ。

 明確に戦況が覆されたというわけでも無いが、この助力もあってか手間取る時間を大幅に増やしたのは事実と言えよう。だが所詮は延命措置にすぎない。殲滅が終われば、リミグロンは<障壁>を力づくで突破する事は明らかである。皇都の内部といえば、民間人の避難も滞っているという最悪の事態であり、このままでは民族そのものの存続にかかわる危機に瀕していた。

「…ん ?」

 ワイバーンに乗り、地上の皇国軍へ強襲を仕掛けようとしたリミグロン兵のワイバーン部隊が異変に気付いた。背後から翼をはためかせる音が聞こえた気がしたのだ。野鳥やワイバーンの物とは違う大きく、力強い音。本当なら気にせずに仕事に徹するべきではあるが、兵士としての日常では聞き慣れない音に対して好奇心が芽生えてしまった。それが良くなかった。振り返って確認をするために行動を止めてしまったのだ。

 直後、黒い突風が背後から迫り、ワイバーンに跨ったリミグロン兵達を弾き飛ばした。<バハムート>が現れたのである。墜落をする兵士達の事など気にも留めず、手早く横並びに皇都の前で待ち構えている飛行船の一機に近づき、闇の瘴気で形成した巨大な刃を叩きつけようとした。しかし、出現に備えていた他の機体とワイバーン部隊たちは即座に攻撃目標を変更し、<バハムート>の方へと一直線に目指す。そして砲撃と銃による光弾を一斉に浴びせ出したのだ。皇国の持つ<聖地>の破壊こそが一番の目的とはいえ、排除すべき最優先対象としての”鴉”はまだ彼らの脳裏に焼き付いていた。

「グルル…」

 唸る事しか出来ないが、<バハムート>は明らかに苛ついていた。いくら虫けらのように周りの連中を排除しようとも、すぐに次から次へと現れて足止めをしてくる。まとめて殺そうにも、<バハムート>の攻撃方法は他の<幻神>と比較して、広範囲を攻撃するという点においてはかなり不向きであった。何より問題なのは、次から次へと光の輪を通って新たな敵影が現れ続けている光景である。<バハムート>では限度がある上に、<ガイア>も<ネプチューン>も上空にいる艦隊への対処は難しい。

(カグツチ)

 サラザールの声が脳内に響いた。

(こういう時は、あいつにまとめて焼き払ってもらうべきよ)

 ならば急ぐしかない。周りの敵を振り払い、灼熱の炎で作られた<障壁>に<バハムート>は突撃する。身を焦がし、臓器さえ焼き付いているのではないかという熱を体中に充満させながら辛うじて突破し、そのまま皇王の住居へと急いだ。



 ――――その一方で皇王の住居では、ジョナサンとマロウス防衛大臣が護衛を連れて陛下の下に参上していた。

「状況は酷いのかね ?」

 手すりに掴まったまま、庭を眺めていた皇王は尋ねる。隣には現在の皇国における<依代>である皇太子の姿もあった。すぐにでも避難をして欲しいのだが、様子を見るに覚悟を決めているのかもしれない。

「攻め込まれるのは…時間の問題でしょう」

 マロウスの言葉は歯切れが悪く、護衛の兵士達も俯いたまま擁護すらしない。言い逃れが出来ない事実なのだ。

「民間人の避難も完全には終わっていない中で侵攻が激しくなれば、死傷者の数は莫大なものになるでしょう。奴らの目的が<聖地>の破壊というならば、その…敵への降伏も視野に入れるべきではないかという話も挙がっております」

 先走った報道によって国府が戦場になると解釈した活動家や、それにまんまと釣られた一部の国民達が暴動を起こされてしまい、それによって国府側からの連絡を誰も彼もが無視した結果として避難誘導が終わらなかったという事実は伝えなかった。責任を民に擦り付けるというマネが出来る程、マロウスは器用ではないのだ。

「フム…だが、聞きかじった程度の知識で申し訳ないが、噂に聞くリミグロンとやらがそれだけで止まるとは私には到底思えない。ゆくゆくはこの戦に関わった政府と、私の首も要求してくるだろうな。反乱因子が残るというのは、とにかく厄介なものだから。悪因悪果…バチがあたったのかもしれんな」
「し…しかし陛下」
「最悪、私が直接彼らと交渉しよう。私の首と、<聖地>だけでは不足なのかとね。民と君達はこれからも国家に必要な人間だ。無意味に死ぬのを見過ごすわけにはいかん」

 自己犠牲に徹しようとする皇王とマロウスの一連のやり取りを、ジョナサンは緊張して震えている手で書き綴っていた。この状況では万が一の事態なれば自分も危ういという現実が足をガクつかせそうになるが、それでも必死に耐え続ける。絶望的な中でも高潔であろうとする皇王。そんな彼の前で無様を晒したくないというある種の負けず嫌いさと、彼の姿を記録に残し続けたいという二つの感情が大きい。

 ついでに、恥ずかしい話ではあるが安堵が芽生えていた。元来自己犠牲というものを好かない性分であったが、戦の最中ではそれを示してくれる人間がいるというだけで安心感が生まれるというのを、ここに来てヒシヒシと痛感してしまう。だが、希望が完全に潰えているわけでは無い。この場にいる者の中で、彼一人だけはそう信じていた。

 その時、庭に黒い物体が墜落した。大きく、そして恐ろしい速さであり、ジョナサンを除く全員は土の混じった風を浴びて思わず身構える。<バハムート>である。降り立ってからすぐさま変身が解除されると、少し咳き込むサラザールの傍らに息を荒くしたルーファンが立っていた。左頬から目元にかけての部分と、首や額の一部が火傷によって赤く変色し、目を背けたくなる程度に爛れている。服や鎧なども焼け落ちており、中の皮膚がどうなっているのかあまり想像したくなかった。

「ル…ルーファン」

 何をしたのか察したジョナサンが慄く。だが、息も絶え絶えにルーファンは体に鞭を打って皇王へ接近した。

「陛下…時間がありません。頼みがあります」

 掠れた声で縋るように話しかけてきたルーファンを、皇王は狼狽えることなく静かに見ていた。言わんとしていることは分かる。そして、確信した。この戦の結末を変えてくれるかもしれない可能性、それが彼なのだと。
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