怨嗟の誓約

シノヤン

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4章:果てなき焔

第149話 宿命の対峙

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 変身を解除し、ルーファンとサラザールはキユロの亡骸を見下ろす。満足げな顔であった。敵に殺される間際にしては、あまりにも清々しく、大義を成し遂げたかのような誇らしさまで感じてしまう。

「何だったのコイツ」
「さあ…だがこいつの使った力が、他のサーベルや銃と同じ量産できる技術であった場合、かなり厄介だろうな」

 ルーファンは辺りを見回す。フォルト達も駆け寄って、不気味な死体の鑑賞に入り浸り始め、皇国軍の兵士たちも城内から再び姿を見せてきた。どうやら捕虜にしたのか、何人かのリミグロン兵たちを先頭に立たせて歩いてきている。リミグロンの連中は案の定、表情が死んでいた。これからの自分達の未来を思い浮かべ、憂鬱になっているのだろう。ましてや相手は隣国を滅ぼし、荒野へと変えてしまった実績のある国だ。

 オルティーナもまた、チネウと共に城の外へ出てきた。辺りの騒がしさを無視し、ルーファン目がけて小走りで接近し、息を切らしたままキユロの死体とそれを殺した戦士の顔を見比べる。

「何か見つけたか ?」

 特に労わる様子もなく、不躾な問いかけの仕方でルーファンは尋ねた。

「はぁ…はぁ…ええ。おかげさまで。だけど、これについては少し扱い方を考えないといけないかも。その辺について、時間があれば相談―――」
「おい、見てみろ !」

 自身が見つけたこの国に潜んでいる暗部を、オルティーナはどうするべきか迷っていたが、遮るように兵士達のどよめきが耳に入った。当然、彼女達もその原因が何なのかは説明が無くともすぐに分かる。目の前で起きていたのだから。

 キユロの死体が音を立てて溶解し、やがて消失したのだ。酷い異臭、そして死体が横たわっていたのであろうシミにも似た痕跡を地面に残したままである。皇国軍の兵士たちとオルティーナは慄き、距離を取って警戒したが、ルーファン一行にはその意味が分かっていた。誰によって行われたのかも。

 しかし、いつもとは異なっていた。あろうことかその黒幕は、自ら姿を見せたのだ。死体の奥の城壁付近で、バチバチと小さな閃光が瞬いたかと思えば、透明になっていた肉体が可視化されていく。エジカースが立っていた。ルーファンが身構えそうになるが、彼は動きを牽制する様に掌を突き出す。”待て”と言いたいのだろうか。

 エジカースは少し近づいてから、小さな分厚い円盤をルーファン達の方へ向かって放る。地面に落ちたその円盤は鈍い音を鳴らし、見かけによらず中々の重量である事が窺えた。そしてエジカースが腕の装置を何やら弄ると、青白い艶めかしい光が円盤から立ち上った。それは人の形になり、やがて全身を鎧に包んだ一人の男を映し出す。

「君には初めましてと言うべきだろうか、鴉よ」
「っ !…薄々分かっているつもりだが…名乗れ」
「カニユス・リピダ…シーエンティナ帝国、第十七代皇帝だ。以降―――」

 その人影は、他ならぬ皇帝であった。ルーファンは彼の自己紹介を聞き終える前に挑みかかり、剣で切り裂こうとする。以降お見知りおきをなどと呑気に言うつもりだったろうが、俺とお前の間に以降など存在しない。して欲しくない。ここで殺してやる。だが、そんな覚悟を嘲笑うかのようにルーファンの一撃は空を切った。虚しい空振りの音だけが響き、皇帝は会話止めたままルーファンを凝視している。

「無駄だ。<闇の流派>にも存在するであろう分身の術…今君が目にしている私は、それと似たような技術によって作られた幻だと思ってくれたまえ。しかし…直接対峙したわけでもないというのに、凄まじい殺気を感じるな。私の部下…いや、同志達がなぜ君に手を焼いていたのかがよく分かる」
「直接連中から話を聞いてみたらいいぞ。 あの世で良ければ送り届けてやる」
「遠慮しておこう。今はそんな事をしてる場合ではない…そうだな、その時が来たら君に案内してもらうとするよ。地獄をね」
「貴様…」

 わざとか、それとも素の性格が滲み出ているのかは分からないが、皇帝は挑発するような言葉を繰り出し、ルーファンは苛立ちながら仇を睨みつけていた。周りは会話に割り込むどころか、野次を飛ばす事さえ躊躇ってしまい、二人の姿を見て沈黙している。下手に横槍を入れてどうなるかを想像しただけでも恐ろしい。

「安心しろ。きっとすぐに会う事になるさ。どうせ来るつもりだろう ? 六霊の集いセス・コミグレに」
「…」
「面と向かって、ゆっくりと話をしようじゃないか。どこまで君と私の不毛な戦が続くのかをね。特に、ジェトワ人はこれから何人死ぬだろうな。それでは改めて…以降お見知りおきを」

 それを最後に皇帝の幻影は姿を消し、円盤は死体と同じく音を立てて溶解した。エジカースも隙を見て逃げ出しており、辺りは生暖かい空気の漂う静寂が支配していた。

「サラザール、すぐに戻るぞ。全員は後で帰って来てくれ」

 ルーファンは即座に指示を出し、一瞬だけ彼の体力を心配したサラザールもすぐに諦め、再び彼と合体する。そしてバハムートを顕現させると、雄たけびを上げて夜空へ飛び立っていった。

「もう、また一人で勝手に…」
「心配はいりません。捕虜たちに聞いてみた所、使っていない飛行船が一機あるそうです。我々全員の人数ならば搭乗に問題は無いと。連中に操縦させれば、すぐに皇都まで戻れるでしょう」
「そ、そっか…それならよかった」

 無茶苦茶な指示に対してフォルトは呆れたが、皇国軍の兵士からの情報を聞いて胸を撫で下ろした。

「にしてもまあ、随分ご立腹だったねありゃ」

 一方でメアも少し引き気味にぼやく。

「当然でしょう。自分の仇を目の前にした…挙句挑発までされたんです。こう言っては悪いですが、あの男は生身でなかった事を幸運に思うべきでした…本当に」

 アトゥーイはルーファンの心情を勝手ながら推察していたが、僅かに声が暗かった。殺そうとしても殺せなかった歯がゆさを抱き、皇帝の目論見を潰す事に全力を注ぐ他無いのだ。達成できた己とは違う、彼の行いの虚しさをただ憐れむしかなかった。
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