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4章:果てなき焔
第145話 闇討ち
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皇都で密かに行われた会合から二日後の夜、旧ノルコア城の城壁通路では陣取っていたリミグロンたちが深夜の見回りに勤しんでいた。不気味なほどに静かであり、仮にも拠点として使っている筈だというのに騒がしさは一切ない。兵士達の間にも敵がいつ来るか分からないという緊張感がなく、まあその内に終わるだろうという楽観に満ちていた。適当に過ごして、適当に喋って、適当に命令を聞き流して帰投する。それだけだろうと高を括っていた。
「いつ帰れるんだろうな。夜だってのに暑くて仕方がない」
見張りの一人が言った。
「全くだ。要人たちの避難先の確保ごときに、わざわざ残る必要があるのかねえ ? 勝手に引きこもってろって話だと思わないか ? なあ」
「政治家さんってのはプライドが高いんだろ。滅ぼされた後の植民地で王様ごっこをさせるだけの裏切り者のクズの分際で、自分達が最高権力者にでもなったつもりでいやがるのさ」
暑さで苛立っている彼らは、仲間にぶつけるわけにはいかないその鬱憤を、内通者の癖に手厚い保護を求める人間へとぶつける。信じられない事ではあるが、見張りを任されている兵士達は鴉が率いる独立部隊の存在はおろか、リミグロン側が劣勢になりつつあるという情報を知らされていない。間もなく行われる皇都への総攻撃、そしてその混乱に乗じて逃げて来る内通者の政治家や活動家の避難先であるこの地の確保を命じられたこと以外、何も分かっていないのだ。
キユロの指示であった。鴉がこの場所に近づいているという事実を報せようものなら、パニックに陥るどころか離反者が出てくる可能性さえある。故に「戦況は問題なし、総攻撃に注力する部隊と待機に徹する部隊で別れて行動すべし」と偽りの指示を出し、一度旧ノルコア城まで引き返した後、総攻撃に使う兵器たちの移動をすぐに開始させたのだ。
一度旧ノルコア城まで引き返したと思わせ進軍をさせ、こちらの意図に気づいた頃には皇都までの長い道のりを死に物狂いで戻らなければならない。仮に”鴉”一人が戻れたとして、その頃には<聖地>が破壊されて都は陥落している筈である。内部に潜む同志達が、軍部や国府の足をしっかりと引っ張ってさえいてくれればの話ではあるが。
だが、これを企てたキユロでさえ、皇都側の動きについて別の要素が絡み始めた事で狂ってしまっている事には気づいておらず、指示の変更もしなかった。既に手口を読まれてしまっている事に気付かない上層部の判断ミスさえ知る由もないまま、彼らは待ちぼうけを食らっていたのだ。飛行船や通信などに使える設備の大半を持ち出されている点を不審に思うべきだったが、そんな優秀なオツムを持っている者はここには残されていない。
「ん…?」
城壁通路の端で欠伸をしていた見張りの一人が、異変に気付いておもむろに近寄った。どうも妙な音がしたのだ。石で出来たこの壁に、何か変な…金属がぶつけられる音と、壁を蹴る様な音が響いた気がしてならない。
「気のせいか…」
暗すぎて見えない中、一度だけ身を乗り出してみたが何も見えない。ここまで夜の闇は視界を奪うものだったかどうか、少し怪しんだが結局再び巡回に戻ろうとしていた。そんな彼の背後、城壁の外に広がる暗闇の中から鴉が静かに姿を現していた。これから自身が昇ろうとしている城壁に向かって矢を放ち、”宿りし闇よ、万物を覆え”を発動して黒い靄を散乱させる。その漆黒の中を用意した二本の、それも闇の瘴気を纏わせたナイフを壁に突き刺してよじ登っていたのだ。
「宿れ」
ナイフを静かに鞘へ戻し、背中の件を抜いてからルーファンが呪文を唱える。闇の瘴気が剣に纏わりついたのを感じ取り、そのまま呑気に背を向けている兵士へ素早く駆け寄った。
「ん――」
兵士が異変を察知した頃には、既に体を袈裟斬りにされていた。切断された上半身は床に落ち、何が起きたか分かっていない様な間抜け面がこちらを見ている。汚物を見下ろすような眼差しを僅かに送った後、ルーファンは姿勢を低くして辺りを見回す。
「な…なんだ⁉」
「敵襲だ ! 門の前にいる !」
見張り達の声であった。城の本丸の広場にもリミグロン兵たちが集まり始めている。外にいる皇国軍達に気付いた様だった。足音からして幾らかこの通路を通る者もいるようだ。
「待ち伏せろ」
ルーファンは剣をしまってから水筒の水をすぐに出し、アトゥーイから教わった呪文を唱えながら通路の床一面にばら撒く。そして水が生き物のように蠢き、床一面に伸び切ったのを見てから再び城壁を飛び越え、先程と同じようにナイフを壁に刺して待つ。やがてドタドタと騒がしくなっていたが、間もなく戸惑いと悲鳴に変わっていた。辺りの温度が少し冷えた気もする。
それを察知したルーファンは再び壁を昇って姿を現す。やはりだ。辺りにばら撒いた水が一斉に凍りつき、その上を通りかかっていた兵士達の足元もまとめて凍らされていた。恐ろしい罠である。凍った以上は下手に動かせば裂傷に繋がりかねない。
「お…お前は…!!」
振り返った兵士達が次々にルーファンに気付く。凍りついた足元と背後にいる敵。どちらからどう対処すればいいのかが分からなくなり、頭が真っ白になる。しかしルーファンが剣を抜くと、一斉に彼らの中で恐怖心が生まれる。この状態では銃はおろかサーベルを構える事すら出来ない。
「ひっ…」
「うわあああああああ!!」
「武器だ ! 武器を―――」
そして迷わずこちらへ近づいてくる敵への僅かな怖気を皮切りに、恐怖心は爆発的な速度で伝染した。剣と腕、双方に闇の瘴気をルーファンは纏わせ、次々と斬り伏せるか、拳によって肉体に穴を開けていく。
「死ぬ覚悟が無いなら戦おうとなんかするな…」
自分は戦の中に生きるしかない。そう思い込みたいルーファンは言い聞かせるように呟いた。
「いつ帰れるんだろうな。夜だってのに暑くて仕方がない」
見張りの一人が言った。
「全くだ。要人たちの避難先の確保ごときに、わざわざ残る必要があるのかねえ ? 勝手に引きこもってろって話だと思わないか ? なあ」
「政治家さんってのはプライドが高いんだろ。滅ぼされた後の植民地で王様ごっこをさせるだけの裏切り者のクズの分際で、自分達が最高権力者にでもなったつもりでいやがるのさ」
暑さで苛立っている彼らは、仲間にぶつけるわけにはいかないその鬱憤を、内通者の癖に手厚い保護を求める人間へとぶつける。信じられない事ではあるが、見張りを任されている兵士達は鴉が率いる独立部隊の存在はおろか、リミグロン側が劣勢になりつつあるという情報を知らされていない。間もなく行われる皇都への総攻撃、そしてその混乱に乗じて逃げて来る内通者の政治家や活動家の避難先であるこの地の確保を命じられたこと以外、何も分かっていないのだ。
キユロの指示であった。鴉がこの場所に近づいているという事実を報せようものなら、パニックに陥るどころか離反者が出てくる可能性さえある。故に「戦況は問題なし、総攻撃に注力する部隊と待機に徹する部隊で別れて行動すべし」と偽りの指示を出し、一度旧ノルコア城まで引き返した後、総攻撃に使う兵器たちの移動をすぐに開始させたのだ。
一度旧ノルコア城まで引き返したと思わせ進軍をさせ、こちらの意図に気づいた頃には皇都までの長い道のりを死に物狂いで戻らなければならない。仮に”鴉”一人が戻れたとして、その頃には<聖地>が破壊されて都は陥落している筈である。内部に潜む同志達が、軍部や国府の足をしっかりと引っ張ってさえいてくれればの話ではあるが。
だが、これを企てたキユロでさえ、皇都側の動きについて別の要素が絡み始めた事で狂ってしまっている事には気づいておらず、指示の変更もしなかった。既に手口を読まれてしまっている事に気付かない上層部の判断ミスさえ知る由もないまま、彼らは待ちぼうけを食らっていたのだ。飛行船や通信などに使える設備の大半を持ち出されている点を不審に思うべきだったが、そんな優秀なオツムを持っている者はここには残されていない。
「ん…?」
城壁通路の端で欠伸をしていた見張りの一人が、異変に気付いておもむろに近寄った。どうも妙な音がしたのだ。石で出来たこの壁に、何か変な…金属がぶつけられる音と、壁を蹴る様な音が響いた気がしてならない。
「気のせいか…」
暗すぎて見えない中、一度だけ身を乗り出してみたが何も見えない。ここまで夜の闇は視界を奪うものだったかどうか、少し怪しんだが結局再び巡回に戻ろうとしていた。そんな彼の背後、城壁の外に広がる暗闇の中から鴉が静かに姿を現していた。これから自身が昇ろうとしている城壁に向かって矢を放ち、”宿りし闇よ、万物を覆え”を発動して黒い靄を散乱させる。その漆黒の中を用意した二本の、それも闇の瘴気を纏わせたナイフを壁に突き刺してよじ登っていたのだ。
「宿れ」
ナイフを静かに鞘へ戻し、背中の件を抜いてからルーファンが呪文を唱える。闇の瘴気が剣に纏わりついたのを感じ取り、そのまま呑気に背を向けている兵士へ素早く駆け寄った。
「ん――」
兵士が異変を察知した頃には、既に体を袈裟斬りにされていた。切断された上半身は床に落ち、何が起きたか分かっていない様な間抜け面がこちらを見ている。汚物を見下ろすような眼差しを僅かに送った後、ルーファンは姿勢を低くして辺りを見回す。
「な…なんだ⁉」
「敵襲だ ! 門の前にいる !」
見張り達の声であった。城の本丸の広場にもリミグロン兵たちが集まり始めている。外にいる皇国軍達に気付いた様だった。足音からして幾らかこの通路を通る者もいるようだ。
「待ち伏せろ」
ルーファンは剣をしまってから水筒の水をすぐに出し、アトゥーイから教わった呪文を唱えながら通路の床一面にばら撒く。そして水が生き物のように蠢き、床一面に伸び切ったのを見てから再び城壁を飛び越え、先程と同じようにナイフを壁に刺して待つ。やがてドタドタと騒がしくなっていたが、間もなく戸惑いと悲鳴に変わっていた。辺りの温度が少し冷えた気もする。
それを察知したルーファンは再び壁を昇って姿を現す。やはりだ。辺りにばら撒いた水が一斉に凍りつき、その上を通りかかっていた兵士達の足元もまとめて凍らされていた。恐ろしい罠である。凍った以上は下手に動かせば裂傷に繋がりかねない。
「お…お前は…!!」
振り返った兵士達が次々にルーファンに気付く。凍りついた足元と背後にいる敵。どちらからどう対処すればいいのかが分からなくなり、頭が真っ白になる。しかしルーファンが剣を抜くと、一斉に彼らの中で恐怖心が生まれる。この状態では銃はおろかサーベルを構える事すら出来ない。
「ひっ…」
「うわあああああああ!!」
「武器だ ! 武器を―――」
そして迷わずこちらへ近づいてくる敵への僅かな怖気を皮切りに、恐怖心は爆発的な速度で伝染した。剣と腕、双方に闇の瘴気をルーファンは纏わせ、次々と斬り伏せるか、拳によって肉体に穴を開けていく。
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