怨嗟の誓約

シノヤン

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4章:果てなき焔

第141話 有り余る

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「そうか…」

 話が終わった後、ルーファンが最初に示した態度は平静だった。𠮟責も無ければ慰めも無く、思案にくれるかのように少年から目を逸らして黙りこくる。

「それからだ ! こいつはリミグロンの犬に成り下がって俺達に地獄みたいな労働を強いた!!」

 村人の一人が背後で怒鳴る。

「そうだ ! リミグロンの勝利のためだとかほざいて、散々奴隷みたいに働かせやがったんだ ! どれだけ酷かったか」
「病気もケガもお構いなしにね ! リミグロンが味方なのを良いことに !」
「奴らが撤退した途端、俺達に擦り寄って来やがったんだ ! 」
「殺されて当然の奴さ !」

 忌まわしい悪夢が呼び起こされ、村人たちも再び激情に駆られる。メアやフォルト、そして皇国軍の兵士達はどのような行動を取ればいいのか分からなくなっていた。少年を庇えば自分達はリミグロンの肩を持ったと捉えられかねない。かといって、批判をする度胸も無かった。そもそもの原因が自らが所属する国家で起きる差別によるものだという部分が、心に引っかかってしまっている。自分を棚に上げて他人を糾弾する。そこまで面の皮が厚い人間は、その場にいなかったのだ。

「なんでだよ…何で僕ばっかり…」
「何だとクソガキ⁉」
「皆だって喜んでたじゃないか ! 誰も母さんを助けなかったくせに ! 誰もリミグロンに立ち向かわなかったくせに ! 誰も疑わなかったくせに ! 全部僕のせいにしないでよ!!」
「このガキいますぐ殺して――」

 少年もたまらず、大泣きしながら吠えるように反論する。だが余計な怒りを買ったのか、一部の村人が詰め寄ろうとした時だった。速やかに立ち上がったルーファンが剣を抜き、少年に背を向けて村人たちの方を向く。

「俺が話してるんだ。邪魔をするな」

 その一言と、握り締められた剣の鈍い輝きが村人たちの殺意を削ぐ。彼らはすぐに押し黙り、すごすごと引き下がる他なかった。自分を助けてくれたのか。少年はハッとしたように上を向くが、思い違いであることがすぐに分かった。再び自分の方へ向き、上から見下ろしてくる剣士の顔が暗いものだったからだ。皮肉な話ではあるが、あの日納屋の前で話しかけてきたキユロと似た雰囲気を帯びており、こちらを見る眼差しは暴力に躊躇いの無い人間らしく険しい物である。

「す、すみません…でも、あの時、他に方法が――」
「さっきから思ってたが、君のその謝罪は誰のための物だ ?」
「え…」
「死んだ者達に対する申し訳なさか ? それとも自分が助かるための言い訳か ?」

 ルーファンの質問に少年は答えられなくなってしまう。両方と言いたいところだが、そんなありきたりな答えが欲しくて問いただしているわけでは無いのだろう。理由を探している。なぜそんな必要があるのか知らないが、この男は自分を殺すための動機が欲しくて仕方がないのだ。

「答えられないのか」

 ルーファンが再び喋った。

「そんなに悩むような覚悟の無さで、何で奴らに手を貸したんだ」
「お、おじさんには分からないでしょ…僕が、どれだけ嫌な思いをしたかなんて…」

 こっちの気も知らないで説教などするな。少年のその意図と態度は、ルーファンの心に小さく火を付ける。たちまち業火となり、相手は子供なのだからムキになるなという己の自制心を焼こうとする。その少し手前で、サラザールが現れてくれた。ルーファンの影からぬるりと現れ、彼女の素性を知らない者達が大半だったその空間にざわつきを引き起こす。

「ただいま…って、あらら…付き合い長いから、どういう状況か何となく分かるけどさ。やめときなよ。誰も見てない時ならともかく」

 背後から彼女に窘められたルーファンは、自分が剣の柄を強く握りしめている事に気付くと、少し力を緩めた後に鞘へ仕舞う。周りの視線が自分に向いているような気がして、なぜか心が痛くなった。

「収穫はあったか ?」

 冷静さを取り戻したルーファンが聞いた。

「少し厄介かも。国府の連中にも、あのクソみたいな侵略者たちの手先がいる。たぶんね」

 彼女の言葉に兵士達は狼狽える様子を見せる。フォルト達はと言えば、やはりかといった具合に溜息をつくか、呆れるように首を横に振っていた。なぜ古今東西問わず、クズという烙印を押される者達は、皆似たような行動を取りがちなのだろうか。

「こんな場所で大っぴらに話すわけにもいかないし、ちょっと場所変えない ? それとお腹空いた」 
「…分かった」

 サラザールの要望にルーファンはすぐさま応じる。やがて動き出した直後、一人の兵士を指を動かして呼びつける。

「あの子供を保護してくれ。この場にいる連中の気が変わらない内にな」
「は、はい」
 
 ルーファンの頼みを聞いた兵士は、すぐに子供の下へ駆け寄って体を貸しながら別の場所で休ませようとする。この場にいる連中とやらには、あなたの事も含めていいのか。ついつい聞き返してしまいたくなったが、そこは堪えた。

 その兵士の読み通り、ルーファンはそこに自分も含んでいた。話が出来そうな場所を探す傍、自分があの少年に対して暴力を打ち込む事を渇望していた事に気付き、僅かに震えた。もしあのまま止められなければ、あの子はどうなっていたのだろう。そんな不安が今更よぎり、いつからこうなってしまったのだろうかと思い悩む。怨念が生み出した怪物的な殺戮衝動によって、脳を汚染された人間の悲哀とも言える姿であった。
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