怨嗟の誓約

シノヤン

文字の大きさ
上 下
139 / 167
4章:果てなき焔

第138話 悪魔の取引 ①

しおりを挟む
 全てが終わった後、淀んだ空の下には死屍累々が蔓延っていた。子供と若者の屍から放たれる死臭が、蒸し暑い空気によって増幅して辺りに散逸しているこの景色は、事情を知らない者から見れば軍人たちによる蛮行として捉えられかねないだろう。だが幸いな事に、そのような情報を流布させる恐れがある人物は少なかった。国の中心から離れた僻地で助かったともいえる。

「何があったんだろう… ?」
「分かりません。しかし、彼らには悪いことをしましたね…」

 死体たちを見てフォルトは困惑し、アトゥーイはその隣で懺悔する。自分達も加担したとはいえ、年端も行かない者達が死んだという事実はあまりに耐えがたいものであった。自分が子殺しをしたという事実を受け入れきれない者も兵士達の中にはおり、気分が滅入ってるのか呆然としている。誰しもが不愉快さと居心地の悪さをその場に感じていた。一人を除いて。

「ほとんどの死体に食事を取った痕跡がない…なぜだ ?」

 ルーファンは流れ作業の如く死体を掻っ捌き、片っ端から骨格と臓器、更には臓器の中の残留物を調べ始めていた。死んでいった者達を憐れむ様子は一切なく、人間を捌くその姿は妙に手慣れている。フォルト達は彼の姿に薄気味悪ささえ感じていた。

「ね…ねえ、ルーファン」
「どうした ? 何か見つけたか ?」
「そうじゃなくてさ…あんまり弄るのも可哀そうだと思うよ」
「後で埋葬するさ。その前に、彼らに何が起きたのか調べる必要がある」

 メアが接近ついでに苦言を零すが、ルーファンはさして気にも留めずに次の死体へと移動する。戦場に染まってしまった人間の末路とはあんなものなのだろうかと、後ろ姿を追いかけながらメアは不安に駆られる。事情は知らないが彼らは恐らく民間人である。民が戦火に巻き込まれ、結果的に命を落とす事になったという事態を重く受け止めないまま、戦況と敵の手段を把握する事に務める姿が軍人のあるべき姿なのだろうか。

 背後にいる人間から嫌悪感を向けられている事を薄々分かっていながらも、ルーファンはそれを放置したまま納屋の方へ向かった。騒動が収まった今なら落ち着いて調査が出来る。やがて、残されている奇妙な死体たちを見ていた時、ルーファンはある事に気が付く。

「これは… ?」

 裂けた背中から肉体の内部を調べていた時、死体の胃袋から見慣れない物をルーファンは発見する。膜の様な殻がいくつも胃袋に収められていたのだ。触ってみるとかなり薄く、弾力はあるが少し力を加えれば簡単に千切れる。ここまで柔らかいなら嚙み千切る事も容易だろう。納屋に残っている奇妙な死体たちは、皆が胃袋にこの物体を残しているのだ。この柔らかく薄い殻に包まれた何かを食わせられたのだろうか。

「聞く必要がある」
「誰に ?」
「村人たちだ。様子からして何か知ってる可能性が高い」

 メアとルーファンは調査を切り上げ、急ぎ足で納屋から出て仲間達の元へ戻る。皇国軍関係者たちもそうだが、村人たちの様子も一辺倒ではない。黙って項垂れる者が圧倒的に多いが、なぜ我が子を殺したのかと激昂する者達も少なくない。兵士達もたじろいでいた。

「死体の腹の中に妙な物体が入っていた。恐らく食わせられたんだろう。何か知っている人間はいるか ?」

 血に濡れた服で村人たちに近づき、ルーファンが彼らに問いかける。誰ひとりとして口で答えようとはせず、代わりに自分達の背後にいた少年の方へ道を開け、全員で彼を凝視する。民家の壁際にへたり込んで、タナに介抱されていた少年は自分に注目が集まり、ルーファンがこちらへ向かって来ている事に耐えられなかった。タナを押しのけて藻掻くように逃げ出そうとし出したのだ。

来たれカ・トゥーレ

 引き留めるような口ぶりも無ければ怒鳴りも無い。ルーファンは少年が動き出すのとほぼ同時に呪文を唱え、彼を手元に引き寄せた。乱暴さはない。ただ静かに跪いて少年と目線を合わせ、彼の左肩を自身の左手で掴んでいる。右手だけは、いつでも使えるように自分の膝に置いていた。

「話してくれ」

 ルーファンが言った。

「見た事、聞いた事、した事…すべてを包み隠さずだ。逃げたという事は、心当たりがある。違うか ?」
「し、正直に答えたら、助け――」
「聞かれた事にだけ答えろ」

 欲しいの情報以外の主張をルーファンは一切許さない。相手に思考させる余地を与えさせたくないのもそうだが、相手の動きと言葉に惑わされたくないからである。故に簡潔な意見を求めるのが決まりだった。 相手に対し、同情と共感を己の内から湧き上がらせるような事だけは避けたかったのだ。

 自分の肩を掴む手の力を感じた少年は、逃げる事も出来なければ抗う事も出来ない相手だと否が応でも実感させられた。更にこちらを見つめるルーファンの目が、話を聞いてくれる良識のある大人というよりも、隙を窺っている獣にも似た眼光だった事が恐怖心を倍増させる。全てを話せば見逃してくれるという望みに縋るしかなかった。



 ――――この村が占領されたのは、リミグロンによる侵攻が始まって間もなくだった。リミグロン兵によって銃を向けられたまま民家から叩き出され、地面にうつ伏せで倒された人々をリミグロン兵は軽く踏みつける。その時の反応次第で、抵抗心が無いかどうかを確認する。勿論、舌打ちの様なほんの僅かであろうと悪態をついてくれば殺した。自分達への恐怖を植え付けるための生贄である。

 一通りチェックが終わった後、兵士たちが群れを作って談笑をし始めた事を耳で聞き取りながら、少年は僅かに安堵する。今の所は殺される心配はない。村の若い女達については、正直にいえば可哀そうだった。髪の毛や服を掴んでどこかに引きずられて行っているのをチラリと見てしまったからだ。ようやく大人になるかという年上の幼馴染も連れて行かれた事を思い出し、少しだけ胸が痛くなる。だが、自分が殺されるよりはマシである。

「全員、顔を上げて座り給え。わざわざ這いつくばらせてしまって悪かった」

 声が聞こえた。若い男である。言われるがままに体勢を変えて地面に座り込み、日差しの強い中で声のする方を見る。銃を構えているリミグロン兵達の列、その真ん中に兜を外している男が立っていた。丸坊主にしている頭と、顔に付いた十字傷が印象的だった。

「私の名はキユロだ。我々の姿を見て察しているだろうが、リミグロンの一員であり、少尉としての地位を持っている。今日よりこの村は、我々リミグロンの管轄下に置かれ、基地として整備をされることが決まった。それに異論がある者は ?」

 異論など言えるわけがない。これみよがしに銃を構え直すリミグロン兵達の姿を見て、全員が押し黙るしかなかった。

「同意という事だな、よし。次に我々から提案がある。我々の同志として…ある仕事に協力をしてくれる人間を一人、提供して欲しい。君たちの中の代表というわけだ」

 キユロという男から次に放たれた言葉は、なんとも不思議な要求だった。

「不安を感じているのだろう。無理もない。見ず知らずの人間、それも君たちの視点からすれば侵略をしに来た軍隊がそれを要求している。だが、どうか誤解しないで欲しい。我々の目的は、この国が持つ<幻神>とそれによって築かれた不平等な体制の崩壊だ。考えてみたまえ。<幻神>の加護を受ける一部の都市と、そこに関わる魔法使いばかりが得をし、民が虐げられ続けているのがこの国の現状だ。現に見ろ。強大な力を持っていながら、君達を守る筈の政府は助けようともせず、税金などとほざいて民から搾取し、私腹を肥やしている。彼らを打破し、君達を救うために我々はこの場に来たのだ 。どうだ、いないか ? 最初に名乗りを上げてくれた者に任せよう」

 欺瞞に満ち溢れている言葉だと、村人の大半は察しがついていた。助けが来ないのも無理はないのである。皇国軍が基地を建設するという話が耳に入った際、一部の国府の議員たちとつるんでそれを反対してしまった過去があったのだ。ノルコアの国土を侵し、荒らし、敗戦国として何もかも奪われた挙句に自分達の戦の道具として利用しようとする。それが許せなかったが故の反抗であった。身から出た錆だというのに逆恨みできる程の短絡さを、少なくとも大人たちは持ち合わせていなかった。そう、大人たちだけは。

「…に…」
「ん ?」
「僕にやらせてください… !」

 か細い声を聞き取ったキユロの視線の先には、何か意を決したような態度を取っている少年がいた。他の子供達はキョトンとしており、何より大人たちは驚愕した様子で彼を見る。

「悪いが子供はダメだ。他に――」
「待て。勇気を出してくれたんだ。彼の言い分を聞こうじゃないか」

 兵士の一人が断ろうとするが、キユロはそれを制止して少年の前に立つ。

「君は見た所、かなり若い。年齢としては十ぐらいか ?」
「はい」
「なぜだね ? 子供が負う責任としては、かなり大きな仕事だぞ」
「こ…この国を変えて欲しいからです !」

 どういうわけか、その子が叫ぶように懇願する姿を村の大人たちは咎めようともしない。ノルコア人への風当たりが強い国だ。恐らく、彼もまた悲劇に満ちた人生を送っていたのかもしれない。キユロはそう推測し、同情する一方で別の思惑を脳裏に思い描く。このガキは使えそうだと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

処理中です...