怨嗟の誓約

シノヤン

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4章:果てなき焔

第137話 潜むもの

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 ルーファンとガロステルは納屋に接近し、入り口の扉へと近づいた。閂が掛かっているため、ルーファンはすぐに手に取れそうな距離に剣を突き立てて、両腕で閂を掴もうとする。途中、オルティーナが自身の後方…それも扉の正面に立っている事に気付いて身振りでそこをどけと伝えようとしたが、イマイチ理解できてないのか首をかしげていた。結局わざわざ近づいて小声で注意し、改めて入口へ戻る。

 静かに閂を外し、剣を片手に持ってから二枚扉の左側にルーファンはつく。拳を鳴らしていたガロステルも右手側に立ち、一斉に二人で扉のハンドルを掴んで引っ張り開ける。開けっぴろげになった納屋の入り口で二人は構え、内部に目を凝らす。薄暗がりで良く見えないが、無数の物体が乱雑に、所狭しと敷き詰められているように感じた。

 詳しく見てみたい。そう思ったルーファンが一歩だけ、前に出ようとした瞬間だった。 暗がりから小さい何かが飛び出してくる。剣で受け止めるが、そのまま押し倒されてしまった。少し硬めの土に頭を打ってしまい、ルーファンは視界が僅かにぼやけるが、やがて自分を押し倒して来た敵の正体を少しづつ視認出来た。

 子供である。厳密に言えば、かつては子供だったのであろう何か。小柄な体躯からは考えられない膂力で自分に掴みかかっており、臭い体液をあちこちから漏らしている。必死に自分へ噛みつこうとするその顔は骨格が歪み、どこが白目でどこが瞳なのかぱっと見では分からない。それぐらい不気味なほどに赤く染まっていた。恐らく充血である。一番の変貌と言えば肌が変質しており、体のそこかしこにおびただしいデキモノが出来ている点であった。

「おらっ、ぼさっとすんな !」

 自身に飛び掛かって来た一匹を掴んで壁に叩きつけて殺し、ガロステルはそのまま叫びながらルーファンに飛び掛かっていた個体を蹴り飛ばす。立ち上がったルーファンは続けざまに襲ってきた別の個体を斬り殺し、自分の気を引き締め直す。人間の子供と勘違いして僅かに躊躇があったが、こうなれば迷いはない。こんな生物と呼ぶ事すら烏滸がましい化け物を、殺さない道理は無い。

 次から次へと納屋から現れて来る者達は、皆子供やそれに近しい比較的若い人間だった事が見て取れる。不意打ちで驚きはしたが、来ると分かっていれば簡単に応戦して殺せる程度には弱かった。それよりも彼らのどう猛さと不気味さの方に意識が向く。中には下半身や腕、顔の下半分に欠損がある中でも平然と動いているのだ。彼らに何があったのだろうか。

 その答えとなり得る手がかりが、敵の数が減ってきた頃に分かり始めた。元を絶たねばと納屋の奥に乗り込んだ際、家屋の最奥部に死体があるのをルーファンは見つけた。渇いた血で汚れたその死体だが、奇妙な事にうつ伏せで倒れているらしい。というのも、背中が大きく裂けてしまっているせいもあってか、一見すると仰向きなのかうつ伏せなのかが分からなかったのだ。

 裂けた背中から内部を見てみると、頸椎や背骨が砕かれて散らばっており、臓物や脂肪といった部分が悉く食い荒らされていた。死体の引きつった悲壮感溢れる表情からして、生きたままこのような姿にされたのだろう。それも内部から。

 驚くべきは、その様な死体が幾つかあるという点である。それ以外にも変異していないまま食い散らかされた死体が転がっている。こちらは奇妙な死体とは違い、獣に食い殺されたかのような痕跡が残っており、ますます訳が分からなかった。

「うわあああああ!!」
「何なんだこいつら⁉殺せ !」
「だが子供――」
「こんなガキがいるわけねえだろ ! 構わねえ ! やれ !」

 ルーファンが急いでその場を後にすると、まだ残っていた化け物たちがいつの間にか外に出ていた。他の兵士達にも襲い掛かり、やはり全員が事態を飲み込めないまま戦っている。フォルトやアトゥーイはやはり抵抗があるのか、押しのけたり殺さない程度に叩きのめす事しかしていない。こんな状況下でも人の好さが滲み出ている。だが、殺さない程度に打ちのめしても、結局は別の兵士が殺してしまうため無意味な行為であった。

「やめてええええ ! 殺さないでええええ !」

 遠目で見ている村人の群れの中の、若い女性が叫んでいる。他の者達は苦しそうな顔で彼女を抑えており、殺戮なのか戦闘なのか分からない現場から目を背けていた。

「何よこれ…」

 オルティーナは手帳に記録をする事も忘れ、目の前で起きている光景を受け入れられずにいた。戦場の過酷さをそれらしく書き殴り、自身の会社の上層部や社の後援者達が好む内容…いかに戦争をする人間たちが愚かであり、軍と称されるただ飯喰らい達が横暴且つこの国の寄生虫であるかを適当に書き殴る。それだけで金が貰える筈だった。にも拘らず、自分の目の前で起きているのは苦悶の表情を浮かべながら未知の化け物を殺す兵士達と、なぜかそれを見て泣き崩れる被差別民族という、誰を慰めて誰を糾弾すればいいのか分からない混沌である。

「だ、大丈夫、ですか ? ど、ど、どこか具合が…」

 その頃、物陰に隠れていたタナと少年だったが、耳を塞いで震え出す少年をタナが必死に介抱しようと努める。

「…ない…」
「え ?」
「僕は…僕は…悪くない…あいつらが、やれって言ったから…僕は…僕は…!!」

 フォルトに庇われていた時とは明らかに違う、己の過去の過ちを正当化しようとする異様な姿がそこにはあった。
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