怨嗟の誓約

シノヤン

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4章:果てなき焔

第136話 分かってくれ

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 ルーファン率いる一団が目的地の付近に到達したのは、昼下がりの事であった。丘の上から目標地点である村…厳密に言えば「かつては村だった土地」を見下ろし、ルーファンは兵士から拝借した望遠鏡で周辺を観察する。

「妙だ…」

 思わず口に出た。

「何がです ?」

 傍らで望遠鏡を貸してくれたチネウが尋ねて来る。本来ならばラクサ中尉に来て欲しかった所だが、中間管理職という立場故に師団と共に残ってもらったのだ。代わりに派遣されたのが息子の方というわけである。

「生活の痕跡はあるが、どうも人気が無い。それに…」

 放置されたバケツや耕作用の器具、元からなのか戦禍によってそうなってしまったのか分からない程に粗末且つオンボロな民家、リミグロンによるものだと思われる物資の残骸。侵略によって蹂躙と占拠がなされたのだろう。おおよそ察しはつくが、特に気になったのはとある杭であった。比較的新しい大きな杭が地面に突き立てられ、何かが括りつけられている。生きているのか死んでいるのかは分からないが、体格からして子供であった。

「見て来る」

 ルーファンは躊躇わなかった。望遠鏡を返してから全員をその場に待機させ、一人で素早く駆け出す。体力の問題ではない。子供があのような仕打ちを受けているという時点で、異常が起きているとみて間違いない。その判断が行動を急がせたまでである。

 やがて辿り着き、ルーファンは呼吸を整え直してから辺りの民家を睨んだ。間違いない。人がいる。そのままゆっくりとした歩調で進み、民家の間に挟まれた場所に建てられた杭の前に行こうとした時、背後から戸を開ける音が少し聞こえた。静かにするよう努めたつもりだろうが筒抜けである。すぐさま振り返ると、案の定一人の男がいた。四つ鍬をこちらへ向けており、腕力が弱いからなのか恐怖心があるのか知らないが持っている腕が震えている。若そうな男ではあるが、かなり痩せこけている浅黒い肌の男だった。ノルコア人だろうか。

「な、何をしに来た⁉ま…まだ奪い足りないのか⁉」

 男が弱々しく怒鳴る。やがて奥の民家から家族らしき老婆も現れた。

「およしよ ! 殺されちまう !」
「何か勘違いしてるようだが落ち着け。敵意は無い。ジェトワからの遣いだ」

 老婆が泣き叫ぶ中、ルーファンは宥めようとするが男には聞き入れてもらえない。次第に他の民家からも同じく褐色肌の住人たちが姿を見せてくる。

「何がジェトワの遣いだ ! 騙されんぞ、皇国軍の制服じゃない ! さてはリミグロンの仲間だな !」

 別の一人が叫ぶ。だがルーファンと目が合うや否や、怖気づいて半歩下がってしまった。埒が明かない。そう考えたルーファンは剣を抜き、周りがどよめく中でそれを放り捨てる。

「これでいいか ? 戦うつもりはない」
「け、剣くらいなんだ ! 知ってるんだぞ。まだ武器を隠し持ってるだろう ! 出ていけ、すぐに ! さ…さもないと…この場で…」
「ああ、俺は構わないぞ」

 男が四つ鍬を構えかけた瞬間、彼の意図をルーファンが肯定した。

「は… ?」

 戦いが始まると思っていたのか、想定外の反応に男は面食らっている。そのまま拳を鳴らしてルーファンは続ける。

「目を怪我したならば目を怪我させ、歯を折られれば歯を折り返す事で罰する…法律の起源はそれぐらい単純な話から始まったそうだ。だからいいぞ。一度だ。一度だけ機会をやる。その代わり、お前の番が終わったら次は俺だ。嫌なら鍬を捨てるか、一撃で殺してみろ。武器を収めて話を聞くか、殺し合うか、”無抵抗の人間を殺した殺人者”として生き続けるか、どれがいい ?」

ルーファンが一歩踏み出して来た。

「あ…いや…」
「やれよ」

 男は震え、ルーファンは更に踏み込む。

「やってみろ、ほら」

 歩みは止まらず、やがて男の目の前にルーファンが立った。

「やれ!!」

 ルーファンの声が虚しく響き、少ししてから男が構えていた四つ鍬を捨てる。殺気の迸る眼と、ルーファンの悪い意味で活力に満ちた怒鳴りが、彼の意欲を削いでしまったのだ。人間は頭に鍬を振り下ろされれば死ぬ。分かってはいるのに、一撃で殺せる自信がどうしてか無くなってしまっていた。

来たれカ・トゥーレ

 ルーファンが魔法で剣を引き寄せ、鞘に納める。人々は見慣れないその技術に驚き、ようやくそこでリミグロンとは無関係の者だと理解し出した。周囲から敵意を感じなくなった所で、ルーファンは改めて若い男を見る。

「ありがとう」

 一言だけ言葉を残し、やがて丘の方へ手を上げて合図を送った。暫くしてから一団が到着し、滞在のための準備を始める。住人に手伝わせることも出来たが、ルーファンがそれについては止めさせた。一度は敵対してしまった手前、余計な作業をさせる事に忍びなさがあったのだ。

「あの子は…」

 野営の準備を進める中、フォルトが杭に縛られていた子供へ目をやる。男の子だった。

「放っとけ。裏切りもんだ」

 通りがかった住人の一人が不愉快そうに伝える。だが、フォルトは痛ましさに耐えられなかった。すぐに杭の方へ向かい、すっかり脆くなっている縄を引き千切って解放する。前歯が何本か折れており、鼻まで曲がっている。おまけに肌が露出している部分だけでも、顔を含めてかなり数の痣があった。

「大丈夫 ? 怪我が酷いけど…」

 優しい声で話しかけてみるが、少年はゆっくりと顔を上げて彼女を見る。だが、途端に表情を歪めて押しのけるように離れると、地に頭を付け出した。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい… ! 許してください… ! お願いです、もうしません。殺さないで… !」
「落ち着いて、大丈夫だから。気が動転してるね。 誰がこんな事を…って…」

 藻掻く少年をフォルトは抱き寄せて話を聞こうとするが、次第に少年も怖がっているかのように自分に抱き付いた。少年の様子を見てみると、辺りの住人の顔色を必死に窺っている。

「……まさかとは思うけど…この子に何をしたの ?」

 仄かに暗い声で、フォルトが周囲の住人へ問いかけた。バツが悪そうに周りが目を逸らしていると、中年の男が静かに歩み出る。

「嬢ちゃんよう、そのガキが何しでかしたかを知ったら、アンタも俺達の気持ちが理解できるだろうぜ」
「…どんな理由でも、大の大人が寄ってたかって―――!!」

 住人たちの言い訳にフォルトが激昂しかけた時だった。どこかで物音がした。何かが壁にぶつかる様なこもった音が、何度か聞こえて来る。

「…あの小屋だけ、妙に真新しいのはなぜです ?」

 音のする方向にいち早く気づいたアトゥーイが隣の住人へ言った。視線の先には近隣の建築物と比較すると、不自然なくらいに小綺麗な納屋が建っており、どうもその内側から音がする様である。

「あ、あれはダメだ… ! と、とにかく近寄らない方が良い…」

 この住人たちの不審さ、その秘密があの納屋にある。それを悟ったルーファンはガロステルの方を見た。はいはい、そんな事だろう。そう言わんばかりににやけ面を浮かべて頷いてくれた。

「フォルト、アトゥーイ、子供を頼む。ガロステル、手伝ってくれ。あの納屋を調べる」

 剣を抜き、険しい表情と共にルーファンは指示を出した。
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