怨嗟の誓約

シノヤン

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4章:果てなき焔

第134話 相容れない者達

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 ひとまずの局面を乗り切った戦場、自陣に戻ったルーファン達は後方で支援を行っていた兵士達から肩を叩かれ、ねぎらいの言葉を投げかけられながら迎えられる。正念場などと言う生ぬるい話ではない。犠牲どころか、この場での全滅さえも覚悟していた。だが蓋を開けてみれば敵は逃げ帰り、こちらの死者についてはゼロという想像以上の戦果である。形勢を逆転させるための突破口に違いないと、兵は皆いきり立っていた。

「よくやったぞお前ら !」
「"鴉"様 !信じてましたぜ !」
「隊長 ! 無事でよかった !」

 兵達に出迎えられ、肩を叩き返すか笑みを浮かべながら安心したように武勇を誇る者達が大半であるが、その最中でもルーファンは喜ぶ姿すら見せていなかった。社交辞令代わりに肩を叩き返したりはするが、そのまま幕舎の方へと向かおうとする。状況の報告と自身の推測を伝え、その上で次の動きを決めなければならない。

「ディルクロ殿 ! 少し来ていただけますか ?」

 その途中、いきなり兵士の一人が前に立ってきた。何やら困りごとなのか、態度と発する言葉の早さから焦りが見て取れる。

「どうした ?」
「民間人が紛れ込んでるんです。護衛を付けてやるから帰れって言っても聞かず、怪我人用の幕舎に居座っていまして。軍医とあなたのお仲間の…タナ殿が対応しているのですが、相手の気が強いものでどうしたらいいか」
「すぐに行く」

 仲間が困っているという言葉を聞いたルーファンは、余計な衝突が生まれていない事を祈りながら足早に幕舎へ急ぐ。タナの身を案じているのは勿論だが、下手に彼女の怒りを買って民間人とやらが地獄を見ないようにしたかった。前に買い物に行っていたタナがゴロツキに絡まれた際、彼女の叫びで周辺の動物達が操られ、彼らを殺しかけた事があったのだ。

 いざ到着してみると、手遅れにはなっていないようである。茣蓙で寝ているか、椅子に座っている怪我人たちの列の奥で、タナと軍医らしき年寄りの男が一人の女性相手に口論していた。苛立っている様な態度で二人を睨んでいる黒い長髪の女がいる。服装はかなり軽装であり、白いシャツと薄汚れた茶のズボン、そして革靴を履いていた。

「何度も言っているだろう。民間人だと分かっていながら戦闘に巻き込んだとあれば、この戦に関わっている兵士達の責任問題になりかねんのだ」
「ならば私に被害が出ない様に努力をして頂きたいと言っているだけです。それとも、自分達が責任を負いたくないからなどというふざけた理由で 、報道の自由を弾圧すると言いたいのですか ?」
「そうは言っていないだろう…今はまだいいが、怪我人が増えて戦が長期化すれば、物資や人手も枯渇していく。守ってやる余裕なんか無くなってしまうんだ」
「ほう、つまり都合が悪くなったら見殺しにすると。仮にも医者が大層な警告をしてくださるんですね」

 女性は幕舎の入り口から背中を向けており、腕を組んだまま捲し立てている。人間の第一印象は態度と言葉で決まるというが、少なくとも彼女は最悪の一歩手前であろう。

「あ…あの、大声出すと…け、怪我人がちゃんと休めないですか。み、皆さん大変な中で、が、頑張っているんで…」

 タナも拙い言葉で諭そうとするが、当の女性から鼻で笑われてしまう。相手にするまでも無いヤツだと、明確に馬鹿にされていた。

「頑張っている ? そんなのは当然です。国民からの税金によって養われている以上、それが兵士としての責務でしょう。そもそも好きで戦って勝手に怪我をしておきながら、弱音を吐くなど――」
「いい加減にしたまえ ! 自由を盾にすれば何でもまかり通ると思わんことだ ! これ以上兵士達への侮辱を続け、我々の業務を妨害するというのであればすぐに叩きだすぞ !」
「これは驚きました。とうとう脅迫まで始めるとは。所詮野蛮な人殺し集団といった所ですか…ところで、そちらの娘さんは民間人の様ですが、私はダメで彼女は問題ないと ?」

 軍医が憤り、その姿に一度驚いた女性だがすぐに気を取り直す。そしてタナの方を睨んだ。

「”鴉”の一味だ。私の手伝いをしてもらっている。看護も出来る上に、簡単な応急処置ならば代わりを務めてくれるんでな。少なくとも、君よりは役に立つ」
「役に立つというのは、随分と見下した様な言い方ですね。女性を格下に見ている証拠ですよ。それはさておき、あの私利私欲のために殺戮を繰り返している狂人の仲間を同胞扱いとは…国防の要とやらが聞いて呆れますね。自分達の身の回りの世話すら出来ない軍隊に存在価値はあるので――」

 タナの身元を軍医が明かしても尚、女性は高圧的な態度を崩さない。その背後にルーファンがいるとも知らずにおべんちゃらを続ける彼女だが、軍医とタナが自分から視線を逸らして背後の方を見ている事に気付くと、言葉を少し途切れさせる。

「…その狂人とやらが、お話をしたがっているようだな」

 軍医が恐れ慄いていた。いかに実際に会って仕事を共にしている間柄とはいえ、風の噂で聞いていた逸話や恐怖談は早々に薄れゆく物ではない。下手な事をすれば女性が死んでしまい、更なる問題に発展してしまうのではないかと危惧していた。

 異変を察知した女性が慎重に振り返ると、武装を解いていないままの姿でルーファンが立っている。両手については手前下にしており、脚は少し開いている。怒っているわけでは無さそうだった。

「ルーファン・ディルクロだ」

 やがて一歩前に出て、ルーファンは右手で握手を求める。だがなぜか決意を決めたように一息入れ、彼女は無視をする様に腕を組んだ。手には手帳を持っており、先程の会話からルーファンは彼女がどういう人間なのか見当を付けていた。恐らく、ジョナサンの同類である。
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