怨嗟の誓約

シノヤン

文字の大きさ
上 下
134 / 174
4章:果てなき焔

第133話 知らない方が良い

しおりを挟む
「これが、この国の<創世録>ねえ…」

 ジョナサンが案内された先は、ジェトワ皇国が管理をしている資料室。その地下であった。暗闇の奥に鎮座している壁画が、辺りの篝火に照らされている。壁画に記された絵はこれまた奇怪な物であり、他の壁画に描かれた王と呼ばれる人物、それと同一の存在らしき者が巨大な玉座に座っていた。その眼前には、六人の人物が跪いて首を垂れている。

 最初は従者と思ったのだが、従者たちは玉座の背後に立って巨大な<幻神>達と共に彼らを見守っているのだ。となれば、跪いている者達は一体何なのだろうか。

「真なる王には、六人の弟子がいたそうです」

 同伴していたバロジ文部大臣が言った。一人で大丈夫だと言っていたが、目を盗んだ隙に悪さをされてはかなわないと危惧したのだ。

「魔法を教えられた弟子たちは流派を作り出し、それぞれの<幻神>を自らの故郷に封印し…それが<聖地>の起源となった。幼少期に私はそう教わりました。尤も…他の国の壁画を見た事は無いから、あくまで見聞きした情報によるものですが、物語の一節としては、その様な形になるとされています」
「成程…他の国で調べたものを踏まえると、まだまだ調べがいがありそうですな」

 ジョナサンの訝しむ態度に、少しだけバロジが表情を硬くする。その瞬間をジョナサンは見逃してはいなかったが、立て続けに頼みごとをして厚かましさを増幅させては目的が遠のく。だからこそ、もう少しだけおだててみる事にした。

「しかし感謝しますよ文部大臣殿。あなたがここまで話の通じるお方だったとは…どうらや新聞に書くあなたの人物像を、少し美しい物にしておく必要がありそうだ」
「ジョナサン・カロルス。話が通じると言えば、それはお互い様でしょう。外国の新聞社というのは、皆あなたのように最低限の礼儀は弁えている物なのですか ? この国の連中と言えば、逃げ場を奪うために煩わしく辺りを囲い、蠅のように集って騒ぎ立てる事以外何もしてくれないのでね」
「いえいえ。どこの国も似たようなものですよ。わが社以外は。”己の襟すら正さん者に、他人の身だしなみを批判する資格はない”…祖父の教えを、会社の教訓にしてるまでです」

 ジョナサンと文部大臣が壁画の前で佇み、談笑をしている最中だった。高官の一人が荒々しい足音と共に地下へやって来る。高揚感に満ち溢れた笑顔を浮かべていた。

「見つけました ! パージット王国との、過去の外交記録に関する資料がありましたよ !」

 高官の報告に二人はでかしたと讃え、急いで地上へ戻る。資料室の一階、多数の本棚が備えられている部屋の中央で、無数の黄ばんだ紙の束が山ほど積まれていた。すぐに手袋をはめ、ジョナサンは片っ端から目を通し出す。序盤に限って言えば、日付を確認してからすぐに別の場所へと置いている。読み込むまでも無いと判断したのだろう。

「読まなくていいんですか ?」

 バロジが尋ねた。

「ああ。必要なのはなるべく古い資料…ルーファン・ディルクロが生まれるよりずっと前の物です」
「なぜ ?」
「<創世録>に関する記録が欲しいんです。ルーファン・ディルクロの物心がついた頃には、あの国の<創世録>は事故・・で損傷し、内容の確認が出来なくなっていたそうですから。しかしパージットは国交を閉ざしていた国だ。外部との資料で触れられている物を漁るしかない。だけど…これは骨が折れそうですな」

 一度机から離れ、ジョナサンは腕を回して体の調子を整え直す。同じ体勢で長時間物を漁るという行為は、想像以上に体の関節、筋肉、精神に堪えるのだ。そんな中で彼は、バロジの方を横目で見てから物欲しそうな声を上げる。

「あーあ、<創世録>に関する資料はどれなのか教えてくれる…そのような見識が広く、弱き民のために一肌脱いでくれる心強い英雄様はいないものですかなー」
「……はあ、一番古い冊子を開いてください。壁画の絵に関する考察が、どこかにあった筈です」
「感謝しますよ。あなたの様なお優しい方が権力者でいてくれる事に、この国の連中は少し感謝すべきでしょうな」

 ジョナサンは僅かばかり本音が混じっているお世辞を述べ、意気揚々と資料の山を漁って、一番下に敷かれていた冊子を手に取る。慎重に開き、少し埃とシミで薄汚れているページをめくっていき、書かれている文字を指でなぞりながら内容をゆっくりと吟味する。やがてあるページに目が留まった。

「見せるべきかは、かなり迷いました」
「…なんだよ、これ」

 先程までの調子づいた気配が鳴りを潜め、硬直しているジョナサンにバロジは躊躇いがちに言う。実際ジョナサンにとって、その発見は喜ばしい物では無かった。今の彼の頭の中では、過去の記憶とたった今自身が目にした情報が交差し、混じり、いくつもの憶測、疑問、仮説が乱れ合っている。その原因となる記述は、要約すると次のような物であった。



 ――――かのパージット王国での滞在中、私は現地の考古学者のツテで宮殿に招かれた。聞けば我が国の<創世録>と内容を照らし合わせたいのだという。壁画を眺めながら考察の内容に耳を傾けると、確かに我が国の壁画とは地続きの物語として成立するかもしれない。しかし、いかに神話…ある種のおとぎ話とはいえ、少し突拍子がないのではないだろうか。

 無数の閃光を放って現れたのは、空を駆る数多の鉄の船。その船を巣とする怪物達を撃退せしは、真なる王、従者、六人の弟子、そして幻の神々たち。弱き命を守る盾として、厄災を討つ刃として、民の前に立ち続けた彼らを人々は恐れ、同時に愛した。それがパージット王国の<創世録>に記された一節だというのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...