怨嗟の誓約

シノヤン

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4章:果てなき焔

第133話 知らない方が良い

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「これが、この国の<創世録>ねえ…」

 ジョナサンが案内された先は、ジェトワ皇国が管理をしている資料室。その地下であった。暗闇の奥に鎮座している壁画が、辺りの篝火に照らされている。壁画に記された絵はこれまた奇怪な物であり、他の壁画に描かれた王と呼ばれる人物、それと同一の存在らしき者が巨大な玉座に座っていた。その眼前には、六人の人物が跪いて首を垂れている。

 最初は従者と思ったのだが、従者たちは玉座の背後に立って巨大な<幻神>達と共に彼らを見守っているのだ。となれば、跪いている者達は一体何なのだろうか。

「真なる王には、六人の弟子がいたそうです」

 同伴していたバロジ文部大臣が言った。一人で大丈夫だと言っていたが、目を盗んだ隙に悪さをされてはかなわないと危惧したのだ。

「魔法を教えられた弟子たちは流派を作り出し、それぞれの<幻神>を自らの故郷に封印し…それが<聖地>の起源となった。幼少期に私はそう教わりました。尤も…他の国の壁画を見た事は無いから、あくまで見聞きした情報によるものですが、物語の一節としては、その様な形になるとされています」
「成程…他の国で調べたものを踏まえると、まだまだ調べがいがありそうですな」

 ジョナサンの訝しむ態度に、少しだけバロジが表情を硬くする。その瞬間をジョナサンは見逃してはいなかったが、立て続けに頼みごとをして厚かましさを増幅させては目的が遠のく。だからこそ、もう少しだけおだててみる事にした。

「しかし感謝しますよ文部大臣殿。あなたがここまで話の通じるお方だったとは…どうらや新聞に書くあなたの人物像を、少し美しい物にしておく必要がありそうだ」
「ジョナサン・カロルス。話が通じると言えば、それはお互い様でしょう。外国の新聞社というのは、皆あなたのように最低限の礼儀は弁えている物なのですか ? この国の連中と言えば、逃げ場を奪うために煩わしく辺りを囲い、蠅のように集って騒ぎ立てる事以外何もしてくれないのでね」
「いえいえ。どこの国も似たようなものですよ。わが社以外は。”己の襟すら正さん者に、他人の身だしなみを批判する資格はない”…祖父の教えを、会社の教訓にしてるまでです」

 ジョナサンと文部大臣が壁画の前で佇み、談笑をしている最中だった。高官の一人が荒々しい足音と共に地下へやって来る。高揚感に満ち溢れた笑顔を浮かべていた。

「見つけました ! パージット王国との、過去の外交記録に関する資料がありましたよ !」

 高官の報告に二人はでかしたと讃え、急いで地上へ戻る。資料室の一階、多数の本棚が備えられている部屋の中央で、無数の黄ばんだ紙の束が山ほど積まれていた。すぐに手袋をはめ、ジョナサンは片っ端から目を通し出す。序盤に限って言えば、日付を確認してからすぐに別の場所へと置いている。読み込むまでも無いと判断したのだろう。

「読まなくていいんですか ?」

 バロジが尋ねた。

「ああ。必要なのはなるべく古い資料…ルーファン・ディルクロが生まれるよりずっと前の物です」
「なぜ ?」
「<創世録>に関する記録が欲しいんです。ルーファン・ディルクロの物心がついた頃には、あの国の<創世録>は事故・・で損傷し、内容の確認が出来なくなっていたそうですから。しかしパージットは国交を閉ざしていた国だ。外部との資料で触れられている物を漁るしかない。だけど…これは骨が折れそうですな」

 一度机から離れ、ジョナサンは腕を回して体の調子を整え直す。同じ体勢で長時間物を漁るという行為は、想像以上に体の関節、筋肉、精神に堪えるのだ。そんな中で彼は、バロジの方を横目で見てから物欲しそうな声を上げる。

「あーあ、<創世録>に関する資料はどれなのか教えてくれる…そのような見識が広く、弱き民のために一肌脱いでくれる心強い英雄様はいないものですかなー」
「……はあ、一番古い冊子を開いてください。壁画の絵に関する考察が、どこかにあった筈です」
「感謝しますよ。あなたの様なお優しい方が権力者でいてくれる事に、この国の連中は少し感謝すべきでしょうな」

 ジョナサンは僅かばかり本音が混じっているお世辞を述べ、意気揚々と資料の山を漁って、一番下に敷かれていた冊子を手に取る。慎重に開き、少し埃とシミで薄汚れているページをめくっていき、書かれている文字を指でなぞりながら内容をゆっくりと吟味する。やがてあるページに目が留まった。

「見せるべきかは、かなり迷いました」
「…なんだよ、これ」

 先程までの調子づいた気配が鳴りを潜め、硬直しているジョナサンにバロジは躊躇いがちに言う。実際ジョナサンにとって、その発見は喜ばしい物では無かった。今の彼の頭の中では、過去の記憶とたった今自身が目にした情報が交差し、混じり、いくつもの憶測、疑問、仮説が乱れ合っている。その原因となる記述は、要約すると次のような物であった。



 ――――かのパージット王国での滞在中、私は現地の考古学者のツテで宮殿に招かれた。聞けば我が国の<創世録>と内容を照らし合わせたいのだという。壁画を眺めながら考察の内容に耳を傾けると、確かに我が国の壁画とは地続きの物語として成立するかもしれない。しかし、いかに神話…ある種のおとぎ話とはいえ、少し突拍子がないのではないだろうか。

 無数の閃光を放って現れたのは、空を駆る数多の鉄の船。その船を巣とする怪物達を撃退せしは、真なる王、従者、六人の弟子、そして幻の神々たち。弱き命を守る盾として、厄災を討つ刃として、民の前に立ち続けた彼らを人々は恐れ、同時に愛した。それがパージット王国の<創世録>に記された一節だというのだ。
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